ブルーアーカイブ -灰の翼-   作:空素

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あらすじ

前門の風紀委員会、後門の温泉開発部


EP-16 こくはく

補習授業部の顛末を聞いたのは、全てが終わった後のことだった。

 

アズサもハナコも、無事にヒフミとコハル、先生の三人と合流することができ、補習授業部は開始時間に合わせて、試験に臨むことができた。

だが、そこに温泉開発部の残党が居合せ、建物を爆破。

幸い、負傷者こそ出なかったものの、テスト用紙が塵となって消え、四人揃って試験は無効となってしまったのだそうだ。

 

それによって、補習授業部と合宿は継続、三回目の学力試験を受けることになった、というものだった。

 

どうやら、桐藤ナギサは何が何でも、補習授業部を退学に追いやりたいらしい。

二回目の時点でかなりの悪辣な障害を用意していたようだが、三回目も同様…いや、それ以上の難関を準備していることだろう。

理不尽と言えるような障害ばかりだが、不可能とも言い切れないのが趣味が悪い。

現に、二回目の試験では補習授業部は桐藤ナギサが用意していた数々の障害を突破し、試験を受ける寸前まで漕ぎつけた。

三回目の試験も恐らく、不可能には届かないギリギリを見極めた、理不尽な障害を多数、用意していることだろう。

それを乗り越えられなければ、補習授業部の四人…ヒフミ、アズサ、ハナコ、コハルの四人はトリニティから退学処分されてしまう。

 

そして、その最後の試験──第三次特別学力試験は、明日に差し迫っている。

 

今、補習授業部は明日の試験に合格する為、最後の追い込み学習をしているのか。

それとも、万全の体調で試験に臨む為に休んでいるのか。

 

そんなことを考えながら、私は今、湯船に浮かんでいる。

 

第二次特別学力試験の際のゲヘナでの深夜の騒動から、六日が過ぎようとしていた。

相変わらず、私はその間も依頼を受け、その遂行に明け暮れていた。

 

あの時の私の反逆については、特にお咎め無しだった。

アコは呆れた様子ではあったが、事情を知るヒナの口添えもあって、私もイオリも、特に責任を追及されることはなかった。

 

『申し訳ないと感じているのなら、その分、今後も私たちを手伝ってくれたらそれで良い。仕事は幾らでもあるから』

 

そう言ってヒナは私を赦してくれた。

その期待に応える為に、私は六日間、風紀委員代行として、ゲヘナの治安維持に貢献した。

 

今日も、宵の口までゲヘナの無法者たちを相手取り、自宅に帰って来たのは深夜だった。

こうしてボーっと入浴している内に日付が変わっていることだろう。

 

特に疲れている訳ではないが、つい面倒くさくて髪を結ばずに湯船に使ってしまっていることに気付く。

赤みを帯び、毛先にゆくにつれて赤みが増す長髪が、水面に浮かび、浴室の照明を受けてキラキラと光る。

 

乾かすのが大変だと億劫になりつつも、このまま湯船に浮かび続ける訳にもいかず、私は身を起こす。

立ち上がり、湯船から出ると、髪の毛を絞りながら、浴室を出る。

 

タオル二枚で身体と髪の水気を拭き取り、大きめのTシャツと短パンのラフな部屋着に着替えて自室に戻る。

髪をドライヤーで乾かしながら、ふと携帯端末の画面を指で叩けば、一件のメッセージが届いていた。

 

そのメッセージは、ついさっき届いたばかりのものだった。

差出人は──。

 

「……そうか…」

 

内容に軽く目を通し、把握すると、私は立ち上がった。

 

どうやら思った通り、補習授業部は明日の試験を簡単には受けることができないようだ。

 

“依頼”の準備をするべく、私は動き出した。

 

****************************

 

『シャーレ直属特務戦闘員、レイヴン。

以前は、私たちに協力してくださり、ありがとうございました。

……なんて、堅苦しい挨拶はここまでにしますね。

お久しぶりです、浦和ハナコです。

改めて、この間はありがとうございました。

お蔭で、私もアズサちゃんも無事に試験会場に辿り着くことが出来ました。

そこに重ねてしまい、非常に心苦しいのですが、貴女にどうしても受けて欲しい依頼があります。

内容は、ティーパーティーホスト、桐藤ナギサの()()()()()()阻止、です。

順を追って説明します。

補習授業部の一員、白洲アズサちゃん。

彼女は、今ではトリニティの歴史から忘れ去られた分派、《アリウス分派》から発足した《アリウス分校》の出身であり、彼女は桐藤ナギサのヘイロー破壊を企てるアリウスが送り込んだスパイでした。

ですが、それは彼女…アズサちゃんの本心からはかけ離れています。

アズサちゃんは、ナギサさんを守る為に、アリウスを騙し、二重スパイを演じていました。

アズサちゃんによれば、明日の朝、夜が明ける前の暗い時間にトリニティ本館が手薄になる時を狙って、アリウスの部隊が投入されるそうです。

レイヴン、貴女にはこの部隊の足止め…いえ、制圧をお願いします。

アリウス部隊は、より実戦に近しい訓練を積んで鍛えられた部隊だそうです。

レイヴンが遅れを取るとは思えませんが、十分に警戒の上、戦闘に臨んでください。

より詳しい情報は添付資料を確認してください。

その間に、私たちの方でナギサさんを回収し、安全な場所に秘匿します。

詳しい作戦の内容も添付資料の方をご確認ください。

この間に続き、苦労をおかけしますが、どうかお願いします。

報酬については、ナギサさんの方から支払うように伝えておきますね♡』

 

アズサがアリウスの生徒であり、アリウスは桐藤ナギサ──ティーパーティーの現ホストの“ヘイロー破壊”を狙っている。

そして、アズサはアリウス出身でありながら、そんな桐藤ナギサを守ろうとしており、二重スパイだった、か。

“ヘイロー破壊”というのは、殺害と捉えるべきか。

つまりは、桐藤ナギサの暗殺。

その阻止のため、ハナコは私に依頼を送って来た、と。

 

アリウスの部隊は実戦に近しい訓練を積んでいるとのことだが、それはつまり、相手を殺すことを目的としたもの、ということなのだろう。

なるほど、生徒が相手だからと油断は出来ないと言うことか。

元より手を抜くつもりはないが、より入念な準備が必要だろう。

 

アズサ…いや、アズサだけでなく、補習授業部の四人は、二次試験でも散々、桐藤ナギサの妨害を受けた。

恐らく、三次試験にも仕込みはあったのだろう。

それにも関わらず、彼らは桐藤ナギサの暗殺を良しとせず、こうして阻止の為に動いている。

本当にこのキヴォトスの人間は、一部を除いて強い心を持っていると感じる。

 

私自身も数日前、補習授業部の巻き添えを食らったが、当の本人たちがこれでは、断ることなどできない。

私個人、桐藤ナギサに恨みがある訳ではない。

確かに巻き添えを食らって迷惑をかけられたが、今の私が抱くのはただただ哀れ、という感想だけだ。

 

事前に先生からも話を聞いていたが、彼女は“トリニティの裏切者”を炙り出す為に補習授業部にその容疑者を詰め込み、不穏分子を纏めて排除しようとしていた。

その行動の裏には、ティーパーティーのホストやエデン条約という重責も、のしかかっていたことだろう。

トリニティを背負う者として、多くの生徒を守る為の義務と責任。

そういったものが、桐藤ナギサの視野を少しずつ闇が蝕んでいったのかもしれない。

その結果として、疑心暗鬼に陥り、様々な妨害工作からなる強硬策に出たのかもしれない。

 

きっと、私には想像も出来ないようなプレッシャーが彼女には降りかかっていただろう。

だからこそ、私は桐藤ナギサを責めることは出来ない。

彼女のやったことは、褒められるようなことではないと思う。

かと言って、一概に悪と断ずることも出来ないと考える。

 

だから、私はただ、彼女を哀れだと思うだけ。

英雄にも、悪党にもなり切れなかった、可哀想な役人だと思うだけだ。

 

そんな桐藤ナギサでも、補習授業部は見捨てなかった。

自分たちを散々、積極的に苦しめた相手だというのに、救おうとしている。

それならば私も、補習授業部の四人の高潔な精神に免じて、協力しよう。

桐藤ナギサの暗殺阻止に手を貸すことも、吝かではない。

その代わり、依頼報酬に関しては、せいぜい、ふんだくらせて貰うとしよう。

 

そんなことを考えながら、私は地下のレンカの自室へと下りていく。

すっかり見慣れたコンクリートの階段を下り、扉を開く。

扉を開いた先には、仕切りで区切られただけの広い空間があり、手前の休憩スペースと、その奥の左右に分かれた実験場と研究室が存在している。

 

レンカは研究室でノートパソコンに向かって、何やら作業をしていた。

 

「あ、あれ、イヴさん?今日はもうお休みになられたんじゃ…?」

 

今日のレンカは普段通りの引っ込み思案な様子だ。

 

「そのつもりだったんだけど、緊急で依頼が入った。銃の整備って終わってる?」

 

今日の仕事が終わってすぐ、メンテナンスのためにレンカに銃を預けていた。

 

「あっ、はい…!いつでも万全の状態ですけど…えっと、またゲヘナの仕事、ですか…?──って、ああっ、緊急依頼の内容を言えるはずがないですよねっ!?すみません…」

 

一応は私の関係者、ということもあって、余程のことがない限りは私は普段から行き先だけはレンカに伝えている。

ここ最近はほとんどゲヘナでの仕事だった為、レンカもその流れで聞いてしまったのだろう。

 

「…いや、トリニティだよ」

 

「…そう、ですか…」

 

トリニティの名前を出した途端、レンカはただでさえ俯きがちな表情が更に翳る。

彼女は、トリニティに入学したものの、上手く周囲と打ち解けられず、退学することとなった。

その後、紆余曲折を経てブラックマーケットで暮らすようになったのだと。

 

「…レンカは、恨んでるの?トリニティのこと」

 

整備を終えた銃を並べるレンカの背中に、問いかける。

言葉を発してから、言わない方が良かったのではないかと後悔する。

 

「…いえ、恨むだなんて、そんなことはないです。正直、私を…その、イジメていた人たちに対しても、どうでもいいとしか感じないんです…ああっ!でもでも!」

 

レンカは勢いよく振り向き、大袈裟な身振り手振りで弁明する。

 

「前向きな思いもあるんですよ!?辞めたお蔭で、まあ、ブラックマーケットでは散々な目に遭いましたけど、今はこうして楽しく幸せに暮らせている訳ですし!」

 

一気に捲し立てたレンカは、ひと息つき落ち着くと、改めて口を開いた。

 

「きっと、あのまま惰性で過ごしていても、何も変わらないし、こうして自分のやりたいことにも打ち込むことは出来なかったと思いますから…」

 

そう語るレンカは、とても清々しい笑顔を浮かべていた。

 

「だから私、イヴさんには感謝しているんです。こうして、私が思いっ切り、自分のやりたいことに打ち込める環境をくださったこと、何より、こんな私を専属エンジニアにしてくれたこと。これでも、毎日感謝しているんですよ?」

 

その笑顔を向け、レンカはその感謝に重ねるように、柔らかな笑みを見せた。

少し気恥ずかしいが、楽しく過ごせているのなら何よりだ。

 

「こちらこそ、いつもありがとう」

 

私の方こそ、こうして毎日、戦い続けていられるのは、レンカの影響が大きい。

ミレニアムのエンジニア部もいるが、彼女らは専ら、SRの改良、改造の専属と化している。

 

「イヴさん、実はですね、私、機械とか銃火器とかは大好きですけど、元々はただの趣味の範囲でのめり込むタイプだったんです。何と言うかこう、息抜きのような感じで、現実を忘れて集中する、みたいな。だから、最初から最後まで、徹頭徹尾本気で取り組むようなミレニアムには、忌避感があったんです。あー…コンプレックスと言ってもいいかもしれません。それがトリニティを選んだ理由の一つでもあります」

 

予想外…だが、思い返してみれば、納得の内容かもしれない。

レンカは、仕事を頼んだ時ではなく、それ以外の道具や兵器の開発の時に、より熱を入れていた。

もちろん、仕事を手抜きするようなことはなかったが、ハイテンションの時は総じて、自由に開発している時が殆んどだった。

 

「まあ、結局のところ、こうして機械や銃器関係の技師として生計を立てるようになっちゃったんですけどね…あはは…」

 

レンカは最終的に、ブラックマーケットで生きていくにあたり、趣味で開発した武器やその部品、道具をパッチに卸し、収入を得ていたらしい。

その結果、レンカはマーケットガードの連中に目を付けられるようになったようだが、それはまた別の話だ。

今でも、閃いたものや興味を持ったものを気ままに作成しては、その失敗作を部品に分解してパッチに卸しているようだ。

 

「私はそんな、中途半端な凡才なんです。世の中の天才や秀才、努力家とは違って、好きなことにすら中途半端なごく普通の凡才なんです…」

 

もしかすると、この想いこそが、彼女の奥深くに根付き、普段の気弱な性格の根源になっているのかもしれない。

周りがどう評価しようと、自分自身ではそう評価している。

だからこそ、レンカはマーケットガードの仕事も拒み続けたのだろう。

マーケットガードは半ば企業のようなものだ。

向こうの仕事を受け入れたが最後、様々な要求を忙しなく強いられることになる。

自分では、その期待に応え続けていくことが出来ないと知っているから。

自分で自分を信じることが出来ないのだ。

 

「でも!だからこそ、こんな私を必要としてくれて、“居場所”と“意味”を与えてくれたイヴさんの為なら、どんな武器でも作れます!作ってみせます!だから、これからもよろしくお願いしますねっ!!」

 

“居場所”と“意味”、か。

まさか、私がそんなものを与える側になるとはな。

 

“残り火”の影響で、すっかり灼けてしまった記憶。

それでも、私はウォルターに同じものを与えられた。

最初の記憶はもう灰になってしまっているが、その事実は今でもまだ覚えている。

ウォルターの猟犬という“居場所”と、生きるという戦うための“意味”を。

“意味”は、戦い続ける中、変わっていった。

最初は自分自身が生き続けるため。

最初は、私はウォルターを信用していなかった。

きっと良いように利用されて、用が済めば棄てられるものだと思っていた。

けれど、それは戦い続ける内に変わっていった。

次第に、私にとってウォルター自身が、私が生きて、戦う“意味”になっていった。

ウォルターがいなくなった後も、その使命を“意味”として戦い続け、そして、成し遂げた。

──成し遂げたと、思っていた。

 

「…って、ハッ!?はわわわ…すっ、すみませんっ!一方的に話してしまって…あははは…」

 

後になって恥ずかしくなってきたのだろう。

レンカは縮こまって顔を赤面させ、視線を泳がせる。

 

「ううん、いいよ。むしろ、嬉しかった。レンカのことを知ることができて。話してくれてありがとう」

 

それは、紛れもない私の本心だ。

レンカは先程、自身を普通の凡人だと言っていた。

それが卑下なのか、それとも冷静に自身を見詰めた結果なのかは分からないが、普通はそんなことを他人に話そうとはしないだろう。

話してくれたということは、それだけ彼女の自信を強くし、話しても良いと思える程度にはしたということの表れだ。

 

「そ、そうですか?えへっ…えへへへへへ…」

 

レンカは照れ臭そうにしながらも、嬉しそうに頭を掻く。

 

「そっ、それじゃあ!これからも色々とご協力の程、よろしくお願いしますねっ!?データ収集のあんなこととか、こんなこととか、そんなこととかっ!!ウヘヘへへへ…」

 

そんなレンカが一転して眼の色を変える。

羞恥は興奮へと変わり、嬉しそうな表情が邪悪さを孕む。

血走った眼を見開き、口の端から舌と唾液を垂らす。

 

「…色々と全部台無しだよ…」

 

私はレンカから銃を受け取ると、逃げるように研究室から脱出した。

 

「いってらっしゃ〜い♪」

 

すっかりハイテンションモードで絶好調となったレンカの機嫌の良さそうな声を背中に受けながら、私は地下を後にした。

 

あの様子ではあのままオールコースだろうな…。




エデン条約編第二章もいよいよ終盤です
まあ、その後第三章に移行するんですが、二章は一つの区切りとなっています

次回はハナコの依頼に臨むことになります
ずっと受け身で巻き込まれ続けたレイヴンが、今度は反転攻勢で先手で攻め込みます
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