ブルーアーカイブ -灰の翼-   作:空素

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ここまで長かった…

ここからも長いんですけどね!

頑張ります!!

あと、今回かなり長いです!過去最長です!!


EP-22 エデン条約調印式

『今この動画をご覧の皆さん、こんにちは!』

 

携帯端末の画面の中で、褐色の生徒がマイクを手に、快活に挨拶をする。

 

『クロノススクール報道部のアイドルレポーター、川流(かわる)シノンです!』

 

『本日はついに締結される、ゲヘナ学園とトリニティ総合学園の《エデン条約》の調印式。その現場に来ております!』

 

画面が切り替わり、それぞれの学園の校章が描かれた旗を手に、向かい合うトリニティとゲヘナの生徒たち。

 

『私は今、《通功の古聖堂》の前にいるのですが…』

 

それぞれの代表である、ティーパーティーと万魔殿の生徒たちだが、互いに向け合う表情は、とても平和条約締結前のものとは思えない。

 

『すでに現場は熱がこもっており、互いに譲らまいと張り詰めた空気になっております!』

 

トリニティは一見、微笑みを浮かべているが目元は笑っておらず、ゲヘナは完全に睨み付けている。

 

『誰かが一歩間違えれば、この場が大惨事になりそうなほどの雰囲気です!感じられますでしょうか、この空気感!』

 

正しく一触即発、何かキッカケさえあれば瞬く間に地獄絵図になってしまいそうなヒリ付いた雰囲気が漂っている。

 

『犬猿の仲とでも言いましょうか、呉越同舟とでも言いましょうか!私たちのよく知るトリニティとゲヘナの様相です!』

 

『…はい?余計なことを言うな?早く進めろ?仕方ないですね。今日も画面外から飛んでくる言葉が拳に変わる前に、ちゃっちゃとお話を進めていきましょう!』

 

再び画面が変わり、今度は白亜の石造りの建物──《通功の古聖堂》が映る。

 

『ものすごい威圧感ですね!ここが調印式の会場である、古聖堂の様子です!』

 

陳腐で月並みな表現だが、正しく荘厳といった言葉が相応しい建物であり、表面の風化した石の質感すらも永い時の流れを感じさせる。

 

『“どうしてこの場所が選ばれたのか”、ということにつきましては、どうやら或る筋の情報によりますと、“ゲヘナの首脳部からの提案”、とのことです!これは意外!』

 

ゲヘナの首脳部というと、万魔殿ということだろう。

 

『ここがかつて、トリニティの《第一回公会議》が開催された歴史的な場所だからでしょうか?』

 

『いえいえ、そうではないようです。どうやらその理由は…「これほど大きなイベントなのだから、大きくて権威のある場所が良い」とのこと』

 

『要するに、「デカい場所の方がカッコ良いだろうが!!」とのことです!なるほど、分かりやすいですね!』

 

万魔殿──その議長である羽沼マコトらしい提案だ。

 

『少々、話は変わりますが、先ほど申し上げた《第一回公会議》、そして、そこで定められた戒律は、当時の《ユスティナ聖徒会》という強力な集団が守り続けたと言われています』

 

『果たしてそれが関連しているのでしょうか、本日はトリニティのシスターフッドもこの調印式に参加していることが確認されています!』

 

ユスティナ聖徒会は、シスターフッドの前身であると言われている。

知っている人間にはその関連性を疑われるのも道理ではあるが、実際はシスターフッドの方針の変更であり、政治的なことにも関与していくというサクラコの意識が反映された結果だ。

 

『これまで長い間、対外的な活動を自ら禁じていたシスターフッド…彼女たちがここに来て、なぜ登場したのでしょうか?』

 

シスターフッドの“不干渉主義”キッカケとなったのが、聖園ミカの起こしたクーデターというのだから皮肉なことだ。

聖園ミカがあの事件を起こさなければ、シスターフッドは現在も秘密主義組織として存在し、この場にも居なかったのだろうか。

 

『先ほどのユスティナ聖徒会、今では歴史の中に消えたその組織の後任を自任する…そういった意味合いがあるのでしょうか?』

 

とは言え、そんな裏事情を知っているのはトリニティでもごく一部であり、それを知らない者たちがこうして深読みしてしまうのも無理はない。

 

『さぁ、トリニティ総合学園に吹き荒れる政治の嵐の行方は果たして…はい?難しい話は良い?視聴率とアクセス数が落ちる?』

 

『政治もやってられませんが、デスクからの圧力もやってられませんね!しかし、私たちには言論の自由が──』

 

『現在、回線の影響などにより、映像が乱れております。少々お待ちください』

 

ちょっとした放送事故が起こったところで、私は配信を閉じ、携帯端末を休止状態にして仕舞う。

顔を上げれば、青空の下に色とりどりの紙吹雪が舞い、大勢の人々が目に入る。

 

私が今いるのは、正しく《通功の古聖堂》、その正面出入り口の傍だった。

 

私は、先生と共に、シャーレの一員として参加している。

また、それと同時に私は“風紀委員代行”でもあり、“シスターフッド即応戦闘員”として、警備の意味でもこの場にいる。

とは言え、この場にはトリニティの正義実現委員会やゲヘナの風紀委員会もいる。

警備に関しては彼らが主体である為、私は万が一の場合の予備戦力としての意味合いが大きい。

だからこそ、私は今、こうして配信を観る余裕もある訳だ。

流石に周りが忙しなく動き回っている中では落ち着かず、観ていられないが。

()()()()にも、“落ち着かない理由”があるのだが──。

 

制服は少し迷ったが、一目で分かるようにシャーレの特務戦闘員としてのものだ。

 

ぼちぼちと、主要人物たちが集まりつつあるが、まだ全員が集まっている訳ではなく、その者たちを待ちつつ、会場の最終的なセッティングをしている段階だ。

 

式典を行う側であるトリニティやゲヘナは忙しなく動き回っているが、招かれた側では特にやることはなく、暇を持て余している。

 

少し離れたところで、先程、携帯端末で観ていた中継の続きが行われていた。

周囲の人々の声で掻き消されてしまいそうなものだが、私は頭頂の犬耳を立てて、音を厳選して内容を聴き取る。

 

エデン条約が締結されれば、その後、両学園の首脳部──この場合は、ティーパーティーと万魔殿、双方が古聖堂内部に移動し、《エデン条約機構(ETO)》の創設に同意することになる。

それはつまり、長年敵対していた両学園は、両者間の紛争を協力して解決する義務を負うことになる。

この古聖堂で締結されるということで、神聖な戒律の守護に従い、その義務を誠実に果たすことを後押しする。

 

そういった調印式の流れを説明していた。

 

内容が連邦生徒会に移ったところで、私は耳を下ろし、聞き耳を止める。

 

連邦生徒会──特にリンは、常に忙しくしている。

いまだに連邦生徒会の会長が行方不明であり、その捜索を優先している為、ただでさえ忙しい連邦生徒会の業務が人手不足なんだとか。

連邦生徒会長の代理であるということもあって、様々な義務と責任が重くのしかかっている。

先生も、それに心苦しく思っているとボヤいていた。

 

その為もあって、連邦生徒会であっても、各地の問題は各地の自治区に任せるしかない。

今回のエデン条約であれば、ゲヘナとトリニティ。

連邦生徒会が介入できる余裕はない。

強いて言えば、シャーレ顧問の先生と所属の私が連邦生徒会の代理とも言えるだろう。

 

クロノスの中継は、エデン条約に参加する各学園の主要人物の紹介へと移ったことが微かに聴こえる。

 

このままこの場所にいて、クロノスの連中に見付かってコメントでも求められたら面倒だ。

私は逃げるように、古聖堂の内部へと移動する。

 

古聖堂──この会場に訪れてから、漠然と感じる不安…胸騒ぎ。

原因不明の危機感と言い換えても良い。

それが、この会場全体──特に古聖堂に感じられ、私が落ち着かない理由だ。

原因不明のそれを振り払い、気を紛らわせるように、私は古聖堂に足を踏み入れた。

 

****************************

 

トリニティのとある喫茶店。

 

そこは、多くの生徒で賑わっていた。

その中には、補習授業部の四人の姿も見受けられた。

 

「…騒がしいな」

 

窓際のテーブル席で、窓側のヒフミの隣に座るアズサが、店内を見渡しながら、そう呟いた。

店内の席はその殆んどが埋まっており、盛況の賑わいだった。

 

「今日はついに、あのエデン条約が締結される日ですからね!特別に学校も休日扱いですし、街も人でいっぱいです!」

 

それが多くの生徒で賑わっている理由だった。

店内だけでなく、店外も大通りを多くの生徒が練り歩いている。

 

「クロノス放送の方もさっきいましたし、何だかお祭りっぽいですね!」

 

「そうですね。せっかくのお祭り騒ぎなので、イヴちゃんや先生も一緒だったら良かったのですが…どうやら条約の方でお忙しいようです」

 

ヒフミの向かいに座るハナコが、残念そうに溜め息を吐く。

補習授業部の四人にとって、先生はもちろん、イヴもまた、特別な人物となっていた。

それにはやはり、ゲヘナ侵入の際の協力と、ハナコからの依頼とは言え、共にミカのクーデターを阻止したことでの恩恵が大きい。

そのどちらでもイヴは、我が身を顧みずに、補習授業部の為に尽力してくれた。

後は単純に、その中で彼女の人となりが知れたことも要因の一つだろう。

 

「…で、どうして私はここに呼ばれてるわけ?」

 

何やら不服そうに頬を膨らませるのは、ハナコの隣に座るコハル。

 

「それはもちろん、私たちはまだ補習授業部の仲間だからですよ、コハルちゃん♡実質的に補習授業部の卒業パーティーも兼ねてるんですから、もう少し付き合ってくれません?」

 

「べ、別に嫌とは言ってないじゃん!み、みんなで頑張って乗り越えた訳だし……それに、これで全部終わりってわけじゃないし、私はずっと正義実現委員会にいるから、押収品の管理室に来てくれれば大抵…」

 

「うん、すぐにでも遊びに行くよ、コハル」

 

「でしたら今度私も伺いますね。いつか押収されてしまった、カーマ・スートラを返してもらわないとですし」

 

「カーマ…?何それ?」

 

「古典文学の作品ですよ。噴水のところで気持ちよく読んでいたのですが、どういう訳か急に押収されてしまって…」

 

「古典文学…?ふーん……ってそんなわけないじゃん!あんたが読んでる時点でエッチなやつでしょ!エッチなのはダメ!焼却!!」

 

「うーん…押収は兎も角、古書館で借りたものなので燃やされるのは困るのですが…」

 

そんないつものやり取りを眺めている中、ヒフミはふと視界の端に見覚えのあるものを捉える。

 

「あれ、アズサちゃん。もしかしてそのぬいぐるみ、ずっと持ち歩いているんですか?」

 

それは補習授業の合宿中、目標を達成したアズサにヒフミがご褒美としてプレゼントした“ペロロ博士”というキャラクターのぬいぐるみだった。

 

「うん、大事なものだから。やっぱり持ち歩かないと」

 

アズサは自分の横に添えていたぬいぐるみを手に取り、大事そうに抱える。

 

「そ、そこまででしたか…いえ、ありがたいのですが!モモフレンズの世界は広いですし、せっかくなら他にも色々と集めてみませんか?今度ぜひお店とかにも…」

 

「うん、楽しみにしてる」

 

「はい、ぜひ!今度ペロロ様の冒険アニメも公開されることですし!」

 

「…アニメ?」

 

「はい!仲間たちと力を合わせて悪を打ち砕き、共に苦難を乗り越え、最後にはみんな笑顔で終わるというそのエンディングがすごい感動的だそうで──」

 

「それ、だいぶネタバレじゃない?」

 

話を聞いていた向かい側からコハルが戸惑い気味にツッコむ。

 

「え、あっ!?今のは忘れてください!?」

 

その一方でハナコはそんなヒフミを微笑ましく見ていた。

 

「ふふっ、ヒフミちゃんはそういったハッピーエンドが好きなんですか?」

 

「は、はい、そうですね。やっぱり普通すぎますかね…?」

 

「…悪いとは言わないけど、ちょっとありきたりじゃない?最終的にはみんな仲良く大団円とか」

 

「…私も、ハッピーエンドはよく分からないな。頑張ったところで世界はそうそう変わらない。傷はなかったことにならない。それがこの世界の真実だから」

 

コハルとアズサの否定的な意見に、ヒフミは縮こまってしまう。

 

「あうぅ…みんなダーク寄りなんですね…」

 

ヒフミはふと、この場にいない二人のことを思い出す。

先生とイヴならば、どんな風に考えるだろうか、と。

先生はハッピーエンドを肯定してくれることは想像に難くない。

ならばイヴはどうだろうか。

アビドスでもトリニティでも、圧倒的な強さを見せた彼女は、何と答えてくれるだろうか?

 

「…私はそういうのはちょっとつらくって…やっぱりみんなで幸せになれるハッピーエンドが好きです」

 

「まあ、好みは人それぞれですからね。ちなみに私はヒロインが目を蕩けさせて、涎を垂らしながら許しを請うタイプのエンディングが好きです♡」

 

「ばっ、バカじゃないの!?そんなエンディングあるの!?」

 

「うーん、結構あると思いますが…」

 

いつものやり取りをしている向かい側で、アズサは隣のヒフミに向く。

 

「…とは言え、ヒフミが好きなら悪いものだとは思わない。それもそれで良いのだと思う」

 

そう言ってアズサはヒフミに優しく微笑む。

それを見たヒフミは喜びに体を震わせ──。

 

「アズサちゃーーーんっ!!!」

 

隣のアズサへと勢いよく抱き着いた。

 

「あらあら♡」

 

「ひゃあぁぁ……っ!?」

 

その向かい側で、ハナコは微笑ましく、コハルは顔を赤く染めて指の隙間から、二人の様子を見守っていた。

 

「このまま、全てが終わったら……いえ、今日の調印式が終わったら、先生とイヴちゃんと、ゆっくり話したいですね」

 

「…うん、私も」

 

「…先生もイヴも、ここにいれば良かったのに」

 

「そうですね…今はお二人とも、古聖堂にいらっしゃるのでしょうか?多分、忙しくされているんでしょうね…?」

 

****************************

 

私が古聖堂の中に移動すると、何やら奥で騒ぎが起こっていた。

 

「もしかしてトリニティのやつら、喧嘩売ってんのか?こうなったら話は早い、取り締まってやる!」

 

「なっ、急に増員…!?支援を要請します、増援を!」

 

何かと思えば、風紀委員会と正義実現委員会のメンバーが一触即発の空気だった。

 

一応は風紀委員代行とシスターフッドの一員としてこの場にいることもあって見過ごすことは出来ない。

そう考えて近付くが、それよりも早く誰かが駆け付ける。

 

「きひひっ…」

 

前傾姿勢で銃を担ぎ、長い黒髪を揺らして現れたのは──。

 

「ひぃっ!?いきなり委員長!?」

 

正義実現委員会の剣先ツルギだった。

 

その威容を目にした風紀委員会メンバーが震え上がる。

 

「ぞ、増援どころかツルギ先輩!?」

 

正義実現委員会のメンバーも思わず困惑してしまっている。

 

「くひひひひひ──」

 

風紀委員会メンバーへと迫っていく剣先ツルギだったが、突如、彼女は飛び退く。

 

飛び退く前、肩越しに彼女の赤い瞳と目が合い、また飛び退いた後も剣先ツルギは私を見ている。

その目には、警戒が浮かんでいる。

 

どうやら、私の気配を察知したらしい。

 

「れ、レイヴン!救援に来てくれたのか!?」

 

私に気付いた風紀委員会の一人が声を上げる。

 

「おぉっ!レイヴンが助けてくれるのなら心強い!」

 

そういう訳ではないのだが、どうやら私の登場は場の混乱を助長する形になってしまったようだ。

 

「いや、私は──」

 

「あ、あの…!皆さん、ここで喧嘩はダメです…」

 

そこに新しく現れたのは、シスターフッドのヒナタだった。

 

「せっかくの平和のために、こうして集まったのですから…そ、そうでしょう?ツルギさん?」

 

ヒナタの言葉を受け、暫し彼女を見つめていた剣先ツルギは、ふいに姿勢を風紀委員会と正義実現委員会のメンバーへと向ける。

 

「……ここにいらっしゃるのはシャーレの先生だ。覚えておけ」

 

傍には先生がいた。

どうやら先生が事の発端らしい。

 

「「は、はい!!」」

 

「き、肝に銘じますっ!!」

 

風紀委員会も正義実現委員会も関係なく、姿勢を正し、返事を返す。

その後、彼らは元の持ち場へと戻っていった。

 

[“えっと、ごめんね…それにツルギ、ありがとう”]

 

先生にお礼を言われ、暫し無言のままだった剣先ツルギ。

その顔は突如として、見目麗しい恥じらう乙女の顔に変貌する。

 

「い、いえ、そんな…とんでもありません、先生」

 

変化は顔だけでなく、声にまで表れていた。

正しく、鈴を転がすような、と表現すべき玲瓏な声音だった。

 

「ではその、私は他の任務がありますので…」

 

そう言って剣先ツルギは先生に一礼して立ち去っていく。

その直前、彼女は元の鋭い視線に戻って私を一瞥した。

 

どうやらかなり警戒されているようだ。

 

「ふぅ…」

 

剣先ツルギがいなくなったところで、ヒナタが安堵のため息をこぼす。

 

[“やっぱりツルギは優しい…”]

 

しみじみと先生が呟く。

 

確かに、聞いていた話よりはかなり理性的な人物に見えた。

とは言え、流石に先程見せた乙女のような表情は予想外だったが。

 

「はい…えっ!?」

 

だが、ヒナタはそこまで気付けなかったようで、予想外、といった反応を見せる。

 

[“助けてくれてありがとう、イヴ…と、ヒナタ、だよね?”]

 

私の時は危うく混乱が加速するところだったからお礼を言われるようなことはしていない。

 

「あ、はい!あの時以来ですね、先生。それと、イヴさんもお久しぶりです」

 

そう言ってヒナタは柔らかな微笑みを浮かべた。

彼女と会ったのは以前、シスター制服の試着に行った以来だ。

 

先生は聖園ミカの事件の時以来だろう。

 

[“あの時、シスターフッドが来てくれて助かった”]

 

「い、いえ、私はあの時、あまりお役にも立てず…」

 

ヒナタはおずおずと縮こまる。

だが、私はそうは思わない。

 

「そんな事はないよ。あの時、ヒナタの攻撃がなかったら私は危なかったかもしれない」

 

あの時、彼女の爆撃によって聖園ミカの動きを一瞬だけでも止める事ができた。

その功績は大きい。

 

「そ、そうですか…?イヴさんのお役に立てたのなら良かったです。やたら力があるだけの役立たずだと思っていたので…」

 

[“そんなことはないよ。今日は他のシスター達も?”]

 

古聖堂の中にも、ちらほらとシスターフッドの生徒の姿が見える。

 

「あ、はい。サクラコ様の指示なんです。イヴさんには協力要請が行っているかと思いますが」

 

[“えっ、そうなの?”]

 

基本的に、私に届いた依頼には先生は不干渉だ。

私が言及でもしない限りは知らなくても無理はない。

 

「うん。まあ、有事に限った時に協力してくれってだけだよ。風紀委員会からも来てるし、そんなに意味は変わらないよ」

 

今の私は、どちらかと言えば、風紀委員代行やシスターフッドの即応戦闘員のどちらか一方という訳ではなく、風紀委員会とシスターフッドの協力要請を受けたシャーレの特務戦闘員としての面が大きい。

 

「前回の事件をきっかけに、方針が少し変わったこともありまして…これまでの無干渉主義がこの前の事件を招いた…そう考えたのかもしれません。これからはもっと積極的に、対外的な活動をされていくとのことで」

 

事件がきっかけで、トリニティの現体制の弱点にサクラコは気付いたのだろう。

そして、その弱点を補う為には、現状のままでは、また同じようなことが起こってしまうとも。

だからこその方針の改良に踏み切った。

ハナコがきっかけとは言え、私が協力する体制もまた、その方針に拍車をかけたのかもしれない。

 

「シスターサクラコも、もうすぐ到着されるかと思います。私たちも基本的には色々と調印式の手伝いと言いますか、色んな方の案内や警備のお手伝いなどを…」

 

サクラコだけでなく、これから続々とトリニティとゲヘナの要人が会場に到着し始める頃合いだろう。

 

「あ、よろしければ先生もイヴさんも、古聖堂をご案内いたしましょうか?」

 

[“良かったら、お願いしても良い?”]

 

「はい、今はまだ時間もありますので。イヴさんはどうしますか?」

 

「ん、私は大丈夫。下見は既に済ませてるから。二人で行ってきて」

 

私は到着してすぐ、さらっとではあるが、外と中の構造を把握していた。

 

[“さすが…抜かりないね…!”]

 

感心したように先生が呟く。

 

「地形の把握は大事だからな」

 

仕事に於いても、戦いに於いても、建物の構造と周辺地形の把握は重要だ。

優位に立つ意味でも、逃走経路を確保する意味でも。

 

「分かりました。それでは後でまた会いましょう、イヴさん。先生、こちらに…」

 

ヒナタと先生を見送り、私は古聖堂の中で一人佇む。

 

周囲では依然と風紀委員会や正義実現委員会、またちらほらとシスターフッドや万魔殿の生徒が忙しなく行き交っている。

 

私は傍の方に逸れ、邪魔にならないように外に出ることにした。

クロノスの連中も離れたことだろう。

 

私は外へと向かいながら、古聖堂を見上げ、そして床へと視線を落とす。

 

この古聖堂には、改修工事を施されたであろう痕跡が内外共に残っていた。

古い建物だ。

式典の最中に崩落しては冗談にもならない。

 

そして、それと共に、私はあることに気が付いた。

 

古聖堂の地下に、広い空間が広がっていることを。

その地下空間の上に、古聖堂は建っている。

 

“猟犬の耳”は、先程から変わらず、漠然とした危険を感じ取っている。

 

この古聖堂に何かがあるのか、それとも、()()()()()()のか。

 

「…もう少し、周りを見てみるか」

 

何かしらの原因が分かるかもしれない。

 

そんな淡い期待を抱いて、私は古聖堂の外に出た。

 

****************************

 

「準備はできた?」

 

ゲヘナ、風紀委員会本部。

その廊下で、ヒナとアコが並んで歩いていた。

 

「…はい、大丈夫です。ああ、そういえば万魔殿から、古聖堂に行くための車を貸してもらいました」

 

「…車?どうして?」

 

ヒナの疑問に、アコは心底からウンザリといった表情を浮かべる。

 

「自分たちは今回、最新の飛行船を購入したそうで…『空を飛ぶ私たちと綺麗に比較できるように、貴様らは地べたを這って来い』とあのタヌキが」

 

アコの表情の理由が判明し、ヒナも自然と眉間に皺が寄るのを自覚する。

 

「……」

 

眉間の皺を引き延ばしながら、ため息混じりでヒナは口を開く。

 

「またそういうところに予算を…まぁ、今更か。これまでずっと調印式への出席をさせまいと邪魔しておいて、最後はこうして用意っていうのも変な話だと思うけれど」

 

万魔殿は、風紀委員会への嫌がらせに余念が無い。

今に始まったことではないが、嫌がらせの為なら、マコトは平然と手のひらを返すことも厭わない。

 

「イオリやチナツたちも待ってる。急ごう」

 

ヒナはアコを促し、歩く速度を上げる。

 

「……」

 

だが、アコからの返事はなかった。

 

その理由は、すぐに察せられた。

 

「はあ、気に食わないのは分かるけど……言ったでしょう、アコ」

 

ヒナはアコが、自分がエデン条約締結を機に風紀委員会を引退することを察していることを知っている。

そして、それをアコ自身が内心では良く思っていないことも。

 

「別に風紀委員会が解散する訳じゃない。これはただ、エデン条約機構(ETO)という足枷を万魔殿に嵌める為のもの」

 

エデン条約機構(ETO)はあくまでも紛争を調停する為のものであって、全体的な治安維持を目的としたものではない。

風紀委員会としての需要は引き続き存在するだろう。

むしろ、これまで風紀委員会の業務だった部分が緩和され、仕事が楽になると見ても良い。

 

「…はい、それは分かってはいるんです。風紀委員会はほとんど変わらないでしょう。そしてマコトには制約が付く。ですがその時、委員長は…」

 

アコはその先を口にしなかった。

言いたくないのだろう。

受け入れたくない、その未来を自ら、受け入れてしまうかのようで。

 

「……」

 

寂しい気持ちは、ヒナにも理解できた。

 

「とりあえず今は、式に向かうのが先」

 

それがほんの少しだけ、ヒナに迷いを生じさせる。

 

「…その話は調印式が終わってから、ゆっくりね」

 

すぐにでも風紀委員会を引退する必要はない。

エデン条約が締結されれば、この忙しい日々も落ち着くだろう。

その中で、ゆっくりと話し合えば良い。

 

先ずは、エデン条約の締結が最優先だ。

 

「…はい」

 

アコは釈然としない様子だった。

 

だが、その後の会話はなく、二人は調印式の会場行きの車へと急いだ。

 

****************************

 

『おっと、噂をすれば影!ゲヘナの万魔殿が、新型飛行船に乗ってやって来たようです!』

 

トリニティ、ゲヘナ問わず、多くの生徒が、モニターに注目する。

そこには、飛行船が映っていた。

 

『ゲヘナ学園の議長、すなわち生徒会長の羽沼マコトです!さすがと言いますか、ものすごいカリスマです!多分!あれがゲヘナの生徒会長としての威厳!』

 

飛行船から降りて来る万魔殿のメンバーが映る。

議長のマコトをはじめ、イロハ、イブキ、サツキ、チアキの面々が思い思いの表情で映される。

 

「キキッ…」

 

その中で、マコトは不敵に笑っていた。

 

『そしてトリニティ総合学園におけるティーパーティーのホスト、桐藤ナギサも古聖堂に到着したようです!』

 

『両学園の主要人物が、次々と集まって来ています!』

 

『そろそろゲヘナの風紀委員長も到着とのことで、周囲の雰囲気はますますヒートアップする一方!皆さん、引き続きこの様子をご覧ください!』

 

その中継された配信を観ている者がいた。

その人物は、配信を閉じ、画面の割れた携帯端末を仕舞う。

 

寂れた廃墟の中、その人物──サオリは、スクワッドのメンバーと向き合う。

 

「準備は?」

 

その先のメンバー──サオリも含めて、この場の全員が武装状態で、準備万端といった様子だった。

 

「…問題無し」

 

「は、はい!終わりました。チェックも出来てますし、色々と確認も…」

 

「あの“人形”との接触の方は?」

 

訊ねられたアツコは、仮面によって口頭での会話ができない為、手話でサオリに説明する。

 

「…なら問題無さそうだな。全ては整った」

 

「こ、これからつらい事になっていくんですね。みんな苦しむんですね…ですが、仕方ありません」

 

「…そう、それがこの世界の真実」

 

「……」

 

アリウス・スクワッドが動き始める。

それは、彼らの作戦が開始されたことを意味していた。

 

「巡航ミサイルは?」

 

「すでに発射済み。これから5分後にターゲットに着弾する」

 

「チームⅡとチームⅢは?」

 

「つ、通路の前で待機中です…時間に合わせて、作戦地点に突入する予定ですね」

 

「古聖堂の崩壊と同時に突入。ミサキとチームⅡはトリニティを、ヒヨリはチームⅢとゲヘナの方を頼む」

 

「了解」

 

「チームⅡの方はツルギを警戒しろ。チームⅢの方はヒナに気を付けて動け」

 

「は、はい!ひ、ヒナさんですね…!」

 

「チームⅠとチームⅤは…」

 

アツコが手話で何かを伝える。

 

「ああ、通路に沿って地下へ。知っての通り、一番重要な任務だ」

 

「……」

 

再びアツコは手話でサオリに意思表示する。

 

「姫…分かってる。気分は悪いだろうけど、もう少し我慢して欲しい」

 

サオリが優しく宥めると、アツコは小さく頷いた。

 

「えっと、サオリ姉さんは…?あと、レイヴンさんは…」

 

「私は他に用事がある。それが終わり次第、チームⅤに合流する。レイヴンには手を出すな、とのお達しだ」

 

「彼女──ルナシーから?」

 

「ああ、何やら、大々的に何か策があるらしい。巻き込まない為にも、レイヴンのことは任せて欲しい、と」

 

「な、何をするのかは分かりませんけど、巻き込まれるのは怖いですねぇ…」

 

アツコが手話でサオリに何かを伝える。

 

「…ああ、私は私たちの役目を果たそう」

 

「──では、散開」

 

サオリの言葉を合図に、スクワッドは別々に分かれた。

 

各々の役目を遂行する為に。

 

この作戦を成功させる為に──。

 

*****************************

 

エデン条約調印式の会場である古聖堂には、要人と警護含め、人が揃いつつあった。

 

古聖堂の内部には、トリニティの正義実現委員会のツルギとハスミ。

ゲヘナの風紀委員会のイオリとチナツ。

 

その外にはイヴが。

 

会場から少し離れた路上には救急医学部のセナ。

 

そして、その様子を映像で見守っている者たちもいた。

 

トリニティの牢の中で、聖園ミカが。

 

トリニティの街中の喫茶店で、補習授業部が。

 

その裏で蠢めく、秘匿された憎悪と憤怒を知りもせずに。

 

 

 

 

 

そして、この世界の何処かで、スイッチが押される。

点火、と緑色に発光していたボタンが、無機質な電子音と共に、真っ赤に染まり、カウントが表示される。

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

「──ッ!?」

 

 

 

 

 

その瞬間、ほぼ同時に危機を感じ取った者たちがいた。

 

喫茶店のアズサと、古聖堂のイヴ。

 

アズサはただ漠然とした何者かの意思を、イヴはより明確な悪意とその主を、何の前触れなく、察知した。

 

 

 

 

 

イヴは古聖堂の正面へと駆け、空を見上げ、呟く。

 

「──アリウス…!」

 

 

 

 

 

アズサは店の外へと駆ける。

 

「あれ、アズサちゃん…?どこに行くんですか?」

 

「聞かなくても良いでしょ、トイレよ!」

 

「えっと、ですがトイレはあちらではなく……」

 

その瞬間、窓際に座るヒフミは、窓ガラスに映った、空を横切る物を視界に捉えた。

 

「……え?」

 

 

 

それと同時に、アズサは店の外へと飛び出し、正面に聳えるビルの上を横切る円筒形の物体──ミサイルを目にする。

 

「……」

 

ミサイルの風を切る轟音は、周囲の他の生徒にも聞こえていた。

 

「今、何か変な音が…」

 

「な、何!?」

 

「何かが飛んで…!?」

 

ミサイルを目にしたのはアズサだけではなかった。

 

「きゃあああっ!?」

 

悲鳴が上がる。

それは、一つ二つどころではなかった。

 

(──まだ、終わってなかった?)

 

(いや、これから始まる…?サオリ、まさか…!?)

 

 

 

 

 

イヴはいち早く飛んで来る飛翔体に気付き、そして優先事項を組み立てた。

 

飛翔体が危険物だった場合…否、間違いなく危険物であり、この場で最も危険なのは──先生だと。

先生に危険を教え、助ける為に、イヴは古聖堂の内部へと飛び込む。

 

「先生!!先生はッ!?」

 

イヴのただならない様子に、危険を察知していない内部の生徒たちは困惑する。

 

[“イヴ…?どうしたの…?”]

 

幸いにも、入り口のすぐ近くに先生が立っていた。

 

「良かった…!先生、今すぐここから──」

 

移動しよう──そう伝えようとした瞬間。

 

 

 

イヴの“耳”に、コーラルの“聲”が届いた。

 

──何故、このタイミングでコーラルが…?

 

その刹那の逡巡が、イヴの行動を遅らせた。

 

その僅かな迷いによって生じた時間は、ミサイルが古聖堂に直撃するには十分過ぎた。

 

 

 

 

 

直後、轟音と爆発音が響き渡る。

 

古聖堂は()()()爆炎に包まれて倒壊、崩落し、瞬く間に元の荘厳な姿が見る影も無く、瓦解した。

 

爆煙が離れたところにまで届き、整然と仕上げられた調印式会場を飲み込む。

残骸から火が燻り、黒煙を立ち昇らせ、灰が降り注ぐ。

 

古聖堂周辺は、一瞬にして地獄絵図と化した。




キリのいいところまで入れようとしたら普段の1.5倍くらいになっちった☆

喫茶店での補習授業部の席順がゲーム内スチルと異なりますが、どうか多次元解釈でお願いします

個人的にこっちの方がしっくり来たので…(ヒフミがアズサに抱き付くシーンとか)
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