アリウス部隊襲撃
奮闘する補習授業部とシャーレ(先生+レイヴン)
『イヴさん、“本当のトリニティの裏切者”を炙り出したいので、もし私たちの集合場所の建物に近付く部隊がいても、一旦、見逃してください。その方々は、私たちの方で
『[“イヴ、どうやらハナコによるとアリウスの増援が迫っているらしい。君にはこちらの迎撃に出てもらいたい。かなりの数の可能性があるらしいから、足止め程度で問題ないよ”]』
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トリニティの敷地内を横断する三十人程の集団があった。
それはアリウスの生徒で構成されており、物陰に隠れもせずに、堂々と闊歩している。
その理由は、彼らはもはや隠れる必要がないからだ。
ティーパーティーホスト、桐藤ナギサは権力を行使できず、それは即ち、トリニティは陥落したも同然。
そうなれば、自分たちを手引きした者がトリニティのトップであり、その者の元につく自分たちは正規の生徒となる。
もし仮に、立ち塞がる者がいれば、それはトリニティへの叛逆も同じ。
だからこそ、彼らは隠れる必要がない。
アリウスは逆賊ではなく、正規軍なのだ。
彼らが目指すは、愚かにも桐藤ナギサを横取りし、匿っている者達の元。
元はトリニティの生徒だったが、今となっては新生したトリニティに歯向かう逆賊。
その者達へと裁きを下すべく、アリウスの増援部隊は歩みを進める。
夜明けが近付いているが、周囲はまだ宵闇の中に沈んでいる。
夜が明けるまではもう少しかかりそうだ。
そんな中、後続の一人の生徒が背後で微かな物音を耳にする。
不審に思い振り返るが、その先には何もいない。
風の音か何かかと納得し、顔の向きを戻す。
少し集団から遅れてしまった。
急いで戻ろうと走り出す。
その直後、背後を何かが横切る音が聞こえた。
その生徒は銃を構えつつ振り向く。
しかし、やはりその先には何もいない。
不思議を通り越し、不気味に感じた生徒は、背筋に冷たいものを感じ、急いで戻ろうとする。
先程よりも集団との距離が空いてしまった。
「おい!何をしている!早くしろ!置いていくぞ!」
遅れた生徒の存在に気付いた他の生徒が振り返り、遅れた生徒を急かす。
「あ、あぁ、すまな──」
戻る為に走り出そうとした直後、生徒は盛大に前のめりに転倒した。
「おい!?何をしているんだ全く…」
転倒した生徒に呆れつつも、駆け寄ろうとする生徒。
「くっ、来るなッ!!」
だが、転倒した生徒の切羽詰まった声に動きが止まる。
転倒した生徒は、自身の足首を掴む手の感覚を感じていた。
自身の背後に、何者かがいる。
姿は見えない──いや、見れないが、間違いなく、自身の足首を掴む何者かが。
「こっちに来ちゃダメ──うわぁぁぁああああああああっ!!?」
駆け寄ろうとしていた生徒に警告しようとする転倒した生徒だったが、その生徒は絶叫を上げながら闇の中へと引き摺り込まれていった。
生徒の悲鳴は他の生徒の耳にも届き、部隊は騒然となる。
だが、闇の中へと消えた生徒の悲鳴は、すぐに途切れた。
「て、敵襲!総員、構えッ!!」
ただならぬ状況と判断したリーダーの生徒が指示を出し、部隊は闇の中に消えていった生徒の方へと銃口を向ける。
暗闇の中から、いつ、何が出て来ても良いように、身構える。
その静寂が破られたのは、やはり生徒の悲鳴だった。
「うわっ!?うわあぁぁぁぁああああっ!?」
銃を向けている方向とは真反対──つまりは背後から、最後列の生徒の一人が、闇の中へと消えていく。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおッ!!!」
勇猛な生徒の一人が、暗闇の奥へと銃撃を放つが、それらしい手応えは感じなかった。
「ひぃっ!?いやっ!!いやぁぁぁぁあああああああッ!!?」
次は、二人目が消えた際の悲鳴とその後の銃撃に気を取られ、暗闇に背を向けていた最前列の生徒の一人が引き摺られていく。
「暗闇に背を向けるなッ!相手は何処から現れるか分からん!円形に陣を組んで背中を見せるなッ!!」
三人もの貴い犠牲から、対策を編み出し、指示を出す。
アリウス部隊は円形に背中を合わせ、陣形を組む。
大勢での単なる大きな円ではなく、円の内側に二重の円を重ねた、三重の円の陣形。
その状態で、全方位に銃口を向ける。
最前列が膝をついた低姿勢で銃を構え、次の列が立った状態で銃を構える。
これならば前後左右、どの方向から襲われようとも、不意打ちは許さない。
一人が襲われ、仮に犠牲になったとしても、その左右と奥の隊員が銃撃できる。
銃弾の一発や二発は撃ち込めるハズだ。
緊張した面持ちで、アリウス部隊はジッと、自分たちを取り囲む暗闇を凝視する。
いまだに、襲って来ている者の正体が掴めない。
それが一体何なのか、全く見当もつかない。
正体不明のバケモノ、としか言いようがない。
だが、そんなことがあるはずもない。
そんなものがいるはずがない──。
一陣の風が過ぎ去る。
「──がぁッ!?」
その悲鳴が上がったのは、暗闇へと銃を向ける、最前列の者たちの誰でもなかった。
逆に、その円の中心、指揮をとっていたリーダーが、何者かの下敷きになって、地面に叩きつけられていた。
声に反応し、振り返ったアリウス生徒が見たのは、真紅の残光。
それが、紅く光る眼の光であり、その主が人の姿をしていることに、少しだけ安心を覚えた生徒もいた。
だが、一部の生徒は、このたった一人の生徒に、自分たちアリウスの部隊が手をこまねいている事実に戦慄した。
そして、そんなことが可能な存在は、たった一人しかいない。
その特徴も、合致していた。
靡く白髪に黒の外套。
「──レイヴン!?」
再び、仄暗い影の中に、真紅の残光が奔る。
周囲を薙ぎ払うように放たれた銃撃が、中心近くのアリウス生を薙ぎ倒す。
「貴様ァ!!」
体勢を立て直したアリウス生がレイヴンへと銃撃を放つ。
だが、それらの銃弾は、まるで一つ一つが把握されているかのように躱され、擦り抜けられる。
レイヴンの双眸が残光を引き、滑らかに、だが激しく、動き回る。
目で追うこともままならず、瞬く間に距離を詰められる。
レイヴンの放った散弾が広範囲を吹き飛ばす。
それに巻き込まれたアリウス生が次々と倒れていく。
人数はまだまだアリウスの方が優勢。
だというのに、勝てるビジョンが一切、見えない。
昏く、深い、闇の中にいるかのような。
悪夢を見ているかのような気分だった。
夢ならば一刻も早く醒めて欲しい。
そんな現実逃避をしている間にも、一人、また一人と倒れていく。
どれだけ銃撃を集中させても、まるで銃弾の軌跡が──否、予測が見えているかのように、躱される。
銃撃だけでなく、ロケットランチャーの砲撃さえも、爆発にすら巻き込めない。
爆発の範囲まで掌握されている。
アリウスの一人がやぶれかぶれでレイヴンへと銃床で殴り掛かる。
だが、レイヴンは無駄の無い素早い動作で左手のSGをHGへと持ち替え、反撃の銃弾を撃ち込む。
そのアリウス生は、ただダメージを受けるだけでなく、銃を振るう動作そのものを中断され、膝を突く。
何が起こったのかも分からぬまま、体勢を崩したアリウス生は背後に回り込まれ、盾代わりにされる。
向こうが攻めに転じれば、目で追うことも困難な速度と動きで翻弄され、死角からの銃撃に撃たれるか、或いは蹴りによって吹き飛ばされるか、顔面を掴まれ、地面に叩き付けられる。
あらゆる攻撃、あらゆる手段が無駄に終わる。
足掻くことも、抗いすらも無為に踏み躙られる。
そこには、本当の虚しさ──虚無があった。
それは正しく人の形をした災厄。
暴れ回り、荒れ狂う天災の化身。
天災の前では、人は何をしたところで無意味。
それをむざむざと見せ付けられているようだった。
「…Vanitas vanitatum et omnia vanitas.」
弾薬が切れ、空しいトリガーの音が鳴る中、一人残ったアリウス生はそう呟いた。
周囲には数多の同胞が倒れている。
その中で、レイヴンはこちらへと歩いて来ていた。
最早、勝ち目はない。
赤い残光を引き、レイヴンの姿が消える。
──直後、真紅の双眸を煌々と光らせるレイヴンが目の前に現れる。
その顔は、獰猛に、惨虐に、歓喜に歪んでいた。
手で顔面を鷲掴みにされ、そのまま押し倒される。
アリウス生は、最後の瞬間、理解した。
生まれた時から世の虚しさを教え込まれ、死んだも同然だった心に湧き上がったもの。
あの、レイヴンの狂喜に歪む貌を見た瞬間、岩漿のように噴き出した感情。
これこそが、虚しさすらも凌駕する“恐怖”なのだと──。
アリウス生は、悲鳴の絶叫を上げる間もなく、地面に叩き付けられた。
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「ぐっ、うっ…!」
アズサの放った一撃が、アリウス指揮官を打つ。
アリウス指揮官は、呻きを漏らしながら膝を突き、そのまま倒れ臥す。
「か、勝った…?」
倒れた指揮官を見詰めながら、コハルは確かめるように呟く。
「全員戦闘不能」
それに答えるように、アズサが銃を下ろし、髪を振り払う。
「あうぅ…先生の指揮があって本当に助かりました…」
肩の荷が降りたように、ヒフミは安堵の溜め息をこぼす。
「…はい。では、難所を一つ乗り越えたところで、次のフェーズに移りましょうか。今も、レイヴンがアリウス増援部隊と交戦しているはずです。そちらの助力に行きましょう。とはいっても、すぐに正義実現委員会が到着するでしょうし、私たちの出番があるかは分かりませんが…」
「あ、ハスミ先輩には連絡しておいた!すぐ返事来るはず!」
「はい、ありがとうございます♡ティーパーティーの命令下にある正義実現委員会が動けるとしたら、それはティーパーティーの身辺に問題が生じた時だけ。定期連絡とかもあるでしょうし、きっと今頃、ハスミさん達はナギサさんに何かがあったことには気付いたはず」
「わ、私も連絡したし、そんなに時間はかからない、わよね…?」
「ええ、きっと。早く来てくれると良いのですが……後の不安要素は、“本当のトリニティの裏切り者”についてですが──」
そこでハナコは、倒したアリウスの指揮官が動いたことに気付く。
「ククッ…くははははは…」
アズサが銃を構え、銃口を向ける。
その先で指揮官は、両腕を床に突き、上体だけを起こす。
「全く…おめでたい連中だ…この後に及んで尚、希望的観測で状況を判断するとは…」
指揮官の生徒は、まるで嘲笑うかのように、くつくつと笑い声を漏らす。
「…どういうことだ?」
銃口を向けて、アズサは指揮官に問う。
──その直後。
体育館横の壁が吹き飛んだ。
「!?」
補習授業部の全員が、吹き飛んだ壁へと視線を向ける。
吹き飛び、崩れた体育館の壁の穴、その砂煙の向こう側には、一つの人影が立っていた。
「いやぁ〜、やられたやられた〜☆折角の計画が台無しだよ〜」
その声に、先生は聞き覚えがあった。
そして、その声は、この状況では最悪の予想を脳裏に浮かび上がらせる。
先生自身も、それは信じたくはなかった。
何かの間違いだと思いたかった。
砂煙の中から姿を現したのは──。
「…!」
その姿を目にしたハナコの表情が険しくなる。
[“ミカ…?”]
先生は、信じられないものを見るかのように、現れた生徒──聖園ミカを見詰める。
まだ断定はできない。
最悪の予想が外れてくれることを祈った。
「やっ、先生。久しぶり。また会えて嬉しいよ☆」
その一方で、ミカ自身は何とも思っていない風に、手を振って返す。
その無邪気な様子は、以前と変わらない。
それなのにも関わらず、先生はミカとの間に隔たりを感じずにはいられなかった。
「本当はね、アリウスの増援部隊と合流して、それでここに来るつもりだったの。何せ、アリウスはこれから、公的な武力集団になるから」
それは、紛れもなく、このアリウスの襲撃が、ミカによるものであると認めているも同じだった。
無情にも、先生の最悪の予想は現実となってしまった。
そこまで言うと、ミカは困ったように、わざとらしく溜め息を吐く。
「それなのに、“アレ”は何?たった一人だけで増援のアリウス大隊を全滅させちゃってたんだけど。あれが噂に聞くレイヴンってやつ?お蔭で折角の計画が台無しだよ。まあでも、それでもどうにかなりそうだけどね。その為にこうして私が出て来たんだし…」
ミカの発言に先生は訝しむ。
イヴには足止め程度で問題ないと伝えていた。
それにも関わらず、ミカの言葉を信じるなら、全滅させたということになる。
何か、全滅させなくてはならない要因が生じたのだろうか?
イヴの方も懸念が生じるが、今はまず、目の前のことが先決だ。
「ティーパーティーの一人…聖園ミカさん…」
ハナコが苦い顔をして、この場に現れたミカを見詰める。
それは、この現実を受け入れたくないという風に見えた。
そんなハナコや他の補習授業部を意にも介さず、ミカはいつもの調子で最悪の自己紹介をする。
「まあ簡単に言うと黒幕登場☆ってところかな!私が、本当の“トリニティの裏切り者”」
薄々、勘付いてはいたが、改めて真っ直ぐ言葉にされると、しかも、全く悪びれる様子もない姿から、補習授業部と先生は衝撃を受け、動揺する。
「……」
「…!?」
特にコハルは、大きな衝撃を受けているようだった。
「ああ、それと正義実現委員会は動かないよ」
続けて、ミカは驚愕の事実を告げる。
想定外の事態に、ハナコも驚愕と疑問が入り混じった顔になっている。
「私が改めて待機命令を出したから。今日は学校が静かだったよね。正義実現委員会以外にも、邪魔になりそうなものは事前に全部片付けておいたの。ティーパーティーの命令が届く限り全てのところに、色んな理由を付けて足止めしておいたから。ナギちゃんを襲う時に、邪魔なんてされたら困っちゃうもんね」
淡々とした口調、その内容の用意周到なまでの根回しから、ミカが何かの間違いや、誰かに強制されてこの場にいる訳ではないことを理解する。
ミカは自ら望んで、補習授業部と先生の前に立っているのだ。
補習授業部によるナギサの保護を妨害、
「という訳で、ナギちゃんをどこに隠したのか教えてくれる?私も結構、時間がなくて切羽詰まっててさ。ここにいる全員に
それは遠回しに、邪魔をするなら容赦しない、と脅迫しているのと同義だった。
ミカは、本当に何も思っていないのか。
補習授業部やナギサに危害を加えることを何とも思っていないのか。
[“ミカ、どうして…”]
どうして、そこまでしてナギサを──否、今と、これからのトリニティをよりにもよってミカ自身が否定するのか。
そんな思いが湧き上がり、堰き止め切れずに、口から漏れ出てしまった。
「んー?聞きたい?でも、ごめんね、先生。さっきも言ったけど、私も悠長におしゃべりしてる暇はないんだよね。今にも、あのアリウスの大隊を蹂躙した
恐らくイヴのことを指していると思われる“狂戦士”やら“アレ”という表現に違和感を覚えるが、今はミカのことが最優先だと先生は自らに言い聞かせる。
[“…全ては、ティーパーティーのホストになるため…?”]
ナギサを狙うことからも、ティーパーティーのホストの立場を狙ってのものであることに間違いはないと考える。
だが、先生が思うミカは、そんな権力に固執するような生徒ではなかった。
或いは、それもまた都合の良い幻像に過ぎないのか。
「…うん、そうだよ。私は、ティーパーティーのホストになって、そして、大嫌いなゲヘナをキヴォトスから消し去りたい。ただ、それだけ…理解してくれる必要なんてないし、理解して欲しいとも思わない。だから、先生?最後にもう一度だけ言うね?」
ミカは淡々と、何の感情も感じさせずに、ただ穏やかに告げる。
そして、先生へと右手に持った銃を向ける。
先生を守るように、補習授業部の四人が前に立つが、ミカはそれを一切、意に介さない。
「ナギちゃんを返してくれる?大丈夫、痛いことはしないよ。まあ、残りの学園生活は全部、檻の中かもしれないけど」
危害を加えないのなら、良いかもしれない。
だが、それは同時に、このミカの行動を肯定することになる。
それはトリニティの為にも、ナギサの為にも、補習授業部の為にも、何よりミカ自身の為にも、認めることはできない。
[“…ミカのお願いでも、それは聞けない”]
拳を握り締め、先生は険しい顔でミカを見詰める。
あまりの険しさから、それは睨み付けるかのようだった。
「……ふふっ、先生でもそんな怖い顔ができるんだね。交渉は決裂かぁ。なら仕方ないね…先ずは、色々と邪魔なのを片付けてからにしよっか?」
ミカはここに来て初めて、驚いた表情を見せた。
だが、それはすぐに元の穏やかな顔に戻った。
銃を構えたミカから、戦意が放たれる。
「…気をつけて、先生。こうして見ただけで分かる。かなり強い」
銃を構えたまま、アズサが険しい表情を浮かべて、そう告げる。
その頬を汗が伝っていた。
いつも余裕の表情のアズサが緊張している。
「ふふっ、そうだよ。先生には前に言ったけど、私、結構強いんだから。──それじゃあ、お片付け、しよっか」
ミカは、変わらない口調で無邪気に淡々と、開戦を告げた。
次回、補習授業部VSミカ戦!
レイヴンが張り切ってくれたお蔭でミカも余裕が無くなっちゃって原作よりやる気になってしまっているハードモードです!