ルビコン同窓会
「あああぁぁぁぁぁっ!!」
無数の銃弾が肢体を打ち、堪らずアズサは後ろに倒れ込む。
「ふぅ…」
「……」
「あ、あぁ…い、痛そうですねぇ…」
「…相変わらず未熟だ」
そんなアズサを見下ろすのは、アリウススクワッドの四人。
四対一という、不利な状況。
しかし、それでもサオリを睨み付けるアズサの瞳からは闘志は消えない。
「何も考えずに突撃とは正気か?アズサ」
アズサを鍛え上げたのはサオリだ。
短期間、その手の中から離れたとは言え、戦い方が大きく変わることはない。
得手不得手を把握しているサオリに対し、アズサの無謀な特攻は意味を為さない。
「お前の得意はゲリラ戦。その中で相手の隙を突くことだ。それは自覚しているだろうに、私と正面から戦って勝てるとでも思ったのか?」
怒りや憎悪に身を任せた突撃など、格好の獲物も同じ。
戦いに於いては、先に冷静さを失った者から命を落とす。
そう、何度も教え込んだと言うのに。
「ぐっ、うぅっ…!」
アズサは片膝を突いた状態で、自身を見下ろすサオリを見上げる。
「サオリ…この状況、何が目的だ…」
アズサの問いかけに、サオリはすぐには答えなかった。
虚ろな眼でアズサを見下ろしたまま、ふいに声を発する。
「…ミサキ、残りの時間は?」
「あと5分くらい。そろそろ状況を把握して、両学園の予備兵力が到達する頃だと思う」
「姫、ルナシーからの連絡は?」
サオリが訊ねると、アツコは首を振る。
ルナシーからの連絡がないと言うことは、予定通りレイヴンの足止めが出来ている証拠だ。
「そうか。時間も十分だな、起こせ」
サオリがそう指示すると、アズサをアツコとヒヨリが立ち上がらせる。
「お前がわざわざ来てくれて手間が省けた」
「……」
「お前の裏切りによって、多少計算にズレは生じたが…まあ誤差の範疇だ」
「本来ならこの場に来るのは、ミカだと読んでいた。しかしあのバカはもう使えない」
「となると危険分子はナギサだったが、幸いにも何の疑いもなく調印式に参加した。シスターフッドまで一気に処理できたことは、まぁ予想外の成果だったな」
「……何が起きているのか、教えてやろう」
そうしてサオリがアズサに語ったのは、条約が締結される古聖堂に巡航ミサイルを撃ち込み、邪魔者を片付けると同時に、条約の内容を捻じ曲げ、『エデン条約』を奪い去ったことについての説明だった。
アリウスには、トリニティとしての資格があり、アリウスを除いた全ての派閥が集まり、トリニティとなった『第一回公会議』の再現であるエデン条約に形式的に参加する権限を持っている。
『トリニティとゲヘナの間で紛争が起きた時、《エデン条約機構》がそこに介入し、紛争を解決する』というエデン条約に、『エデン条約機構はアリウススクワッドが担う』と書き添えただけだと、ミサキが補足説明を加える。
「そ、それだけでは大して意味がないようにも思えますが…戒律は本物なので、
「《ユスティナ聖徒会》──戒律の守護者にして、トリニティの伝説的な武力集団」
「正確にはその
「…ようやく理解した。この襲撃は単に各学園の首脳部を狙ったものでもなければ、事態を混乱させるものでもない」
アズサは聖徒会のミメシスへと視線を向ける。
「エデン条約の書き換え…それによって、あの不可思議な兵力を確保することが目的だったのか…」
事態と状況をようやく理解したアズサへ、アツコが手話で何かを伝える。
「…アツコ、それはできない」
しかし、何かを提案したアツコに対し、アズサはそれを拒む。
「やめておけ、姫。今は無駄だ。あいつの意地を折るのはそう簡単じゃない…前々からそうだったろう?」
アツコをやんわりと窘めたサオリは、アズサへと視線を移す。
アズサを見下ろすサオリは、虚ろな眼をしていた。
「…その意地を、思いを、すぐ傍で煽る存在がいたんだろうな」
サオリはどこか不快そうに、忌々しさと憎々しさを含み、吐き捨てるように言う。
「この世界の真実を隠し、事実を歪めて、嘘を教える…そんな悪い大人が」
先生のことを言っているとアズサは理解する。
それを否定したかった。
そうではないと、サオリに訴えたかった。
「まあ、その先生も既に片付けた。だから後はもうゆっくり教え直せば良い」
だが、それよりも先に、サオリはアズサに現実を突き付ける。
「…っ!!」
先生は撃たれた。
サオリに…アズサの目の前で。
「…トリニティでは楽しそうだったな」
「あの生活は楽しかったか?好きな人たちと一緒にいること、お前を理解してくれる人たちと一緒にいることは」
アズサの脳裏を過ぎるのは、ヒフミ、ハナコ、コハル、先生と、彼らとの補習授業の日々。
大変なこともあったが、それ以上に楽しいことや嬉しいこともたくさんあった。
新しい経験や、出会いもあって、アズサにとって、かけがえのない時間だった。
「…虚しいな」
サオリのその一言で、アズサは現実に引き戻される。
そんな楽しかった時間が過ぎ去り、大勢の人々が傷付いている現在。
「思い出せ。お前を理解して受け入れてくれるのは、私たちだけだ。ここがお前の“居場所”だ」
「お前はその真実から目を逸らし、甘い嘘に目が眩んだ。そしてその弱さが、お前をこうして敗北させている」
「…私たちを止めたいか?ならば私のヘイローを破壊してみろ、白洲アズサ」
「…!」
「条約の主体である私たちが存在する限り、この戒律は永続していくだろう──ヘイローを壊しでもしない限りはな」
「今のお前に足りないのは殺意だ…しかし、お前にそんなことが出来るか?あのセイアの任務からも逃げたお前が」
「…っ!?」
サオリの言う通りだ。
アズサは、土壇場になって、セイアを殺すことに迷いが生じてしまった。
そうして、アズサはセイアに助言を乞い、任務から逃げた。
そんな自分が、サオリのヘイローを壊すことが出来るのか──。
「私たちを騙そうとしてまで、綺麗な場所に残ろうとする…そんなお前には無理だよ」
アズサはサオリの目を見続けることが出来ず、視線を落とし、俯いてしまう。
「…セイアもこの後、すぐに見つけ出す。お前の後始末はこっちでしてやろう」
ふと、サオリの視線はあるものに吸い寄せられた。
眼鏡を掛けた、前衛的なデザインのデフォルメされた白い鳥のぬいぐるみ。
「…ぬいぐるみ?」
サオリの視線が外れたその一瞬の隙を狙ったかのように、すぐ近くの地面が爆発する。
「っ!?」
サオリが怯み、アズサの拘束も緩む。
その隙にアズサはスクワッドの包囲網から走って離れる。
「また逃げる気か、アズサ!!」
その背中のサオリが叫ぶが、アズサは意にも介さず、足を止めることは無かった。
「リーダー、ティーパーティー傘下の砲撃部隊みたい。予想より早かった」
ミサキは先程、五分は余裕があると読んでいたが、首脳陣が居なくてもトリニティもゲヘナも思った以上に優秀らしい。
「反対側からは50mm迫撃砲…風紀委員会の予備部隊かな。想像以上に早い。あのヒナがいない状況でも」
「先ほどゲヘナに後ろから刺されたとの報告が!彼女たちを一刻も早く始末せねば…!!」
「調印式会場にミサイルを撃ってくるなんて、ゲヘナの連中はどこまでも…!」
「…!前方にゲヘナの擲弾兵部隊を発見!」
「よくも…よくも委員長を…っ!絶対に許しません!トリニティを蹴散らして、一刻も早く委員長を見つけねば…!」
目を覚まし、事態を把握したアコは、血を流しながらも怒り心頭といった様子だった。
「後方部隊は、他の負傷者の捜索と救助を!私はすぐに…!」
「行政官、傷口が…」
そんなアコを心配して、風紀委員の一人が声をかける。
だが──。
「私の傷はどうだって良いんです!早く見つけに行くんです!!早くっ!」
アコの激情は火に油を注ぐ勢いで燃え上がる。
アコにとって、ヒナが全て。
それはどんな時も変わらない。
ヒナはこの調印式をキッカケにゲヘナの現状が改善することを祈っていた。
調印式を台無しにし、祈りを踏み躙ったトリニティをアコは許せなかった。
「こ、古聖堂の外部に待機していた、ゲヘナとトリニティの予備兵力も動き出しを確認…!」
対物ライフルを搭載されたスコープによって状況を把握したヒヨリが報告する。
「もうすぐ両学園の制式戦車部隊が、この辺りを通るかと…!」
しかし、当のリーダーであるサオリは、心ここにあらず、といった様子だった。
「アズサ…」
アズサが立ち去った後を見つめ続けている。
「リーダー、アズサのことは一旦後で。これからどうする?」
見かねたミサキが声をかけたことで、サオリは我に返り、今後について思案する。
「……」
状況を整理し、最適な行動を導き出す。
「ユスティナ聖徒会は確保できた」
今回の襲撃の本命。
エデン条約の曲解によって、アリウスが調印し、そうして手に入れた戒律の
その無尽蔵な兵力の前では、あのツルギもヒナも、力尽き、倒れた。
残る生徒では、太刀打ち出来るものなど皆無だろう。
「次はトリニティだ。地下通路からトリニティ自治区の背後に回り込み、そこから蹴散らしていく」
サオリの脳裏に、アズサが浮かび上がる。
同時に湧き上がる、怒りと憎悪。
「あいつが少しでも身を置いていた場所…木の一本、枝の一つすら残さずに消し去ってやる…」
そんなサオリを見て、ヒヨリは少しだけ表情を引きつらせていた。
「う、裏切りの代償、ですか…」
「……」
アツコもまた、サオリを見つめていたが、顔全体を覆うマスクによって表情は窺い知れない。
「…まあ、ヒナのいないゲヘナは後でも良いか。異論はないよ、リーダー」
ミサキはサオリの提案に少しだけ私怨が含まれているようにも感じていたが、それでもやる事が大きく変わる訳でもなく、問題ではなかった。
「トリニティは、セイアとナギサの襲撃時に何度も侵入してる。風紀委員長を失ったゲヘナは、ただの寄せ集めに過ぎない。残る懸念事項はレイヴンくらいだけど、“専門家”である
レイヴンに関しては、ルナシーは自分に任せて欲しいとの一点張りだった。
理由を訊けば──。
『あなた方が下手にレイヴンに手を出せば、間違いなく作戦が失敗します。彼女を他の生徒──空崎ヒナや剣先ツルギと同じように見てはいけません。彼女は、
そう、深々と釘を刺された。
「…となると、あの“木の人形”が約束した《戦術兵器》を確保するまではひとまず待機。ここで適度に、両学園の戦車やら予備兵力を相手にしていれば良さそうかな」
「…そうだな。まあ、ここまで来た奴らに挨拶でもかましてやろう。──私たちを苦痛の果てに追いやった、憎きトリニティとゲヘナに…」
「で、では、やっぱり戦うのですね?つ、辛そうですね…すごく辛そうですが、し、仕方ないですよね…へへ」
「さぁ、ユスティナ聖徒会。私たち《エデン条約機構》を助け、“鎮圧対象”を制圧せよ」
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エアは、上空からレイヴンとイグアスを含めた四人の戦いを眺めていた。
イグアス、スネイル、ブルートゥ、フロイトの四人は、当然、本物ではない。
蘇った、という言い方もエアからして見れば語弊がある。
最初のキッカケは、オールマインド。
彼女が企んでいた計画の中に、人の意識を取り込み、統合する、というものがあった。
エアが注目したのは、人の意識を取り込む、というもの。
そして、コーラルとは、情報伝導性があり、人の意識もまた、一つの情報と言える。
エアはルビコンを出て、“変異”した後、再びルビコンへと戻り、星全体──特にコーラル争奪戦に於いて、激戦となった場所を周った。
そうして、“変異”したエアが目にしたのは、微かなコーラルの中に揺らめく、意識の残滓。
そういったものをエアは回収して周った。
その後、諸々を経て、キヴォトス入りを果たしたが、回収していた意識の残滓もまた、手元に残っていた。
コーラルの中の意識の残滓は、変異コーラルを通じて、増幅させることができた。
増幅させることで、微かな“意識”は膨張し、やがて“自我”を得る。
そこからが中々、難しかった。
多くの自我を得た“意識”は、元が人間である為か、或いは、死んだ事を認識してか、耐え切れずに自壊してしまう。
どうにか自壊を免れても、どうしようもなく発狂してしまったりで、エアの目的を果たせるようなものは中々、生まれなかった。
この四人を除いて。
自我を維持する“意識”は、未練や執念といったものがより強いことで崩壊を免れる。
また、“意識”を変異コーラルの増幅によって膨張させることは、変異コーラルで補うことに近く、変異コーラルは狂気を孕む。
発狂した“意識”の中には、この狂気に過剰に曝されたことでも発生したと考えられ、繰り返す実験の中で、細心の注意を払った。
そうした治験を経て、ついに完成品という形になったあの四人は、蘇った本人の意識というよりは、残された意識を元に復元した、限りなく本人に近い
それでも、彼らはそれを自覚して、或いは自覚せずとも、未練や執念を元に、自我を維持しており、こうして今、レイヴンと戦っている。
そういう意味では、“亡霊”と言っても差し支え無いように思える。
そんな“ルビコンの亡霊”たちは、一時はレイヴンを追い詰めたように見えた。
今のレイヴンは、連戦に次ぐ連戦で、大きく消耗している。
最初のミサイルによるダメージも大きいだろう。
何より、あの“真紅の火”が使えなくなっていることが大きい。
あれはコーラル特効と言っても良いものであり、無条件に触れたコーラルをたちまち焼き尽くす。
コーラルが元になっている“亡霊”たちも、あれに触れればただでは済まない。
だからこそ、先ずは消耗させてあの力を封じる必要があった。
幸いにも、レイヴンは邂逅して即座に全力で先制攻撃をして来た。
もし、この場にいるエアが投影ではなく本体だった場合、あの一連の攻撃でかなりのダメージを被っていたことだろう。
『……』
それでも、幻影とは言え、エアも無事ではない。
ダメージこそ最小限ではあるが、幻影もまた、変異コーラルによって構成されている。
変異コーラルはエア自身であり、その幻影へのダメージもまた、少なからず本体にフィードバックされる。
人で言えば、片腕を丸ごと吹き飛ばされた。
その程度のダメージを今、投影越しのエアは負っている。
このキヴォトスに於けるレイヴンは、正しくコーラルキラー。
コーラルの天敵と言える存在だ。
だからこそ、“ルビコンの亡霊”の投入は、そのコーラル殺しの力を封じてからでなくてはならなかった。
しかし、それでもやはりレイヴンは一筋縄どころか二筋でも三筋でも足りない。
狂ったように嗤ったかと思えば、レイヴンはその双眸を真紅に輝かせ、残光を揺らしながら、更なる動きを見せ始めた。
エアはこのレイヴンの状態を何度か観ている。
直近で言えば、桐藤ナギサ暗殺を狙ったアリウスの襲撃時。
アリウスが投入した大隊を壊滅せしめた。
その前はマエストロがミメシスの実験をしていた廃墟の遊園地で、更に遡れば、最初はアビドスの便利屋との戦いとなる。
エアはこのレイヴンの現象を分析し、ある程度の仮説を立てていた。
レイヴンは毎回、追い詰められた時に、この状態に移行する。
そこからエアは、レイヴンはある種の生存本能による生体現象なのではないかと考えた。
笑う──声を発することで、肉体が強張るのを解消し、動きやすくなる。
また、獣の笑顔とは本来、威嚇を意味する、という言葉があるように、歯を剥き出しにして笑い、相手を怯ませる要素も含まれているのかもしれない。
それが、あの大声での狂ったような笑いに繋がっているのだという仮説だ。
『…あの子たちを関わらせないようにして正解でしたね』
作戦の前段階で、アリウススクワッドがレイヴンの足止めについて物申して来たことがあった。
彼らは、この作戦に於いて、重要なファクターだ。
レイヴンという、未知数の存在に関わらせては、作戦に支障が出ると考え、その場は断ったが、その判断が功を奏した。
彼らでは、間違いなく、レイヴンを前に足止めもままならなかっただろう。
普段のレイヴンであれば、ある程度は通じたかもしれない。
レイヴン自身、自覚しているかは分からないが、レイヴンは無意識の内に相手が生徒である場合、ある程度手加減している。
手を抜いている訳ではなく、殺意を込めていない。
だからこそ、レイヴンは生徒が相手の場合、苦戦することがある。
その癖で、アリウススクワッドに一矢報いる余地を与えるかもしれない。
だが、今のレイヴン──まるで餓えた獣のようなレイヴンは、そんな隙が介在する余地は微塵も無い。
生徒だろうと、そうでなかろうと、悉くを徹底的に蹂躙し尽くすだろう。
『…やはり、あなたは恐ろしい人です。レイヴン』
縦横無尽に駆け回るレイヴンを相手に、上手く立ち回る“亡霊”たちを眺めながら、エアは小さく呟いた。
暗いシーンがずっと続きますが…『耐えてください』
それでは、次のお話でお会いしましょう