ブルーアーカイブ -灰の翼-   作:空素

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短編じゃないのかよ!!

自分で書きながらそう思いました。

いつも見切り発車で不安定な当作品を今後ともどうかよろしくお願いします。


短編:戦いに必要なもの-後編

錬丹術研究会の会長である生徒には、先生の方から事前に連絡を入れており、私は特に何事もなく、招き入れられた。

 

「よく来てくれたのだ!レイヴン!ようこそ!ボク様のラボへ!ボク様は、この錬丹術研究会の現会長、《薬師(やくし)サヤ》なのだ!」

 

いかにも研究室といった部屋に案内され、私を出迎えたのは、ネズミのような大きな耳を持つ小柄な生徒だった。

 

「はじめまして、サヤさん。私は渡鳥イヴ。レイヴンは仕事中の肩書きの一部ですので、どうか名前の方でお呼び下さい」

 

「そう言うことならそうするのだ!イヴ!それと、敬語も要らないし、サヤで良いのだ!それで?オーダーメイドで薬を作って欲しいって話だったけど、具体的にどういう薬が欲しいのだ?」

 

「即効性のある、戦闘向きの薬が欲しいんだ」

 

「ゲームの回復薬みたいな感じ?」

 

「そう、そんな感じ。どう?作れそう?」

 

「ふっふっふ…ボク様を誰だと思っているのだ?不老不死の薬を作ることを目指しているボク様にかかれば、ゲームみたいな回復薬なんて朝飯前なのだ!…なのだけど…」

 

不老不死の薬か…。

荒唐無稽にも思える大きな目標だが、このキヴォトスに於いては案外、あり得そうとも思えてしまう。

 

そう思えてしまう程に、このキヴォトスという世界は、私の知る世界から見て、現実離れしていた。

 

「…なのだけど?」

 

何やら、そう簡単にはいかないらしい。

込み入った事情があるようだ。

 

私の脳裏に、ふとミレニアムのゲーム開発部が作ったゲームの記憶が過ぎる。

 

ゲームやその他のサブカルチャーの物語に於ける、お約束とも言える展開。

 

「…実は、タイミングの悪いことに、その材料の在庫を切らしてて…急ぎで無ければ、一週間後くらいから製作に取り掛かれるのだ…」

 

何とも間が悪い。

 

とは言え、今日より早く山海経を訪ねるタイミングは無かった。

受け入れるしかないだろう。

文句を言っても仕方ない。

 

「…完成はどのくらいに?」

 

特に差し迫って早急に欲しい、という訳でもないが、何があるか分からない以上、早いに越した事はない。

あまりにも遅れてしまう場合は、相応の手段を考えなければならない。

 

「ボク様の腕を持ってしても、量産するのであれば、品質を考慮して一ヵ月…最速でも二週間はかかるのだ…なにぶん、ちょっとクセのある材料で、取り扱いが難しいのだ…」

 

材料がサヤの元に届くので一週間、そこから薬の開発で早くても二週間というと、およそ一ヵ月かかる見込み、といったところか。

 

何もなければ問題ないが、不測の事態はいつ、どこで、どれだけの規模で起こるか分からない。

特に今は、先のエデン条約を巡るイザコザで色々と不安定だ。

 

そうでなくとも、いつエアの襲撃が来るか分からない。

或いは、エアが蘇らせたルビコンの亡霊が。

 

エアが手綱を握っているとは思うが、楽観視も希望的観測も、連中に対して命取りになりかねない。

 

「…他に代用出来たりは?」

 

なればこそ、少しでも短縮できる方法を探す必要がある。

 

「出来ないこともないと思うけど、それこそ、本来の材料が届くのを待った方が早いのだ…」

 

しょんぼりと俯くサヤ。

彼女も私が出来るだけ急ぎの案件であることを察したのだろう。

 

彼女は悪くない。

無理難題を言っているのはこちらなのだから。

 

「…それは、困ったな…」

 

だが、どうしようもないのも事実であり、このままでは途方に暮れて、材料が届いて完成するのを一ヵ月も待たなければならなくなる。

 

「ごめんなのだ…。──材料が自生してる場所なら知ってるけど…そこに行ってる暇はボク様にはないし…」

 

──と思っていたのだが、どうやらその必要はないかもしれない。

 

「…そういうことなら私が採ってこようか?その材料となるものの特徴さえ教えてくれれば、その方が手っ取り早いんじゃない?」

 

ゲームっぽいな、などと思っていたら、本当にゲームのような展開になって来た。

 

自生していて、サヤが場所を知っているのであれば、私がその場所に赴いて採取して来れば良いだけだ。

 

自生している場所への立ち入り許可及び採取の許可が認可されれば、という前提はあるが。

 

「えっ!?…良いのだ?ボク様の不手際なのに…」

 

まさか私が自ら動くとは予想していなかったのだろう。

サヤが目を丸くしながら、首を傾げる。

 

「困った時はお互い様だよ。それに、こういうお使いには慣れてるし…」

 

シャーレに届く依頼の中には、こういった使いっ走りになってたらい回しにされるようなものが幾つも舞い込んで来る。

大抵、どれも荒事ばかりだが……慣れたものだ。

 

「…分かったのだ!そういうことなら、イヴ──いや、レイヴンに採取依頼をお願いするのだ!報酬はボク様謹製の回復薬!なんだかゲームみたいでワクワクするのだ!」

 

サヤは出会ったばかりの時の快活さを取り戻し、不敵な笑みを浮かべて、そう告げる。

いわゆる、採取物を納品する系のクエストだ。

 

サヤからの直々の依頼であれば、立ち入りや採取に関する許可もどうにかなるだろう。

 

「うん、承った。それで?その回復薬に必要な材料っていうのはどんなの?」

 

私がそう訊ねると、サヤは研究室内の机の上の資料を慌ただしく捲り、推定、対象の資料と思われる用紙を拾い上げる。

 

「あ、そう言えばそうだったのだ。材料はこれなのだ!」

 

私はその用紙を受け取り、目を通す。

 

その用紙には、対象となる材料の名前や生息環境、成分や効果に加えて、写真が載っていた。

 

「──《三日月草》、か」

 

それが、サヤが要求する、回復薬の製作に必要な材料の名前だった。

 

****************************

 

後日、私は正式に《錬丹術研究会》からの依頼として、《三日月草》の納品依頼を受け、その植物が自生するとある山に入山する許可を得た。

 

ただ、その山は《錬丹術研究会》の所有地という訳ではなく、《山海経》全体の資産の一つであり、その場所への立ち入り許可及び採取許可は《山海経》の生徒会に位置する組織、《玄龍門》の許可が必要だったらしい。

 

許可が降りなければ私は泣く泣く、一ヵ月程度待たなければならなかったのだが、思いの外、あっさりと許可は降りたのだそう。

 

《玄龍門》のお墨付きも得たということで、私は正々堂々と入山し、目標である《三日月草》の採取に臨んだ。

 

その道中、《武術研究部》なる部活と一波乱あったのだが…それはさておき、《三日月草》を指定数、採取し終えた私は、それを《錬丹術研究会》に納品し、依頼を達成することが出来た。

 

「お疲れ様!ありがとうなのだ、イヴ!これで予定通り、薬剤の開発に取り組めそうなのだ!」

 

《錬丹術研究会》、研究所内、サヤの研究室で、私が採取して来た《三日月草》を確認しながら、サヤは満面の笑みを浮かべていた。

 

「それは何より。それじゃあ、後はよろしく頼んだ」

 

私に出来る限りのことは尽くした。

後はサヤの結果を待つのみ。

 

「任せるのだ!最高の回復薬を──ん?」

 

ふと、自慢げに胸を張ったサヤが、机の上に広げられた無数の《三日月草》に目を落とす。

 

《三日月草》は、青々とした鮮やかな緑が映える、ギザギザとした葉が特徴的な植物だ。

見た目はタンポポの葉っぱに近いか。

タンポポとの違いは、タンポポの花が付いてないというのが大きい相違点だが、それ以外にも、葉の厚みや質感が違っていたりする。

 

サヤは興味深く、机上に並べられた《三日月草》の中から、ある一束を掴み上げる。

 

それは僅かに緑色がくすんだような、淡い色合いをしたものだった。

 

「これ──《新月草》なのだ!!」

 

サヤは喜びと驚愕が混ざったような反応で、手に取った色違いの《三日月草》を見つめていた。

 

「えっと…何か違うものが混入してた…?」

 

何か不手際があったのかと、私は少し戸惑い気味に訊ねる。

 

「あ、違うのだ!いや、違わなくはないけど…とにかく、これは良いことなのだ!」

 

どうやら悪いことではないようで、これまでの努力が全て無駄になるようなことでは無いことに安堵する。

 

「これは《新月草》と言って、《三日月草》に似てるけど全く違う、より質の良いものなのだ!凄く珍しくて、ボク様でも年に一度拝めるかどうかという代物なのだ」

 

より質の良い──確かに、サヤが手にする三日月草改め、新月草は、色こそくすんだような緑色だが、その葉の艶は他とは一線を画す。

 

「これがあれば、開発期間を短縮できるかもしれないのだ!薬の質も良くなるかも!」

 

サヤにとっても私にとっても、幸運だったらしい。

 

「それは助かる。楽しみに待ってるよ」

 

私の手に届くまでの時間が短くなることも、薬の質が良くなることも、私にとっては非常に良い報せだ。

 

「任せるのだ!──と、そうだったのだ!イヴ、ちょっと頼まれ事を聞いてくれないのだ?」

 

サヤには今回のことでも、今後も世話になる。

何より、友人の頼みを聞くのは吝かではない。

 

「うん、構わないよ。何かな?」

 

そうして私は、思いもよらぬ頼まれ事をサヤに請われた。

 

****************************

 

そうして私は、とある場所に訪れていた。

 

目の前には、黒と金で飾られた荘厳にして豪奢な門構えが私を出迎える。

《山海経》における生徒会的組織、《玄龍門》──。

 

サヤには、初回分の回復薬の代金を無料にする代わりにと、《玄龍門》に荷物を届けて欲しいと頼まれた。

 

使い走りは構わないが、まさか《玄龍門》だとは思わなかった。

 

周囲へと視線を向ける。

不思議なことに、《玄龍門》の門の周辺には、見張りの生徒などは全く見当たらなかった。

 

流石に勝手に立ち入る訳にもいかず、どうすべきかと途方に暮れる。

 

そんな中、私は背後から近付く気配に気付く。

 

私が振り向くより早く、気配の主が声をかけて来た。

 

「《玄龍門》に何か御用ですか?()()()()()()

 

振り返った先に立っていたのは、先日、サヤの《錬丹術研究会》へと案内してくれた生徒、“サキ”だった。

 

その時と同じく、サキは落ち着いた様子で、どこか不思議な雰囲気を漂わせていた。

 

「……サキさん。奇遇、とでも言うべきでしょうか?」

 

彼女が何故ここにいるのか──。

それについては、おおよそ見当が付いている。

 

こうして、《玄龍門》の前で出会えたことで、その予想は確信に変わったと言っても良いだろう。

 

「ふふ…ご冗談を。()()()()()()()()()()()?“レイヴン”」

 

“サキ”は間違いなく、《玄龍門》の関係者だ。

 

それも、その所作や雰囲気からして、下っ端ではなく、より中心に近いような──。

 

「ついて来てください。案内しましょう」

 

サキは背を向けてまま肩越しに顔を向け、私を誘う。

 

私はふと、《玄龍門》の入り口の門を見上げる。

そこには、龍の意匠が飾られていた。

 

まるで、巨大な龍の口へと誘われているような、そんな感覚を覚えるが、流石に罠ではないだろう。

 

彼女が何を考えて私を《玄龍門》への立ち入りを許すのかは分からないが、私自身、興味がない訳ではない。

 

「……では、よろしくお願いします」

 

 

 

門を潜り抜け、更には《玄龍門》の敷地内を通過し、奥へ奥へと進んでいく。

 

《山海経》に於ける生徒会的組織の区画と言うだけあって、その敷地は広大だ。

《キヴォトス三大校》と呼ばれるような、ミレニアムの《セミナー》やトリニティの《ティーパーティー》、ゲヘナの《万魔殿》にも引けを取らない。

 

進んでいくうちに、大きな塔のような建物が見えてくる。

 

「ここは《六和閣》。玄龍門の本部となる場所です」

 

“サキ”、がそのように説明してくれ、その内部へと案内してくれる。

相変わらず、“サキ”が先行し、私はその後を追随する。

 

ふと、私はとあることが気になった。

私はその疑問を胸のうちに留めることなく、“サキ”に投げかけた。

 

「…他の生徒の姿が見当たりませんが…どちらに?」

 

玄龍門の他の生徒の姿が見当たらないのだ。

門のところから立ち入り、ここに来るまで、一切の生徒を見かけなかった。

 

そんなことがあり得るのだろうか?

 

「…他の生徒は《門主》の指示で、外しています」

 

先行する“サキ”が、肩越しに振り向き、答える。

その表情は長い髪が目元を隠し、窺うことすら許さない。

 

正直言って、怪しさ満点だが、今はひとまず流しておく。

 

「そうですか……その、《門主》という方が、山海経の生徒会長さんという解釈で合ってますか?」

 

「キヴォトスに於いても特殊な呼び名でしょうから、混乱させてしまったでしょうか?その認識で合っていますよ」

 

玄龍門の(あるじ)、故に《門主》、か。

改めて考えるまでもなく、シンプルで分かりやすい。

私の思慮が浅かっただけのことだ。

 

「…良いのですか?私をこのような…山海経に於いても重要な《門主》の元に連れて来ても」

 

この建物──《六和閣》が生徒会本部だと言うなら、この先で待ち受けているのは、その《門主》に他ならないだろう。

 

門主とは生徒会長的な存在であることは明確だ。

その上で、他の警備や護衛の生徒が居ない中で、部外者である私をその近くまで連れて来るなど、不用心と思わなくもない。

 

「…《錬丹術研究会》から頼み事を受けたのでしょう?それに、()()()()()()()()()()()()()ので」

 

何故、私が錬丹術研究会から頼み事を受けたことを知っているのか。

そして、門主直々に許可を得ることが出来るこの“サキ”と名乗る人物は一体、何者なのか。

 

「…サキさん。貴女は一体──」

 

そうして緊張感のある会話を交わしているうちに、私たちは突き当たりに至る。

 

六和閣内は、入り口の門と同じような、荘厳な雰囲気を漂わせる豪華な内装だったが、目の前の突き当たりの二枚扉は、更に壮麗さを増したような装飾が施されたものだった。

 

間違いなく、ここが門主の部屋なのだろう。

 

「…それでは恐縮ですが、暫しお待ち下さい。門主に確認を取りますので」

 

「分かりました。問題ありません」

 

私が了承すると、彼女は一礼した後、扉を僅かばかり開け、部屋の中へと入っていった。

 

……彼女は、ノックも無く、門主の部屋に入室した。

 

ノックという文化が無い…という訳では無いと思うが、山海経は色々と他と文化が異なっているので断定は出来ない。

 

或いは、それだけ親しい間柄…ということだろうか?

 

「──準備が整いました。それではお入り下さい、レイヴン」

 

そうこう考えているうちに、扉の向こうから彼女の声が聞こえて来た。

 

門主がどのような人物なのか──。

そして、“サキ”──彼女が何者なのか。

 

これでハッキリすることだろう。

 

意を決して、私が扉の前に立てば、向こう側から彼女が扉を開けてくれたようで、門主の部屋へと続く道が生じる。

 

その先へと踏み込めば──。

 

その先で待っていたのは、黒髪黒瞳、黒衣に身を包んだ、小柄な少女だった。

 

「──改めて、其方を歓迎しよう、レイヴン。“サキ”としてではなく、玄龍門の門主、《竜華キサキ》として、な」

 

その少女は、“サキ”の時よりも幾分か落ち着いた声で、そう告げるのだった。

 

「…まさか、門主直々に出迎えてくださっていたとは思いもしませんでしたよ…」

 

その事実に、さすがの私も動揺せざるを得ない。

玄龍門の中でも、かなり中枢に近しい人物だろうという予想はあったが、流石に門主本人だったとは。

 

「ふふ…その反応、妾の演技力も伊達ではないようじゃの。サプライズ成功、といったところか」

 

門主──改め、竜華キサキは悪戯っぽく微笑む。

 

一見、落ち着いた雰囲気に見えるが、今回や前回の変装で玄龍門を抜け出して好き勝手にしているあたり、セイア的なお転婆感を感じる。

 

まんまとしてやられた、と認める他ないだろう。

 

「…普段からやってるんですか?変装とか、街中に遊びに行ったりとか…」

 

あの感じだと、今回だけの特別な行動には思えなかった。

完全に、慣れた者の立ち回りのような感覚を覚えた。

 

「まあ、そうじゃの。ここだけの話、良く変装して街に忍び込んでおるよ」

 

この分だと、他の玄龍門の生徒たちには内緒なのだろう。

知らされず哀れと思うべきか、或いは知ることがなく幸せだと思うべきか。

 

何にせよ、その経験から、今回は私までもがすっかり騙されたということだ。

 

「…それが一つ。もう一つは、其方がどんな人物か、見極める為じゃな」

 

私が山海経を訪れ、錬丹術研究会に接触できたのは、先生のシャーレの信用もあるだろうが、何より、玄龍門ひいてはその当主たる竜華キサキが許可を出したからに他ならない。

私が山海経を訪れるという情報は、真っ先に竜華キサキの元に届くことだろう。

 

「ふ…おおよその見当はついている、といった顔じゃの」

 

私の考え──否、顔を読んで、そう告げた竜華キサキは、私に背を向ける。

ついて来い、とでも言うように。

 

客用のものと思われるテーブルと椅子が置かれた場所へと案内され、着席を促す。

 

「おおよそ、お主が想像しておる通りじゃよ。其方が山海経を訪ねるとの報せを受け、妾は其方に興味を持った。その理由までは…聡明な其方には説明するは必要あるまい」

 

自意識過剰と言われたらそれまでだが、一応、私はシャーレに属する人物として、それなりに注目されるだろうという自覚はある。

 

そもそも、シャーレに所属するキッカケも、その名声を活用する為だ。

 

それに加えて、私は今まで、様々な地域で活動して来た。

《レイヴン》という名声そのものもまた、キヴォトスに広がっている事だろう。

 

良い意味でも、悪い意味でも。

 

私は席に着き、その向かい側に竜華キサキが座る。

 

「ひとまず、こちらを」

 

私はサヤから頼まれた、“荷物”をテーブルに置き、竜華キサキの方へと押し出す。

“荷物”は箱で包装され、外観からは何なのかは見当も付かない。

 

「ああ、()()()()、か。わざわざ済まぬな。ご苦労じゃった」

 

竜華キサキは荷物を手に取り、包装を剥がして箱を開く。

中身を改めて確認しているのだろう。

 

「構いません……それが何なのか、お聞きしても?」

 

あわよくば、というつもりだったのだが、思いの外あっさりと竜華キサキは首を縦に振った。

 

「ああ、構わぬよ。とは言え、大したものではない。単なる、“香”じゃよ」

 

「香、ですか」

 

「左様。其方が良ければ、今ここで焚くが…如何(どう)する?」

 

「…では、せっかくなので、お言葉に甘えます」

 

「うむ、では暫し待て」

 

竜華キサキは香を焚く用意を始める。

その手つきは慣れたものだった。

 

「…時に、レイヴンよ。其方に一つ、聞きたいことがある。答えてくれるか?」

 

竜華キサキの準備を見守っていると、準備を進まながら、彼女はふと声をかけてきた。

 

「…私に答えられることであれば」

 

「そう身構えずとも良い。世間話のようなものじゃ……其方の異名──《レイヴン》の由来を聞いても良いかの?」

 

言われてみると、このキヴォトスに来てからというもの、《レイヴン》の名前の理由を聞かれたことは無かった。

 

「…元々は、私の名前ではありませんでした。私は、訳あって、他者の名義で活動する必要があったのです。そこで偶然、手に入れた名義が、《レイヴン》という名前だった…ただ、それだけの事です」

 

《真紅の火》の影響ですっかり灼けてしまった記憶の灰の中から、どうにか断片的記憶を繋ぎ合わせる。

 

「今の名前…《渡鳥イヴ》という名も、《レイヴン》から来ていますが…そういう意味では、私は未だに“名無し”と言えるのかもしれません」

 

《C4-621》という呼び名は、今やとうに思い出となった。

その名を呼んでくれる人は、もう居ない。

その名を知っている者は、もはや私だけ。

 

それでも、私が忘れなければ、その呼び名も、呼んでくれた人のことも、忘れることはない。

 

だからこそ私は、忘れぬように、武器にその名を刻んだのだ。

《STEEL FANG 621》

 

戦いの中で、記憶が灼けて、喪われてしまっても、その武器が共にある限り、いつでも思い出すことが出来る。

 

彼の“猟犬”として、共に在った記憶を。

 

「“無名の鴉”、か……答えてくれて、礼を言うぞ、レイヴン…さて、こちらもそろそろじゃな」

 

竜華キサキの手元にある香炉から、仄かな煙と共に香りが漂い始める。

 

その香りは心を落ち着かせ、肩の力が抜けるような、良いものだった。

 

「…レイヴンよ。この山海経では、古くから鴉というものは、“兆し”なのじゃ。その吉凶はさておき、な」

 

「…“兆し”、ですか」

 

「うむ。時に、幸運を招く吉兆として…または──死を運ぶ凶兆として、な…」

 

竜華キサキの視線が私を捉える。

私もまた、その漆黒の瞳を見つめ返す。

 

「其方がどれだけの力を持っているのかは…想像するしかないが…間違いなく、強大なものであることは確実じゃろう。それこそ、学園の垣根を越えて、影響を与える程には、な」

 

キサキは私に向ける目を細める。

それはまるで、私の内面を見透かすかのように。

 

「お主は、これからも、より厳しい戦いの渦中に身を置くことになるのじゃろう。そして、そうした中では、多くの者の思惑や企みが坩堝のように混ざり合い、溶け合い、混沌と昏迷を極めるじゃろう」

 

エアはもちろん、ゲマトリアやまだ見ぬ脅威がこのキヴォトスには潜んでいる。

キサキの言う通り、戦いはこれから、より熾烈を極める事になるだろう。

 

「レイヴン──いや、イヴよ。何があろうとも、決して見失うな。己が何の為に戦っているのか、己の為したい事は何なのか…」

 

そうした戦いの中で、私が私を見失えば──その時は、彼女が言ったような、死を運ぶ凶兆となるかもしれない。

或いは、もう一人の私──“レイヴン”が言っていたような、全てを焼き尽くすという、黒い鳥に。

 

「…其方が山海経──ひいてはキヴォトスにおける吉兆であることを祈っておるぞ」

 

そう言って、キサキは柔らかく微笑む。

 

「…忠告、しかと肝に銘じます。ありがとうございます、キサキさん。お香もありがとうございました」

 

私は席から立ち上がり、キサキに頭を下げた。

 

「何じゃ?もう行くのか?まだ茶も出していないというのに…」

 

「お香だけでも充分なおもてなしでしたよ……それに、本調子ではないのでしょう?」

 

私がそのように告げると、ここで初めて、キサキは驚いたように僅かに目を見開く。

 

「お主…気付いておったのか?」

 

私の“鴉の眼”は、キサキの身体の不調を見透かしていた。

彼女は平静を装っていたようだが。

 

「容姿については全くでしたが…身体の調子であれば、私に隠すことは出来ませんよ」

 

“鴉の眼”には相手の弱点を見極める能力が備わっている。

キサキの不調を見破ったのは、その力の応用だ。

 

「…参ったの。知られる訳にはいかなかったのじゃが…」

 

キサキは困ったように眉を潜める。

 

「安心して下さい。誰かに言うようなことはしません。もちろん、キサキさんが望めば、先生にも」

 

「それはそれで、弱みを握られたようで嫌なんじゃが……」

 

私としては、そんな弱みに付け入るようなつもりは無いのだが…。

キサキ自身は、気が気ではないのだろう。

 

「…このことは他の人には?」

 

私の問いに、キサキは諦めたように首を横に振る。

 

「…サヤだけじゃ」

 

そう言えば、香を焚いてからというもの、キサキの身体の不調が和らいだように思える。

 

なるほど、この香はキサキの為の特別製ということか。

 

「…その分じゃと、香の効果も見破られたみたいじゃの。はぁ…詰めが甘かったの……欲を出すものではないな、全く…」

 

キサキは私に対して、興味が生まれ、知りたいという欲が生じた。

それでわざわざ、他の玄龍門の生徒たちを外してまで私室に招き入れ、探りを入れた、と言ったところか。

或いは、サヤから渡すように頼まれたところまでキサキの仕込みだったのかもしれない。

 

普段からの変装と密行で、平静を装う演技で自らの秘密は隠し通すつもりだったが、私の“眼”がそれを容易く看破してしまった。

 

およそ、そういった流れだろうか。

 

「…それでは、キサキさんに一つお願いがあります」

 

私の言葉に、キサキが表情を険しくして身構える。

 

「…申してみよ」

 

「──」

 

私はキサキに、()()()()()()を告げた。

 

「…そんなことで良いのか…?」

 

呆気に取られ、ポカンとした表情になるキサキ。

 

「ええ、構いません。それで、返事は如何でしょう?」

 

「…お主…思ったより、面白いヤツじゃの。良いじゃろう、気に入った。お主の要求を飲もう」

 

「──では、これからは“友人”として、よろしく、キサキ」

 

「…ふ、この玄龍門の門主を捕まえて、その弱みを握っておいて、要求が友人になってくれ、などとはな…」

 

「私は弱みを握るつもりじゃなかったから。ただ、体を案じただけ」

 

私としても、不本意だった。

その妥協点としての提案、要求だった。

 

「ならば、友人の望み通り、今日は体を休ませるとしよう」

 

「うん、それが良いと思う。それじゃあ、またね、キサキ」

 

「ああ、また会おう、イヴ」

 

そうして、私はキサキの私室を立ち去り、山海経を後にした。

 

 

 

こうして、私には新たに戦闘中の回復手段に加え、山海経でのコネクション──二人の友人を得たのだった。

 

──────────『戦いに必要なもの』【完】




これにてショートストーリー完結となります。

いやぁ、長かった…。
ショートストーリーとは、って感じですね…。

あと、更新も遅延しまくってしまって申し訳ありません…。

言い訳をさせてもらうと、ずっと夜を渡っておりました…。
ようやく落ち着いたので、こうして再び更新することができた次第です…。

取り敢えず、これで先に進めますね!

この先は、ようやくメインストーリーに戻ります。
お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。

恐縮ではありますが、こちらもどうかのんびりとお待ちいただければと思います…。はい、すみません…。

すっかり夜に侵食された脳をストーリーを読んでブルアカに染めて、しっかり取り組んでいきたいと思います!

それでは、次の物語でお会いしましょう!
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