Sword Art Online 赤い炎の妖精と水色の猫妖精 作:マグナス
俺は家に帰ってシャワーを浴びてとりあえず米を炊飯器に入れた。
そうだなー……7時半頃に炊けりゃいいか、今が5時半すぎくらいだからまず2時間ダイブ、んで飯食ってから明日は休日だからいい感じの所までALOにいよう。
傍らに置いておいたコップに入った水を飲みほし、用を足してから自分の部屋に向かった。
海外で生活してる父親も、電気代に水道代とかは全部払ってくれてるから凄い感謝してる。
この家だって、俺が海外に着いて行きたくないって言ったら父さんが学校に近い家を買ってくれたしな。
……要するに父さんは相当金を持っている、それこそ海外で仕事をして成功してるからだろうな。
母さんが死んで……いや、殺されてからだろうな。父さんが俺にこんなに尽くしてくれるようになったのは。
母さんは今は少年院に入れられてる兄貴が殺した。仕事も持たない兄貴を厳しい母さんが毎日毎日説教していて、ストレスが溜まったのが原因だろう。
この間面会する前までは、母さんにも非は有ると思ってたけど、それは違ってた。兄貴が言ったのは、とんでもない事だったんだから。
仕事も持たないで、部屋で毎日毎日やる事無く寝そべってる兄貴を見て注意したくなるのも分かる。けど人間なんだから、そんなんじゃ駄目だって分かってるんじゃないか。兄貴だってそう思ってると心の中で異議を唱えてる自分がいた。
それから程なくして、兄貴が母さんを包丁で刺して殺した。
勿論罪を問われ、今は少年院生活。面会だけは許されてるから、この間会いに行って“出てきたらやり直そうよ兄貴、兄貴だって……あのままじゃ駄目だって分かってたんだろ?”ってさ。
そしたら兄貴は俺の予想を覆した答えを返してきた。
『親なんだったら、仕事が無かろうと有ろうと子供を育てるのが普通だろ。グチグチ五月蠅かったから殺されて当然だ』
――――そう言ったんだ。勿論俺は怒りで頭が一杯になって、殴りかかろうとした所を看守に止められて必死に怒鳴りつけてたのが今でもリアルタイムで見てるかのように再生出来る。
以来、包丁は握っていない。
料理なんて大体、簡単な物で済ませてる。
軽く恐怖になってんだろうな、兄貴が握っていた血の滴る鈍く輝いた包丁が……さ。
苦笑を浮かべながらドアノブに手をかけて回し、相変わらず物が散乱している部屋に足を踏み入れる。
8畳はあるちょっと大きめの部屋の真ん中に透明のガラステーブルが陣取り、その周辺には漫画やら携帯ゲームの充電器やらが放ってある。
んで、部屋の端にはベッドと、その横にはALOに行く為の機械、アミュスフィアが繋がれたPCが置かれた机がある。
<<アミュスフィア>>、SAO事件と呼ばれる事件の切っ掛けともなった“ナーブギア”の後継機。
あんな事件が遭った後だって言うのにこれは信じられないくらいに売れた。
まあ安全性も格段に上昇しているってのが主な理由なんだろうけど、俺も買ってるし。
そんでこれは脳が送る信号を確かどうとか書いてあったけど、説明書を読むの苦手だから読んでないんだよな……。
まあ、大体の使い方が分かってれば問題ないんだ。
「あー寒い……、暖房は点けっ放し…じゃ駄目だな。仕方ねェ、毛布に包まってダイブするかな」
あまり身体に何も着けないでやった方が感覚が遮断されるとかでいいらしいが、こんな寒い中で服を脱いだりして何て出来るわけがない。
すっかり冷えた身体を毛布で覆いながら制服も脱がずにベッドに入り、手を伸ばしてアミュスフィアを掴んで頭に被ってスイッチを入れる。
とりあえず今日はー……ユージーンさんとデュエルでもして見るか、負けそうだけど。そしてあの人に時間があったらだけど。
<<魔剣グラム>>は流石にチート並みだけど打開策はあるしな。
まあ……唯一対抗出来るって<<聖剣エクスキャリバー>>は持ってないけど、発想の転換でどうにかなるんだから。チートって呼べる程強くないかもしんないな。
領主の弟ながら権力を使わないあの人は人望も厚いし人柄も良い、だから俺は結構いい友人だと思って付き合ってる。
別に役職が無いとか、種族にあまり貢献してないとかで偏見を持たないのがあの人の人気と強さの秘訣なんだと、俺は思う。
でも……あんま好きじゃないんだよな、ユージーンさんの兄のサラマンンダーの領主は。
何か権力振りかざして偉そうにしてんのが余計に……間違っても口走れないな、これ。
口走ったら領地追い出されて居場所が無くなりそうだよなぁ……。
ちなみに領地を追い出されたら中立地帯に留まる“レネゲイド”ってのにならなきゃいけないんだよな。
結局噂されてた“転生システム”が導入されてないから、種族変更も出来ないしよ。
あー……まあいいや、とりあえず領地に行ってから考えよう。
「リンク・スタート」
*****
「……さー、ねえキリト君。ちゃんと聞いてるのー?」
値の張るプレイヤーホームと呼ばれる空間、宿屋を使わずともログアウトする事が出来、他のプレイヤー達とは完全に断ち切られた謂わば現実世界の家と同じだ。
勿論高いが、払えない程では無く友人達を数十人呼んでも余裕があるほど広いこれは交流を求めるVRMMOではある意味一番の交流場かもしれない。
そんなプレイヤーホームの揺り籠の中でキリトは頭に手をやり、軽く瞳を閉じながら話を聞いていたのだがいつの間にか意識を飛ばしてしまっていたようだ。
「……ああ悪い、ちょっと考え事してた」
だがキリトは少し悪びれた様子を見せたが、堂々と寝ていた事を隠したのだ。
そんな彼のいつも通りのポーカーフェイスをアスナは一度ジトッと睨んだが、すぐにいつもの通り、先ほど話していた時と同じような柔らかい笑みを表情に浮かべた。
「まあいいや。それよりさ……何かユージーンさんがデュエルするみたいだよ? さっきクラインからメール入ってたんだけど、滅多にデュエルしない人だし見に行かない?」
と、明るく心が落ち着くような女性らしい、現実の明日奈とは違う声で言ったので、キリトはまだ少し残っている眠気を隠しながらも身体をお越し、傍らに置いていたファーが着いたジャケットを手に取り、袖を通しながらアスナの方に顔を向けた。
「間に合うかは知らないけど、行くだけ行ってみるか。一回デュエルした事あるし、相手がどうやって<<魔剣グラム>>を攻略するかがちょっと楽しみだしな」
そう、キリトは一度ユージーンを負かしている。
その時はエクスキャリバーを所持しておらず、勝機など殆ど無かった。
常識に囚われた戦い方をし、剣を振る速度が遅かったならばだが。
<<魔剣グラム>>は特殊な能力、<<エセリアルシフト>>。
剣や盾で受けようとすれば非実体化し、すり抜けるエクストラ効果を持ったその魔剣を、キリトは破ったのだ。己の最大の武器、二刀流で。
通常ならば、同時に二本もの剣を操るなどと普段から鍛錬をし、それこそ何年も積み重ねなければ出来ない技をキリトは既にマスターしている。
ユージーンを破った二刀流での戦い方とは、片方の剣で<<魔剣グラム>>を受けようとしたがやはり透過し、誰もが直撃を喰らうと思った。
しかし、キリトの行動と思考はそれを上回ったのだ。
その場にいた誰もがハッタリだと思っていた二刀流のもう片方の剣で、再び実体化した瞬間の<<魔剣グラム>>に剣を当て、弾いたのだ。
そこから一気に乱舞で押し切った……それがそのデュエルでの結末。
そんな力を持った魔剣を相手にするからこそ、自分以外の人間がどうやって攻略するのかが気になるのだろう。
「それで? 場所は?」
既に袖を通し終わったキリトが、伸びをしながらアスナにそう尋ねると、アスナはキリトの背中に手を当て、押しながら歩き出した。
「場所は私が分かってるから、早く行くよー!」
キリトは自分で歩こうとしたがアスナに押されてしまい、バランスを崩してしまっている為、外に出るまでは仕方なくそれに付き合った。
*****
「悪いな、レイン。見世物の様になってしまって……な」
俺の前でユージーンさんが口元に軽く皺を寄せながら、申し訳なさそうな声色でそう言った。
あ、ちなみにレインってのは俺のキャラネーム。
羽原 蓮が俺のフルネームだから、蓮の間に”イ”を入れてレイン。
在り来たりだけど、何となく気に入ってる。
俺は出来る限り愛想のいい笑みを浮かべながら、申し訳無さそうにしているユージーンさんに向かって両手を胸の前に挙げ、横に何度も振った。
「気にしないでいいですよ、デュエル頼んだのは俺ですし。ここまで人集めたの、クラインですから。気にしないで俺の事倒しに来ていいですからね」
せっかく強い人とデュエルが出来るんだし、本気になって貰わなきゃ勿体ない。
俺は念のためユージンさんにその旨を伝えたが……
「安心しろ、手は抜かないさ。だが……デスペナルティが惜しいな。全損モードではなく、クリティカル制にさせてもらおう」
うん、やっぱりユージーンさんの人柄は好きだ。
さり気無くデスペナの事を気遣ってくれるし……な。
「確かにデスペナルティはデュエルで付いてもあれですからね、そうしましょうか」
目の前で僅かながらに苦笑を浮かべてるユージーンさんに、俺も苦笑を返しながら、スクリーンを出して武装をオブジェクト化。
背中にずっしりとした重みが加わる。
俺は背中にオブジェクト化した剣に手を掛けながら、ユージーンさんに鋭い視線を送った。
*****
人込みを掻き分けながらアスナとキリトは前へ前と進み、漸く自身達を呼び出した人物を見つけ出した。
「おいクライン。お前……予め言っておいてくれよ、ユージーンのデュエルがあるって事」
あからさまに不機嫌丸出しで、無精髭の生えたその縦長の顔を見つめながらキリトはそう言ったが、すぐに“まあいい”と付け加え、視線を人ごみの中心で対峙している二人に向けた。
「あの“レイン”って名前のサラマンダ―……聞かない名前だけど、強いのかしら?」
ふと聞き慣れた声がし、キリトがクラインのすぐ隣に視線をやると見たことのある猫耳が目に入り、キリトは軽く驚愕の表情を浮かべた。
「何だシノン、お前もコイツに呼び出された口か」
「ええ、クラインが面白い物を見せてくれるって言うから」
そう、クラインはシノンにも声をかけていたのだ。
シノンは未だに返事をしないクラインの方に視線をやり、その鋭い目つきで軽くクラインの事を睨んだ。
「まァそれなりに強いだろうな、あまりログインしねェみてェだからよォ……。アイツが戦う所を見れるのも、結構珍しいんだぜ?」
視線に気圧されたのか、クラインは悪趣味な柄をしたバンダナを軽く目深に被りながら早口で捲くし立ててそう返した。
口ぶりからすると、知り合いのようだが三人とも敢てそこには触れずに、ただデュエルが始まるのを待った。それぞれが思い思いの考えを持ちながら、少しずつ込み上げてくる気持ちの昂ぶりを抑えながらも集中し、どちらかが動き出すのを待っていると――
「じゃあ……始めますかっ!」
――レインが威勢の良い声を挙げながら思いっきり地面を蹴ったのを合図に、ユージーンも<<魔剣グラム>>を抜き、迎撃の体勢に入った。