ブルーアーカイブ -灰の翼-   作:空素

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エデン条約編という章は引き続き継続ですが、一つの区切りという形でエピローグを挟みます


エピローグ-/暗雲

後日、私は再びトリニティを訪れていた。

 

それは他でもない、桐藤ナギサからの招待を受けてのものだった。

 

ティーパーティーの生徒の案内を受け、私は桐藤ナギサが待つバルコニーへと通される。

 

その場所は、夢でセイアと出会った場所と瓜二つだった。

 

「ナギサ様、レイヴンさんをお連れいたしました」

 

「ありがとうございます。お疲れ様でした」

 

桐藤ナギサが生徒を労うと、生徒は一礼して下がった。

 

そして、桐藤ナギサは椅子から立ち上がる。

 

「こうして直接、お会いすることは初めてですね。レイヴンさん」

 

「…そうですね。初めまして、桐藤ナギサさん。私のことは渡鳥イヴと呼んでください」

 

「そうですか。それでは、渡鳥イヴさん──」

 

すると桐藤ナギサは私の目の前まで近付き──頭を下げた。

 

「この度は、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 

予想外の行動に、私は面食らう。

 

「お話は聞いています。補習授業部への試練の中、偶然とは言え、あなたを巻き込んでしまったと…。その中には、あなたの立場を危うくしてしまう場面もあったと聞きました」

 

「意図したものではないとは言え、私の行動があなたに不利益を与えたことは事実。その上、先のアリウスの襲撃時には、私を守る為に補習授業部の皆さんと協力したとのことで…本当に、申し訳ありません…」

 

桐藤ナギサは、毅然とした態度で頭を下げる。

そこには、自分の間違いを認め、受け止める確かな強さが宿っていた。

 

頭を下げてこそいるが、情けなさなどは一切、感じられず、むしろ気高さと品格すら感じさせる。

堂々とした佇まいだった。

 

「…顔を上げてください。気にしていない、という訳ではありませんが、幸い、私は大きな被害を被ってはいません。ですから、頭を下げていただく必要はありません」

 

確かに、ゲヘナでの一件で、風紀委員会との関係が危うくなったことは事実だが、それはもう過ぎたことであり、杞憂に終わった。

風紀委員会との関係性はいまだに良好を保っている。

 

「それに、すべてがあなたのせいとも言えません。いずれも、私が自らの意志で選び、選択したことに他なりません。仮に、何かしらの不利益を被っていたとしても、それは私自身の責任であり、自由の代償です。そこに、あなたは関係ありません」

 

巻き込まれたとは言え、私自身はいつでも身を引くことができた。

そうしなかった以上、私の選択は私自身の責任だ。

そのことで桐藤ナギサを責めるのはお門違いも良いところだ。

 

「…敵いませんね、本当に…ありがとうございます」

 

顔を上げた桐藤ナギサは、柔らかく微笑んだ。

 

「…それで、用件はこれだけでしょうか?」

 

私が聞くと、ナギサはハッと思い出したように声を上げる。

 

「あ、そうでした。すみません、先程のことで頭がいっぱいになってしまっていて、すっかり忘れていました。レイヴンさんをお呼びしたのは、私をアリウスの襲撃から助けて頂いた際の報酬金についてです。そのことについて、ご相談がしたく…」

 

「なるほど、分かりました」

 

「せっかくですので、お座りください」

 

私はナギサに促されるまま、ナギサさん席の近くの椅子に腰掛ける。

 

「お紅茶もどうぞ。お口に合うとよろしいのですが…」

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

その後、私は紅茶に舌鼓を打ちながらナギサと報酬についての取引をした。

 

関係者には悪いが、私は先生と違って慈善活動をしている訳ではない。

先立つものが必要なのだ。

とは言え、報酬金の殆んどは戦闘時の消耗品や装備品の費用*1として注ぎ込まれる。

遠回しに先生の為になると言っても良いはずだ。

 

更に言えば、別段、吹っ掛ける気は毛頭ない。

一時の気の迷いでそんなことを考えた事もあったが、護衛任務としての適正価格内に留める。

 

例え、相手が大金持ちのお嬢様であるトリニティの生徒が相手だとしても、だ。

相場はしっかりと守る。

 

それが、私ひいてはシャーレ──先生の信用に繋がる。

 

ナギサとの取引を終え、ひと段落したところで、私は紅茶を一口、口に含む。

紅茶で喉を潤した後、私は口を開いた。

 

「…ナギサさん、今回の騒動の主犯──聖園ミカさんは今後、どうなるのでしょう?」

 

私の問いに、ナギサはカップを口から離し、答えた。

 

「処分、という事についてでしたら、まだ何とも言えません。現状、トリニティも混迷は脱したとは言え、暫く落ち着きを取り戻すまでは遠いでしょうから…それまでの間は、ミカさんは監禁、ということになるでしょう」

 

それだけ、今回の騒動、ひいてはアリウスの襲撃は根深い爪痕を残したという事なのだろう。

 

「…ミカさんを止めてくれた方の中に、イヴさんがいらっしゃったという話も聞いております。ありがとうございました。ミカさんを止めてくれて…」

 

ナギサにお礼を言われるが、私は首を横に振る。

私が、そのお礼を受け取るべきではないと思ったから。

 

「そのお礼でしたら、先生と補習授業部の四人に言ってあげてください。私は、彼らに頼まれたから、その仕事を全うしたに過ぎません」

 

補習授業部のヒフミ、アズサ、コハル、ハナコの四人は、誰一人欠けることなく、見事に特別試験を合格した。

彼らは見事に、ナギサからの試練を乗り越え、それと同時に、ナギサの視界を覆っていた疑いの闇を晴らし、自らの居場所を取り戻した。

彼ら四人は退学する必要はなく、これからもトリニティの生徒として過ごしていくことになる。

 

まだ色々と懸念は残る。

日常には程遠いかもしれない。

 

特にアズサ。

彼女はアリウスの出身であり、聖園ミカも不穏な言葉を残した。

 

──“スクワッド”。

私にも告げられたその言葉は、アリウスを率いる存在、と見て良いはずだ。

その存在が残っている以上、本当の平穏は訪れない…。

 

だが、ほんの僅かな平穏であっても、彼女たちには休息が必要なはずだ。

ほんのひと時でも、息を吐く時間が。

 

「──えぇ、それはもちろんです。先生と…補習授業部の、皆さん…にも…」

 

そこで私の“耳”はカタカタという音を耳にする。

ナギサを見れば、カップを持つ手が震え、その顔面は蒼白に色褪せていた。

 

「…ナギサさん?」

 

訝しげに声をかければ、ナギサはハッと我に返る。

何やら様子がおかしい。

 

「す、すみません…ところで、つかぬ事をお聞きしますがイヴさんはヒフミさんとは仲がよろしいのでしょうか?」

 

青褪めたぎこちない笑みを浮かべたナギサが私に問いを投げかける。

本当にどうしたというのだろうか?

 

それはさておき、ヒフミとの仲、か…。

初めて出会ったのはブラックマーケットで。

その後、協力して貰ったりして縁も深まり、このトリニティでの一件で、補習授業部共々、更に良好な関係を築けている気がする。

 

「…まぁ、それなりに、でしょうか?悪くはないと思います。私個人の主観ではありますが」

 

「そ、そうですか…」

 

ナギサは納得した(?)様子でいまだに震えながらも紅茶を口に運ぶ。

 

先程まではずっと毅然とした態度を崩さなかったというのに、ここに来てのナギサのこの様子はどういうことだろうか?

先程の質問も踏まえれば、ヒフミと何かあったのだろうか。

 

そう言えば、ヒフミはティーパーティーの人間と顔見知りな様子が度々、見受けられた。

その相手がナギサだったのかもしれない。

補習授業部の件で、その関係に亀裂が入った、とかだろうか。

邪推にも程がある。

これ以上の詮索はしないでおこう。

ヒフミとナギサ、二人のためにも。

 

「…すみません、少々、取り乱してしまいましたね…」

 

そう言ってナギサは私に笑いかけるが、どう見てもその笑顔はぎこちなく、そして具合が悪そうだ。

 

「あの、大丈夫ですか?顔真っ青ですけど…」

 

これには私も気を遣わずにはいられなかった。

 

「お気遣い頂きすみません…」

 

「さっきから謝ってばかりじゃないですか。私は一旦、帰りますので、どうか静養してください」

 

元々、エデン条約も控えて気を張っていたところ、ミカとアリウスが結託し、自身の命を脅かしたという騒動に遭い、精神的にダメージが大きかったのだろう。

まだ本調子ではなかったのかもしれない。

 

「すみません…私から呼んでおきながら…本当に…あははははは…うぅ…」

 

青褪めた顔で笑ったかと思えば、急に泣き出してしまった。

原因は分からないが、これはかなり重症だ。

 

かなり深刻な様子のナギサがティーパーティーの他の生徒に肩を貸してもらいながら立ち去っていく様子を見送った後、私はトリニティを立ち去った。

 

次にトリニティを訪れる時には、快復していると良いのだが…。

 

****************************

 

そこは、何処かの廃墟の内部。

 

日の光も届かぬような暗がりの中、仄暗い薄闇に、濃く深い人影が無数に浮かび上がる。

 

「…準備しろ、みんな」

 

黒髪を靡かせ、黒のキャップと口元を覆う無機質なマスクで顔の殆んどを隠した大人びた少女──《サオリ》が、中性的な低い声で指示を出す。

唯一、曝け出された淡い青色の双眸は、鋭い光を宿していた。

 

「あ、あぁっ…つ、ついに始まるんですか…!?よ、ようやくこの時が…でも苦しいんですよね、辛いんですよね…?」

 

悲観的で卑屈な言葉をまくし立てるのは、身の丈を超えるガンケースを背負った浅葱色の髪の少女、《ヒヨリ》。

 

「…うん、でも大丈夫。苦しいのは生きてる証拠」

 

そんなヒヨリをそばで宥めるセミロングの黒髪の少女、《ミサキ》は穏やかな微笑みを浮かべるが、その瞳には一縷の希望も映らないかのように濁っている。

 

「……」

 

最後の一人は、全員共通の白銀の上着のフードを深く被り、異様な仮面で顔を隠した薄紫色の髪の《アツコ》。

アツコは、仮面によって声を発せないからだろう、手話によって意思を表現する。

 

「ひ、姫ちゃんが手話で何か言ってますけど。えっと…」

 

ヒヨリは手話の理解度が低いのだろう。

首を傾げる。

 

「…あの子はどうなった、って?気になるの、姫?」

 

そんなヒヨリに通訳したのはミサキだった。

 

「……」

 

ミサキの問いに、アツコはコクリと控えめに頷く。

 

「…どうでも良くない?結局は、早いか遅いかだけの問題で」

 

ミサキは心底どうでも良いとでも言う風に捨てる。

 

「で、でも怖いですね…戻ってきた人たちの中には、発狂?というか、何か、恐ろしいものでも見たかのように震えている人たちもいるみたいですし…」

 

ミサキの容赦ない言葉で不穏になった空気を解消するように、ヒヨリは話題を変える。

 

「……」

 

アツコが何かを手話で伝える。

 

「…レイヴン。《特記戦力》として注意するべき、って()()()()相手だね。でも、相手も生徒なんでしょ?それなら他の連中と同じように付け入る隙はあるんじゃない?どうでもいいけど」

 

「その辺にしておけ」

 

サオリの言葉に、三人は会話を止め、視線を向ける。

 

「……」

 

すぐ近くのアツコがサオリを見詰める。

 

「黒い雲…明日は雨になるな」

 

サオリは廃墟の窓から空を眺める。

空には、正しく暗雲が立ち込めていた。

 

「あ、雨ですか?嫌ですね、雨はジメジメして…苦しいですし、気持ち悪いですし…」

 

また悲観的な言葉を連ねるヒヨリを宥めるアツコとミサキ横目に、サオリは暗雲を睨む。

 

「…アズサ。どれだけ足掻こうと、お前は抜け出すことはできない」

 

「お前の体は覚えている。すぐに思い出すはずだ、真実を」

 

「そして、レイヴン。今回は派手にやられたが、次はそうはいかない。どれだけ強かろうと、人である限り、限界がある」

 

「人である限り、真実からは逃れられない」

 

「…曰く」

 

「──全ては虚しい(Vanitas vanitatum)何処まで行こうとも(et omnia)

全てはただ虚しいものだ(vanitas)

 

 

 

 

 

 

 

『──あなた達では、レイヴンには勝てませんよ』

 

四人だけの廃墟の中に、突然、声が響き渡る。

 

「ひぇっ!?誰ですか!?何ですか!?私たちしかいないはずなのに!?お化けですかぁっ!?うわぁあん!!」

 

人の声とは思えない、不自然な反響の仕方をした声にヒヨリが慌てふためく。

 

『失礼しました。突然、声をかけてしまってすみません』

 

その声と共に、廃墟内に深紅の粒子が漂い始める。

それは四人の前で収束し、形を成し、姿を現す。

 

「…誰だ」

 

サオリが警戒しながら睨む先には、白と赤に彩られた女性が佇んでいた。

腰を過ぎてなお伸びる白の長髪は赤みを帯び、またその裏側──いわゆるインナーカラーもまた深紅に染まっている。

肌は色白でありながら赤みを帯びつつも、何処か無機質な冷たさと硬さを宿す。

上半身は大人の女性らしい柔らかくしなやかな雰囲気の妖艶な体付きが露わになっている一方、腰から下は足元に行くにつれてドレスの裾のように広がっている。

言ってしまえば、肌と服の境がなく、シームレスに繋がっており、またドレスの裾に行くにつれて白から赤へのグラデーションが生まれていた。

ドレスの裾からは白く細い脚が覗くが、その爪先もまた、赤く染まり、踵部分はヒールのように高くなっている。

 

『私はルナシー。レイヴンの専門家です』

 

眉毛も睫毛も、赤みを帯びた白に染まった女性──ルナシーは瞼を開く。

その双眸は、星のような無数の煌めきが瞬く、深紅に染まっていた。

 

サオリ達は知る由もないが、その姿は以前、レイヴンの前に姿を現した時よりも精度が高く、より人に近しい姿になっていた。

それはつまり、ルナシーのコーラル操作の精密性が向上したことを示唆している。

一見すると、ほとんど人と見分けが付かない。

だが、よく見れば人と言うよりは、まだ精巧に造られた人形といったところだった。

 

その人形っぽさは、サオリ達もまた感じており、ルナシーの存在に得体の知れない不気味さを覚えていた。

 

「レイヴンの…?」

 

ミサキが訝しげに聞き返す。

 

「……」

 

アツコの表情はマスクによって窺い知れないが、首を傾げるところから疑念を抱いていることは確かだった。

 

『はい。《アリウス・スクワッド》の皆さん、レイヴンのことは、どうか私にお任せください』

 

****************************

 

目を開けてすぐ、その場所が夢であると理解した。

 

私がいるのは、トリニティ。

その中でも、今日、ナギサに招かれたバルコニーだった。

 

そこで待っている人物は、当然ナギサではない。

だが、見覚えのある人物だった。

 

「──やぁ、久しいね。イヴ」

 

大きな獣耳を生やした、金髪の小柄な少女──百合園セイアだった。

 

「…久しぶりだね、セイア」

 

彼女と夢で会話──もとい、茶会をしてから、一週間以上は経っただろうか。

その期間はあっという間だったが、濃密だったこともあって、本当に久しく感じる。

 

「おや、ようやく砕けて話してくれるようになったか。それなら、こちらも気が楽でいい」

 

以前の茶会の時は、初対面ということもあって終始、敬語で会話をしていた。

 

「…まぁ、二度目だからね。警戒する必要もないし」

 

私の敬語は、基本的には初対面以外は警戒心の表れだ。

二度目以降、警戒する必要がなければ、相手次第で敬語を解く。

私もすっかり慣れたとは言え、やはり普通の口調の方が気が楽だ。

 

「そうか。それは良かった。立ち話もなんだ。座りたまえよ」

 

セイアはそう言って近くの椅子に座るように促す。

私も特に断る理由は無いため、促されるまま椅子に座る。

席に着くと、前回と同じく、目の前に紅茶が現れた。

カップを持ち、口元に運ぶ。

一口含み、味わいながらゆっくりと飲み込む。

その風味は、場所との結び付きからか、ナギサが出してくれた紅茶の風味がした。

 

「──さて、イヴ」

 

私が一口飲み終えるのを待っていたかのように、ちょうど良いタイミングでセイアが声をかけてくる。

 

「補習授業部の一件も、ミカの反乱も終息し、各々が日常へと帰っていく。それは君がその目で見た通りだ」

 

前回も感じたが、セイアは眠り続けているという割に、現実()の事情にやけに詳しい。

彼女が見るという、“特殊な夢”にまつわるものなのだろうか?

 

「…ずっと眠っている割に、随分と今の情勢に詳しいんだね?」

 

そこに、あえて切り込んでみる。

セイアであれば、言いたくないことであればキッパリと断ってくれるだろうと信じてのことだ。

 

「ん?ああ、そう言えば君には言っていなかったか。何と説明するのが良いかな…まあ、“予知夢”のようなものだと思ってくれると良い」

 

“予知夢”──それがセイアが見るという特殊な夢の正体か。

それは何とも…不便そうだ。

 

「時々、そういう夢を見るんだ。夢の中で夢を見る、という表現も奇妙だけどね。まあ、そういった、後で現実になってしまう夢、それ以外にも色々な夢をね」

 

きっと、今の夢の世界のような、自意識がある明晰夢ではなく、それこそ本来の夢のような、何も出来ない中での一方的な情報の流入、それがセイアの見る予知夢なのだろう。

彼女の意思に関わらず、見たくなくても見てしまう。

良い予知も、悪い予知も。

 

「…なるほど、それが現実世界の情報を知る手立てとなっている、と」

 

良くも悪くも、それが、ずっと眠り続けるセイアが、外の状況を知る術になっている。

 

「ああ、皮肉なことにね…そして、その予知夢は既に、先の未来をも示している」

 

「…収束した先の“破局”を、ね…」

 

それは、生半可な悪い予知ではないのだろう。

最悪の、恐るべき未来を指す言葉。

 

「──暗雲。元来、自然は人の手でどうこうできるものでもないが、そんな誰の手にも負えないような、二度と太陽を拝めるとは思えないような…避けられない運命とでも言うべき暗雲が今、ゆっくりと押し寄せている」

 

「まだ残っているものがある。物語は終わっていない。──そのことは()()また、理解していることだろう?」

 

私の脳裏を過ぎるのは、やはりアズサと、そしてアリウスの存在だ。

そのどちらか、或いは両方が、セイアの言う“破局”に続いている。

 

「…予知夢が外れる、ということは?」

 

私の問いに、セイアは首を横に振る。

 

「残念ながら、ほとんどないよ。あったとしても、些細なことさ。大きな流れは変えられない。大きな流れというのは、それに比例して強制力も強いものだからね」

 

それは、川の流れのようなものなのだろう。

些細な予知程度であれば、小川にも満たない水流であり、簡単に堰き止めたり、逸らしたりすることができる。

だが、大きな予知は、大河のようなものであり、その水の流れる強さは、わざわざ説明するまでもないだろう。

それこそが予知夢──未来への強制力であり、ひいては、運命の力とでも言うべきものだと、私は解釈した。

 

「そうでなければ、私は今、こうして眠り続けるようなことなど無かったさ」

 

私は以前、美食研をゲヘナに引き渡す際に、ヒナと共に先生からセイアの現状についての情報を断片的に聞いている。

『セイアは何者かに襲撃された』。

それはおそらく、アリウスの仕業であり、聖園ミカも関わっていることだろう。

 

そして、セイアの言葉通りであれば、その襲撃をもセイアは予知夢で観測しながらも、回避することは出来なかった。

 

「イヴ。予知夢が絶対、とは言わない。だが、足掻いたところで無意味なのさ」

 

きっと、セイアは何度も何度も、予知夢に抗おうとしたのだろう。

しかし、その殆んど…大きなものほど、失敗に終わった。

 

「“全ては虚しいもの”。それが、予知夢から私が導き出した、この世界の真実だ」

 

それが、このセイアの達観した性格と、諦観の姿勢を形作ったのかもしれない。

 

「…だから、エデン条約もあり得ない、と?」

 

前回の夢の茶会で、セイアはエデン条約は夢物語だと語った。

キヴォトスに古くから伝わるという古則の中の一つ、“楽園に辿り着きし者の真実の証明”と絡めて、エデン条約の実現に疑念を抱いていることを告げた。

 

「…そう言えば、君には問いを投げかけたままだったね。どうだい?答えは出せたかい?『楽園に辿り着きし者の真実を証明することはできるのか』──“夢物語のような楽園(エデン)は実現し得るのか”」

 

「…そうだね。答えと言っていいか分からないけど、私は──」

*1
エンジニア部への依頼料だけでなく、レンカに対しても。その場合は部品等材料の購入費となる




恒例のFileシリーズを挟んで、その次からエデン条約編三章に突入して行きます
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