こちらのエピローグは、この作品の第三章【エデン条約】という章全体をまとめるものとなります
古聖堂跡地でのアリウススクワッドとの激闘から数日後。
私はアビドスの砂漠地帯の一角にある廃墟群──カタカタヘルメット団のアジトに訪れていた。
「よく来たな、イヴ。身体の方は大丈夫なのか?」
私はいつも通り、リーダーの元へと通され、その一室にはリーダーと参謀の彼女がいた。
ツギハギのソファーに向かい合って座りながら、私は言葉を返す。
「お蔭様で。いや、これは世辞抜きで、今回は本当に助かったよ、リーダー。ありがとう」
今回、カタカタヘルメット団の元を訪れたのは、当然、お礼の為だ。
今回のエデン条約を巡る騒動の最中、私はまんまとエアの術中に嵌り、窮地に陥った。
そうして私は、危うく暴走する寸前にまで追い詰められた。
そんな私を救ってくれたのは、リーダーをはじめとしたカタカタヘルメット団のみんなが救助要請を出した便利屋68だった。
もし、あの場に便利屋が現れなかったら──私はどうなっていたのか、想像したくもない。
またしても私は、カタカタヘルメット団に…リーダーに助けられてしまった。
最初はキヴォトスに訪れた際、砂漠の中で身一つだった私を介抱してくれた。
そこからも、私を三日間、アジトの中で匿ってくれた。
私が今、こうしてキヴォトスで普通に過ごせているのも、アビドス襲撃後に、リーダーが先生に頭を下げてくれたからだ。
そして、私の名前──渡鳥イヴというキヴォトスでの名義も、リーダーが名付けてくれた。
それらが無ければ、果たして私はどうなっていただろう。
名無しの傭兵として、ブラックマーケットのような裏社会で生きていたのだろうか。
かつてのルビコンのように、憎悪と呪いを一身に受けながら。
それしか、生き方を知らないから。
そう考えると、今の私は、以前より変われているのかもしれない。
そのキッカケが、カタカタヘルメット団との出会いだったのだろう。
感謝しても、仕切れない。
「気にすんなって。アタシらが好き勝手にやったことなんだからよ」
リーダーはいつもの調子で、まるで感謝される事が迷惑かのような身振り手振りを行う。
だが、その表情は穏やかであり、どこか満足げだ。
「それでも、だよ。リーダーやカタカタヘルメット団のみんなには、世話になってばっかりだ。せめてお礼の一つくらいは受け取って欲しい」
「リーダー、いくら捻くれ者でも好意は素直に受け取った方が良いと思いますよ〜?」
そう茶々を挟んだのは、横に控える参謀の彼女だった。
その言い方は、半ば呆れが入り混じったものだった。
「だーれが捻くれ者だ!私は私なりに素直に生きてるっつーの!!」
「じゃあ照れ隠しですかね。リーダーのツンデレとか誰が喜ぶんです?」
「照れ隠しでもツンデレでも無ぇっつの!」
相変わらずのやり取りを眺めながら、私は郷愁に近い感覚を覚える。
「相変わらずだね、二人とも。今回のお礼に、何か手伝えれば、って思ったんだけど…」
一応、手土産にD.U.の有名な店のお菓子を持って来たのだが、それとは別だ。
何せ、リーダーとカタカタヘルメット団には返し切れていない恩がたくさんある。
「手土産も貰ったし、そんな気にする事でもないんだがなぁ…」
リーダーは困ったように頭をガシガシと掻く。
「私に身に覚えは無いな。お前は何かあるか?最近、気になること」
リーダーは特に手伝えるようなことはないらしく、参謀の彼女に話題を振る。
彼女はヘルメット団らしからぬ上品な形で腕を組み、首を傾げる。
「うーん…私も思い当たるような事は何も……あっ」
空振りか、と諦めかけた直後、参謀の彼女は思い出したように声を上げた。
「何か思い出したか?」
そんな彼女をリーダーは追求する。
「いえ、まあ、大したことでは無いのですけど…ちょっと気になる事が」
「気になること?」
私が鸚鵡返しで聞き返すと、参謀の彼女が私に振り向いて頷く。
「少し前に、少し変な電話がかかって来まして」
「変な電話ぁ?」
「なんでも、
犯罪コンサルタント──犯罪の専門家。
字面からしてかなりきな臭い。
「あぁ?何だそりゃ。どこのどいつだよ」
「分かりません。ボイスチェンジャーか何かで巧妙に肉声を隠していましたから」
ただのイタズラ電話にしては手が混んでいるような気もする。
そもそも、わざわざヘルメット団にイタズラ電話をかけるような住人がいるだろうか?
「お前はなんて返したんだよ?」
「そういうのは間に合ってます、ご縁があれば、とだけ」
参謀の彼女は頭が切れる。
そこらの二流三流詐欺師の口車に乗せられるようなことは滅多にないだろう。
「…それならまぁ、良いけどよ。それですぐに切ったのか?」
「はい。ただ、切る間際に
彼女のその言葉に不信感を抱いたのは、きっと私だけではないだろう。
わざわざ肉声を隠してまで通話しているのに、名前を残すというのはどうもチグハグだ。
「…名前と言っても、ニックネームのようなものですが」
続けて放った言葉に、私は得心が行く。
ニックネームであれば、足が付くようなことは少ないだろう。
──私の二つ名である、レイヴンのように有名であれば話は別だが。
「そのニックネームは?」
リーダーの問いに、参謀の彼女は間を置くことなく、すぐに答えた。
「──《ニヤニヤ教授》、と」
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カタカタヘルメット団のアジトで久々にリーダーやメンバーたちの顔を見て、挨拶と感謝の礼を済ませた私は、もっと留まりたい気持ちを堪え、アビドスを後にした。
もっとゆっくりして行きたい気持ちがあり、リーダーや他のメンバーにも促されたが、このあとに用事があった為、また帰って来ると言って納得してもらった。
そうしてアビドスを去った私が向かったのは、トリニティ総合学園。
到着したのは、日も傾きかけた、夕暮れに染まる頃。
学園の校門から外に出ていく生徒たちとすれ違うように、私は学園の敷地内へと向かっていく。
「それでそれで?今日はどこのお店に行く?」
「何処に行くべきか。何処に向かうべきか。それは風の向くまま、気の向くままに──」
「ややこしい話するなら黙って。それならあそことかどう?ほら、少し前にアイスパフェで話題になったところ」
「あっ!あそこ私も気になってた!みんなと行きたいと思って、まだ行ってなかったんだよね〜」
「それじゃあ、そこに決定!!」
「──ふふふ…時には民衆の声に耳を傾け、それに流されるのもまた、浪漫──!」
「バカなこと言ってると置いてくよー」
エデン条約に関わるあれだけの事件があったにも関わらず、すれ違う生徒たちはすっかり日常へと戻った様子だった。
アビドスの時にも感じたが、これこそが、キヴォトスの民性なのか。
とは言え、私自身、そういうものなのだと理解し、受け容れつつあるのだが。
そんな生徒たちは、自分たちの着る制服とは異なる服装に身を包む私を物珍しそうにすれ違いざまに眺める。
私は今日、すっかり一張羅となった連邦生徒会仕様の制服に身を包んでいる。
連邦生徒会仕様と言っても、色は反転しているので、ぱっと見では連邦生徒会仕様だと気付くことは難しいと思うが。
私はすれ違う生徒たちに軽く会釈を返しながら、敷地の奥へと向かっていく。
やがて、すれ違う生徒たちもまばらに少なくなって行き、私はとある場所に辿り着く。
そこはトリニティ大聖堂。
シスターフッドの本拠地となっている施設だ。
その中に踏み入れば、夕陽によって照らされるステンドグラスの窓から差し込む、仄暗い空間は人の気配が
聖堂の奥では、一人の生徒が私に背を向けるように膝を突き、祈りを捧げていた。
ある程度の距離まで近付くと、私の足音と気配に気付いてか、祈りを終えて、立ち上がり、振り向く。
「お待ちしておりました、レイヴンさん」
そうして振り向いた生徒は、シスターフッドのリーダー、歌住サクラコだった。
合流した私とサクラコは、また別の場所へと向かっていた。
その頃には陽は殆ど沈み、夜の帳が下りつつある、薄暗い通路を進んでいく。
「こちらの都合でこんな遅い時間になってしまい申し訳ありません」
先行するサクラコが肩越しに振り返りながらぎこちない笑みを向ける。
「いや、むしろこんな時間でも取り合ってくれることにこちらが感謝したい。シスターフッドも今はまだ忙しい時期だろう?」
エデン条約の事件そのものは終わったとはいえ、完全に収束したとは言いがたい。
当事者であるトリニティとゲヘナの主要組織の面々は、後始末に奔走し、忙殺されていることだろう。
組織のトップ、リーダーともなれば、尚更だ。
そんな中、わざわざ私のために時間を割いてくれるサクラコには、むしろこちらから謝りたいくらいだ。
「そう言われてしまうと、否定はできないのですが…しかし、シャーレのレイヴンさんを長々と待たせてしまう訳にはいきませんから。何より──」
「私自身、
今回、トリニティ──ひいてはサクラコとの用事というのは、元はと言えば、私から持ちかけた話だった。
それに対し、サクラコは日程を調整した上で承諾し、そうして今に至る。
私がサクラコに持ちかけた話の内容、それは──。
「──
と、私とサクラコが歩く廊下の先から、聞き覚えのある声と共に、一つの影が現れた。
それは、見覚えがありながら、しかし、こうして
「何せ──君は私たちにとって、客人なのだからね。そうだろう?イヴ」
大きな獣の耳が特徴的な、儚げな雰囲気の小柄な少女。
「…
「その必要はないよ。私たちの仲だろう?」
ティーパーティーの一角にして、度々、夢の世界で共に紅茶を嗜みつつ、言葉を交わした相手──百合園セイアがそこに立っていた。
「あら?お二人はお知り合いだったのですか?」
私とセイアの会話に疑問を覚えたのだろうサクラコが首を傾げる。
それも無理は無い。
片やつい先日まで昏倒し、匿われていた者であり、片やつい最近になってキヴォトスに訪れた者──そうでなくとも、トリニティやティーパーティーとは全くと言って良いほど接点の無かった者だ。
「知り合い、と言うか…」
どう言うべきか、私は口ごもる。
夢の世界で会った、なんて言ったところで、笑い飛ばされる、なんてことはサクラコの人柄からは考えられないが、少なくとも困惑を加速させるだけだろう。
「ああ、彼女とは少々、奇妙な…それは奇妙な縁があってね」
そう言うセイアは、穏やかな微笑みを浮かべ、サクラコの困惑を容赦なく加速させた。
「さて、立ち話もこのくらいにしておこう。私は兎も角、イヴもサクラコも多忙の身だろう?時間は有意義に使うべきだ」
セイアもまた、今回の用事の関係者の一人だ。
セイアも加わって、私たちは目的地へと向かう。
「セイアはもう、体調は大丈夫なの?」
セイアが目覚めたのは、本当に直近だと言う。
普通ならば、何ヶ月も寝たきりからの目覚めの後は、リハビリが必要になりそうなものだ。
セイアのような、小柄で華奢な身体であれば尚更。
「ああ、問題ないよ。今日はすこぶる調子が良くてね。良かったよ。せっかく、イヴが訪ねて来ると言う時に、体調が崩れなくて」
そう言うセイアは、確かに足取りは軽そうだ。
無理をしている、という様子もなさそうではある。
「もし体調が優れない時はすぐに仰ってくださいね?何かあっては、ナギサさんに申し訳が立ちませんので…」
「分かっているさ。その時は、イヴと会話できる貴重な時間を割く事にはなるが、大人しく自室に戻るとも。君たちシスターフッドの立場を悪くすることは、私の本意では無いからね」
「それならば宜しいのですが…」
納得しかけているような言葉とは裏腹に、サクラコの表情は不安と心配の色に染まり、その視線がセイアに向かう。
それを感じてか、セイアは不快そうに眉根を潜める。
「全く、君もナギサも杞憂が過ぎる。日中もナギサに散々と安静にしろと小言を言われたし…。言ってしまえば君たちは過保護だ。私は自分の体調管理が出来ないほど子供ではないよ」
そう言って頬を膨らませるセイアは、まるで不貞腐れたやんちゃな子供のようだ。
「これは申し訳ありませんでした」
そう謝りつつも、サクラコはどこか小さい妹を宥める姉のような、優しげな微笑みを浮かべていた。
その余裕ある態度が気に食わないのか、セイアの頬は更に膨らむのだった。
そんなやり取りをしながら進むこと数分。
私たちはトリニティの敷地の一角にある、一つの建物の前に辿り着いた。
「ここが?」
私は建物を示しながら、同行者に訊ねる。
「はい♡ここが、トリニティの古い書物の数々が蔵書されているという、《古書館》です♡」
そう答えてくれたのは、サクラコでも、ましてやセイアでもない、第四の人物──ハナコだった。
そして、当たり前のように薄着──水着の上にシャツを着ただけという姿だった。
「……どうしてここにハナコが?」
服装については、もはや突っ込むのも野暮というものだ。
「あら♡水くさいじゃないですか、イヴちゃん♡一緒に過ちを犯した熱い夜を過ごした仲だと言うのに…♡」
それはもしかしてゲヘナ自治区に忍び込んだ補習授業部の面々を目的地まで案内した夜のことだろうか。
間違ってなくもない、のか?
「ハナコ、イヴはそういった方面の知識が疎いんだ。あまり
困惑する私を助けるように、呆れた様子のセイアがため息混じりにハナコを諌める。
「ふふ…♡こういう時のイヴちゃんはアズサちゃんに似ていますね♡とまぁ、そんな冗談はさておき──」
前置きを挟み、ようやくハナコは私たちの前に現れた理由を教えてくれるようだ。
「生徒の往来が減る宵の口に、シスターフッドの長とティーパーティーの一人が、シャーレの関係者と古書館に向かう…側から見れば、とても怪しいと…そうは思いませんか?」
「わ、私たちは何も怪しいことなど──」
ハナコの言葉にサクラコが異議を唱えようとするも。
「事実とはまた別に、人の噂というのは、関係なく広まっていくものなのです」
珍しく凛とした様子のハナコに、サクラコも閉口してしまう。
「私からすれば、おおよその検討は付きます。ですが、他の生徒はそうもいきません」
「なるほど。つまり、ハナコが言いたいのは、そんな勘違いの噂が立たないように、自分が混ざることで、怪しげな雰囲気を払拭しようという、そういう事かな?」
セイアの要約に、ハナコはニッコリと微笑みを返した。
そして──。
「まあ、それは建前で、本音を言えば、こんな面白そうなところに混ざらないなんて勿体ないじゃないですか♡」
本性を曝け出すのだった。
満足した様子のハナコを放置しつつ、私たちは古書館に立ち入るべく、扉を叩く。
古書館には管理者がいるらしく、その人物に許可を得る為にも、まずは挨拶をしなくてはならない。
扉を叩いたのは、サクラコだったが、しばらく待っても、扉が開く気配は無い。
「留守、か?」
私は真っ先に、その可能性を考えたが、サクラコはそれを否定する。
「いえ、彼女が外出することは滅多にありませんので、その可能性は薄いかと。全く無い訳ではありませんが…それに、事前にアポイントメント…この時間帯に伺うと連絡していますので、さすがにそれを無視するとは考えられません」
そう言って、サクラコはもう一度扉を叩いてみる。
しかし、やはり古書館の主が扉を開けることはなかった。
この間もハナコは私たちの後ろでニコニコと微笑んだまま待機している。
「──ふむ」
小さく声を洩らしたのは、セイア。
「ちょっと退いてくれるかい?」
セイアの要求に、サクラコは戸惑いつつも従う。
何をするのかと見守る中、古書館の扉の前に立ったセイアは、扉を眺めながら何やら考え込む。
待つこと数秒、そっと扉に耳を当てたセイアは、聞き耳を立てるように頭頂の獣耳をピクピクと跳ねさせる。
「…セイア?」
私が声をかけるが、セイアは何やら集中している様子。
聞き耳を立てること数秒、セイアが扉から耳を離す。
かと思いきや、セイアは突然、扉のドアノブを掴む。
鍵が掛かっているのか、扉が開くことはなく、ただガチャガチャという音が響き渡るのみ。
「ちょっ──セイアさん!?」
まさかいきなり問答無用で扉を開きにかかるとは思わなかったらしく、サクラコが慌てて止めに入ろうとする。
もちろん、それは私にとっても想定外だった。
先程の、やんちゃな子供という感想は、あながち的外れでもなかったのかもしれない。
やんちゃというか、わんぱくというか。
「あらあら♡セイアちゃんったら…見かけによらず激しいんですね…♡」
そう言いつつも、少しだけ焦った様子のハナコ。
そして、それでも尚、セイアは止まらない。
鍵が掛かっていると見るや否や、セイアは古書館の扉を叩く。
それは最早、ノックと言うには強過ぎた。
セイアは袖に隠れた両手を使い、古書館の扉をかなり強めに叩く。
「せ、セイアストップ!ストップ!!」
私はセイアを羽交い締めの要領で拘束し、扉から引き剥がす。
その直後──。
「──ああっもうっ!ガンガンガンガンやかましいですねっ!何なんですか一体!!」
そんな真っ当過ぎる怒りの言葉と共に現れたのは、長い黒髪の生徒だった。
ふと視線を下げれば、セイアはまるで計画通りと言わんばかりにしたり顔で親指を立てていた。
とりあえずデコピンでお仕置きしておいた。
わんぱくフォックスですまない
次に続きます
カメ更新ですまない…
いや、申し訳ありません…
どうしても筆が乗らず、遅々として文章が進みませんでした…
次もどうか気長にお待ちください…