ゲヘナ自治区を出た私は、普段から寝泊まりをしているシャーレ…ではなく、アビドスへと真っ直ぐ向かった。
私がアビドスに到着する頃には、すっかり日が落ち、気温が下がり、星々が輝く空の下、砂が舞う商店街を歩く。
アビドスの市街地──この場所は、以前、コーラル侵食兵器の襲撃を受けた場所であり、かなりの損害を被った。
しかし、住まう人々の逞しさもあってか、未だ襲撃の爪痕は残っているものの、確実に復興しつつあった。
──先日のPMC基地の戦闘の後、エアやコーラルは現れていない。
だが、間違いなくコーラルは残っており、このキヴォトスの何処かにエアと共に息を潜めているはずだ。
キヴォトスは広大な土地だ。
こちらから探し出すのは不可能に近い。
今は雌伏に徹するしかない。
向こうからの接触を待つしかない。
カイザーPMCの元理事は無事にカイザー本社が回収したそうだ。
成功報酬として、多額の資金が振り込まれていた。
・・・カイザーはホシノを使い、私だけでなく、あわよくばホシノ共々、共倒れを狙っていた節がある。
カイザーはこの事について、“黒服”と自称する怪しげな人物の独断による犯行であり、自分達は関与していないと弁明して来た。
その代わり、迷惑をかけたことは認め、その償いとして、私が報酬として要求したホシノの身柄の解放だけでなく、報酬金も事前の金額の倍以上を提示して来た。
償いは建前であり、本音は口止め料と言ったところか。
ホシノと共倒れ云々は、所詮は私の推測に過ぎない。
責め立てたところで、連中はのらりくらりと躱すだろう。
今のところは、これで納得するしかない。
だが、アビドスに手を出したり、コーラルに手を出した場合は別だ。
その時は例え先生が止めようとも、私は連中を滅ぼさなくてはならない。
コーラルと企業。
ルビコンのような悲劇をこのキヴォトスでも巻き起こす訳にはいかない。
これは、コーラルごとルビコンという星、そこに息付いた生命を焼き滅ぼした元凶としてのせめてもの責務だ。
とは言え、カイザーも今回の件に加えて、その前の元理事の事件でも大打撃を受けている。
そう直ぐには動き出すことは出来ないだろう。
それに、近々、カイザーには連邦生徒会の監査が入るそうだ。
怪しい動きは暫く取れなくなるだろう。
因みに、全てが終わって帰還した後、私はホシノ共々、アヤネとノノミの説教を受けた。
足が痺れて辛かった。
そして、アビドス砂漠の鋼鉄の大蛇について。
あの大蛇もまた、あれからと言うもの現れていない。
アレについては、先生とも相談したが、今すぐに対処は出来ないとの結論に至った。
対処したいのは山々ではあるが、アビドス対策委員会は勿論、連邦生徒会ですら、そう簡単には動くことは難しいとのこと。
対策委員会については、未だ問題が山積みであり、尚且つ、あれほどの巨大な相手と戦えるような状況にないこと。
それは装備的な意味でもあり、マンパワー的な意味でもある。
ホシノがいる以上、ある程度の戦闘は可能と思われるが、そもそも広大な砂漠の中から見つけ出すことが難しい。
向こうから現れたのなら兎も角、姿を現さず、特に被害も被っていない現状、アビドス対策委員会は下手に手を出す必要はないという結論を出した。
連邦生徒会については、私のシャーレ着任を含め、異例に次ぐ異例を承認し、これ以上、更に異例を認可することは立場的に難しいとのことで当てにはならないようだ。
とは言え、脅威であることには変わりなく、いずれは対策部門が設立される運びになるとは思われるが、それまでは放置せざるを得ない、という結論に至った。
この通り、解決しなければならない問題は大小様々、山積みだ。
だが、今は──。
「あ、来た来た!イヴー!こっちこっちー!!」
私を出迎えてくれたのは、普段の制服ではない、仕事着姿のセリカ。
その側には、温かみのある赤い光に照らされる一台の屋台。
それと同時に、食欲を唆る香りが届く。
「イヴちゃん!来てくれたんだね!」
セリカに続き、アヤネが嬉しそうに駆け寄って来る。
「私も気にはなっていたからね。みんながオススメする、この店のこと」
アヤネに手を引かれ、私は屋台の
「ふふっ、イヴちゃん、ここのラーメンは絶品なんですよ☆」
「ん、イヴもきっと気にいる」
「新しいリピーター間違いなしだね〜」
席にはノノミ、シロコ、ホシノが待っていた。
[“一度食べたらイヴもきっと病み付きになっちゃうよ”]
そして、一緒に先生も席に座っていた。
「おっ、君がみんなが言ってた新しい友達かい?」
そんなセリフと共に現れたのは、片目に傷がある一人の犬型の住民。
「紹介するわ!この子はイヴ!んで、柴関ラーメンの柴大将よ!」
セリカが意気揚々と紹介する。
「初めまして。みんなには世話になってる。この店の口コミはかねがね。ラーメン、楽しみにしてる」
「イヴちゃんか!これからもよろしくなぁ!そう言われちゃ仕方ねぇ!とびっきりの一杯をご馳走様してやらぁ!!」
どん、と柴関の大将は胸を張り、叩く。
「いよっ!大将!粋だねぇ!」
そんな風に大将を煽ったのは、横のテーブルにいた便利屋のムツキ。
便利屋68のメンバーも四人全員が席に付いていた。
「あ、イヴさん…お仕事お疲れ様です。お先にお邪魔しています…」
「ふふっ、遅かったわね、イヴ?風紀委員会に無茶振りされなかった?」
「お疲れ、イヴ。無茶振りは…特に、アコとかね…」
私は二つ合わせたテーブルの内の空いていた席に座る。
左右にはハルカとノノミ、正面には先生が座っている。
「…ヒフミは居ないの?」
忙しい風紀委員会は仕方ないとしても、対策委員会に便利屋もいる為、てっきりヒフミもいるものだと思ったが、その姿は無かった。
[“誘ってはみたんだけどね。色々とタイミングが悪いみたいで来れないって”]
私の疑問に答えてくれたのは正面に座る先生だった。
「そうか」
特にヒフミに対して、思うことがある訳ではないが、面と向かってこの間の礼を言っておきたかった気持ちはある。
とは言え、来ていないのであれば仕方ない。
また別の機会に臨むとしよう。
「それじゃあみんな!ラーメンが運ばれるまで、暫しご歓談ください!!」
意気揚々と、セリカが大将の手伝いをする為に屋台の方へと立ち去る。
それを眺めながら──。
「…なんだか、セリカのテンション高くない?」
私はふと思ったことをこぼした。
「ふふっ、セリカちゃんはきっと、楽しくて嬉しいんですよ」
私の呟きを拾ってくれたのは右隣のノノミだった。
ノノミは、セリカの背を見送った後、私に振り向いた。
「こうして、みんなで集まって、美味しいものを食べることが」
その顔はまるで、慈愛に満ち溢れていた。
それは正しく聖母。
もし、私にも母親が居るとしたら、このような人だったのだろうか。
私には、強化人間になる以前の記憶が無いため、分からない。
「わ、分かります…。ここにいる皆さんは、一緒に戦った…その、仲間、みたいなものだと思うので、その…私も嬉しい、です…」
「…仲間、か…」
ルビコンで傭兵をしていた時には縁の遠かったもの。
それが、こうしてキヴォトスで出来た。
「はい!私もイヴちゃんのことも、ハルカちゃんのことも、お友達だと思ってます!」
「…えへへ…あ、ありがとう、ございます…」
友達…友人、か…。
以前の私では、考えられないことだ。
私もこのキヴォトスで生きていく中で変わっているのだろうか。
その変化は、果たして良いものなのかどうかは、今のところは判断出来ない。
けれど、それがきっと良いものであり、その兆しであると、私は信じたい。
「みんな、お待たせー!」
「おぉ〜、来た来た〜」
「いい香りですね!」
「ん、いつも通り美味しそう」
「アルちゃん匂いに釣られて顔緩み過ぎ〜」
「えっ!?嘘!?」
「嘘〜♪くふふ〜」
「な、なんですってぇぇぇーーーーーーーーーー!!?」
「アル…あんまり騒がないで」
そんなやり取りを眺めていると、自然と私の口元が綻んだ。
そして、手元に届いたラーメンを見て、それはより大きくなる。
「ふふっ、イヴ、ウチのラーメンを食べたら、他のラーメンが食べられなくなるわよ?」
私の元に配膳してくれたセリカが、顔のすぐそばで囁き、不敵な笑みを浮かべる。
その言葉に、私は二重の意味で唾液を飲み込む。
[“みんなの元に行き届いたかな?それじゃあ、みんな、食べる前に一つ良いかな?”]
先生の言葉に、私も対策委員会も、便利屋も、視線を向ける。
[“今はまだ、事件が終わったばっかりで、まだまだ問題は山積みだけど、でも、みんな頑張った!だから今は一旦忘れて、いっぱい食べて英気を養おう!いただきます!”]
『いただきます!!』
みんなの声が重なる。
「…いただきます」
私も遅れて手を合わせ、食べ始め、周りの友人たちとの歓談に花を咲かせながら、柴大将のラーメンに舌鼓を打った。
「ところで先生〜、このラーメンはもちろん奢りだよね〜?」
[“え゙っ”]
「ホシノ先輩…」
「こら、ホシノ先輩!先生にたからない!!」
「でもセリカ、この祝勝会を開こうって言ったのは先生だよ?」
[“うぐっ!”]
「先生、無理なら私がゴールドカードで払いますよ?」
[“い、いやいや!それはさすがに…!!”]
「先生、便利屋は便利屋で払うわ。だから──」
「えー?でもアルちゃん、せっかく払ってくれるって言ってるなら、払ってもらった方が良いんじゃない?ウチだって新しい事務所の家賃で余裕無いんだし〜」
「えぇっ!?でも、この人数分の支払いは流石に先生でも…」
「先生の顔を立てると思って。ここは甘えよう、アル」
「ご、ごちそうさまです!先生!」
[“うぐぐ…”]
「先生、大丈夫」
[“イヴ…?”]
「明日から暫く、食費は私が出すから」
[“そ、そうなの!?そういう事なら──”]
「えっ…?ちょっと待って。なんでイヴが先生の食費について関与できるの…?まさか、同棲…?」
[“か、カヨコ…これには実は深いワケがあって──”]
「…先生と同棲してたら何かマズいの?」
「…」
「…」
「…」
「…」
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その後、なんやかんやあって支払いは私がすることになった。
そもそも、今回の件でみんなを集め、頼らせてもらったのは私だ。
それにカイザーの口止め料込みの報酬金に風紀委員会の手伝いの報酬金で私の財布は潤っている。
また別件で支出はあったが、それでも十人分のラーメンの代金を支払っても問題ない程度には、私の貯蓄には余裕があった。
私は、今晩はシロコの家に泊まることになった。
腹は膨れていた為、シロコはすぐに風呂を沸かしてくれて、風呂が沸くまでの間、適当な話で間を繋いだ。
「シロコのドローンだけど、ミレニアムのエンジニア部に返品して作り直させてる」
「ん、そうしてくれると助かる。強いのは良いけど、あれはちょっと使い勝手悪かったから」
風呂が沸くと、私たちは交代で入浴を済ませた。
私は着る物がなかったので、シロコの服を借りた。
「イヴ、髪長いから乾かすの大変でしょ?ドライヤー掛けてあげる」
先に入ったのは私だったが、シロコが上がった段階でもまだ髪は濡れていた。
私は遠慮したが、シロコは既にその手にドライヤーとヘアブラシを完備してやる気満々の顔を向けてきた為、断るに断れず、大人しく髪を預けた。
「シャーレにいた時はどうしたの?」
髪にドライヤーを吹き、ブラシを掛けながらシロコが訊ねる。
私はあぐら座りで両手を前に突く体勢のまま、シロコの問いに答える。
「どうって、特には。一人で扇風機に当たりながらドライヤーかけてた」
ドライヤーの風とシロコのブラッシングが心地良く、私は目を閉ざしていた。
「先生は基本、ずっと仕事してるし、そうじゃない時はソファーで気絶するように寝てた」
「ん…それ、先生大丈夫なの…?イヴは仕事が無い時は何してるの?」
「んー…銃の点検とか、射撃訓練とか…ああ、後、私はキヴォトスに来て日が浅いから、キヴォトスについて色々と調べたりとか」
「…なんて言うか、イヴはワーカーホリックだね。全部、仕事に関係することばかり」
「そう言うシロコは?」
「ん、よくぞ聞いてくれた」
「やっぱ無しで」
「聞いて」
「はいはい」
「一つはロードバイクでのサイクリング」
「サイクリングか、シロコらしいね」
「ん、走るのも気持ちが良いし、走りながら色んな景色を眺めるのが楽しい」
「ロードバイクかー…」
「ん、絶賛ライディング仲間募集中」
「考えておくよ…二つ目は?」
「二つ目は……あ…いや、何でもない。忘れて」
「何だよ、気になるだろー。言いにくいこと?」
「言いにくいと言うか、うーん……走ったりトレーニングしたりだよ…」
「あ、誤魔化したな?」
「なんで分かったの!?」
「誰でも分かる。良いから話してみな」
「……その、
「下見?なんの?」
「……銀行の…」
「……あー…」
私は聞かなかったことにした。
その後は気まずい雰囲気のまま髪を乾かし終えた。
その後、私はシロコの自室へと案内された。
私はリビングのソファーで寝ても良かったのだが、それではシロコが落ち着かないらしく、シロコの自室で、布団を敷いて寝る事となった。
シロコのベッドで寝ることも提案されたが、謹んで遠慮させて貰った。
照明を消し、シロコはベッドへ、私は布団に入る。
思えば、こうしてしっかりとした寝具で眠るのは初めてだった。
ヘルメット団のところでは寝袋、シャーレでは仮眠用のベッド。
どれも不満は無かったが、こうして布団に包まれていると、如何に寝具の質の良さが重要か思い知らされる。
すぐにでも寝落ちしてしまいそうだったが、その前にどうしてもシロコに聞きたいことがあった。
「シロコ、まだ起きてる?」
「ん、イヴ?どうしたの?」
「──シロコは……何の為に戦ってるんだ?」
シロコが戦う理由。
ざっくりと、アビドスを守りたい、ということは、これまで見て来て理解している。
だが、どうしてそこまでアビドスに固執するのか、アビドスでなければいけない理由を聞いてみたかった。
「……イヴ、あのね、実は、私はアビドスに来る前の記憶がないんだ」
「それは、小さい頃の、ってこと?」
「それだけじゃない。私が一年前に、寒い雪の日にホシノ先輩に拾われるまで、そこに至るまでの記憶がすっぽりと抜け落ちてるんだ」
記憶喪失、ということか。
「あの日、ホシノ先輩に拾われていなかったら、野垂れ死んでいたかもしれない」
私も強化人間になり、冷凍保存され、ウォルターに拾われるまでの記憶は殆んどと言って良いほど無かった。
そういう意味では、境遇が似ていると言えないこともない。
「だから、私にとって、アビドスは私の全てなんだ。だから、守りたい。守らなきゃいけない。学校も、ホシノ先輩も、ノノミも、セリカとアヤネも」
──だが、私の場合は更に、自身の記憶を燃やし、力にしている。
自らの過去を自らの手で、消している。
それが、怖くないと言えば…嘘になる。
過去を…ウォルターのことを忘れるのは辛いし、苦しいし、怖い。
ウォルターだけじゃない。
真紅の火は、その力を代償にルビコンの記憶を燃やす。
カーラやチャティ、ラスティの記憶までもが焼き尽くされ、灰となる。
今は、かつてのウォルターの猟犬たちが反動を肩代わりしてくれているようだが、彼らに何の影響も及ぼさないとは考えられない。
「…そっか。それが、シロコが戦う理由、なんだね」
「それから、先生とイヴも」
「…私も?」
「ん、イヴも私の戦友だから。私が助ける必要がある場面は少ないかもしれないけど、手を貸すことはできると思うから。今回みたいに」
「…そっか…そうだね、ありがとう」
それでも、私は止まるわけにはいかない。
例え、ウォルターの記憶も、
ルビコンの記憶も、
猟犬たちまでもが焼き尽くされるとしても。
「まだ何か、ある?」
「…ううん、話を聞かせてくれてありがとう」
──私はその灰を翼にしてでも、飛び続ける。
それがいずれ、この身を焼き尽くすことになるとしても。
シロコやアビドスだけではない。
「ん、おやすみ」
コーラル、ひいてはエアは、キヴォトスそのものを破滅に導く脅威を秘めている。
「…おやすみ」
コーラルを──エアを滅ぼすまで、私は灰の翼で戦い続ける。
これにて、第一章、アビドス編、Vol.1【対策委員会編】終幕となります!(小説そのものはまだまだ続きます)
ここまで読んでくださった読書の皆様にただただ、感謝を!
素敵です!ご友人!!
いやーここまで長かった!
こんなに長くなるとは思わなかったと言えば嘘になりますが、時間が掛かってしまった…
筆が乗ってる時と乗ってない時とで、執筆速度はもちろん、内容も乱高下するもんで、度々、難産に悩まされました…
それでもこうして、第一章完結まで漕ぎつけることができたのは、ひとえに読んでくださる読者の皆様とコメントのお蔭です!
お気に入り登録もじわりじわりと増えてくれて、とてもモチベーションに繋がりました!(書けるとは言ってない)
物書きとしてはまだまだ初心者であり、度々、お見苦しい見難い文章もあったりしたと思いますが、それでも読み続けてくださった皆様には頭が上がりません…
今後も、少しでも見やすく、分かりやすい、丁寧な文章での表現を意識しながら、精進しつつ、執筆に励みたいと思います!
それでは、次の更新でお会いしましょう!!
(なるべく早く第二章を始めたい)