ブルーアーカイブ -灰の翼-   作:空素

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いつものように仕事を終え、帰宅しようとするイヴに二つの依頼が届く。

片方はアリウススクワッドの錠前サオリ。
そして、もう片方は、監禁されているはずの聖園ミカからだった。

それぞれの依頼の内容とは?

そして、イヴはどちらの依頼を選ぶのか──。


EP-1 檻の中のお姫様

イヴが遺跡調査を終え、トリニティで古書館のウイと楔石について話し、帰り際に聖園ミカの糾弾騒動を目撃したのと同日、先生もまた、トリニティを訪れていた。

 

先生を招いたのはティーパーティーのホストであるナギサだった。

その場には、シスターフッドのサクラコと、救護騎士団の《蒼森ミネ》の姿もあった。

 

ナギサが先生を招いた理由は、エデン条約以降の顛末と後始末について話し合う為であり、サクラコとミネは、それぞれの組織の代表として、出席していた。

また、サクラコは純粋な興味、ミネはリーダーを失いバランスが崩れつつあるティーパーティーの助けになる為、というそれぞれの思惑もあった。

 

加えて、ミネはパテル、フィリウス、サンクトゥスに並ぶ《ヨハネ》分派の首長であり、ティーパーティーに参加する権利を持つ。

尚、本人にはその気は無いようだが。

 

そうして話題は、エデン条約を巡る騒動を紐解くものに移っていく。

 

この騒動の根幹には、《アリウス分校》が存在しており、辿って行った先には、全て、ここへと集約されるようになっていた。

 

エデン条約会場の襲撃。

その実行犯は、紛れもなく、アリウス分校である事が判明している。

 

ゲヘナの万魔殿の議長である羽沼マコトも、ナギサ暗殺を企てたミカも、アリウスの手の上で踊らされていた。

 

それと同時に、アリウスが裏で糸を引いていたとして、幾つかの疑問が提示された。

 

一つ目は、アリウスは何故、エデン条約を妨害したのか、ということについて。

 

アリウス分校は、長い間、トリニティとゲヘナを憎み続けてきた。

エデン条約は、その両学園の要員を一網打尽にする絶好の機会だった。

 

更に、エデン条約という“契約”を利用し、()()()()()()を手に入れていた。

それは、ユスティナ聖徒会の姿をした幽霊のようなものであり、それらがそのままゲヘナやトリニティを襲撃していたら……なす術もなく、崩壊していただろう。

 

現シスターフッドはユスティナ聖徒会の後継ではあるが、それについては長のサクラコも分かっていることは少ない、との事だった。

 

また、トリニティの防護システムを無力化させ、会場周辺に甚大な被害を与えた巡航ミサイルについて。

 

ティーパーティー主導で分析を進めているらしいのだが、今のところ出所も構造も不明であり、キヴォトスには存在しない技術が由来であることだけが分かっているのだという。

 

そこから、二つ目の疑問に繋がる。

アリウス分校は、何を計画しているのか。

 

それについて、トリニティ側で分かっていることは皆無と言って良い。

 

そもそも、アリウス自治区の場所すら、トリニティにしろゲヘナにしろ、捕捉できていない。

 

だが、以前から謎のままだったアリウス自治区の場所について、今回の事件をキッカケにいくつかの糸口を得ることができたとサクラコは語る。

 

襲撃時、アリウスは《通功の古聖堂》の地下にあるカタコンベから潜入していた。

これまでのアリウスの潜入ルートも、全てカタコンベと関連していることが分かっている。

巡航ミサイルの発射位置も、トリニティ内の地下遺跡だったという。

 

しかし、トリニティ自治区に存在する地下遺跡はかなりの数があり、それを全て調査し、統制することは不可能だと言うのはミネの談だ。

 

カタコンベはいまだにその全貌が明らかになっていない迷宮であり、そこから自力でアリウス自治区を見付けることも、不可能ではないにせよ、大変難しいだろうとナギサが付け加える。

 

それについて、サクラコも同意するが、目下、レイヴンの協力を得て、地下遺跡の調査が進行中であることを報告する。

順調に進んではいるが、規模が規模だけに、全体的な進捗はあまり良くないと告げる。

 

それについて、ナギサはレイヴンに期待、というか、一方的に頼り、負担を強いる訳にはいかない、とこぼす。

サクラコとミネもまた、そこに同意する。

 

二人もまた、レイヴンがエデン条約会場襲撃時や、その後のアリウスとの決戦で活躍していたことを聞いている。

 

特に後者は、先陣を切ってアリウス部隊へと突撃し、強大な相手を打ち倒している。

 

彼女は既に、もう十分過ぎる程に、トリニティの助けとなってくれている。

これ以上、巻き込んで負担を強いるのは忍びない、と。

 

そこで間を置き、話題はアリウス自治区の場所へと戻る。

 

ナギサは、セイアからの助言を告げる。

曰く、あの自治区は、我々が理解できない“とある力”で保護されている、そうでもなければ、今まで隠れ(おお)せている事の説明ができない、とのこと。

 

続けて、ナギサはアズサから聞いた話の内容を告げる。

 

アズサによれば、アリウス所属だった頃、任務の度にカタコンベの出口が記録された地図を渡されていたという。

地図の経路は毎回変わり、さらに暗号化まで施されている徹底ぶり。

 

残念ながら、裏切り者である今のアズサには、アリウス自治区に戻る道は分からない、とのことだ。

 

その後、話を聞いていたミネがアズサの身を案じてナギサに詰め寄り、一悶着あったが、それはさておき。

 

《トリニティの裏切り者》についての騒動で、本来負う必要のない責任と、ずっと多くのものを背負うことになった補習授業部の四人を巻き込まず、自分たちだけで今回の件を片付ける決心をし、三度、話題は移る。

 

カタコンベは、全体像さえ判明していない巨大迷宮であり、毎回変化し続ける入口を探すことは困難だ。

 

そこで、発想を逆転し、通路を把握している者に話を聞くのはどうかとサクラコは提案する。

 

襲撃を主導した《アリウススクワッド》のリーダー、錠前サオリ。

襲撃を指揮していた彼女であれば、通路を確実に熟知しているだろう、と。

 

だが、スクワッドの消息は依然として不明のままであり、捕捉は難しいだろう。

 

そのように告げるナギサに、スクワッド以外にも、もう一人、通路を熟知しているであろう生徒がいるのではないかとサクラコは語る。

 

疑問を浮かべるナギサに対し、サクラコは生徒の名を容赦なく突き付ける。

 

《聖園ミカ》、と──。

 

 

 

 

 

ミカに対し、サクラコとミネが疑念の目を向けるのは、無理もなかった。

 

ミカはクーデターに際し、長くアリウスと内通していた。

その上で、アリウス自治区の位置を知らないというのは、あまりにも不自然だ。

 

加えて、ミカがアリウスに物資を補給していた記録も残っている。

 

更に付け加えて、ミカの以前の信頼も低い。

 

ミカはティーパーティーの権力を使って、都合の悪いことを揉み消してきた経歴があるのだとミネは語る。

 

それでも信じようとするナギサの立場は悪くなり、肩身は狭くなるばかりだ。

 

今の学園内のミカに対する糾弾と騒動もまた、そうした過去の行い、振る舞い揺り返し──ツケの代償なのではないか、と問い詰め、それでも尚、ミカが信用に値する人物なのかと、ミネはナギサに問いかける。

 

ナギサは──。

 

『それでも私はミカさんを信じます──それが、今回悟った教訓ですから』

 

──と。

 

結果的に、ミネもサクラコも納得し、和解した上で、穏やかな雰囲気で今回の話し合いは解散となった。

 

ミネとサクラコが退室した後、残った先生はナギサにトリニティとミカを取り巻く現状について、教えてもらった。

 

それは明日の午後、ミカの聴聞会が開かれる、というものだった。

 

その内容は、これまでにミカが犯した罪──エデン条約に関するものについて審議する、査問会のようなものなのだとか。

 

そして、ミカは恐らく、退学になるだろう、とナギサは告げた。

 

現在、学園内におけるミカへの風当たりは非常に強いとナギサは説明する。

 

エデン条約を巡る事件の影響は特に強く、それはミカがアリウスという協力者がいるとは言え、事件の主犯であることに違いはない為、致し方ない部分も儘ある。

 

それもあって、聴聞会では、ミカのティーパーティーの権限が剥奪されることが決定されている。

 

以降、ミカの断罪を要求する騒動が度々、発生し、私刑としてミカに対する様々な嫌がらせ行為が横行している。

掲示板への非難の書き込みなどまだマシな方で、酷いものだとミカの私物が漁られ、焼却されたりもしている、と。

 

また、被害はミカ個人だけに留まらず、ミカが所属していたという事実だけでパテル分派も冷遇されている。

 

ミカはトリニティにおける公共の敵となっている。

 

正義実現委員会も取り締まっているとのことだが、学園全体に広がっているこの空気を払拭することはほぼ不可能。

 

『…それでも、私はミカさんを弁護したいです。彼女は既に自分が犯した罪以上の代償を払っていますから』

 

ナギサは聴聞会に出席し、ミカを弁護するつもりでいた。

 

例え、自身が糾弾の対象となるかもしれないとしても、それでもナギサは、必要とあらば、学園全体にミカを信じてもらえるように、意を決して臨む覚悟だった。

 

話を聞いた先生も協力するつもりで居たのだが、当のミカ自身は、聴聞会を欠席するつもりなのだとナギサは悩みを告げた。

 

当のミカ本人がいなければ、ナギサだろうと先生だろうと、弁護のしようがない。

 

ナギサはミカに出席するように訴えたのだが、それは叶わず、もう一つの可能性であるセイアは、体調が優れず、それどころではない。

 

 

 

そうして、先生はナギサの頼みで、聴聞会に出席するようにミカを説得する為に、ミカの元へと向かった。

 

ミカ自身も、先生に会いたがっていたらしく、あっさりと受け入れられた。

 

決まり事である礼拝と、讃美歌の内容に愚痴をこぼすミカ。

 

『聴いてて退屈じゃない?ご慈悲を──とか、憐れみたまえ──とか』

 

『Kyrie eleison、なんて名前も気に入らない。どうして見えもしない存在に縋らなきゃいけないの?』

 

『憐れみたまえ──だなんて口にしたところで悲惨なだけじゃん。そんなの自分にも、他人にもするものじゃないよ』

 

他愛のない話をした後、ミカは何の用で訪れたのかと先生に訊ねる。

 

先生は、ナギサから一通りの事情を聞いたことをミカに話した。

ミカはナギサの心身の疲労を案じつつ、複雑そうな笑みを浮かべる。

 

そして、ミカは聴聞会に出席しない理由を語り始める。

 

ナギサはミカが出席すれば全てが丸く収まると思っているようだが、トリニティはそんなに甘くない、と。

 

ミカの行いによって、ティーパーティーの立場は非常に危うい地位にあり、ミカへの糾弾と騒動から見ての通り、ナギサがミカを庇うほどに、危うい地位が更に危険に晒されることになる。

 

同じティーパーティーであるセイアまで立場を悪くしてしまいかねない。

 

だからこそ、ミカはこれまでの全ての過ちの代償として、罰を受け入れなければならないと思っていた。

 

ナギサとセイアを守る為に。

 

先生は、ミカに充分に代償は払ったと説得を試みる。

 

不条理で理不尽な仕打ちを受け続け、そこに加えて退学までする必要はないんじゃないか、と。

 

それでも、ミカは頑なだった。

 

全ては、自分のせいだから。

思い出の宝物を失っても、決して許される事は無い。

 

セイアにも、恨まれているままだ、と。

 

セイアはもうミカを許している、と先生は告げるが、ミカは首を横に振る。

 

ミカは以前、セイアに謝ろうと声をかけてみた。

 

以前のような、ひと言余計な憎まれ口も混じっていたが、それでもミカは以前のように小言を洩らしつつセイアも応じてくれると思っていた。

 

だが、結果的にミカは拒まれた。

 

セイアは体調がすぐれない、と言っていたが、それが建前なのか、本音なのかはミカは知ることが出来ない。

 

その日以降も、セイアはずっと体調が良くない様子で、自室に引きこもり続けているのだとミカは消沈した様子で告げる。

 

ずっと寝たきりの様子で、更に悪い噂がミカの不安を肥大させている。

 

そこから、ミカはセイアがまだ自分を許していないのだと思っていた。

 

だが、この状況をミカは受け入れていた。

ミカはまだ、セイアに謝罪を告げられていないという。

 

そんな状況で、セイアの容態が悪化したり、無茶をしてしまったら、ミカは自分自身を決して許せなくなるだろう、と。

 

そこで先生は、自らセイアに会ってみるとミカに告げる。

 

先生としても、セイアの様子は気になっていた。

 

と言うのも、イヴからセイアが最近、ずっと引きこもりがちだということを聞いていたからだ。

 

イヴとセイアは、いつの間にか仲良くなっており、プライベートでもそれなりに連絡を交わし合っていたらしい。

 

イヴの友人が増え、生徒同士が仲良くするのは先生としては大変、喜ばしいものなのだが、最近ではめっきり連絡の機会が減ってしまったと、イヴは平静を装いながら溢していた。

 

先生にとっては、ちょうど良い。

 

セイアの様子も窺えるし、ミカがセイアに言葉を伝えられるように計らうこともできる。

 

二人のわだかまりが無くなれば、ミカのセイアに対する後ろめたさも少しは和らぎ、前向きになれるかもしれない。

 

そうしたら、全員で明日の聴聞会に出席して、ミカを弁護し、退学にならないよう、どうにか妥協点を見付けられるはずだ。

 

ずっと気を張り詰めていたのだろう。

 

それを聞いたミカは目元に涙を浮かべていた。

そして、涙を流しながらも、ミカは頷いた。

 

みんなと一緒に、聴聞会に行く、と。

 

 

 

『…正直、二度目のチャンスなんて無いと思ってた……でも、これが運命なら……』

『私はやっぱり、塔の中に閉じ込められたお姫様だったのかな…?』

 

ミカの小さな呟きは、幸いにも先生には届いていなかった。

 

振り返った先生に上手く誤魔化し、ミカは先生を見送る。

 

『それじゃあ、セイアちゃんを…よろしくね、先生』

 

 

 

 

 

治療室に足を運んだ先生を出迎えたのは、すっかり憔悴した様子のセイアだった。

 

加えて、セイアは何やら混乱しているかのような様子で、うわ言のように独り言を呟いていたが、どうにか我に返り、先生に謝罪する。

 

最近のセイアは、これまでにも増して、夢の世界に囚われているらしい。

 

セイアが特殊な夢を見るのは先生も知っている。

何せ、実際に何度も、夢の中で会話をしたのだから。

 

だが、その時よりも現在のセイアの様子は悪化しているらしい。

 

現在だけでなく、過去と未来をすら観測し、それらが絶え間なく彼女を包み込んでしまい、結果、セイア自身が今、何処に立っているのかも不明瞭になるほどだ、と。

 

だが、セイアはそれを気にしなくても良いと切り捨てる。

 

セイアの体調は先生も気にはなるが、セイアの顔色は先程よりも良くなって来ている。

それならば、差し迫った事情を優先した上で、早急に用事を済ませ、セイアを休ませた方が良いと先生は考えた。

 

先生は、みんなが心配していることをセイアに伝える。

 

それを聞いたセイアは、静かに語り始める。

 

これは、先生にしか告げられないようなもの。

それは、これまでとは全く異なる、荒唐無稽だと笑い飛ばされるようなもの。

 

それでも聞いて欲しい、とセイアは真剣な視線を先生へと向ける。

それに応えるように、先生は力強く頷いた。

 

『…過日、夢の使者が私に告げたんだ』

 

『言うなれば、“予知夢”といった類いの──つまりは何時しか至る未来の片鱗……もちろん、それ自体は日頃私が視ている世界の一つだが』

 

『しかし、その日だけは様子が違っていた。そう、あの日私は──』

 

『…世界が、キヴォトスが終焉を迎える光景を視たんだ』

 

セイアが話した内容に、先生は息を呑み、改めて確認を取るように、繰り返し訊ねてみると、セイアは頷いた。

 

終焉を迎えて滅亡するのか、或いは、結果的にそこに至るのか、それについてはセイアにも分からないらしい。

続けて、先生はどんな光景だったのかをセイアに訊ねる。

 

曰く、天から巨大な塔が飛来し、虚空が緋色に染められ──。

 

不吉な塔は、まるで悲鳴を上げるように鳴動し…この世界を少しずつ削り取って…そうして、世界の破片を“何か”に被せていった。

 

削られた世界の欠片が嵐のように吹き荒れる中で、黒い光が天から舞い降りて…世界が終焉に傾いていく……。

 

そうして…キヴォトスの全てが崩壊し──。

 

塵一つ残さずに、全てが虚無へと消えた。

 

それが、セイアが見たという、予知夢──悪夢の予言だった。

 

それを聞いた先生は黙り込む。

先生の表情は、深刻なものであり、それはセイアの夢の内容を単なる夢だと切り捨てず、重く受け止めているが故のものだった。

 

それを目にしてからというもの、セイアは真実を見極める為に、果てしない明晰夢の中を彷徨い歩いたという。

夢が、単なる悪夢に過ぎないのか、それとも本当に未来を、或いは過去の出来事を観測したものだったのか……。

 

だが、明晰夢は頻繁に見てしまえば、夢と現実の境界が曖昧になってしまう。

それはセイアの心身を冒し、自分が立っている世界がどちら側なのかさえ知覚することを難しくしてしまっていた。

 

それが、今日、最初に出会った時の不調だと先生は結び付け、セイアの身を案じる。

セイアはまるで他人事のように危険であることを認めた。

 

しかし、それでも必要なことだとセイアは退く様子を見せない。

単なる夢ではないと、セイアは直感に従い、その真相を究明する気でいた。

セイアが夢で目にしたものは、間違いなく、キヴォトス外部から到来した、未知数の脅威。

 

そして、それを招いたのは、《ゲマトリア》なのではないかと、セイアは推測していた。

キヴォトスを終焉へと導く為に──。

 

その破滅を防ぐために、セイアはその身を危険に晒している。

 

そんなセイアを先生が放っておくはずがなかった。

 

《ゲマトリア》に関わることなら、今すぐ手を引くべきだと。

セイアの推測が当たっていたとしても、きちんと情報を集めて、みんなで協力するべきだと。

 

そして、そういう事は大人に任せて、目の前にいる人を見てあげるべきだと。

 

先生の言葉を受け、セイアは静かに目を伏せる。

心の中で、ミカに思いを馳せる。

 

目を開けたセイアは納得した様子で頷いた。

情報の無い中で夢に圧倒され、自分を見失っていた、と。

 

我に返ったセイアであれば、もう危険を冒して夢を彷徨うことは無いだろう。

 

セイアもまた、ミカが選択を誤る可能性を鑑みて、自重する姿勢を示す。

 

そして、セイアはぽつりぽつりと、ミカへの思いの丈を溢し始める。

 

ミカは今、考え得る限りで最悪の状況下にある。

 

ミカは、まるで童話の中のお姫様のような存在として、崇め、讃え、多くの者に甘やかされて生きてきた。

 

それが一転、今では世界から憎悪の対象となってしまっている。

ミカにとっては、生まれて初めての体験だろう。

 

その運命は、ミカが背負うには、少し過酷すぎる。

 

今は、ミカを泥濘から救うことが最優先事項だと、セイアは顔を上げる。

 

そして、先生に礼を言った。

相変わらず、顔色は芳しくはないものの、その眼には前向きな光が宿っていた。

 

それを見て、先生もセイアに礼を返し、当初の目的である、ミカが会いたがっていることを告げる。

 

一瞬、セイアは首を傾げるが、どうやら夢の中の記憶と混同してしまったらしい。

セイアはまだ、ミカとこの現実では互いに謝罪し合っていないことを思い出す。

 

加えて、ミカがその罪の意識に囚われ、苛まれ続けていることに気付いた。

 

ミカにとっての唯一の救いは、セイアが一命を取り留めたことで、辛うじて人殺しに堕ちなかった点であり、それがこの地獄のような状況でも、耐えられている理由だろう、とセイアは推測する。

それが、ミカの心の拠り所になっているのだと。

 

そしてセイアは、内に秘めた後悔を吐露する。

 

『私は彼女に優しくなかったのに……彼女は私のせいであんな……』

 

 

 

その後、セイアはミカと仲直りをして、明日の聴聞会にも出席すると先生に宣言した。

 

ミカが危害を加えた当事者である自分も出席すれば、多少は罪も軽くなるだろう、と。

 

セイアが行政官にミカを呼ぶように伝えたのを見届け、セイアの体を労り、退室する。

 

その後、先生はシャーレに帰る前に、ナギサの元に立ち寄り、ミカとセイアが聴聞会に参加することを伝えた。

 

喜ぶナギサの感謝の言葉を受け取り、先生は帰路に着いた。

 

****************************

 

シャーレに帰る途中、先生の元に発信元不明のメールが届いた。

 

そこには、キヴォトスの座標が記され、先生は迷うことなく、その場所へと向かった。

 

その場所は、寂れた人気(ひとけ)のない街中の路地裏だった。

 

雨が降る中、先生は周囲を見渡す。

 

日が落ちていることもあって、あたりは暗く、整備されてない街灯がチカチカと点滅しながら仄かに照らしているだけだ。

 

ふと、足音が耳に届く。

 

振り返った先には──。

 

エデン条約を巡る騒動の中、何度も戦ったアリウスの生徒、そのスクワッドのリーダーである、錠前サオリが立っていた。

 

[“サオリ…?”]

 

「……」

 

サオリは無言のまま先生を見据えている。

 

その姿は、古聖堂の地下、ヒエロニムスとの戦いの前に見た時から変わらない。

 

負傷した姿だった。

 

ガチャリ、と音を立てて、サオリは銃を持ち上げる。

 

 

 

そして──。

 

 

 

 

 

持ち上げた銃をサオリは地面に落としたかと思えば、雨が降る中、濡れた地面に手を突いた。

 

先生が困惑する中、サオリが口を開く。

 

 

 

「……先生。アツコが…連れて行かれた」

 

それは、懇願するように、すがり付くように、絞り出した声だった。




今回は先生パート

主人公パートは少し先になるかも?



それでは次回の更新でお会いしましょう
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