ベアトリーチェの魔の手に捕まったアツコを救う為、先生と共にアリウス自治区を目指すアリウススクワッドのサオリ、ミサキ、ヒヨリ
その前にミカが立ち塞がり、さらにはレイヴンまでもが現れるが…?
スクワッドの前に姿を現したレイヴン。
しかし、スクワッドの表情は芳しくはなく、むしろ険しく歪んでいた。
「なっ…!?」
サオリは驚愕し、険しい表情を浮かべる。
「…はぁ、結局こうなるのか……」
ミサキは予見していつつも、厄介なことになったと言わんばかりに溜め息を吐いていた。
「えっ!?えぇっ!?」
ヒヨリは顔を青ざめさせ、驚愕と困惑の狭間にいた。
それは、現れた状況が、どう見てもミカに利する形でのものだったからだ。
「…レイヴン…そうか。それがお前の答えか…!」
ミカの隣に立つレイヴンに、サオリは歯噛みする。
サオリの救援要請より先に、ミカの依頼が届いたのか、それとも、二つを比べた末に、ミカの方を選んだのか。
何にしても、レイヴンはミカと同じく、この場において“敵”であるという事に変わりはなかった。
「…だとしても、私は…!!」
最前線で銃を手に身構えるサオリ。
たとえ、ミカと共にレイヴンが立ちはだかろうとも、今のサオリに撤退を選ぶ考えはない。
我が身かわいさに、アツコを諦めることなど、できる訳がない。
サオリの姿を見て、レイヴンは僅かに目を細めた。
「それじゃあ、レイヴン、
「…了解」
ミカとレイヴンがほぼ同時に動き出した。
「ひっ!こっちに来ました!?」
「散れ!正面から受けるな!」
仄暗い地下道に、銃撃の火花が舞い散り、銃声が轟いた。
****************************
『やっほー!レイヴン!
私から連絡が来て驚いた?驚いたでしょ!
私自身もびっくり!まさか私の方からあなたに連絡するなんて思わなかったよ!
何が起こるか分からないもんだねー。
さて、と…。
世間話はこのくらいにして、本題に入ろっか。
どうして私が、あなたに連絡したのか。
察しの良いあなたなら大体勘付いてるだろうけど、これは依頼。
あ、でも勘違いしないでね。
これはティーパーティーとか、トリニティとか、そういう肩書きでの依頼じゃない。
聖園ミカという、個人からの依頼。
依頼の内容は、私の個人的復讐の手伝い。
標的は、アリウススクワッド。
その中でも、リーダーの錠前サオリ。
報酬は…どうにか工面するよ。
その辺は気にしなくて良い。
あなたはあなたの仕事をしてくれれば、それで良い。
でも、私のことについて、余計な詮索は無しでお願い。
まあ、私怨なのは分かってると思うけど。
あなたがこんな依頼を受けるとは思えないけど…ま、あんまり期待はしないでおくよ。
目的地とか合流地点とかは追って連絡するね。
それじゃ、どうするかは好きに決めてくれて良いよ。
受けてくれなかったからって、あなたを恨んだりはしないから。
あなたは、あなたの好きなように選べば良い。
それじゃ。』
*****************************
私の前に立ったやつは、皆、同じ眼をする。
誰も彼もが、己の守るべきものの為に、私の前に立つ。
それは、大切な仲間であったり、或いは、大事な居場所であったり。
私がまだキヴォトスに迷い込んで間もない頃、カタカタヘルメット団と共に襲撃したアビドス高校での戦闘で、不利な状況でも決して折れずに立ち向かってきたシロコ。
大人に利用されていることを理解しつつも、後輩たちとその居場所を守る為に私を襲撃して来たホシノ。
以前、ゲヘナ自治区に潜入した補習授業部を見つけ、その前に立ちはだかり、脅した時に、ヒフミを守るように前に踏み出したアズサ。
そして今、私の前に立つ、アリウススクワッドのリーダー、錠前サオリもその一人だ。
スクワッドの状況は、サオリからの依頼の内容で理解している。
彼女もまた、大切な仲間を救い出す為に、戦っている。
それぞれ、状況は異なるが、根源となる芯の部分は皆、同じだ。
だからこそ、皆、同じような眼になるのかもしれない。
或いは、顔が見えたのなら、きっと彼らも同じような眼をしていたのかもしれない。
ルビコンという故郷と、そこに生きる者たちを守ろうとした、ラスティ。
そして、ラスティと同じく、星と、そこに息づくコーラルという同胞を守ろうとした、エア。
それは、私からしても、尊く、素晴らしいものだと思う。
それでも、私にとって、私の意思で選び、選択することこそが最も優先される。
たとえ、彼らの意志に反するとしても。
これまでもそうして来た。
だからこそ、これからも私は、そうしていく。
選び、選択し、戦い続ける。
その先にきっと、答えがあるのだと、祈りを抱いて──。
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「う、うぅ…速すぎます……」
倒れ伏した状態で、ヒヨリが呟く。
その視線の先には、レイヴンとミカ。
そして、レイヴンの足下にはヒヨリのように倒れ伏した状態で踏み付けられ、押さえ込まれるミサキ、ミカの前には銃を握りながらも、片膝を突くサオリの姿があった。
「くっ……」
その絶望的状況に、サオリは歯噛みする。
相手は万全、こちらが満身創痍とは言え、アリウススクワッドは一矢報いることも敵わず、一瞬にして叩き伏せられた。
ミカがサオリへと突っ込み、動きを制限したところで、レイヴンがヒヨリを打ち破り、続けてミサキを打ち伏せる。
「わーお、レイヴンがいるとは言え、思ったより呆気なかったね。ねえ、ねえねえサオリ?本当にこれで終わりなの?」
レイヴンがいなければ──。
そんな言い訳が通じるかも怪しいくらいには、今のスクワッドの立ち回りは不安定だった。
レイヴンがスクワッド側についてくれていれば、多少は話が変わったかもしれないが。
「お飾りの人形だって今のあなたよりは上手く戦えるんじゃない?この程度じゃないよね、“スクワッド”は。ねえ、どうしたの?」
ミカのその言葉は、互いが万全な上での話か、それとも、満身創痍だとしても、スクワッドであれば十全に渡り合えると言いたいのか、サオリには理解しかねた。
前者であれば、この状態を認識している上で言っているのなら煽っているようなものだし、後者であれば買い被り過ぎだ。
「くっ……」
レイヴンに脚で押さえ付けられたミサキが苦悶の声を洩らす。
それは、単にレイヴンの踏み付けが苦しかったからか、或いは、ミカの言葉への小さな反抗か。
「あれ、そういえば一人いないね?マスク姿の無口なあの子は?」
おもむろに周囲を見渡したミカは、スクワッドのメンバーが一人足りないことに気付く。
「!!」
他でもないアツコのことだが、アツコの不在を疑問視するということは、どうやらミカはスクワッドの目的を知らないようだ。
「レイヴン、何か知ってる?」
だからこそ、ミカがレイヴンに訊ねるのは、ごく自然な流れだろう。
サオリは内心で緊張する。
サオリはレイヴンに依頼を出し、その中でこちらの事情を洗いざらい説明してしまっている。
その中には当然、アツコの情報も含まれる。
いずれバレることではあるが、敵対するミカに対し、与える情報は少ないに越したことはない。
だが、今のレイヴンはミカに雇われた身。
知っているのであれば、その情報を雇い主であるミカに話さないなど、あり得ないだろう。
サオリは、ミカにスクワッドの目的を隠し通せることを半ば諦めた。
そして、それは他のミサキとヒヨリも同じだった。
「…少なくとも、周りにそれらしい気配はない。奇襲されることはないだろう」
だが、レイヴンが発した言葉は思いがけないものだった。
てっきり、全てを洗いざらい晒け出すものだと思っていた。
しかし、レイヴンはアツコに関することを一切、話さなかった。
サオリが出した依頼を見ていないのか──そんな疑問が浮かび上がる。
「ふーん…あっそ……それで、サオリ。もう弾切れ?撃てるならもっと撃ちなよ。私がこんなに無防備に立っているんだから、さぁ!それとも──こうでもしなきゃ撃つ気にならない?」
そう言うとミカは、サオリに顔を向けたまま、レイヴン──その足下に押さえ付けられたミサキへと銃口を向け、躊躇いなく引き金を引く。
「ぐ、ぁっ……」
撃ち出された銃弾はミサキの肩口に撃ち込まれ、ミサキは苦痛の声を上げる。
「ミサキ…!」
「へぇ…あなた達も仲間は大切なんだ?てっきり、任務のために一緒にいるだけかと思ってた。レイヴン、その子、そのまま押さえ付けといてね」
「……」
レイヴンはミカに言われた通り、嘆息程度は洩らしつつも、無言のままミサキを押さえ続ける。
「どんな人にだって大事な存在っているよね、うんうん。私にもいたから分かるよ……あなた達が殺そうとしたセイアちゃんの事なんだけどさ」
「知ってる?セイアちゃんってさ、人を怒らせる天才なんだよ。何回グーパンが出そうになったか分かんないくらい!」
「でも…普段は嫌なヤツって思ってるのに、いざ怪我したら心配なの。大丈夫かなって不安になっちゃうの」
「セイアちゃんが死んだって聞いた時は、すごく辛かった……変だよね。あんなに話すだけでイライラするのに、ちっとも嬉しくなかったの」
「けど、もう…全部、ぜーんぶ無駄になっちゃった……」
ひと息に捲し立てた後、ミカは哀しそうに顔を俯かせ──再び引き金を引いた。
「ぐっ──ッ!?」
再びミサキを銃弾が襲い、その痛みにミサキは押し殺した悲鳴を洩らす。
「ミサキ!!」
サオリはミサキの元へ駆け寄りたい一心だったが、俯いていたミカが顔を上げたことで、思わず意識がそちらへと釣られる。
「私は…ちょっと痛い目に、みたいなこと言ったよね?いつヘイローを壊せ、なんて言ったのかな?」
顔を上げたミカは、その表情と声音に明確な怒りを滲ませていた。
「まぁ、私も一人で勝手に暴れて台無しにした癖に、今さら被害者ヅラするの?って感じだけどさ…でも──」
しかし、その顔も次の瞬間には一変、悲壮感を漂わせる、今にも泣きそうな表情となっていた。
「私の…大切なもの…ぜーんぶ、なくなっちゃったんだよ?」
「学園も…友達も…宝物も……帰る場所も…先生との約束だって……」
今のミカには、何も残ってはいなかった。
自業自得、因果応報と言えば、それまでかもしれない。
アリウスと共にクーデターを企み、しかし、それはあと一歩のところで阻まれ、白日の下に晒された。
ミカは、クーデターの首謀者にして、トリニティの裏切り者、犯罪者として、学園での居場所を失った。
その一方で、悪いことばかりでもなかった。
自身の軽はずみな行動で失ったと思い込んでいた友人は、辛うじて生きていた。
謝って、今度こそ、やり直せる。
仲良くなれる。
そう思っていたのに、再び過去の因果の罪が、罰となって現れたかのように、ミカの希望は潰えた。
自分の罪は赦されてはおらず、友人は再び、生死の境を彷徨っている。
宝物のように大事にしていた、もう一人の友人との思い出の品は、焼き捨てられ、この世から永遠に失われた。
脱獄したことで、ミカの罪は更に重くなったことだろう。
ミカは一度、自身の罪を受け入れ、罰として退学するつもりでいた。
しかし、先生がもう一度だけ、やり直せると、チャンスがあると、希望を見せてくれた。
明日の査問会に、友人達と先生と出席して、きっとまた、学園に戻ることが出来ると願っていた。
だからこそ、そんな先生を信じて、約束を守りたいと、そう思っていたのに──。
「明日になったら、全部元通りになるかもしれないって、信じてたのに……そんなものはお話の中だけだった…あはは…運命はもう決まってるみたい」
それも、ミカにとって、良からぬ方に。
「だからさ…“スクワッド”の…特にサオリ。あなた達も私と同じ痛みを受けなきゃね」
ミカは手に持った銃をリロードし、サオリへと顔を向ける。
ミカの顔は、残酷なまでに、清々しいものだった。
「私が失った分だけ、あなた達も失ってよ。そうじゃないと…不公平でしょう?」
ミカがサオリに銃口を向ける。
レイヴンは、ミサキを足蹴にしたまま、その行く末を見守っていた。
そのレイヴンの耳が、ピクリと跳ねる。
「…!!」
ミカに銃口を向けられたサオリに緊張が走る。
[“ちょっと待った!!”]
緊張した空気を切り裂くように、声が響き渡る。
そして、新たな乱入者が姿を現した。
「せ、せ、先生…!?」
「先生……」
「……」
先生の登場に、ミカは目を丸くし、サオリはどこか緊張が和らいだ表情を見せる。
一方で、レイヴンは“猟犬の耳”で事前に察知していたからか、落ち着いた様子。
先生とイヴの視線が一瞬だけ交わる。
しかし、レイヴンは僅かに目を細めただけで視線を外してしまった。
[“ミカ…一体ここで何をしてるの?”]
いくつもの疑問が泡のように溢れるが、まずは目の前のものから一つずつ探っていくことにした。
先生自身も、この場に現れることが一切、予想できなかった人物──ミカについて。
「わ、私は…えっと…その……」
ミカは、思いがけない先生の登場に加え、質問で畳み掛けられ、しどろもどろに目を泳がせていた。
[“それに…イヴ……”]
改めて、わざと視線を外したレイヴンにも問い詰めてみるが、質問に答えるどころか、視線を合わせようとすらしない。
「レイヴン!どういうこと!?先生がスクワッドについてるなんて聞いてないよ!?」
更にそこへ、狙ってではないが、ミカが質問を畳み掛ける。
ミカに関しては、思いがけない出来事のあまり、そのショックで一時的な混乱状態にあるのだろう。
それはそれで、一時的なものとは言え、仲間を刺すようなミカの行動にレイヴンは困ったように溜め息を吐いた。
「…そう言われてもな。私はあんたの要請に応えただけだ」
(“!…イヴ…やっぱり君は……!”)
レイヴンが、自ら選び、ミカの元についている確信を得る。
それは先生にとって、レイヴンが敵対するという、出来る限り考えたくない事実だった。
「…そっちこそ。私はてっきり、先生がいることも折り込み済みで殴り込みをかけるもんだと思ってたが」
生徒あるところに、またシャーレの先生あり。
それが、困っている生徒であるなら尚の事。
とは言え、先生も人の身ゆえに限界はあるが。
「そ、そんな訳ないでしょ!?先生がいるって分かってたら…分かってたら…!」
レイヴンの軽口混じりの反論に、ミカはそれを重く受け止めてしまい、消沈していく。
ミカの顔が俯いて行き、表情が翳って行く。
「それより、どうして…?」
レイヴンに向いていたミカは、先生へと振り向く。
振り向いたミカは、まるで先生に縋るような、そんな様子だった。
「ね、ねぇ…先生!?どうして、先生がスクワッドと一緒にいるの…?」
つい先程まで、レイヴンを味方にしてスクワッドに優位を取り、悦に浸っていたミカは、先生の登場で一転し、奈落に突き落とされていた。
「こ、こんなはずじゃ……」
ミカは今にも泣き出してしまいそうな表情で視線を地面に落とす。
それはまるで、残酷な現実を直視出来ず、事実から逃げ出すように。
「ねぇ…どうしてこうなるの…?よりによって、こんな姿を…どうして……」
空いた片手で顔を覆い、ふらつくように後ずさって行く。
その様子を眺めていたレイヴンだったが、流石に黙って見ていられなかったようで、その肩に手を置く。
「…聖園ミカ、取り敢えず今は──」
レイヴンがミカに声を掛けた。
その瞬間、地面に近い低い位置からレイヴンへと銃弾が飛んだ。
「!!」
レイヴンは反応できたものの、回避を余儀なくされ、また同時に、ミサキを地面に押さえ付けていた体勢が崩される。
「今です!ミサキさん!(えぇ〜…ほぼ近距離からの狙撃を躱すとかう、嘘ですよねぇ…?)」
そして、それを成し遂げたのは、ずっと気絶したフリで地面に倒れつつも、タイミングを虎視眈々と狙っていたヒヨリだった。
彼女もまた、アリウススクワッドというアリウス部隊の精鋭に選ばれるだけの実力を秘める猛者であることに違いはない。
「…!ヒヨリ…!助かった…!」
そして、それはミサキもまた同じであり、ヒヨリが作ってくれた好機を無碍にするようなことはなく、素早くその場から離脱する。
「こっちだ!」
更に、そこへ矢継ぎ早にアリウス部隊の援軍が現れる。
「聖園ミカもいるぞ!撃て!!」
「レイヴンもいる…!?…が、何やら怯んでいるぞ!畳み掛けろ!!」
意気消沈しているミカと、ヒヨリの狙撃で怯んでいたレイヴンに対し、容赦なく銃撃を浴びせる。
ミカは回避もままならず銃撃を浴び、レイヴンは追加で回避を強いられる。
[“ミカ…!イヴ…!”]
そんな二人の姿に、先生は心配の気持ちが湧き上がり、思わず声が出てしまう。
だが──。
「げほっ…先生、時間がない…すぐ入らないと」
レイヴンの足下から離脱し、合流したミサキの言うように、残された時間はごく僅か。
後ろ髪引かれる思いを抱きつつも、二人であれば問題ないと自身に言い聞かせる。
[“ミカはとにかく、トリニティに戻って大人しく待ってて!必ず、帰った後で説明するから!”]
それでも、どうしても心配な子には、声をかけざるを得なかった。
「あっちだ!“スクワッド”がいる!」
アリウス部隊が先生の声に反応したのか、スクワッドを見つけて、標的を変える。
「い、急がないと!もうすぐ通路が閉まります!」
急かすヒヨリと共に走り、スクワッドと一緒にカタコンベに入る。
「走れ!」
サオリの声に突き動かされるように暗闇の中に飛び込み、走ること暫く──。
「はぁ、はぁ…せ、セーフ……」
息を切らしながら、ヒヨリは追手が来ていないことを確認し、ひとまず安堵する。
スクワッドと先生は、カタコンベ内に辿り着いていた。
「…まだ通路が完全に閉じるまで猶予がある。追手が来る前に急がないと」
息を整え、汗を拭いつつ、ミサキは先を見据える。
突入前は全く余裕が無いように思えた通路が閉じるまでの時間が、突入後は嫌に長く感じる。
こうしている間にも、追手がカタコンベ内に侵入して来ているかもしれない。
アリウス部隊は勿論、ミカとレイヴンの二人も。
「…移動するぞ。先生、ここから先は道が複雑だから気を付けた方がいい」
アリウスの援軍も厄介だが、それ以上に、ミカとレイヴンの追い付かれることの方が脅威だ。
スクワッドの目的は、アリウス自治区に辿り着くことではなく、更にその先のアツコの救出にある。
これ以上、余計に消耗する訳にはいかない。
「こ、ここは電波も通じないから…道に迷ったら終わりです……」
はぐれないように、だが、急ぎつつ、早足や駆け足でカタコンベ内を進んで行く。
「この先がアリウス自治区だ。行こう」
先を行くスクワッドの後を追いつつ、先生の脳裏には、先程、スクワッドの前に立ちはだかった二人のことを思い浮かべるいた。
(“ミカ……”)
(“まさか、スクワッドに復讐する為に脱獄を…?”)
(“それでイヴに依頼を出して、イヴはそれに応じた…?”)
(“トリニティで一体何が…?”)
(“イヴは何を思ってミカの依頼を受けたんだろう……”)
敵対することになっても、それでも大切な二人の生徒に思いを馳せ、先生はスクワッドと共にアリウス自治区を目指す。
悪意による生命の危機に直面している生徒と、それを救いたいと願い、頼ってくれた生徒たちの為に。
「ヤツら、カタコンベに逃げ込みました!追いますか?」
時を同じくして、カタコンベの外では、アリウスの援軍部隊がスクワッドの追撃を画策していた。
「まだ時間が残ってる、追うぞ!」
リーダー格の生徒の指示に従い、部隊が動き出す。
「あーもう痛いじゃん!」
その瞬間、銃撃で舞った土煙の向こうからミカが姿を現す。
口では痛いと言っているが、アリウス生徒が見える範囲では、とても手痛い負傷を負っているようには見えない。
「聖園ミカ…!?」
その事実も相まって、アリウス部隊に戦慄が走る。
「それに、レイヴンも無傷です…!」
そして、ミカの後ろにはレイヴンが佇んでおり、こちらも目立ったダメージは見受けられなかった。
「ふーん、援軍?どう思う?レイヴン」
ミカは目を細め、アリウス部隊を眺める。
それは、アリウスの生徒には蛇が獲物を喰らう前の舌舐めずりのように思えてならなかった。
「どうもこうも、私はあんたに雇われてるんだ。あんたの意向に従うだけだ」
そうは言っていても、下手な動きをすれば、即座に動けるように眼を光らせている。
なまじ、訓練を積んできたアリウス生徒には、それが理解できてしまった。
「なーんだ、つまんないのー」
無邪気に子供っぽくむくれるミカだが、今はその無邪気さが空恐ろしい。
リーダー格の生徒が一歩前に出る。
それと同時に、ミカとレイヴンの視線がその生徒に突き刺さる。
生徒は内心で安堵する。
マスク越しであれば、よほど近付かない限り、表情は分からない。
恐らく、恐怖の冷や汗が伝い、強張る表情を見せずに済む。
こちらが弱みを見せたら終わりだ。
あくまでも対等な立場で、こちらが優位であることを示すように振る舞う。
「聖園ミカ…君は一時期、私たちの自治区を支援してくれていたな。それを考慮して、今すぐここから消えるなら、手出しはしないでおいてやろう。見たところ、その鴉も君が手懐けてる様子…飼い主に免じて見逃してやろう」
このアリウス生徒は、なぜ、シャーレの一員であるレイヴンがミカについているのかは知らない。
それでも、ミカの言うことを聞いている様子であり、ならばミカと敵対するようなことにならなければ、勝手に動くことはないと読む。
「あっはは〜☆聞いた?レイヴン。見逃してやる、だって〜。なになに?その程度の人数で私たちの相手をするってこと?ちゃんと脳みそ入ってる?」
分かっている。
ミカに加え、レイヴンがいたのでは、例え数の有利があろうとも蹂躙されてしまうだろうことは、理解している。
以前、桐藤ナギサ暗殺に動いた大隊クラスの部隊が、たった一人のレイヴンに蹂躙され、敗走させられたことからも、それは明白だ。
「面白いね!私たちが二人だけだからって勝てると思ってるの?そんなんじゃ、日常生活大変じゃない?」
目的を履き違えてはいけない。
自分たちの標的は、あくまでもスクワッド。
あの手負いのスクワッドさえ、どうにかすれば良いだけなのだ。
ミカとレイヴンと敵対する必要は無い。
「“スクワッド”はどこに行ったの?ねえ、もしかして時間を稼ぐつもり?」
敵対することなく、優位を示しつつ、道を譲らせる。
「いや…私たちが追っているのは“スクワッド”だ」
どうやら、ミカもスクワッドを追っている様子。
ならば、共通の敵であり、敵対するつもりは無いという意思を表示する。
「…えっ?」
一方で、ミカはアリウスの部隊が、同じアリウスのスクワッドを追っているという事実に困惑していた。
「“スクワッド”はアリウスを裏切って逃げた。彼女たちを処分するのが我々の任務だ」
スクワッドはアリウスの裏切り者であり、マダムの儀式を妨害しようとしている。
マダムは、自身の手を噛もうとしている聞き分けのない駄犬を処分する為に、アリウス部隊を動かしている。
仮にスクワッドがアリウス自治区に辿り着けたとしても、他のアリウス部隊がそれを阻む。
加えて、今のアリウス自治区には──。
「ちょっと待って…何を言ってるの?裏切り?逃げた?」
ミカは情報を一つ一つ整理しているのだろう。
戸惑った様子ながらも、静かに目を閉じ、そして困ったような笑みを浮かべた。
「……あははっ☆そうなんだ…面白いね、味方に捨てられちゃったんだ?」
ミカの虚言癖は今に始まった事ではないが、その様子は、レイヴンから見て、とても面白がっているようには思えなかった。
「…ねぇ、レイヴン。聞いてた?スクワッド、今は裏切り者扱いで味方だったアリウスに追われて処分されようとしてるんだってさ」
後ろから眺めていたレイヴンに、ミカは背を向けたまま、声をかけて来た。
「……」
レイヴンは静かに耳を傾け、続きを促す。
「…前に、あなたは聞いてきたよね。任務に失敗したスクワッドが…サオリがどうなるのか」
それは数日前、レイヴンがミカが拘留されている牢獄に訪れた時のことだ。
「…そうだな」
牢の中のミカに対して、レイヴンは、スクワッドとサオリの行く末について、質問を投げかけた。
奇しくも、その時にミカが答えた内容が、今、現実となっている。
相違点を挙げるとするなら、その側に、先生がいるということ。
「その答えがこれって訳だ……これが、あなたの結末なんだね、サオリ」
「……」
静かに呟くミカの後ろ姿をレイヴンは無言で見つめていた。
「…狩りに失敗した猟犬は用済み、って事なんだ」
「……」
ミカの言葉に、レイヴンは何を思い浮かべ、何を思うのか。
「先生は……また、危機に陥ってる子のために、その身を犠牲にしてるんだね」
ミカは悲しそうながらも、どこか困ったように微笑む。
「本当にもう……救えないな」
「そこをどけ!今なら目を瞑ってやる」
ミカに対し、アリウス部隊のリーダー格の生徒が声を荒げる。
依然、スクワッドが不利であることは変わりないが、今この場で長く道草を食べている場合でもない。
その焦りが、無意識の内に語気を強める。
「報告です!スクワッドにシャーレの先生が同行しているとのこと!」
「なっ、何だって!?早速、彼女に報告を──」
その瞬間、銃声と共にリーダーに報告した生徒のこめかみに銃撃が直撃し、その生徒は倒れる。
「がっ…!?」
その銃撃の正体。
攻撃した張本人は──。
「なっ!?聖園ミカ、貴様…!!」
他でもない、ミカだった。
「スクワッドは私のもの。誰にも渡さない──だからレイヴン、手伝ってくれる?」
銃口から煙を上げる銃を上げたまま、ミカは肩越しに振り返る。
「…了解」
レイヴンはそれに短く頷き、両手に銃を握る。
「う、撃て──」
リーダーの指示が銃声でかき消え、無数の発火炎が仄暗い地下道に瞬いた。
ミカとレイヴンという凶悪な双璧をどうにか越え、アリウス自治区へと向かうスクワッドと先生。
アリウス自治区で彼らを待ち受けるものとは──。
そして、彼らを追い、狙うミカと、それに協力するレイヴン。
ミカの運命の結末──。
そして、ミカに協力するレイヴンの思惑とは──。
また、次の更新でお会いしましょう。