私の見通しの甘さで結局③まで続いちゃいましたが…
聖園ミカが監禁されている部屋を訪ねようとしたハナコの先客は、ナギサだった。
二人は最初、他愛無い挨拶を交わし、何気ない会話をする。
だが、ナギサは思い詰めたように無言となり、やがて《アリウス・スクワッド》について、聖園ミカに訊く。
アリウス・スクワッドは、アリウスの生徒会長が秘密裏に組織した特殊部隊であり、接触のキッカケから構成員まで、聖園ミカは知っている事は尋問の際に洗いざらい話したらしい。
そして、聖園ミカという後ろ盾を失ったアリウスは、スクワッドも含めて物資の補給源も失い、正義実現委員会が動けばどうとでもなる、と話した。
だが、それについてもナギサが話したい内容ではなかった。
歯切れの悪いナギサに対し、聖園ミカはアズサを引き合いに出す。
先生に意地悪──もとい迷惑をかけたことで、これ以上、シャーレの下にいるアズサに色々と問い質すのは気まずいのではないか、とナギサを問い詰める。
ナギサは疑心暗鬼の闇から解放された一方で、その反動で今度は自責の念に苛まれている可能性がある。
そんなナギサが先生やアズサと対面するには、合わせる顔がない、と思っていても不思議ではない。
だが、それは聖園ミカも同様であったらしい。
先生はどうやら、聖園ミカに面会する為に、何度も何度も、足を運んでいるそうだ。
先生が事件解決後もトリニティに付きっきりになっている要因の一つなのだろう。
もちろん、事件後の後始末に奔走していた、ということもあるだろうが、それはさておき。
しかし、聖園ミカは監禁されている身であり、先生がシャーレの権限を使えば、拒否権はない。
だが、先生はそんなことの為に権限か使わない。
あくまでも、聖園ミカの気持ちを尊重し、自分から顔を出してくれることを望んでいるのだろう。
先生は、決して自分の為にシャーレの権限を行使することはない。
先生がシャーレの権限を行使する時は、いつだって生徒の為だ。
私の時も、対策委員会の時も、ゲーム開発部の時も。
アズサの転校書類の正式化も、シャーレの権限が噛んでいることだろう。
続けて、聖園ミカは告げる。
先生に色々な情報を流して混乱させようとした時、それで先生が裏切っていれば話は簡単だったと。
そうでなくとも、聖園ミカかナギサのどちらか一方を信じていれば、もっと分かりやすい展開に収まり、聖園ミカも動きやすかった。
いっそのこと、ナギサにでも聖園ミカのことを全て話していれば、きっと堂々と先生に笑って会うことができた、と。
聖園ミカは嬉しかったのだろう。
先生に信じてもらえたことが。
だが、聖園ミカは裏切ってしまった。
自分を信じてくれた先生のことを。
だからこそ、聖園ミカは今、先生に合わせる顔が無い。
続けて、聖園ミカはナギサに問う。
“トリニティの裏切り者”──聖園ミカは捕まり、アリウスは脅威にならず、この後、エデン条約が締結できれば、ナギサの思い描いた未来が実現し、考えようによっては全て上手くいったのではないか、と。
しかし、それにナギサは反論する。
『何も良くない、何が良かったのか』、と。
そして、二人の会話は聖園ミカの事件の動機へと移る。
どうしてナギサのヘイローを破壊──殺害しようとしたのか。
ゲヘナが嫌いだからなのか。
セイアの件についても。
何故、どうして、と。
セイアが死んだと知った時、衝撃と恐怖と同時に、ナギサは次は自分の番だと考えた。
ティーパーティーの三人の中で、最も賢く、予知夢という武器まで持ち合わせたセイアは、トリニティの中でも一等危険であり、そんな彼女を最初に始末するのは理解できた。
聖園ミカは政治的な面に疎く、そうなれば次は自分だと。
だからこそ、ナギサは万が一、自分に何かあった時の為に、後を託す為に、犯人を見付けようとした。
“トリニティの裏切り者”という形で。
そんなナギサに、聖園ミカは“答え”を告げる
至って簡単な、“物語の結末”を。
『ゲヘナのことが大っ嫌いな私が、その為に幼馴染をも殺そうとした。ただ、それだけだよ』、と。
だが、ナギサはその結末を安易には受け入れられない。
『何か手違いや誤解、事実からは見えない真実があるのではないか』と。
そんなナギサの願いを聖園ミカは笑って否定する。
そんなものは存在しない。
好き嫌いの激しい自分が、どうしてもゲヘナを受け入れられず、その為にアリウスと結託し、セイアもナギサも殺そうとした。
ナギサは、人殺しとしての一面を知らなかった。
ただ、それだけなのだと。
『どうして私はあれだけ長い間一緒にいたのに、気付かなかったのか』。
ナギサがそういった旨の呟きを溢せば、その内心を見透かしたように聖園ミカが答える。
『私たちは他人だから』、と。
突っぱねるように。
ナギサは何も言い返せず、ただ立ち去る旨を告げるしかなかった。
「──そこで私はナギサさんと入れ替わるように言ってあげたんです。『どうして、そんな嘘をつくんですか?』と」
どうやらここでハナコのターンに入るようだ。
これまでは聞き耳を立てて聞いた内容を淡々と流すだけだったが、ここからはハナコの注釈が加えられた“説明”になる事だろう。
[“ハナコはミカが言ったことが嘘だって思ったんだね”]
「はい。そう思った理由も含めて、状況を話していきますね」
そこから再びハナコは、監禁されたミカとの会話を話し始める。
ハナコが聖園ミカの元を訪れたのは、役割上の都合にあったらしい。
そんなハナコにミカは、“嘘”について問い詰める。
『私がいつ、何の嘘をついたって?』
「シスターフッドからの情報などを合わせて、ミカさんのこれまでの動きを推測していたんです。それによって目標や目的を探る…一種のポストモーテムのようなものでしょうか」
「つまり、聖園ミカさんはどうしてこのような事件を起こしたのか?と」
[“すごいね。まるで推理モノのドラマみたいだ”]
感心したように先生が呟く。
それに対して、ハナコは苦笑いを浮かべる。
「ミカさんには不評でしたけどね…」
『うわぁ、当事者の前でそれを語るの?良い趣味してるね?』
そう言われるのも無理は無い。
再び話はハナコの推測へと戻る。
「…ミカさんはゲヘナのことを憎んだ結果として、エデン条約を壊そうとしました。これは確かにそうでしょう」
「誰に煽り立てられたのか、或いはその『誰か』がいるのか、そして、どういう経緯でその決心に至ったのかは分かりませんが…最終的に、ホストになる為にアリウスと手を組みました」
「最初の計画は単純に、セイアちゃんを拉致して幽閉する程度だったのではないでしょうか?ホストになる為であれば、それで十分ですから」
「しかし、それを実行するアリウス・スクワッドの考えは違いました。彼女たちは初めから、セイアちゃんのヘイローを破壊するつもりだった…」
「その後の一連の流れは、これまた色々な見方がありますが…」
「とにかくミカさんは、『セイアちゃんが死んだ』と報告を受けました。この時からミカさんの心は壊れ始めたのではないでしょうか?」
「おそらく、パニックに陥ったことでしょう。セイアちゃんが死んでしまうなんていう、取り返しのつかないことになってしまった。自分は実質的に“人殺し”になってしまった」
「こうなった以上、もう徹底的にやり抜くしかない。何を犠牲にしてでも、最初に思い描いたところまで辿り着くしかない……そんな自暴自棄とも言える破壊的な衝動で…」
そこでハナコは言葉を区切る。
「…それが、ハナコが推測した聖園ミカのクーデターに至る動機、か」
後半の感情的な心理内容は聖園ミカをよく知らない私には判断しかねるが、前半は筋が通っているように感じる。
聖園ミカに関しては、ハナコの方がよく知っているだろう。
それならば、説得力があるが──。
「ですが、ミカさんには否定されてしまいました…。セイアちゃんを殺すように指示したのは自分であり、幼馴染であるナギサさんを殺そうとしたのも自分だと…頑なに認めようとはしませんでした」
『頭の良いはずのハナコちゃんが自暴自棄とか、衝動とか、いったい何を言ってるの?』
「…ですが、私は覚えていました。体育館で、彼女が言った言葉を」
それは、私が突入する直前のやり取りだったという。
『でもヘイローを破壊しろとは言ってないよ。私は人殺しじゃない』
『セイアちゃんがあんなことになっちゃったのが、ここまで事態が大きくなったきっかけなんだよ?』
『そこからもう色んなことがどうしようもなくなっちゃった訳だし…ねぇ、その辺りどう思う?』
聖園ミカが道化を演じている訳でもなければ、確かにこの発言は、ハナコの推測を後押しする証拠となる。
つまり、聖園ミカはセイアやナギサを殺そうとした訳ではないのだと。
「他にも幾つかの不自然な点があります」
「私はあの時、“トリニティの本当の裏切り者が存在する”とは思っていましたが、あそこで本当に姿を現すとはそこまで思ってませんでした」
そのハナコの発言に、私は違和感を覚え、訝しむ視線を送る。
「あー…まあ、はい。確かにあの時、私はイヴちゃんに“本当の裏切り者を誘き出す為”とは送りましたが、正直に言いますと、そうなったら御の字、それが理想ではありますが、現実的ではないと思っていたんです」
あの夜──明け方の作戦で、私はハナコに裏切り者を誘き出す為の作戦を受けた。
だが、それがまさかブラフだとは予想外だった。
「私も驚いたんです。何故なら、それはご自身の利点を投げ捨てることになるからです。戦略的に考えれば、そのような行動に出るはずがありません」
確かに、あの時点では、裏切り者の正体は不明なままだった。
もしかしたら、ハナコなどは推測し導き出していたかもしれないが、事実にはならない。
身を隠し続ければ、聖園ミカは敗北することも捕まり、監禁されることもなかったはずだ。
「ミカさんは『反省している』と、はぐらかそうとしましたが、私はミカさんが『アリウスがナギサさんを殺すのが怖かった』…そう考えました」
「ミカさんは、セイアちゃんの時のように、アリウスがナギサさんのヘイローを破壊するかもしれない。そう思ったんだと思います」
『ナギちゃんを返してくれる?大丈夫、痛いことはしないよ。まあ、残りの学園生活は全部、檻の中かもしれないけど』
補習授業部との戦闘に入る直前、聖園ミカはそう言ったという。
どこまでが本当か分からないが、言った通りであれば、確かに聖園ミカはナギサを殺すつもりはなかったのだろう。
それどころか、アリウスから保護する為に監禁しようとしたのかもしれない。
「…ミカさん。彼女は強いです。純粋な戦闘力…それ以外の強さを加味しても、正義実現委員会のツルギさんとも十分に渡り合えるでしょう。それは、イヴちゃんとの戦闘の中で実証されています」
正義実現委員会の剣先ツルギ。
彼女の具体的な強さは存じ上げないが、《歩く戦略兵器》と呼ばれる程なのだから、おそらくはホシノやヒナに並ぶ存在と見てもいいはずだ。
そして、聖園ミカは、その剣先ツルギに比肩しうる実力の一端を私との戦闘の中で見せた。
その強さに、間違いはないだろう。
「あの時、私は余裕のあるフリをしていましたが、内心ではかなり危険な状況だと分かっていました。イヴちゃんの加勢、シスターフッドの支援があったとは言え、彼女を制圧するのは簡単なことではありません。イヴちゃんは大丈夫だと思いますが、最悪の場合、シスターフッドの皆さんはリタイアしうるとまで想定していたくらいです」
正直、あのまま戦っていたら、私でもどうなっていたか、分からない。
私の所感では、聖園ミカは力を押さえているように感じた。
それは、私も同じではある。
“歯車”と“残り火”という切り札。
特に“残り火”は、相手がコーラルでなくても、十二分に力を発揮するだろう。
だが、それを用いたとしても、ミカを完全に止められるとは思えない。
むしろ逆に、彼女を追い詰め、全力を出させるキッカケになる可能性すら考えられる。
私と全力の聖園ミカがぶつかった場合、その規模は以前のアビドスでのホシノとの衝突に匹敵するものになっていただろう。
「──ですが、彼女は投降した。『セイアちゃんが生きている』、そのことを聞いた瞬間に」
[“…そうだね。あの時のミカは、心底からホッとしたみたいだった…”]
『…そっか…生きてたんだ…』
『…良かったぁ…』
そう呟いた聖園ミカの言葉を私は覚えている。
先生の言うように、心の底から安堵したような、そんな声色だった。
「…残念ながら、ミカさんは認めてはくれませんでしたが…」
『…もう良いよ。で、何が言いたいの?だから私が可哀想だって?本当はそんなことをしたくなかったんじゃないかって?それとも間違った選択をしたおバカさんだねって?』
『あはははははははっ!』
『あー、本当に面白い子だなぁ…。全然違うよ。私はただの裏切り者。友達も仲間も売り飛ばした、邪悪で腹黒な人殺し。その事実に目を背けるつもりは無いよ。こんな私、みんなに嫌われたって仕方がない』
『──もし仮に、他の理由があったとしてさ。どうやってそれを知るの?』
「ミカさんは言いました。事実を否定してまで、何を探そうとしているのか、どうして証明しようのないことに固執するのか、と…」
「私はただ……うーん、この気持ちを言葉に表現するのは難しいですね。セイアちゃんなら或いは、何か答えを出せたのかもしれませんが…」
「私とミカさんの会話はここまでです。その後、ミカさんには、この推測は誰にも言わない、とは言ったんですが…」
[“……”]
「こうして先生に全部伝えてしまったわけですが…。少しだけ、ミカさんに意地悪をしようとしたのですけれど…何だか最後は本当に嫌がらせになってしまった感じもありました。…頭の血が昇ってしまったようです。今度謝らないと…」
そう言ってハナコは苦笑する。
「ですが、今のところ顛末はこういった形になるしか無さそうです」
ゲヘナ嫌いの聖園ミカが、ホストになる為にティーパーティーを襲おうとした。
襲撃を指示したのは聖園ミカ、実行したのはアリウス・スクワッド、そして最終的に、セイアのいた部屋を爆破したのはアズサ。
「各々に違う理由と目的があり、その行動の結果が次から次へと連鎖し、誤解と不信が混ざり合い、今ここに辿り着いた…。──これが結論、なのでしょうか?」
その裏に、どんな真実が存在していようと、今の私たちには、それを知る術はない。
ハナコが話した内容も、結局はハナコの視点から見て考えた推測に過ぎず、それを証明することはできない。
真実に辿り着くことも、証明することも、私たちには不可能だ。
[“どうなんだろうね…”]
先生は、床を見つめたまま、重々しく呟く。
そんな先生だったが、ふと、顔を上げた。
[“例えばミカも、最初はただセイアに意地悪しようと思っただけ…とか”]
つまり、先生が言っていることは、ゲヘナもホストの立場も関係なく、ただ単に聖園ミカの一時の感情によるものなのではないか、という憶測だ。
「…先生?急に何を…?」
「…随分と極端な発想だな」
「そうですね…ですが、えっと一応、考えてみますと…ミカさんの性格を考えるに──」
「実際のところはさておき、ミカさんは政治に向かないと言われるくらい、傍から見るとあんまり計算などをせずに行動するタイプです。毎日のように小難しいことを言ってくるセイアちゃんに苛立ちを覚えていた…?」
確かに夢の中でもやたらとセイアの話は遠回しで小難しかった。
あれが毎日となれば…鬱憤も溜まるだろう…。
「まあ、セイアちゃんは確かに性格が良いとはあまり言えない感じではありますが…ミカさんがそこに対して意地悪をしようとしてアリウスを…」
だが、そこからアリウスにまで飛躍するのは明らかに不自然だ。
「さ、流石に無茶と言いますか、
[“うん、そうかもね”]
「…先生?簡単に納得されるんですね…?」
[“或いはミカは、本当にアリウスと仲直りすることが目的だったとか”]
先生の憶測は、まるでその場の思い付きを即座に発しているように、内容が二転三転する。
「…仲直りすることが真の目的で、その意図を利用された…?そこでゲヘナに対する憎悪が煽られる形で…」
「…いえ、先生が仰りたいことは──」
「私たちにはミカさんの本心を知ることなどできない…そういうことですか?」
ハナコの出した結論に、先生は深く頷く。
[“『楽園に辿り着きし者の真実を証明することはできるのか』…”]
それは、夢の中でのセイアとの会話でも出てきた文言。
キヴォトスに古くから伝わるという“七つの古則”、その一つ。
「五つ目の…。あ、イヴちゃん。先生が言ったのはですね…」
ハナコが甲斐甲斐しく説明してくれようとする。
だが、その内容は、少なくとも概要は理解している。
他でもない、セイアの口から。
「…大丈夫、知ってるよ。七つの古則、でしょ?ありがとう」
「あら、ご存知でしたか。はい、そうです。楽園に辿り着いた者は、楽園の外で観測されることが無い。存在することを観測できない…楽園の存在証明に関するパラドックス…」
楽園に辿り着いた者は、至上の満足と喜びを得るが故に、永遠に外に出ることは無い。
楽園の外に出たのであれば、つまりそこは真の悦楽を得られるような“本当の楽園”ではなかったということ…。
そう、夢の中のセイアは説明してくれた。
[“…証明できないものをどう証明するのか”]
先生は、古則で言う楽園も、聖園ミカ──他者の本心も、同じだと言いたいのだろう。
その場所に辿り着くことは出来ず、また辿り着いたとしても、それを証明する方法は存在しない、と。
「……もし、“他者の本心”なんてものに辿り着いたら…それはもう他人ではありません。辿り着けないなら、やはり本心など分かっていないということで…」
或いは、自身と他人を分ける要因こそ、本心に辿り着けるか否か、ということなのかもしれない。
本心が分からないからこそ、他人は他人であり、自分が自分なのだと、確立する。
「楽園も、誰かの本心も一緒…。…確かに、そうかもしれませんね。私たちは誰かの心に直に触れる方法も、その真実を証明する術も持ってはいません」
だからこそ、人は焦がれるのかもしれない。
他者の本心という楽園に。
「『
心に触れる、とは言ってしまえば、心を読むということ。
誰もが考える、心を読むという夢想は、楽園という幻想を追い求めることと同じに思えてしまう。
[“…無いんだろうね、きっと…”]
ハナコがそうしたように、他者の内心を推測することはできる。
だが、それは決して、その人物を理解したとは言えない。
真実に辿り着いたということにはならない。
「……」
聖園ミカが何を思ってセイアにアリウスを差し向けたのか、今回のクーデターを引き起こしたのか。
その
[“それはきっと、不可能な証明……だとすればもう、信じるしかないのかもしれない。そこには、
先生の心は、最初から決まっていたのだろう。
生徒を信じる──信じ続ける。
「……そう、ですね。考えてみれば、先生は最初からそうでした。この疑惑と疑念で満ち溢れたお話の初めからずっと……もちろんミカさんやナギサさんを含め、先生は生徒たちを疑わない…そういう事ですか?……例え、その結果として、誰かに裏切られても?」
「……」
……もし、仮に私が先生を裏切ることがあったら…。
それでも先生は私を信じるのだろうか?
その身が、命が、危うくなったとしても──。
[“その時はきっと、何か事情があるに違いないから”]
先生は呆れ果てるほど清々しく、微笑みを浮かべて答えた。
そんな先生に、ハナコは唖然としている。
きっと、先生は私が裏切っても、その身を傷付けても、私を信じ続けるのだろう。
その命が尽き果てる、その刹那のひと時まで。
「どうして…先生はどうして、そんなに…」
[“先生が生徒を信じないと何も始まらない。大人だから、生徒を信じたい”]
先生は簡単に言うが、そう容易くできることではない。
覚悟を決めて、意気込まなければ、それを貫き通すことなどできない。
先生のそれは、半ば自己犠牲に片足を突っ込んでいるようにも思える。
もし、
[“ナギサとミカがいつかまた、お互いに本音を打ち明けられる日が来て欲しい”]
[“いつか、きっと。その為に私も…”]
その“いつか”、は、今からは果てしなく遠く感じる。
だが、私には先生は確信しているように感じた。
[“…エデン条約が終わったらまた、もう一度すぐに会いに行く。ミカにも、ナギサにも”]
「そうですね…全てが片付いたら、みんなでもう一度…」
エデン条約まではまだ、少しだけ期間が空く。
全てが片付くのは、もう少し先になりそうだ。
[“イヴも、手伝ってくれる?”]
「…変わらないよ。これからも…これまで通り、私が戦って──」
[“うん、私が生徒たちを
「…うん、こちらこそ」
やる事は変わらない。
これまで通り、私はただ、為すべきことを為す。
その為に戦うだけだ。
「…どうなるかは分からずとも…私たちは、お互いに手を伸ばして協力するしかありません。そういうことですよね」
エデン条約が無事に締結できるかは分からない。
だが、私たちには、今できることを全力でするしかない。
[“きっとそれが、私たちにできる唯一のことだから…”]
その言葉は、きっと先生の祈りだったのかもしれない。
先生だけでなく、多くの人々が互いに信じ合い、手を取り合い、協力する。
そんな都合の良い絵本のような夢物語。
純粋無垢な子供が思い描くような絵空事を大の大人が信じている。
「…はい、そうですね」
先生はきっと信じているのだろう。
決して、辿り着くことは出来なくとも、この世界の何処かには、本当の“楽園”が存在しているのだと。
ポストモーテムはこれにて終了となります
長くお付き合いくださりありがとうございました
個人的にこのお話が好きなので、どうにか削ってでも捩じ込みたかったのです…
それでは次のお話でお会いしましょう