美食研の話が終わったら美食研の話はじまる
レイヴン、ゲヘナに侵入する補習授業部を見付ける
[“美食研究会のみんな!”]
新調したであろう給食部のトラックを近くに停め、黒舘と鰐淵が顔を出す。
赤司と獅子堂の姿は見当たらない。
とは言え、美食研究会はまだ、風紀委員会に捕まっていたはずだが。
「あ、あれ!?この間戦った…!?」
「あら、あの水族館を襲撃した…」
「え、えっと…?もう何が何やら」
黒舘が車から降り、私に視線を向けてくる。
「こうして私たちの姿を見ても捕まえようとしないところを見ると、どうやらレイヴンさんも訳アリのようですわね?」
私は一応、風紀委員代行としてゲヘナにいるが、今だけはそれも意味を為さない。
風紀委員として、美食研を捕らえる必要はない。
何より、この状況での美食研の参入は、正しく渡りに船と言える。
「…まぁね。今回だけは、互いに休戦としようか」
向こうにも、私に対して色々と思うところがあるはずだ。
それを見越しての提案。
「…そうですわね。ゴールドマグロさんの借りを返して頂きたいところですが、そうも言っていられない状況のようですから」
黒舘はあっさりと納得し、私の提案を受け入れる。
「呉越同舟ですね★」
[“えっと…それじゃあ、イヴもハルナも協力してくれるみたいだし、美食研究会のみんなにも状況を説明するね。ジュンコとイズミの姿が見えないけど…”]
「お二人とは別行動中ですわ。分かりました、お聞きしましょう」
先生は補習授業部の置かれている状況と、これからについてを簡潔に説明した。
「…なるほど、状況は概ね理解しました。とにかく、この場所に行かねばならないのですね?」
[“うん”]
「事情は分かりましたが、タイミングが悪かったですね…この辺りは今、大きな騒動になっていまして…風紀委員代行のレイヴンさんからもお話はあったかと存じますが」
先生に説明しながら、黒舘はチラリと私の方へと視線を向ける。
「そう言えば、レイヴンさんは騒動鎮圧の方にはお声がけされなかったんですね★」
鰐淵が痛いところを突いてくる。
日中に暴れ過ぎて外郭の巡回に左遷されたという事情は、自分の口から語るには少し躊躇いがあった。
「…私のことはどうでもいいだろう」
だから私は自分のことを棚に上げるが、鰐淵は妖しい笑みを浮かべて『ふ〜ん♪』とだけ呟いていた。
「まぁ、そんな訳で風紀委員会も慌ただしいご様子でしたので、その機に乗じて私たちも牢屋から抜け出せたのです。ふふっ♪」
美食研の連中がこの場にいる理由に納得した。
委員の殆んどがこちらに回され、警備が手薄となったその隙を突いて脱出したという訳だ。
「そうですね。それに非常事態ということもあって、またしても偶然その場に居合わせた給食部のフウカさんが、部の車を快く貸してくれました★」
「んんっ!?んーっ!んんーっ!!」
そして、給食部の車に乗っている理由も、そういうことだった訳だ。
新調したばかりだっただろうに、運悪く美食研の脱走に利用された愛清が不憫でならない…。
しかし、今の私にはどうすることもできない。
可哀想だが、彼女には犠牲になってもらうしかない。
「新しく買ったばかりの車を貸してくれるなんて…これぞ美しい友情というやつですね★」
愛清と美食研の間の認識に重大な齟齬があるようだが、それが果たして必然か偶然か。
「んんっ!んっ、んんんんっ!」
猿ぐつわで話せないようにしている辺り、前者である気がしてならないが。
「…その友情のお相手、縛られたままトランクに積まれてません?」
「問題ありませんわ、フウカさんはこういったことに慣れていますから」
本気で心の底から言ってそうなところが黒舘の怖いところだ。
「もはや専門家と言っても過言ではありませんね★」
多分こっちは分かっていて悪ノリで便乗している。
『ハルナ!アカリ!今どこ!?こっちも包囲網を破ったけど、合流できそう!?』
そこへ、タイミングよく赤司の通信が入る。
先程、黒舘は別行動中と言っていたが、どうやら単純に脱走に際して二手に分かれたようだ。
『ぎゃーーーーっ!!風紀委員会がまだ追いかけて来てる!?』
赤司の後ろから、獅子堂の悲鳴が届く。
どうやら彼らは風紀委員会に追い回されている最中のようだ。
「ジュンコさん、脱出作戦は取り消しです」
『えっ、何で!?』
「ふふっ、あの時のお礼ということで。先生とトリニティの皆さんのことは、私たちが責任を持ってご案内しますわ。それでよろしいのですよね、レイヴンさん?」
美食研の足が加われば、よりスムーズに目的地に辿り着けるだろう。
それでも、風紀委員会と温泉開発部という障害は分厚く高い壁ではあるが。
「…ああ、恩に着る」
正直、美食研への借りなど出来る限り避けたいが、今は形振り構っている場合ではない。
「貴女の為ではありませんわ。ただ、先生の為、という互いの目的が一致しただけ…そうではありませんこと?」
しかし、ハルナは律儀、と言うことが正しいか分からないが、その申し出を断る。
「…確かにその通りだ。だが、貴女たちが私に協力してくれたことに変わりはない。
それは、シャーレや先生といった関係を抜きにした、私個人としてのケジメだ。
傭兵は恩を忘れない。
借りはきっちり返させてもらう。
「あら、思っていたより律儀な方なんですね★」
「…それでは、その恩を返していただける時を楽しみにしていますわ」
黒舘は納得し、静かに微笑んだ。
「ああ、必ず返す」
「それでは皆さん、乗っちゃってください!」
話もひと段落といったところで、鰐淵が乗車を促す。
[“ありがとう、よろしくね”]
先生から順に、ゲヘナ給食部の車に乗り込んでいく。
「え、えっと…それではよろしくお願いします…?」
「…ホントだ、給食って書いてる…」
「では、失礼しますね〜」
「…給食部のあなたは本当にそのままで大丈夫か?」
補習授業部が全員乗り込み、しかし、それで車内は満員となる。
「ん、これだとレイヴンが乗れないな」
そのことに気付いた白洲が困ったように呟く。
「詰めたら座れますかね?あっ、コハルちゃん、私の膝の上に座ります?♡」
「座らないわよっ!!」
「私なら大丈夫だ」
「えっ、ですが…」
[“みんな、大丈夫だよ。イヴは車と並走出来るくらい足が速いから!”]
先生の一言で、一瞬、場が凍り付く。
「さすがはレイヴンさんですわね」
気にしていないのは、日々追いかけ回され慣れている美食研の二人くらいだ。
「どのくらいまで出せます?」
「私の事は気にしなくていい。飛ばせるだけ飛ばしてくれ」
「分かりました♪それでは皆さん、ちゃんと掴まっていてくださいね★出発です!」
エンジンを唸らせ、タイヤが甲高く鳴り響き、鰐淵が運転する車が発車する。
それに合わせ、私も地面を蹴った。
*****************************
おそらく、二時間が経過しただろうか。
補習授業部、シャーレ、美食研究会の合同部隊は、陽動部隊と隠密部隊の二手に分かれ、目的地を目指した。
私は、白洲と浦和の二人と共に、少数での陽動部隊を請け負った。
しかし──。
「うーむ…これは…」
状況を冷静に整理しながら、白洲が唸る。
「作戦失敗、だな…」
そこに私が結論を付け加える。
「どうしてこうなったんでしょう?」
困ったように浦和が呟く。
「「……」」
しかし、私と白洲の怪訝な視線が浦和へと集中する。
「いやん♡そんな熱い視線を向けられたら恥ずかしいです♡何せ私、今は水着一枚なんですから♡」
その通りで、浦和は今、学校指定と思しき紺色の水着一枚の姿だ。
何故、このようになったのかと言えば──。
「…ハナコが良い案があるとか言って任せたら、まさか水着で気を引くとは思わなかった…。すまない、レイヴン…」
そう、陽動として、どう動き出すかを相談していると、急に浦和が良い案があると言い出し、任せてくださいとまで言うものだから、任せてみれば、なんと彼女は急に飛び出したかと思えば、脱ぎ出して水着姿を相手に見せ付けた。
その結果、私たちは今、温泉開発部に追いかけ回されている。
「…いや、うん…まぁ、白洲のせいじゃないと思う…」
私はその程度のフォローで精一杯だった。
「上手くいくと思ったのですが…」
納得できないとでも言いたげに、浦和は首を傾げる。
「アレで気を引けるのはコハルくらいだ。仕方ない、向こうに連絡を──」
その直後、私たち三人の行手を阻むように、足元の地面を銃撃が走る。
私たちは、足を止めざるを得ない。
背後から迫る温泉開発部ではない。
新手──それも、出来れば出会いたくなかった相手だった。
周囲の路地から整然とした並びで姿を現したのは、黒を基調とした制服──風紀委員会。
更には、その委員たちを引き連れるように、二房の銀髪を靡かせる生徒までもが姿を現した。
「…これはどういう事か、説明してもらおうか、レイヴン!」
銀鏡イオリ。
よりによって、彼女が前に立ち塞がった。
しかも、怒り心頭、といった様子だ。
それも無理はない。
信頼して仕事を任せた私が、それをほっぽり出して、トリニティの侵入者に協力しているのだから。
「ふっふーん、ようやく追い詰めたよー!いや、観念したのかな?まぁ、どっちでも良いや!」
後方からは温泉開発部が追いつき、その先頭には他とは雰囲気が異なる赤毛の生徒。
火炎放射器の口から火炎を吹き、こちらを威嚇する。
完全に進路も退路も塞がれた。
前門の風紀委員会、後門の温泉開発部。
退くことも、進むこともできない。
だが、ここで大人しく倒れることも、捕まることも出来ない。
「こちらチームブラボー、チームアルファ、応答せよ」
イオリが現れたところで、素早く白洲が向こうの隠密部隊に連絡を入れる。
『あ、アズサちゃん!?』
どうやらヒフミに連絡を入れたようだ。
「名前を言われると隠語を使った意味がない…それはそれとして、ごめん、作戦は失敗した。こっちは包囲されてる」
『はいぃ!?』
「後方には火炎放射器を持った温泉開発部、前方はやたら強そうなツインテールの風紀委員。進退もままならない。私たちもどうにか切り抜けるから、後で落ち合おう。幸運を祈る」
それだけを一方的に告げ、白洲は通信を切った。
ヒフミの方からも、爆発音や下江の悲鳴が
向こうは向こうで上手くはいかなかったらしい。
それでも、きっと大丈夫だろう。
向こうには、美食研のフルメンバーが付き添っている。
奴らなら、必ずヒフミと下江、先生の三人を目的地に導いてくれるはずだ。
だからこそ、私も白洲と浦和の二人を何が何でも、この場から逃がす。
その為にはまず、イオリをどうにかする必要がある。
彼女であれば、後ろの温泉開発部よりは話が通じるはずだ。
「答えろ!レイヴン!お前は何をしているのかって聞いているんだ!」
痺れを切らしたイオリが私を強く責め立てる。
背後からも温泉開発部迫って来ている。
早くしなければ、二人を戦闘に巻き込んでしまう。
「…私は、この二人をある場所まで送り届けなきゃいけないんだ。だからイオリ、そこを通して欲しい」
私は努めて普段通りに、穏やかで親しげな口調でイオリに話しかける。
私の様子に、イオリもほんの少し落ち着き、漂う雰囲気から険が取れる。
「その二人はトリニティの生徒じゃないか。別に、私はトリニティに偏見がある訳じゃないが、この大事な時期に、見過ごすことは出来ない。それは、お前も分かっているだろ!?」
やはり、そう簡単には通してくれそうにないか。
そうなれば、こちらも覚悟を決める必要がある。
だが、その前に。
「白洲、浦和、私がこいつらの気を引く。その間にどうにか先に進んでくれ」
この二人をこの場から逃さなくてはならない。
「レイヴンさん…」
「…貴女を心配する必要はないと思うが、それでも答えてくれ。大丈夫なのか?」
私の規格外なところをこれまで散々、見せて来たにも関わらず、二人は私の身を案じてくれる。
それはきっと、先生やこれまでの多くの生徒たちと同じく、私を一人の人間として見てくれている証左なのだろう。
「ああ、私の心配はいらない。それよりもごめん。最後まで付き添えなくて。どうやら、私はここまでみたいだ」
温泉開発部に、イオリのいる風紀委員会。
この二つの足止めは、そう簡単にはいかないだろう。
ここから先は、二人だけで進んでもらうしかない。
「謝る必要なんてない。レイヴン…いや、
その名前呼びは、信頼の証だろうか。
「──ああ、任せてくれ、アズサ。ハナコも、ヒフミとコハル、それから先生に、よろしく伝えておいてくれ」
一瞬、面食らうが、その想いに応えるべく、私も頷き返す。
「はい、もちろん♡ありがとうございます、イヴちゃん♪」
「それじゃあ──行くぞ!!」
私は手榴弾を取り出し、後方──温泉開発部へと放り投げる。
間もなく、爆炎が迸り、温泉開発部は混乱に陥る。
これで一瞬だが、温泉開発部側の動きが止まる。
「今だ!アズサ!ハナコ!走れ!!」
二人は後ろに、私は前──風紀委員会へと駆ける。
二人であれば、どうにか温泉開発部の包囲網を破り、逃げる事が出来るはずだ。
その間、私は風紀委員会を止める。
「それが答えか!レイヴン!」
私とイオリは、互いに銃口を向け合いながら、対峙する。
「悪いが、道を開ける気がないなら、私が相手になろう」
私は左右の手に握った銃の内、右手のARの銃口を向けていた。
「お前は今、自分が何をしているのか、分かっているのか!?」
風紀委員代行でありながら、トリニティの侵入者に加担し、更には風紀委員会に敵対している。
「理解せずに、ここに立っているとでも?重々、承知しているよ」
それでも、私は成し遂げなくてはならない。
生徒を守ろうとする先生の祈りと、ヒフミの願いの為に。
「…お前がそこまで肩入れするなんて…もしかして、先生が絡んでるのか?」
イオリは少しばかり、落ち着いた口調で訊ねる。
理由もなく、私が歯向かっていないと考えたのだろうか。
「…あぁ、だから、後でアコとヒナにも私の方から報告する。迷惑をかけた責任は取るさ」
これに、先生は関係ない。
頼みを断ることも出来た。
美食研に任せて、身を引くこともできた。
だが、私はそうしなかった。
私自身の我が儘で、選択を貫き通した。
自身の選択の責任は、私自身で受け入れ、背負う。
するとイオリは、まるで納得できないというように、歯を噛み締める。
「…バカか!?たかが代行風情が、これだけのことをしておいて、簡単に責任を取れるハズがないだろう!?」
確かに、この事態はかなりの問題になりそうだ。
私が思っているよりずっと、重大な事件なのかもしれない。
「……」
そう簡単には、私は償い切れないかもしれない。
それでも、その結果、補習授業部が救われるなら、私は甘んじて受け入れよう。
「…だから!私も一緒に謝ってやる」
思いがけない言葉が放たれた。
それと同時に、イオリは銃を下ろしていた。
「…協力してくれるの?」
私も銃を下ろし、訊ねると、イオリはそっぽを向いた。
「勘違いするな!先生が絡んでいるなら、どれだけ足掻いても無意味だからだ!だから別に、お前の為なんかじゃないんだからなっ!!」
言葉は強いが、明らかに照れている様子のイオリは、その言葉の節々から私への気遣いと優しさが滲んでいた。
「…ありがとう、イオリ」
だからこそ、私はそんなイオリに礼を返した。
ここで断っては、彼女の想いを無碍にしてしまう。
だから私は、イオリの助けを受け入れた。
「…ふんっ。それに、まずはこの騒動の元凶である温泉開発部が最優先だ!妨害した分、お前にはしっかりと働いてもらうぞ!イヴ!」
イオリは私の方へと歩み寄り、隣に並ぶ。
その後ろには、他の風紀委員も追従している。
「ああ、もちろん」
私たちは、温泉開発部と向かい合う。
「え?何?貴女たち和解しちゃったの?まあ、何でも良いけどね!私たちの温泉開発の邪魔をするなら、風紀委員だろうと何だろうと、撤去だよ、撤去!」
リーダー格と思しき赤毛の生徒が、火炎放射器を振り翳す。
それを眺めながら、私はアズサとハナコに思いを馳せる。
二人は無事に目的地に辿り着けただろうか?
ヒフミとコハル、先生の三人と合流出来ただろうか?
不条理と理不尽が重なり、追い詰められている彼女たちは、無事に目的を果たすことができるだろうか。
「…不幸な貴女達の幸運を祈るよ」
そっと、心の中で祈りを捧げ、私は地面を蹴った。
傍らの風紀委員会たちと共に、私は温泉開発部との戦闘に臨むのだった。
補習授業部を見送り、レイヴンは戦地に残る
果たして、補習授業部は無事に試験を終えることは出来るのか
次回もまた、場面が飛びます