黒い沈黙と夢の帽子<ドリスティーメア>   作:白木蓮人

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これが私の投稿間隔だ(一カ月以上の空白)



交わる世界 I

 在りし日の、研究所での日々を夢に見た。

 

『えっと……なんというか、すごく考えた上での人選で、私が実力不足だって分かってるんですけど……私もその実験に参加していいですか?』

 

 心臓が早鐘を打っていることを、冷静さと勇敢さで作った仮面の裏に隠しながら、私は彼にせまった。

 彼は、とても社会的な威厳と人間的な価値に満ち溢れている男性だと、当時の私には見えていた。

 だから、格好の餌だったんだ。自分は無価値ではないかという不安に苛まれる私にとって、彼に認められることは全ての問題の解決を意味するから。

 もっとも、それが叶おうが叶うまいが、行く末は破滅であっただろうけど。

 

『お願いします! 失望させないように頑張りますから!』

 

 その情熱は導火線にも飛び火するような、不出来な感情だった。

 私を熱くさせたものは、ぞっとする冷たい焦りとなって返ってきた。

 最終的に、目に見える結果が欲しくて、禁じられた領域に手を伸ばして、私は呆気なく死んだ。

 自ら薬品を注入して、ボロボロと崩壊しながら地面をかきむしる女は、賢い研究員としてではなく、愚かな実験体として、彼に経過を観察されながら──

 

 ──どうして、今になってこの光景を思い出すのだろうか。

 

 今、かつての研究員は三度目の人生へと至り、司書のマルクトとして立っている。

 あの時のような失敗を繰り返したりはしない。そうしないように、導いてくれた人のことを、覚えているかぎり。

 

 その時、まるで聞き覚えのない声がした。

 

 ”──もはや、心と現実がかけ離れていく恐怖に凍えることはないと語るのなら”

 

 司書としての私……今現在の私は、吹雪が吹きすさぶ中、見上げるほど大きな氷の城の前にいた。

 吐く息も凍る極寒の向かい風に目を細める。その先に、荘厳な青い結晶に身を包んだ女が立っていた。

 

「……『雪の女王』?」

 

 幻想体の名前を呟くが、そうではないと分かった。あれは雪の女王の自我の殻を借りた、何者かだ。

 一体だれ? ロボトミーも図書館も閉じられた今、幻想体を扱える人なんて……

 

 ”心臓に刺さる孤独な不安をも溶かすのだと叫ぶならば……その勇ましい意志を証明してみせるがいい”

 

 冷たい声を最後に、視界が真っ白に染まって──

 

 ──私はひんやりとした床で目を覚ました。

 身を起こした場所は自室ではなかった。

 見たこともない監獄の牢屋の中に、私は囚われていた。

 

 

 

 鉄格子の揺れる影を指でなぞるのも、そろそろ無駄な気がしてきた。ので、今度は石レンガの溝を迷路に見立てて攻略しようとしてみる。もちろん、スタートもゴールもありはしないけど。

 空も見えず時計も見られずの、時間を確認できない場所に監禁されていると、人の精神は異常をきたすらしいけど……マルクトという存在も、例外じゃなかったみたい。

 

「はあ……流石に気が滅入りますね……」

 

 顔を上げると、目の前には鉄格子があって、向こう側に空っぽの牢屋が並んでいる。私は図書館の自室で眠っていたはずなのに、いつの間にかここにいた。

 歴史の階の指定司書なんて肩書も、ここじゃ役に立たない。図書館の力がなければ、鉄格子を壊すなんてとてもできやしない。

 それでも……地道に何か出来るんじゃないかと思っていたい。そうよ私。まだこの牢屋の隅々まで調べてないし、思いついてない策もあるかもしれないでしょ……って。

 

 そう奮起したところで、ポン、と急に目の前に少女が出現した。

 えっ、と私は目を丸くしながら、その子を眺める。

 

 まず一目見た印象としては、『巣』に住んでる子だろうってこと。

 腰まで自然に伸ばした綺麗な金髪で、大きな黒目をしている。いかにも可愛らしい女の子という雰囲気で、路地裏とかには滅多にいないだろうなってタイプ。衣装にしても、子供が何かの発表会に着ていくような、ちょっとフォーマルなオレンジのドレス。

 ……まあ、単なる巣の子供じゃ説明がつかないこともたくさんあるけど。そもそも彼女は牢屋の中にワープしてきたわけだし……

 なにより目立つのは()()だ。後ろに垂れた水玉模様のナイトキャップで、前面になんと()()()()()()がある。一体どこの技術なんだろう? 

 

 その子は牢屋にいる私のことを一瞥して、ぶっきらぼうな口調で言った。

 

「……色々と説明して欲しそうですけど、そんなもんは後です。私が他の侵入者を全員ひっ捕まえるまで、そこで大人しくしてやがれです」

 

 あと、彼女は肩に大きなものを担いでいた。黒とピンクの布でぐるぐる巻きにされたミイラみたいな何かを、どさっと牢屋に落とす。

 たぶん、捕まった『侵入者』なんだろうけど、重量的に普通の子供では持ち上げられないはず。強化施術を受けてると見てよさそうだけど、あの目の模様がそうなのかな? もし肌に刻まなくていい新型の『刺青』だとすると、興味深い技術かも……

 ……なんて好奇心を働かせてる内に、その子は消えていた。

 牢屋の扉は動いてないし、またワープしたんだろうけど、あれも彼女の力なのだとしたら……特異点、ひいては翼に関わる問題事まであるのかな、この状況。

 

 とりあえず、床に放置された黒とピンクの簀巻きをゆすってみる。

 

「あのー、生きていますか?」

「んぐ……むぐ……」

 

 モゴモゴともがく気配がある。わざわざ牢屋に入れた以上、このまま窒息死させるような形にはなっていないだろうから、放っておいても大丈夫だとは思うけど……

 

 一体何がどうなってるんだろう。

 私以外の指定司書は大丈夫かな。図書館の力が無くても戦える人は……ゲブラーとビナー、あとローランくらいだよね。

 誰かしら、助けに来たりしないかなぁ……

 


 

 満天の星空のように輝く軌跡を残し、長剣は大蛇の眼前を通り過ぎる。

 死の一歩手前で寸止めされたことを悟った大蛇は、人間的な知性を感じさせる、へりくだった動きですごすごと退散していった。

 それを見送ると彼女は刃を鞘へと納め、肩を微妙に回して紺色のマントを羽織り直し、すっと指で蒼い前髪を整えて、こっちを振り向く。

 

「無事そうでなによりです、ローランさん」

「そっちも問題なさそうだな、ブックハンター。元より心配なんてしてなかったが」

「なんだ、ツレは見つかったのか?」

 

 後ろからヨチヨチと──いや、本当にこの擬態が似合うくらい小さいんだって──メルがブカブカな服の裾を引きずりながら歩いてくる。

 ブックハンターはそんなメルと俺とを見比べて、何か思いついた様子になって、うやうやしくお辞儀する。

 

「これはこれは、うちのローランがお世話になったようで。私のことはどうぞブックハンターとお呼びください」

「こりゃご丁寧にどうも。まあ立ち話もなんだ、ホームに案内してやるからこっち寄れよ」

 

 ブックハンターの行儀いい態度に、メルはあからさまに気を良くして、俺たちを手招きする。

 しかし『うちのローラン』って……もしかしてこれ、放っておくと俺の立場が誤解されたままになるのか? 釈然としないことはあるが、上機嫌な所に水も差せない。不満は黙って呑みこみつつ、ブックハンターと二人でメルの近くに歩いていく。

 

「んで、ホームってのはどこにあるんだ?」

「詳しいマップなんて教えてられっか。それは暇なときに散歩でもして覚えてもらうとして──今は()()ぞ」

「はあ?」

 

 言うや否や、俺は全身を金色の光に包まれてしまい、思わずまばたきする。

 次に目を開けた時には、全く別の光景……コンクリート作りの寒々しい通路から、プラスチックかリノリウムか、とにかく住居に適した材料で出来た、色とりどりの家具に満ちた明るい部屋に移動していた。

 

「……は?」

「おっと、これは……」

 

 俺とブックハンターは揃って唖然とする。

 メルは慣れた動作でぴょんとフカフカの椅子に座って、俺たちもカーペットの上にくるようにアゴで指してくる。

 おずおずと小さな机の周りに腰を下ろしつつ、メルの顔色を伺うが、やはり平然としてる。でも今の現象はどう考えても……

 

「メル様? 俺たち、さっきまで別の場所にいたような……?」

「単なるテレポートだ」

「空間跳躍の類をそんな簡単なことみたいに……」

「言っとくが、帽子を持ってるやつなら誰でもできることだぞ。だから管理人を仕留める時は、ちゃんと帽子を奪ってから舌なめずりしろ」

 

 なんか戦って勝つ想定になっているが、こんな移動手段があるんじゃ、たとえ優勢でも逃げられ続けて、まともな戦いも拒否されそうだが。

 

「はぁ~……その帽子ってのは、すごい便利な道具なんだな」

「テレポートは便利機能の一つみたいなもんだぞ」

「はい? じゃあ本当の用途はなんなんだ?」

「そりゃ帽子なんだから、日差しを遮ることだ」

「……」

 

 沈黙する俺に、メルはむすっとする。

 

「おい、ジョークだぞ、笑えよ」

「ハハハ、面白すぎて呼吸が止まっちまったよ、ヤバかった~」

 

 雑な笑いを浮かべていると、横でブックハンターが軽く咳をする。

 

「小粋なジョーク、ありがとうございました。それで、本当に本当の用途とは?」

()()()()()だ」

「ハハハ、面白すぎて呼吸が……」

「今度はジョークじゃねえぞ笑うな黒ノッポ」

「はい、すみません……」

 

 いや、確かにジョークじゃなさそうな言い方はしてたし、間違えて悪かったとは思うが……そっちもそっちで落差が大きすぎないか。日差しを遮るところから、世界の創造とか、飛躍しすぎてついていけない。

 ブックハンターも、はぁ、と遠い目をしている。

 

「世界の創造、ですか」

「ああ、ひとつの帽子が誕生する時、ひとりの管理人と、ひとつの世界が誕生する」

 

 メルはシルクハット型の厚手の黒い帽子を、自分の頭からおろし、手元にかかえる。

 

「こいつは夢の帽子、『ドリスティーメア』。自分が目覚めると、この帽子が傍らにあって、この『夢の世界』が広がっていた」

「つまり、三つの要素は同時に産まれる、と?」

「いーや、自分は例外だ。メル様以外の凡人は、フツー暮らしてると突然、帽子が手元に来て新しい世界の管理人をやることになる。同時に産まれるのは帽子と世界の二つだけだ」

 

 帽子を被り直すメルに、ブックハンターが疑問を投げかける。

 

「突然というと、前兆や法則性もないのですか?」

「前兆は基本的に無いな。帽子を得るやつの法則性に関しては、確実なことは言えないが……自分だけの価値観を確立したり、自分の本当の願いを真摯に見つめることができる人……ってとこか」

 

 俺とブックハンターは目配せする。

 考えてることは同じだろう。まるで『E.G.O』や『ねじれ』のようだ、と。

 無論、偶然の一致だとは思うが……少なくとも、『帽子が人のもとに訪れる』というのを、単なる自然現象だとは捉えられなくなる事柄を、俺たちは知っているということだ。何か裏があると邪推するくらいはいいだろう。

 

「そうやって数々の管理人と世界が誕生していくのが、帽子世界ってところなんだ……分かったか?」

「なんとなくは……一つの大きなくくりの中に、各々の特徴を持った地域が出来上がるって点を見れば、『都市』と『区』の関係と同じだと思っていいわけか」

 

 俺が今の話を噛み砕いていると、メルが退屈そうに鼻息を荒くした。

 

「……で、その都市とか区とか、そろそろお前ら異世界人の話も聞かせてくれていいんじゃないか」

「おっと悪い、そうだったな。ああでもその前にこれだけ聞きたいんだが……なんで俺たちが異世界人だって分かったんだ?」

「そんなの、お前らが来る以前にも異世界から来た連中がいたからだ」

 

 ガタ、と机が鳴る。俺は思わず、驚きと期待とが混じった声色になる。

 

「なあ、それってまさか……!」

「困ったもんだよ。どいつもこいつも『フィクサー』とか名乗って、世界を荒らすもんだからさ」

「……便利屋(フィクサー)?」

 

 メルの口から軽々しく出てきたその単語に、俺もブックハンターも、冷たい目をすることになった。

 


 

 ……しばらくして、バチンとピンクと黒の拘束が弾けとんで、ミイラが解放された。巻かれていたはずの布は、魔法のように消えてしまって、かわりに少しくたびれた様子の人間が出てきた。

 

「ああヒドい目にあった。図書館で死んだと思ったら、次の瞬間には監獄でバケモノに囲まれるとか……」

 

 そうしてため息をつくのは、シックな服装をした、できる大人という雰囲気の女性。

 私は彼女に見覚えがあった。チェロケース型の巨大な武器を背負っていたことで印象が深い、あの人だ。

 

「あれ……もしかして、夜明事務所のユナさんですか?」

「ん? そういうあんたは……ごめん、どっかで会ったことあったっけ?」

「あ、いえ、私が一方的に知っているだけです。とはいえまったく無関係な者同士とも言えなくて……図書館の司書、と言えば分かりますか?」

 

 それを聞いて、ユナさんは据えた目付きになる。

 

「へえ、あんたが図書館のねぇ……人は見かけによらないもんだ。それで、決闘の次はどういう催し物なわけ?」

 

 語気に敵意が滲むのも当然だ。彼女は……いや『夜明事務所』は、図書館が接待したゲストの一つで、私たち図書館は夜明事務所との決闘に勝利し、代価として彼らを本にして蔵書した……という経緯がある。

 こうして殺してしまった人と向き合うのは本当に気まずい……けれど、その気まずさに屈しては事態が進展しないことも確か。私は努めて毅然とした表情のまま、顔を上げる。

 

「この状況のことを言っているのなら、私にも分かりません。アンジェラ……図書館長もこんなことを許すわけありませんし」

「ふーん。ま、暴れてる組織が他の凶悪な組織にしてやられるなんて、よくあることか。じゃあ私たちが生きてる理由も分からないの?」

「それに関しては、元々図書館での死は本当のものじゃなかったんです。別の形態に姿を変えられただけで……」

「そっか、本になるんだっけか」

「細かいこと抜きで有り体に言えばそうですね」

「なるほどね……」

 

 そこまで話して、ユナさんは複雑な面持ちで黙り込む。

 おそらく今の話の真偽を吟味していて、信じきってはいないんだろう。確かに、自分を殺した組織の人間を信頼できる情報源とするのは危険すぎるし……むしろそんな相手と理性的に話ができるだけ、稀有なことなのかも。

 とはいえ、たったこれだけの情報ではどうしようもない気がする。ユナさんも同じ結論に至ったのか、またため息をついた。

 

「……真相はなんであれ、生きてるからには抗わないとか。で、あんたは今後どう動くか考えてたりするの?」

「えっと、脱出したいですね!」

「そりゃ分かってるよ。ほら、監獄の中を逃げ回るうちに、なんか脱出の取っ掛かりになるものとか見なかった?」

「うーん、私の場合は目覚めたらこの牢屋の中だったので、何もないですね!」

「すごく役に立たないね、あんた」

 

 うっ……役に立たない、か。

 何気ない一言ではあったみたいだけど、少し辛いな。やっぱり、役に立たない状態でい続けてる人は、疎まれるんだろうなぁ。

 そもそも、こうして囚われの身になってることで、誰かに余計な労力を使わせてないかな? 役に立たないだけならまだしも、足を引っ張るなんて……

 結局、私は図書館で借り物の力を振るう、他者に恵みを与えることもできず、恵みを吸い取るだけの存在だったのかもしれない。そう考えると、ここで終わるのも妥当な結末な気がしてきた。この場所で死んだらどうなるんだろう。図書館で目を覚ましたりしないかな。

 今更死ぬのは怖くない。でも残してしまうものがあるのは気がかり。だけどこれも自惚れかな。私が死んだら悲しむ人がいる、なんて。

 ああ……呼吸が乱れそう。大丈夫、落ち着くんだ。落ち着かないと……

 

「ちょっと、どうしたの」

 

 はっとして顔を上げると、ユナさんに見つめられていた。じーっと、私の中を手探りするような視線で。

 でも彼女は私と目が合うや否やそっぽを向いて、なんでもないように口を開いた。

 

「じゃ、こっちの話をしようか。私が体験したところ、この監獄には人間の他に、異形の怪物もいるみたい。どっちも揃って話も聞かず襲い掛かってくるもんだから、しばらくは師匠と一緒に立ち回ってたんだ。だけどデコイボスとかいう大物からは逃げるしかなくてね……」

 

 ユナさん曰く。

 ここにいる人間も怪物も、斬っても焼いても血を流さず、代わりに一定以上の損傷を負うと、青い水晶の欠片に変わってしまったらしい。まるで図書館で死ぬと紙束になるみたいに。

 気味悪く思いながらも応戦していたが、『デコイボス』と呼ばれる強力な存在を前に、二人は撤退を選んだ。だがその途中、あの金髪の女の子と遭遇したかと思うと、次の瞬間には意味不明な強度の布で、ぐるぐる巻きにされてしまった……

 

「……ってところかな。私たちに勝った図書館の人たちなら、あのデコイボスくらいはなんとか出来るんじゃない?」

「えっと、私には無理ですね。他の人はともかく、私は図書館の力がないとまるで戦えないので……」

「……あっそう。割と頼みの綱だったんだけどな……」

「で、でも別のことで役に立てるかもしれませんから!」

 

 この状況でやれることってなんだろう。考えろ~考えるんだ……これだ、一つしかない! 

 

「よし……じゃあユナさん、一緒に大声を出してみませんか!?」

「は? いきなり何、正気?」

「誰か助けを呼べるかもしれません。私の声、よく通るので」

「よく通る分、敵も呼ぶかもしれないけど」

「牢屋に入れられてる時点で、逃げ隠れなんてどうせできないでしょう。だったら味方に私たちの位置を教えるだけ得します!」

「一理はあるけど、思いきりすぎ。世の中そんな単純な理屈で動いちゃくれないんだから、慎重にならないと」

「そうですか? 大丈夫だとは思うんですけど……」

 

 と、勢いよく喋っていると、コンコンと鉄格子が叩かれる音がした。ここの隣の牢屋からだ。

 二人揃ってビクッとして横を向くと、

 

「そこにいるのかね、ユナ君」

「師匠……!」

 

 おじいさんっぽい声がしてきた。

 声しか聞こえないが、ユナさんが言っていた師匠こと、夜明事務所の長である、サルヴァドールさんだろう。お年寄りだったはずだから、間違いない。

 

「まったく、元気のいいお嬢さんと同居してるようだね? その子の声が大きいおかげで、拘束がほどけない内から分かっていたよ」

「聞きました? 私のおかげですって! どうやら役に立てたみたいですね!」

「これを『役に立てた』ことに数えていいかは疑問だけど」

 

 そして牢屋越しではあるものの、私たち三人は情報交換をする運びとなった。

 といってもお互い、交換と呼べるほど同等の情報は持っていなかった。量の問題ではなく、質が違うという意味で。彼らはこの監獄についてを話し、一方で私は図書館について話していったのだ。

 

 夜明事務所の接待の後も図書館は成長し続け、都市の星を越え不純物にまで至ったこと。でもそこで、内部での衝突(本当はもっと複雑だけど、軽々しく話すことでもないから)があり、図書館長の欲望に歯止めがかかったこと。最後には、図書館は全ての人を本から解放し、生きて都市に帰すことを選んだこと。

 二人はこの話を、粛々と聞くだけだった。「都市じゃよくあること」って、思われてたりするのかな。こんな説明だけじゃ、方向性の違いで解散した音楽隊みたいに思われても仕方ないから……

 

 夜明事務所の二人の方は、図書館で死に、かすかな夢を見ながら眠っていた(おそらく本になっていた間の感覚だろう)と思ったら、いつの間にか五体満足でこの灰色の監獄に立っていた、ということらしい。私も気が付いたら牢屋の中にいたから、彼らとは同じ境遇と言えるだろう。

 

 となると、一応の状況は見えてくる。

 

「つまり図書館の司書に加えて、更に図書館から解放したはずの人々までもが、囚われの身になったということ……?」

 

 それは許されざることだった。

 ロボトミーが辿りついた結末を台無しされたように……図書館が辿りついた結末までをも台無しにする事態が、起こってしまったんだ。

 

 ……これで二度目だ! 数々の犠牲と、仲間の尽力、それらの血と涙の結晶が粉々に砕かれてしまうのは……!

 いてもたってもいられなくなって、私は声をあげる。

 

「……みなさん。協力しませんか? 私たちで協力して、この監獄から脱出するんです!」

 

 私は立ち上がって、拳を握る。

 しかしユナさんは座ったまま憮然とした表情で、ただ小さなため息をつく。

 なにか、失望されたように見えた。

 隣の牢からは、淡々とした声が届く。

 

「もとより味方を増やすことは考えているが……あたかも君も仲間に入れてもらえるような言い方だね?」

「え……?」

「君の喋り声はよく聞こえたと言ったはずだ。ろくに戦えもしないんだろう? そんな足手まといを仲間扱いできる理由がどこにある」

 

 冷たい言葉が私を貫く。

 突き放されたことに、体は縋りつく場所を求めるも、頭は自分にそうする権利なんてないと判断を下していた。

 

「とりあえず黙っていたまえ。これ以上、余計なことをして事態を悪化させんようにな」

 

 そうして無力な自分を置き去りにして、サルヴァドールさんはユナさんと話し始めた。内容はよく分からなかった。音は耳を通り過ぎて抜けていく。

 

 やはり私は無力だった。

 

 なにもコントロールできない。目をつむりながら道を歩いているかのような、不安ばかりがまとわりつき、身に傷を作っていく感覚。

 私は枯れた蔓にでも巻かれている気分だった。

 


 

 軽く聞き込みをしたが、この夢の世界に来た異世界人は、俺たちが最初らしい。メルいわく、『古い世界だから構造的に奥まった場所にあるのかもな』、とのこと。

 つまり、都市の住民を回収し、司書を助け出すには、夢の世界をとび出して、別の世界に行く必要がある。帽子世界に存在する無数の世界を渡り歩くことになるわけだ。

 

 というわけで、俺たちはメルに連れられて、エレベーターで上の階に向かっていた。

 これが豪華だのなんの。十人くらいなら余裕をもって乗れるほど大きいし、半面がガラス張りだから広がる夜景が見放題だ。すごい金持ちの臭いが漂ってくる。世界の主なんだから当然のことかもしれんが。

 

「そうだ。他の世界に行く前に、一つ注意がある」

「ん、なんだ?」

 

 階層表示板から目を離して、メルは表情を険しく声を重々しく忠告してきた。

 

「くれぐれも──『価値観』を落とすようなことはすんなよ」

 

 その言葉に俺は首を傾げる。

 

「価値観を()()()? 妙な言い回しだけど、なんだそりゃ?」

「価値観ってのは、その世界を成り立たせてる力の源みたいなもんだ……さっきお前らが話してくれた『人差し指の指令』と同じようなもんじゃねーかな」

 

 部屋で話してやった都市のアレコレで例えてくれたメルに対し、もちろん俺は顔を引きつらせる。

 

「……マジ? あれと同じようなもんが存在してんのかよ……」

 

 『人差し指』といえば路地裏を牛耳る五大組織の一つで、その傘下に入った住民の元には、どこからともなく短い命令文が送られてきて、そいつに従うことを強要される。

 大多数が盲目的に従うことを選ぶし、従わない奴は殺される。たとえ従ったところで、死んでしまうような指令が来ることもある。

 とにかく人差し指ってのは、紙切れ一枚に書かれた指令をなにより重視する奴らってことなんだが……

 

「えっと、流石に人差し指みたいな気味悪いもんが、そのままあるわけじゃないよな?」

「あくまで例えだ。『絶対視される何か』があるっていうな」

 

 絶対視される何かがある……なるほど、『価値観』ってのはそういう意味か。

 

「もうちょい詳しく説明するなら、そうだな。『指令は絶対』って価値観が、その人差し指を発展させ、反すると縄張りごと敵に回すことになるみてーに……帽子世界に存在する無数の世界にも、各々が絶対とする価値観があって、それが管理人の力の源となり、反すると世界ごと敵に回す羽目になるってことだ」

 

 メルの説明に、俺は考え込む。

 人差し指は、指令を絶対とし、指令に反しないでいることで、その縄張りの力を増している。

 夢の世界がそれと同じだというのなら……夢を絶対とし、夢に反しないでいることで、その世界の力が増す……うーん、この言い方だとなんか変だな。

 と思ってたところで、ブックハンターがあっ、と何かに気付いた声を出した。

 

「そうか、どうりでこの世界はこんなに静かなわけですね。全ての住民が眠って()を見ることに積極的だから」

 

 そう言われて耳をすませば、人の喋り声も生活音もまるで聞こえてこない、マンションの静寂があった。

 後ろを見れば、何も動く物のない街並みがある。ブックハンターの言葉を聞いた後だからか、はたまたガラス越しに見下ろしたからか、俺にはそれが模型みたいな作り物だと見えるようになった。

 透明な箱の内側で、生暖かい水に浮きながら夢に眠る。

 俺がこの世界にきたばかりの時に感じた、あの清らかさは……誰もが自らの夢に閉じこもり、淀み濁りを吐き出さない世界の現れだったわけか。

 

 ブックハンターの推察に、メルは満足げに頷く。

 

「いい閃きじゃねーか。その通り、夢の世界の価値観は、『感覚こそ世界の全て』。水槽の脳の見る夢こそが自分にとっての全世界……ってな」

「ふーん、理解できなくもない価値観ではあるな」

 

 我思う故に我あり(コギト・エルゴー・スム)ってやつか? でもそれを個人が好き好んで思うだけならともかく、世界規模で浸透させてるってなると、一気にわけ分からなくなるが。

 ブックハンターに向けて、ぼそぼそと呟く。

 

「……なんか、都市でも変な所で発生しそうで嫌だな。都合のいい夢を見たまま死ぬのが一番幸せですって言い出す宗教とか」

「似たようなものはありますが、読んでみますか?」

「遠慮しとくよ……」

 

 パラパラと本をめくってみせるブックハンターを押さえていると、俺はふと不味いことに思い至って、急いでメルに訊ねた。

 

「えっと、ちなみにその夢の世界の価値観なんだけど……俺たち、落としてないよな……?」

 

 するとメルは、いっそ恐ろしいくらいニコニコしながら語りかけてきた。攻撃的な笑みってやつだ。

 

「言っとくと、大抵の価値観は()()で否定されるからな? 指令を受けとった奴を無理やりブッ飛ばしたら指令を遂行できないみてーに、黒ノッポがデコイボス(バックベアード)を、青マントが何匹かのデコイをやっちまった時点で……貸し二つだぞ?」

「返せるよう、尽力いたします……」

 

 借りを作っちまったなぁ……足元も固まってないこの状況では、中々キツい負債かもしれない。

 そんな事実から目を逸らすべく、話も逸らした。

 

「しかし、そのデコイってのもよく分からない存在だよな」

「あれは帽子の創造物だな。その世界をキレイに保つ水槽のタニシみたいな存在だ」

「創造物? タニシ?」

「む、この例えはちょっと違うのか……じゃあ血液中の白血球とかか? ま、見てりゃそのうち慣れるだろ。どこの世界にも腐るほどいることだしな。そんなことより、そろそろ着くぞ」

 

 メルが言うや否や、チーン、という音がしてエレベーターが止まった。

 

 

 

 長々と登ったマンションのエレベーターから降りてすぐの廊下。そこには奇妙な穴が開いていた。

 

「……で、この先に都市の住民がいるはずだって?」

「あからさまに異常だろ? こんな()が開いてるとか」

 

 そこは奥になにか空間が広がっているのは分かるが、ボンヤリしていてはっきりとは見通せない。そして輪郭は安定せず、波打っている。

 

「探してる奴らもいるといいんだけどな」

「あー、確か指定司書ってやつは九人いるんだったか? じゃあ確率は十分の一くらいだな。現状、世界の数は百個くらいなわけだし」

「アテにならない確率だなぁ……」

 

 俺が苦々しい顔をしている間、ブックハンターは穴に近づいて、まじまじと眺めていた。

 

「W社が作る空間の亀裂に近いですね。この先にある別の区……別の世界はなんでしょうか」

 

 メルもその隣に寄る。

 

「わからん」

「分からないんですか……あまりにも不安定すぎるのでは? この空間の亀裂も、見たところかなりあやふやですし……」

「だからこそ異常事態が起きてるってこった。こんな形で別の世界と接続するなんて、自分も今まで見たことねーからな」

「通常はどのように?」

「そもそも別の世界同士は地続きになってねんだわ。行き来できる手段は、帽子による世界移動(テレポート)だけになる」

「それはまた……隔絶の多い世界ですね」

 

 と、ブックハンターは俺に目配せする。

 ひとつ、俺たちの選択肢が潰れた瞬間だった。

 

 ……帽子を持つ者がいないと、別の世界には向かえない。ときたか。

 司書のみんなを探すのなら、別の世界へと向かう必要があるわけだが……そのためには、誰かしら管理人を味方につける必要が出てくるわけか。

 俺たち二人、図書館陣営だけで独自に捜索することは出来ない、と……

 

 俺は黒ずくめの幼児を、悟られないよう後ろから見下ろす。

 メル……夢の世界の管理人。このたった一つの情報源の言うことを全て信じ切るほど、俺たちは純粋にはなれない。

 こいつの動き方次第で、一旦離れることも考えてはいたんだが……この空間の亀裂がそう易々と再現できるものでないのなら、しばらくは味方するしかなさそうだな。

 

「んじゃ、行くぞ。何が出てきてもいいように、覚悟はしておけよ」

 

 そう言って、メルはふわっと浮かび上がり、空間の亀裂の向こうへと突撃していった。

 そんなためらいもなく跳びこむのかと戸惑いながらも、俺たちも後に続く──

 

 

 

 ──少し目眩がした。グラグラと揺れる視界が定まると、そこは蝋燭で照らされた、石造りの監獄だった。

 囚われの人を探すにはうってつけの場所だな。もしかして当たりか? 

 

 そう思っていたが、メルを見降ろすと、いかにもマズいことがあったみたいに頭を抱えていた。しかも溜め息までついてる。

 

「どうした、頭痛か?」

「……お前らも共犯だからな。逃げんなよ?」

「……何がだよ?」

 

 メルは振り返ると、とても気さくな感じでニッコリと笑ってみせた。

 

「価値観に反しちまった。しかも管理人に気付かれた」

 

 と、爆弾発言をしながら。

 そんな満面の笑みに対して、俺は不出来な鏡みたいに頬を引きつらせる。

 

「いやどういうことだよ。まだこの世界に入ったばっかりだろ? なんもしてないって……」

「この『鍵の世界』は、()()()()()()()()()が価値観に反するんだ」

「……いや、なんだよそれ……」

 

 滅茶苦茶な言葉についていけないでいる俺のことはつゆ知らず、周囲の状況は豹変していく。

 ガシャンガシャンと、次々に鉄格子やシャッターが下りてきて、あらゆる道が封鎖されていく。この世界のデコイであろう囚人や看守、空飛ぶ錠前なんかがゾロゾロと集まってきて、敵意に満ちた様子で取り囲んでくる。

 大した歓迎だ。完全に侵入がバレてるし、怒ってるって感じだ。

 はぁ、どこに繋がってるか分からない扉をくぐったら、そこは侵入者を絶対に許さない領域だったって? 

 俺とブックハンターは顔を見合わせ、お互いに肩を落とした。

 

「……アリかよ、そんな理不尽」

「ナシですよね、こんな理不尽……」

 

 やがて封鎖が完了し、全ての音が止むと、包囲網の中から十数歳といったところの幼い女の子が歩いてきた。可愛らしい黄色いドレスの少女だ。

 彼女はそのあどけない顔立ちを遠慮なく歪め、苛立ちの感情を隠そうともせずに、鈍器にできそうなほど大きな金の鍵で床をガリガリと鳴らしながら、俺たちを睨みつける。

 

「……なんにせよ、そっちの二人は初対面ですし挨拶くらいはしてやるです。『鍵の世界』へようこそ全く歓迎してねぇですよ異世界人ども」

 

 目玉模様付きのナイトキャップの先端についた錠前が揺れ、金の毛髪に紛れる。明るい色合いの中、一層目立つ黒い瞳が爛々と俺たちに向けられた。

 

「私は鍵の世界の管理人、プリムローズ。顔と合わせて覚えとけです」

 

 と、このように。少女プリムローズは中々ぶっきらぼうに言った。





MOD紹介『Bookhunter MOD』 その2

『ブックハンターのページ』の特徴として、接待の間、自分がいる階層に応じたバフを獲得するという点がある。

敵として戦う時は、各階層の得意分野を潰すように。
味方として戦う時は、各階層の得意分野を活かすように。

というわけで、備忘録も兼ねて味方時のバフ内容を書き連ねていく。
敵の時のバフ? 筆者はもうクリアしたから。

[歴史の断片]
火傷または束縛を5以上付与されている敵を攻撃する時ダメージと混乱ダメージ+3。
幕の開始時、感情レベルが3以上である場合すべての敵に火傷を1付与。

[技術科学の断片]
バトルページ使用時、速度が4以下ならすべてのダイスの最大値+2。マッチ勝利時光1回復。マッチで3回勝利するたびにページを1枚引く。

[文学の断片]
状態異常が付与されている敵を攻撃する時すべてのダイスの混乱ダメージ+2。

[芸術の断片]
体力/混乱抵抗値回復量2倍。

[自然科学の断片]
虚弱または武装解除を3以上付与されている敵を攻撃する時すべてのダイスのダメージと混乱ダメージ+3。

[言語の断片]
攻撃的中時、所持しているパワーの値分体力と混乱抵抗値を回復する。

[社会科学の断片]
すべての味方が生きていればダイス威力+1。敵を倒したときすべての味方は次の幕パワー1を得る。この効果は舞台開始時、他の味方がいる場合にのみ発動する。

[哲学の断片]
ダイスの値が最小になれば次のダイス威力+1。

[宗教の断片]
マッチ勝利時、混乱抵抗値5回復。対象に混乱ダメージを5を与える。
幕の開始時、感情レベルが5以上ならすべての敵に混乱ダメージを5与える。
自身の感情レベル分攻撃ダイスによる混乱ダメージ増加。

[総記の断片]
コストが0以外のコストのページのコストがランダムに決定される(1~3)

……といった具合。
なるほど~、どの断片もその階層に合った、順当な強化になりますね~……()()()()()()()はね!

総記の断片インチキポイント その1
『0コスのページはコストが変化しない』
ピノキオの幻想体ページとは違って、リソース確保用ページを安定させられる。せこい。

総記の断片インチキポイント その2
『3コス以上のページも1~3の間のコストに決定される』
つまり、コストが4以上のページなら確実にコストが減少する。《過呼吸》をブッ壊しにきてるとしか思えない。

総記の断片インチキポイント その3
『全てのキャラクターに適用される』
なんで?
どうして他の階の断片は自分だけにしか効果が無いのに、総記だけ例外なの?
とはいえ、これには欠点もあって、敵が開幕から高コストページを連打してくる危険もある。特に高コスト広域持ちだと悲惨なことになる。やめてくれイーシャン、五人生存状態で二幕連続<殲滅の翼>は本当にキツい。
まあこっちもこっちで<ねじれた剣>を1コス2コスで連打させるわけだけども。


とにかく、総記の階にブックハンターを入れると、図書館の物理法則が乱れる。全員揃って専用デッキを作ってあげよう。

なお、ブックハンターのバトルページには、狙ったように『4コス光2回復』や『2コス光2回復』といった、運次第で光が黒字になるページが存在している。このへん適当に積むだけで強いのが出来上がるので、ブックハンターを雑に使いたい人にオススメしておくとしよう。

……
今回の話で新しいMODのキャラを登場させる予定だったけど、話が冗長になったから削っちゃったんだよね……
次こそ新しいMODの紹介に入れるようにしたいな……!
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