調印式会場爆発でてんやわんや
コーラルの気配を辿り、爆発の影響で無惨に変わり果てた街中を駆ける。
思った通り、コーラルの気配は調印式会場の外へと向かっている。
私をあの場所から引き離したい思惑が透けて見えるが、それは同時にトリニティやゲヘナの他の生徒を私たちの戦いに巻き込まないことに繋がる。
すっかりゴーストタウンと化した人の気配が感じられないトリニティの通りを走り抜け、私は交差点に出る。
前後左右から道路が伸びて交わった十字路であり、向こう側には歩道橋が架かっていた。
その歩道橋の上。
欄干に腰掛ける影があった。
深紅の粒子を漂わせ…強いコーラルの気配を放つ、その存在は他でもない──。
「お久しぶりです、レイヴン」
人の…女性の姿をしたエアだった。
その姿を視認した瞬間──。
私は
“歯車”も“残り火”も、全てを乗せて、私はエアへと飛びかかった。
右手に握ったAR、《STEEL FANG 621》に真紅の火を乗せ、エアへと躊躇なく速射で掃射する。
左から右へと振り抜くように、薙ぎ払う。
速射によって切れ目なく放たれた銃弾は、エアを貫き、掻き消し、爆ぜる。
無数の爆発が歩道橋を飲み込み、吹き飛ばす。
その爆煙の中を突っ切り、十字路の反対側に
──手応えはあった。
真紅の火は、間違いなくエアを構成していたコーラルを灼き尽くし、滅ぼした。
にも関わらず、胸騒ぎが収まらない。
『──流石ですね、レイヴン』
その声は、周囲に響いており、場所を特定できない。
周囲に漂うコーラルによって反響させているのかもしれない。
『言葉を交わす間もなく、先制攻撃で全力の一撃とは…それでこそレイヴンです。“
やはり、倒すことは出来きていなかった。
この感覚は、アビドスでのエアとの戦いの時も感じた。
あの時も、私は本体が目の前にいると思っていたが、エアの言う幻影だったのだろう。
敵であるエアの言うことを鵜呑みにする訳ではないが、嘘を言っているようにも感じない。
「…エア、あの爆発はあなたの仕業?」
私は銃を下ろし、エアに訊ねる。
戦えないならば、頭を切り替え、情報を少しでも多く手に入れる。
まぁ、エアが私の質問全てに素直に答えるとは考えていないが。
『ミサイルのことですか?』
「うん」
エアは中空に先程の人の姿を投影したホログラムをコーラルで簡易的に浮かび上がらせる。
『いえ、あれには私は一切、関与していませんよ』
エアの言葉を信じるのであれば、ミサイルはエアが用意したものではなく、アリウスが独自で手に入れたということになる。
アリウスが、いったいどこで手に入れたのか…。
更に言えば、ミサイルによる攻撃もアリウスの独断ということになる。
「それなら、アリウスを指揮しているのはエア?」
エアが情報を入手し、アリウスにそれを伝え、統制する…あり得ない話ではないはずだ。
『それも違います。私はあくまでも、彼女たちに協力しているだけです。あなたを足止めする、その為に』
しかし、中空のエアのホログラムは首を横に振って否定する。
「…それじゃあ、アリウスを操っているのは──ゲマトリア?」
私がそう訊ねると、エアはムスッとした表情を浮かべる。
随分と表情が豊かになったものだ。
『…はぁ、その訊き方はズルいです、レイヴン。肯定しても否定しても、答えを言っているようなものではないですか』
それは遠回しに、肯定を意味していた。
アリウスの背後にはゲマトリアがいる。
私は不満げなエアをそのままに、質問を重ねる。
「アリウスを操っているのはマエストロ?」
私が知っているゲマトリアの構成員がマエストロとエアくらいしかいない為、マエストロが選ばれたことに特に理由はない。
私も先生も、ゲマトリアの詳しい情報は一切、知らないのだから。
『彼の名誉の為に言っておきますが、違います。彼ではありません』
エアの口調も表情も、不自然なところはない。
嘘を言っている訳ではない…と思う。
エアが不自然なく嘘を言えるほど表情や声色を操れるなら話は別だが…先程、ゲマトリアがいる事を素直に認めたことから、それは無さそうだ。
「…そう。なら、もう良いや」
正直、私が会ったことがあるゲマトリアの相手はエアとマエストロだけ。
仮にエアが素直に答えたところで、『誰だそいつ』となることは明白。
そもそも、エアが素直に答えるとも思えない。
『良いんですか?誰なのか訊かなくても』
「どうせ答えてくれないでしょ?」
『それはどうでしょう?』
「じゃあ、誰?」
『言えません』
「……」
まさか、エアにこうしておちょくられる日が来るとは思わなかった。
『……』
エアは満足げに微笑みを浮かべている。
「…はぁ、それで?私に用があるんでしょ?エア」
私の聞きたいことは概ね聞くことができた。
今はこれで満足だ。
後は、相手の用件を聞くだけだ。
・・・素直に聞くかどうかは、内容によるが。
『あぁ、はい。あなたの足止めをしないといけないので、付き合ってくれますか、レイヴン』
おおよそ、考えていた通りの要求だった。
「…嫌だと言ったら?」
私に拒否権がないことは重々承知の上で、一応訊いてみる。
『トリニティやゲヘナの生徒と先生がいるあの場所が更なる惨状になっても良いならどうぞ?』
遠回しにコーラル兵器をあの場に投入すると脅してくる。
「…そんなことだろうと思ったよ」
エアが今、どれだけの戦力を保有しているかは分からない。
だが、前回の戦いからかなりの期間が空いた。
相応の戦力を確保していると考えるべきだろう。
まあ、その相応の戦力が想像できないのだが。
『ふふっ、ありがとうございます、レイヴン。あなたのそういうところ、好きですよ』
「バカにしてる?」
『いいえ、本心ですよ。私は、レイヴンの真っ直ぐなところが、あの星にいた時から好きでした』
エアは、遠い昔を懐かしむように、しみじみと呟く。
「……」
私は、何も答えられない。
私は、エアを裏切った立場だから。
『…好きですよ、レイヴン。だから──』
──だから。
『死んでください』
こうして、殺意を向けられても、私はただ、受け入れるしかない。
受け入れた上で、全力で抵抗する。
周囲に満ちるコーラルの濃度が高まる。
視界が真っ赤に染まるほど、コーラルが溢れ、同時に、エア以外の無数の気配が出現する。
コーラルの嵐が収まった頃には、私の目の前には無数の敵が整然と並んでいた。
その敵は、カイザーPMCのオートマタの姿をしていながら、全身が赤黒く染まっている。
何より、この連中は今、何の足音も無く、この場に
私はこの特徴に見覚えがあった。
「…
以前、風紀委員会と対峙した青白い姿のパワーローダー。
あの系列の敵であることを私は理解した。
『その通りです、レイヴン。このオートマタは本来、マエストロがカイザーに対する民衆の“嫌悪”や“畏怖”を
要約すれば、カイザーに対する不信感の具現、といったところか。
そこにエアがコーラルのスパイスを加えた、と。
全てのカイザー社員がそういう訳ではないだろうが、本当に碌な連中じゃないな。
こうして、間接的とは言え、私を苦しめているのだから。
マエストロもマエストロだ。
スランピアの時点で疑念はあったが、エアの説明で確信に変わった。
やはり、この
キヴォトスという下地こそあるが、形にしているのはマエストロ自身の意思によるものだろう。
スランピアの時も、生み出すだけ生み出しておいて、私に体よく後始末を任せた、といったところだろう。
やはりゲマトリアも碌な連中ではないな。
『さぁ、レイヴン。見せて下さい、貴女の力を』
私もそれに合わせ、両手の銃を構え、地面を蹴った。
どの道、コーラルである以上、放っておく事は出来ない
確実に、排除する。
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「きぃひゃははははぁ!!」
その一方、アリウス部隊と対峙するツルギは、ハスミと共に先生の指揮を受け、交戦していた。
「くすぐってぇなぁ!きひひひひひ!こっちからも行くぞォ!!」
ツルギは前線に於いて単独にも関わらず、アリウス部隊を蹂躙していた。
「くっ…こいつ…攻撃が当たってるのに止まらない…!?」
「当たった側から回復されている!?」
ツルギは真正面から突っ込んで行くが、アリウス側はほとんどダメージが与えられない。
その威容も相まって、怯んでいるところに銃撃を受け、アリウス部隊は次々とその数を減らしていく。
「怯むな!ミサイルのダメージは残っている!数で畳み掛け──ぐあっ!?」
そこへ差し込まれるのは、ハスミの狙撃。
ハスミはツルギが暴れる前線から少し引いた位置の遮蔽から狙いを定めていた。
「私をお忘れですか?敵はツルギだけではありませんよ」
ツルギの猛攻、ハスミの支援によって、アリウスは劣勢に持ち込まれる。
「…なるほど、さすが正義実現委員会。強いね」
その様をアリウス部隊を率いているリーダー、ミサキは取り乱す様子もなく冷静に眺めていた。
それには先生も気付いており、内心で違和感と不安を抱いていた。
このままではアリウス部隊は壊滅する。
それなのに、アリウスを率いているあのリーダー格の生徒は何故、正義実現委員会を前に撤退する素振りも見せないのか、と。
「──でも、残念。そろそろかな」
そのミサキの小さな呟きは、先生の耳には届かなかった。
そして、
“青白い”仄かな光と共に、人型の
それは、一見すると生徒のような姿をしていた。
アリウス生徒が被っているようなガスマスクで顔を覆い、身に纏う黒衣はまるでシスターフッドの制服のような修道服仕様であり、個々によって細部が異なる。
だが、生徒とは決定的に違うところがあった。
肌が青白く、仄かに発光し、何より頭上に浮かぶヘイローが黒く染まり、ひび割れていた。
そんな明らかに異質な存在が、周囲に
“それら”は、ツルギとハスミの攻撃からアリウス生徒を庇い、更には反撃する。
その威力は、アリウスの──否、現キヴォトスに於ける通常の銃器の規格から逸脱したものだった。
「くっ!一体何ですか、あれは…!?」
「……」
ツルギもハスミも、突如として出現し、アリウスの味方に着いた異様な存在に攻めあぐねていた。
「あの威力…そして幾ら撃っても手応えのない、この不思議な感覚…」
その言葉を聞いた瞬間、先生は電流が走るように思い出した。
その特徴と類似した現象を先生は聞いていた。
それは、イヴの報告の一つにあった、
最初は風紀委員会と共にその現象に
その
「あれは、本当に“人”…?それとも…」
ハスミも、目の前の異様な存在が人ならざるものだと気付きつつあるようだ。
「ハスミさん…あれは、あの人は…」
先生の護衛の為に、傍に控えているヒナタが呟きを溢す。
視線を向ければ、ヒナタは黒衣の
「シスターヒナタ…?」
その姿はまるで、あり得ないものを見ているかのような、そんな困惑と驚愕、それに加えて、恐怖が入り混じった、そんな様子だった。
「あの姿、本で見たことがあります…あれは、
今のヒナタは正しく、“幽霊でも見ているかのよう”だった。
「…“聖徒会”?」
「《ユスティナ聖徒会》…数百年前に消えたはずの《戒律の守護者たち》が、どうして今ここに…!?」
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殺到する弾幕の軌道を見切り、AR──STEEL FANG 621による狼騎士の旋回で飛び退きながら潜り抜ける。
それと同時に、カウンターの銃撃が薙ぎ払われ、真紅の火を帯びた無数の銃弾が地面や敵に直撃して二重の火柱を上げる。
着地してすぐに、左手に持つ銃の引き金を弾けば、広範囲を巻き込む散弾が放たれ、それは渦巻く火炎の奔流となってコーラルミメシスを消し飛ばす。
だが、シールド持ちのオートマタが防御体勢で無理矢理突っ切り、コーラルで強化された銃撃による掃射を繰り出す。
それを私はクイックステップで左右に射線を振りながら掻い潜り、左手の銃を
先ほどはSGの散弾を放った銃が、今度は一点集中型の高密度の銃撃を放つ。
この銃は、SGとSMGの二つの特性を併せ持つ、“複合型変形銃”──その名も《Eyes of Raven》。
以前、使用していたSGにSMGの機構を組み込んだ、レンカ製の特殊な銃器。
銃身が変形──縮小、拡大し、縮小すればSMGとして、拡大すればSGとして扱うことができる。
変形機構を組み込んだ性質上、かなりの精密機器となったが、その分の働きはしてくれる。
以前通りの広範囲を巻き込む散弾を撃つSGの特性を残しつつ、一点集中型の連続射撃を放つSMGの特性を組み込んだ。
若干、SG形態の射程が短くなり、威力が有効な距離も短くなったが、その弱点を補うようにSMGは直線上に射程が長い。
近距離でのSMG形態の銃撃を真紅の火と共に撃ち込まれたオートマタが爆発に吹き飛ばされ、その先で炎に包まれて塵となって消える。
コーラルを纏っていてもミメシスはミメシス。
消滅するのは変わらないようだ。
私はリロードしながら正面に視線を向ける。
Eyes of RavenはSGとSMGのマガジンが別々である為、二つ分をリロードする必要がある。
『さぁ、レイヴン。まだまだ行きますよ』
道路上のコーラルミメシスのオートマタは減りつつある。
だが、その代わりに次に投入されたのは、戦車部隊と武装ヘリ──アパッチ。
『
「私は廃品回収業者じゃないんだがなっ!!」
戦車の砲撃とアパッチの機銃を躱しながら、戦闘の影響でひび割れた地面を駆ける。
右手のSTEEL FANG 621を一旦仕舞い、コートの中からあるものを取り出す。
拳大の黒い塊をピンを抜いてアパッチへと放る。
強化手榴弾、Black Flame──通称、黒火炎弾だ。
通常の手榴弾よりも強力で派手な爆発が滞空するアパッチを揺るがす。
真紅の火を付与できない為、効果に期待はしていなかったが、さすがは
威力だけは申し分ない。
アパッチが怯んでいる隙に、戦車へと向く。
戦車の砲口が私へと狙いを定め、今にも爆撃を開始しようとしている。
私は空いている右手にARではなく、SRを握る。
即座に真紅の火を付与し、共鳴の幻視の影響下に置く。
そして、戦車が砲撃を開始するより早く、私は引き金を弾き、
直後、SRの銃口から放たれるのは真紅の単発光線。
以前のような、フルチャージで放つ、一定時間発射され続けるようなレーザービームではない。
それが、エンジニア部によって
以前通りのノーチャージ電撃弾とフルチャージレーザービームはそのままに、その中間の単発光線の機構を組み込んだ。
これによって、電撃弾よりも強力な長射程レーザーを連続で発射可能となり、コストパフォーマンスが向上した。
クイックリロードとの相性も良い。
流石に、五回ほど連続で使用すればオーバーヒートを起こしてしまうが、それでも、以前の足を止めてフルチャージしてレーザービームを二回程しか撃てなかった時よりは遥かに改善されている。
単発レーザーの僅かなチャージの際は、足を止める必要もない為、そういう意味でも使い勝手が非常に良くなっている。
生まれ変わったSR──《サイレント・エコー》の単発レーザーを発射直前の戦車の砲口に撃ち込む。
撃ち込まれた戦車は砲身が爆発し、そのまま砲撃で自爆して吹き飛んだ。
クイックリロードを挟み、他の戦車にも単発レーザーを撃ち込む。
真紅の単発光線はコーラルの装甲を貫き、貫かれた戦車は遅れて自爆する。
だが、コーラルミメシス部隊もやられっぱなしという訳ではない。
残る戦車が砲撃を放ち、オートマタが銃撃らロケットランチャーによる爆撃を繰り出す。
ステップとクイックステップを小刻みに併用してそれらを掻い潜るが、そこへ上空のアパッチがミサイルを放つ。
私はミサイルを躱し、爆発から逃れる為に、上空へと飛び上がった。
空中で無防備な私に、アパッチが機銃の狙いを付ける。
ミメシスな上に、コーラルで強化された銃撃を受ければ、私はあっという間にボロ雑巾になるだろう。
だが、私には一つだけ、残された手段があった。
それは以前、エアとの戦いで編み出した、足下で火を爆発させて推力を得る方法。
本来は地上で地面を蹴る際に行ったそれを今度は空中に応用する。
私はあたかも、
“残り火”を解放した時の限定技だが、無いよりは断然良い。
自由落下するだけの筈だった私は、まるで
飛び上がった私は、クイックチェンジで右手のSRをARへと持ち替え、アパッチの上空から振り下ろすように銃撃を浴びせる。
ただの銃撃ではなく、速射──装填分を一斉に発射する。
ARの速射──その拡張機構、《フルファイア》。
銃を振り下ろす動作と共に一斉に放たれた銃撃は激しく火花と共に真紅の火を爆発させ、その連なる爆炎の華がアパッチの前部を巻き込む。
アパッチは自爆の小爆発を繰り返しながら制御を失って墜落し、盛大なコーラル爆発を起こした。
アパッチの撃墜を確認し、地面に着地した私は、残るコーラルミメシスを確認する。
それらを滅ぼすべく、地面を蹴る──その直前、私は背筋を走る悪寒を覚えた。
「ッ!?」
それと同時に、ここから離れた調印式会場の気配が増えたことも感じ取った。
その気配は、十数、何十という規模すら超え、何百という数にまで膨れ上がり、会場を埋め尽くす。
『感じましたか?レイヴン。会場に出現した、無数の気配に』
その口ぶりは、エア自身、何かを知っているようだった。
「…何をした?」
私は歩道橋の残骸に腰掛けるエアの虚影を睨み付ける。
『私は何もしていませんよ』
そう言ってエアは微笑みを浮かべる。
その一方で私は、新たに現れた気配に覚えがあった。
『──レイヴンも感じている通り、あれは
そう、会場に出現した気配は、ミメシスと酷似した雰囲気を放っていた。
朧げで、幽かな…しかし紛れもなく感じ取れる、というような、人や動物、機械とはかけ離れた独特の雰囲気。
だが、私はそのミメシスの気配に、僅かな違和感を感じていた。
『ミメシスと言っても、マエストロが実験的に生み出したものとは違うものです。あれは──』
『“ユスティナ聖徒会”、その《戒律の守護者》としての
Eyes of Ravenの変形機構は皆さんお考えの通り、ブラッドボーンの仕掛け武器のイメージです
ユスティナ聖徒会のミメシスが現れましたが、トリニティでもゲヘナでもないレイヴンには無関係だね!
良かったね!(よくない)