アリウス自治区にて再び、相見えたスクワッドを指揮する先生と、聖園ミカに協力するレイヴン。
再び、闘いの引き金が弾かれたが、思いの外、両者は拮抗し、膠着状態に。
それは、聖園ミカが精神的に不安定であったからであり、思いの丈をスクワッドへとぶつけた聖園ミカは、一度退却する。
レイヴンはその後を追うが、合流できず、そこへ現れたのは、見覚えのあるアリウス生徒。
その目的は、生徒自身ではなく、アリウス生徒を使ってレイヴンに接触しようとするベアトリーチェの企みだった。
ベアトリーチェはレイヴンに高待遇で手を組むように提案するが──?
『──今、なんと…?』
「断る、と言ったんだ」
声の端から不機嫌さを滲ませるベアトリーチェに、レイヴンは毅然とした態度で拒絶を示す。
『…条件が足りませんでしたか?それならば何を求めますか?武器ですか?それとも金銭ですか?』
望むものを好きなだけ与えるつもりなのだろう。
しかし、レイヴンの答えは“否”だった。
レイヴンは首を横に振りながら答える。
「そういう話じゃない。何をどれだけ積まれようと、私はアンタの元に付く気は無い」
淡々と、静かに告げるレイヴン。
それは、冷徹な宣告だった。
『…理解できませんね。あなたは、ルナシーと敵対し、今も、シャーレ…先生を裏切って聖園ミカと共に行動しているではありませんか。どこに断る理由があるというのです』
レイヴンの態度と言葉は、ベアトリーチェを不快にさせ、機嫌を悪くさせるには十分だった。
機嫌の悪さが、語気に声の低さと強さで表れる。
確かに、状況だけで見れば、レイヴンがベアトリーチェの提案を蹴る要素は無いように見える。
「…アンタは
しかし、レイヴンには明確に、ベアトリーチェの提案を蹴る理由を持っていた。
『勘違い…?』
それは、外から見た状況には決して表れないもの。
「一つ。私はルナシーが疎ましいから敵対している訳じゃない。それは多分、向こうも。私たちは、ただどうしようもない選択と訣別の果てに、敵対しているんだ。そして、そこには譲れない矜持がある」
レイヴンが過去から抱く“誓い”。
「これは…私たちだけの闘いだ。誰かが…ましてや、アンタが割り込む隙は無いよ。利用することはあってもな」
ウォルターから託された“宿命”から続く、レイヴンとエアだけの“因縁”。
これに決着を付けられるのは、当事者であるレイヴンとエアだけだ。
「二つ。私の
先程、ベアトリーチェはレイヴンに“新しい主”と言った。
だが、レイヴンにとっての“主”──
「言っておくが、別に先生じゃない。先生とは対等な関係だ。主従の関係じゃない」
ウォルターだけだ。
今後、新しい主人を見つけ、従う気もない。
「私の
主なき猟犬は、自ら考え、選び、
「だから私は、アンタに付き従う気は毛頭ない」
その結末が、野良犬に成り果て、飢え死ぬ事だとしても。
好きに生き、理不尽に死ぬ。
それがレイヴンの自由意志の行方だ。
「そもそも、
たとえ、猟犬が役目を果たせなかったのだとしても、猟犬を単なる駒や道具として扱うようなヤツは、こちらから願い下げ、ということだ。
「そして、最後。三つ目。確かに私は先生の信用と信頼を裏切ったかもしれない。だが、これは私自身の選択であり、反逆でも報復でもない。私の自由意志だ。だから、どれだけ有利になろうと、先生の敵対者と手を組むことは無い」
レイヴンは、先生が共にいるスクワッドではなく、逆にスクワッドを標的とするミカの方に付いた。
先生からしてみれば、信頼の裏切りに映るだろう。
恨まれても仕方のないことだ。
しかし、それでもレイヴンには、先生に対しても、スクワッドに対しても、敵意や害意の意思は存在しない。
レイヴンは、ただ自由に選び、選択しただけに過ぎない。
『…一つ、聞かせてください。何故、私が先生の敵対者だと分かったのです?』
先生が宣戦布告をした時、或いは、ベアトリーチェが敵対者と定めた時、その場にはレイヴンはいなかった。
レイヴンには、知りようの無い情報。
しかし、その答えは何の捻りもない、シンプルなものだった。
「ああ、やっぱりそうだったのか?鎌かけだったんだが、案外、当たるもんだな」
それは、レイヴンの言動も含めて、ただでさえ不機嫌だったベアトリーチェの苛立ちを助長するには十分だった。
『…そうですか。分かりました。良いでしょう。あなたの事は諦めます。ですが、心しておく事です』
そこには最初の頃の穏やかさは微塵もなく、明確な怒りと憎しみが籠っていた。
『私の手を取らなかったということは、私と敵対するということ。あなたも、先生も、ルナシーも、私の計画において、等しく異物であり、障害なのです。いずれ、排除します。必ず。それをお忘れ無きよう』
それを最後に、ベアトリーチェは通信を切り、ホログラムの姿も消えた。
その後には、レイヴンと仲介役のアリウス生徒だけが残る。
「…ハッ!やっぱりこうなったか。こうなると思った。お前は必ず、この道を選ぶと信じていたぞ」
通信が切れた無線機を仕舞いながら、アリウス生徒はレイヴンに声をかける。
彼女は最初から知っていたのだろう。
ベアトリーチェがレイヴンを勧誘しようとすることを。
だからこそ、遭遇時点では攻撃してくることはなかった。
「…そうか。それは良かったな。それじゃあ、もう用済みだな?先に進ませてもらう」
レイヴンはアリウス生徒の方へと歩き出す。
「…そうだな。私の役目は、お前に接触し、マダムの声を届けること。今回の私の役目は終わった」
アリウス生徒が話している間も、レイヴンが歩みを止める事はなく、その横を通り過ぎてゆく。
「──だがなぁ!ここでお前をみすみす見逃す訳が無いだろ!レイヴン!!」
一転して、アリウス生徒は敵意をむき出しに振り返り、背を向けるレイヴンへと銃口を向けた。
「…さっきも言ったが、私は先を急いでいる。悠長にお前の相手をしていられるほど暇じゃない」
レイヴンは無防備な背を向けたまま、淡々と告げる。
「だったら、一瞬で片を付ければいいだけだ!違うか!?レイヴン!!」
レイヴンの背中は一見すると無防備だが、アリウス生徒は知っている。
この状態であっても、引き金を弾けばレイヴンは即座に身を翻し、臨戦態勢に移れるという事を。
アリウス生徒は、その気配を感じ取っていた。
それでも、アリウス生徒は止まれなかった。
再び、圧倒的な力で捩じ伏せられようとも、アリウス生徒は、レイヴンを前に昂り、後に退くことなど、出来るはずもなかった。
好戦的で獰猛な笑みを張り付け、アリウス生徒はレイヴンに向けた銃の引き金を弾いた。
「──手加減は、しないぞ」
その宣告と共に、レイヴンは重力に逆らうような角度で首を折り、見下すように肩越しの射抜くような鋭い眼差しを向ける。
夜霧に霞む街中で、レイヴンの双眸が妖しく揺らめいた。
気づいた時には、アリウス生徒は地面に仰向けで横たわっていた。
全身が激痛に苛まれ、指一本、動かすことすら出来ない。
相変わらず、圧倒的だった。
一瞬の出来事だった。
こちらの攻撃は容易く躱され、次の瞬間には、目にも止まらぬ速さで全方位から銃撃を浴び、倒された。
霞む視界の隅に、レイヴンの姿が過ぎる。
レイヴンは息が上がった様子もなく、無表情のままに消費した分の弾薬を補充していた。
「これで気は済んだな?」
装填を終えた銃を腰のベルトに吊るし、一瞥の後、レイヴンは背を向けて歩き出す。
「──レイヴン」
その背中に、アリウス生徒は声を投げかける。
身動きが取れないので、仰向けに倒れたままだ。
その首すらも動かせないような限られた視界の中で、背を向けたレイヴンが立ち止まってくれた姿を捉えた。
「…私は、お前に“同じ匂い”を感じていた」
アリウス生徒の声には、先程のような怒気や敵意は宿っていなかった。
憑き物が落ちたような穏やかな声で、アリウス生徒は続ける。
「碌でもない環境で生きていくことを強いられ、銃を握り、闘争の中に身を置くしかなかったような、そんな“匂い”だ」
「それなのにお前は、あの先生や他の生徒と共にいる。あの透き通るような青空の下、眩しい程に明るい日の下を歩いている」
「教えてくれ。お前は何故、そんな場所に居られる?闘いの中にしか居場所が無いような、そんな奴が、どうしてのうのうと太陽の下に居られる?」
「私とお前で、何が違った?」
アリウス生徒は、切実に、答えを求める。
そこには、嫌味や嘲笑、嫉妬もなく、純粋な問いかけだった。
レイヴンは暫し、沈黙していたが、やがて背を向けたまま、夜霧に霞む空を見上げる。
アリウス自治区の空は、暗雲と濃霧に覆われ、月どころか星明かりすら、見えなかった。
夜霧漂う夜の冷たい空気の中、レイヴンは口を開く。
「…お前の言う通りだよ。私とお前で、根本的な違いはない。私も何かが一つでも掛け違っていたら、アリウスに辿り着いていたかは分からないが、きっと似たような境遇になっていただろう」
「私はきっと、恵まれていたと思う。運も良かったと思う。都合の良い境遇だったのは間違いない。だがな──」
「私は、それだけじゃないと思ってる。運が全てだとは思わない。私が今、こうしていられるのは、私が自分自身で選び、選択した結果だ。自由意志の元、選択し続けた結果が、今の私の境遇を形作っていると思っている。だから──」
「重要なのは、境遇じゃない。何を選択するのかだと、私は思う」
レイヴンは、改めて自分を見つめ直し、得た答えを返す。
その間、レイヴンの脳裏には、これまでのキヴォトスでの出来事が泡のように浮かんでいた。
キヴォトスでの経験、そして、選択。
それこそが、今のレイヴンを形作っているものだった。
「
「それと、私でなくとも、アリウスにも自らの選択で変わったヤツもいるだろう?元アリウスの白洲アズサや、スクワッドのように」
「最初は運による些細なキッカケに過ぎなかったのかもしれない。それでも、“諦める”という選択肢もある中で、“抗う”という選択を選んだのは、紛れもなく、アズサやスクワッド自身だ」
アリウス生徒は、反論することもなく、レイヴンの言葉に静かに耳を傾けていた。
「…私は、私には、白洲アズサやスクワッドのような“強さ”も、お前のような“力”もない。それでも、私も抗えるだろうか。諦めずにいられるだろうか?」
「…勘違いするな。私は、最初から力を得ていた訳じゃない。諦めずに、抗い、選択し、闘う中で手に入れたものだ。それはきっと、アズサやスクワッドも同じだ」
「…諦めなければ、自ずと強くなれる、ということか…私も変われるだろうか?白洲アズサやスクワッド、お前のように……」
「…もう気は済んだか?話は終わったか?先に行かせてもらうぞ」
「ああ、もう十分だ。
──次こそは、お前に勝つ。覚えておけ、レイヴン」
それは、彼女がこれまでレイヴンに言い放った言葉の中で、最も清々しい、爽やかなものだった。
「…ああ、時間がある時なら、幾らでも相手になってやる」
レイヴンも微笑みつつ返事を告げると、今度こそ目的地へと歩き出した。
「嗚呼…やはり貴女は素敵です、ご友人!そして、私のご友人と和解した貴女は、私にとっても友人と同義!ぜひ、贈り物をさせて下さい!」
その声は、私が歩き始めた直後、背後から聞こえた。
そして、その声には聞き覚えがあった。
私は反射的に弾かれたように素早く振り返る。
視線の先では、倒れて動けないアリウス生徒へと、燃え盛る火炎が迫っていた。
私は“歯車”を最大出力で回し、即座に地面を蹴って突進。
迫り来る火炎を前に顔を青ざめさせるアリウス生徒の首根っこを掴み、再び地面を蹴り、後方に旋回するように飛び退き、火炎の範囲から脱出する。
「おい!生きてるな!?」
首根っこを掴んだアリウス生徒へと呼びかける。
「れ、レイヴン…わ、私は……」
気が動転しているようだが、話せる程度には無事なようだ。
負傷も見られない。
「私がその
私は懐から小瓶を取り出し、それを狼狽えるアリウス生徒へと押し付けるように渡す。
その辺に売っているドリンク剤程度の大きさの瓶は、アリウス生徒の手の中に確かに収まった。
「それを被るか飲めば多少は動けるようになる!とにかく、ここから離れろ!死ぬ気で走れ!」
私が渡したのは、《山海経》の《錬丹術研究会》特製、《サヤ印の特製回復薬》だ。
効果は事前に確認済みだ。
瞬間的に負傷が消えるような便利な代物ではないが、薬液を飲んでも患部にかけても効果があり、使用した直後に僅かに傷口が塞がるような効果を発揮した後、じわじわと継続的に内側から治癒していく。
ゲーム的に例えるなら、使用後にHPの一割から二割を瞬時に回復した後、リジェネによる継続回復が行われるようなイメージだ。
リペアキットのような即時回復が理想ではあるが、贅沢は言っていられない。
回復手段が無いよりは遥かにマシだ。
発展途上であり、サヤも満足できずに改良を続けてくれている。
私としてはありがたい限りだ。
感謝しても仕切れない。
加えて、この特製回復薬が毎月一ダース分、届くようになっている。
…これは本当にサヤを含めた錬丹術研究会に謝礼の品を持っていくべきだろう。
今夜という山場を越えたら、そうしよう。
この《サヤ印の特製回復薬》は、持ち込める個数が限られ、十個となっている。
小型とは言え、瓶に入っていて、嵩張る為、他の道具との兼ね合いを考えると、この程度の数となっている。
故に、貴重な回復手段なのだが、この状況で背に腹は替えられない。
このアリウス生徒を“ヤツ”に殺させる訳にはいかない。
明確な死の恐怖を前にしたからだろうか。
強引に回復薬を握らせたアリウス生徒の手は震えていた。
震える細い指先は、確かに少女のものであり、彼女もまた、どれだけ強い言葉を使っていても、キヴォトスの一人の子どもでしかないということを感じさせる。
それでも、少女は回復薬の小瓶を取り落とさないように確かに握り、栓を抜いて頭から被ると、私に背を向けた。
「っ…!死ぬなよ、レイヴン!」
アリウス生徒が走り出し、私から離れていく。
「嗚呼っ、そんな…!私に“プレゼント”を贈らせてくれないのですか!?ご友人!」
私の前に姿を現したのは、エアの変異コーラルによって蘇った“ルビコンの亡霊”の一人。
「お前の“プレゼント”なんて誰が喜ぶんだよ──ブルートゥ」
オーネスト・ブルートゥ──その意識を宿した機体だ。
こいつが現れた事についてはこの際、どうでも良い。
こいつに限らず、エアの妨害は元々、予想できていた。
問題は、直前まで、こいつから発せられるコーラルの気配を察知できなかったことだ。
「なんて酷いことを…いえ、これは貴女なりの遠回しの親しみの表現なのでしょうか?それは、とても素敵だ…ご友人」
ブルートゥは、見覚えのある
この装甲──いや、
「相変わらず、都合の良い頭とベラベラとよく回る口だ」
「褒め言葉を贈ってくれるのですか、ご友人…私は、とても嬉しい…!」
皮肉も通じない話の通じなさは相変わらずだ。
ルビコンでは会話がなかったからこそ、向こうが勝手に盛り上がっていたが、こいつは会話をしようとすると自分に都合の良い解釈で話を進めて反論すらも捻じ曲げて自分が盛り上がる薪にしてしまう。
下手に口論しようとすればするほど、飲み込まれる。
まともに相手にするべきではない。
「褒めてない。そんなことより、何の真似だ?」
「と、言いますと?」
「私は今、先生と敵対する聖園ミカに協力して、結果的にではあるが、お前らの主であるルナシーが所属するゲマトリアに利する行為をしている」
ゲマトリアが一枚岩ではないとは言え、先生という脅威、或いは障害に対する認識は、そう遠くないはずだ。
ベアトリーチェもスクワッドの秤アツコを使って儀式だか何だかで、碌でもない何かを企んでいる。
先生は、アツコを救い、ベアトリーチェの企みを阻止する為にスクワッドに手を貸している。
ならば、その先生一行を付け狙う聖園ミカに協力する私を妨害する行為は、ベアトリーチェに不利に働く。
「それなのに、私を妨害して良いのか?それとも、お前がはぐれた聖園ミカの元に案内してくれるのか?」
ベアトリーチェはエアを抹殺しようとしているようだが、それを知ってか知らずか、エアはまだゲマトリアに属している様子。
ならば、ブルートゥの独断だとしても、エアの手駒である以上は、その行為がゲマトリアの一員であるベアトリーチェの目的を害する妨げとなれば、エアの立場を悪くする行いに他ならない。
だから私は、ブルートゥに問いかけた。
この場に於いては、互いの利害は一致しており、対立する必要はないということを伝え、退いてもらう為に。
私の
「…なるほど。そういう事ですか。それならば問題ありません。何故なら──」
その瞬間、私は背後に濃密なコーラルの気配を感じ取った。
それと同時に、声が降ってくる。
『──レイヴン。あなたを聖園ミカの下に行かせる訳にはいきません』
弾かれたように素早く振り返った先、空中には、コーラルによって人型を形成したエアの姿が漂っていた。
お疲れ様です
今回も読んでいただきありがとうございます。
メインストーリーの余韻が未だに抜け切っておりませんが、何とか奥歯を噛み締めて踏ん張っております。
そう言えば、この作品、ブルアカとACだけでなく、他のフロム作品要素が出て来たりもしますが、これは、ブルアカが銃と青春の現代的世界観に収まらず、神秘やら何やらの要素を含んでいる為、それを活かしたいと考えてのことです
それでも、ブルアカに於ける神秘もフロム作品での神秘も完全な設定が明かされている訳ではなく、他の方々の考察やそれを統合して自分なりに噛み砕いた解釈を参考にしておりますので、齟齬が出てくる可能性が多分にあります
それでも!私は自分の好きなものを原作を壊さない範囲で描きたいと思っているので、それでもよければ今後もどうかお付き合いいただければ、とても嬉しいです。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。
それでは、また次の更新でお会いしましょう。