黒い沈黙と夢の帽子<ドリスティーメア>   作:白木蓮人

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時間かかったなぁ! もうチェックするのも、もどかしいから雑に上げるや。
ミスがある予感がするから後から修正するかも。なかったら拍手~


交わる世界 II

 どうにも不気味だった。年端もいかない少女を前にしているはずなのに、底知れない井戸を覗いている気分になるのは。

 

 透き通った夜空があった夢の世界から一転し、鍵の世界は頭の上から足の下まで灰色の石材と鉄筋で囲われた、息苦しさでもって俺たちを出迎えた。

 今いる広間から出ていける道には、もれなく鉄格子が降りている。その向こう側に無数のデコイたち……賑やかしがいるもんだから、牢で囚われの身になっているというより、闘技場で見世物にされているように思えてくる。

 

「で、いつ説明してくれやがるんですか? てめえらがどうやって入ってきやがったのか」

「こっちの『胡蝶の間』に穴が開いてたからな。調査しにきたんだ」

 

 異世界人である俺たちをよそに、金色の管理人と黒色の管理人が向かい合う。帽子に描かれた目と目が合う。

 

「プリムの『完全秘密能力(パーフェクトコード)』がクソ無視される日が来るとは思わなかったです」

「ああ、誰も侵入できないはずの鍵の世界に、帽子すらなくても入れるような穴が開くたぁ、随分と大変なことになってるみてーだな?」

「てめえらみたいなノンデリカシーな連中のせいだろがです! 誰かに侵入されること自体が鍵の価値観を落とすこと、知らねーとは言わせねーです!」

「やっぱりアレは世界の価値観が落ちたことによる弊害か。つまり自分らより先に侵入した異世界人……都市の世界の住民が、ここにいるんだな?」

 

 そう指摘されると、プリムローズはあからさまに顔をしかめる。

 なるほど、侵入されることで価値観が落ちるということは、逆に言えば価値観が下がっている以上、誰かしらに侵入されているということ。都市の奴らがいる可能性があるのか。

 でもその中に司書がいるかどうかは……外見的特徴を挙げるにしても人数が多いし、そっくりさんがいないとも限らないし。直接見せて貰えれば早いんだが、価値観を落とされて剣呑な空気を漂わせる管理人が、冷静にこちらを気遣ってくれるかは……

 

「まさかメル……てめえの仕業ですか。今も敵であるはずの異世界人を引き連れてやがりますし」

 

 丁寧な対応は期待しない方がよさそうだ。

 とはいえ出来る限りの努力はしてみようと、俺も前に出る。口を挟むタイミングも、このあたりがいいだろうし。

 

「まあまあ、そうカッカしないでくれ。そっちも都市の住民に会ったなら、なんとなく勘づいてるんじゃないか?」

「何にですか」

「意図的に来た侵略者ってわけじゃないことに」

「……一応聞いてやるから、三行くらいにまとめやがれです」

「いやぁ三行くらいは流石に勘弁してくれ。なるべく短くするからさ」

 

 ということで、こちらの事情をかいつまんで説明していく。気さくに、感情豊かに見えるように。

 元々警戒心が強いのか、プリムローズは終始いぶかしげな顔つきをしていたが……それでもある程度は気が緩み、いくらか落ち着いたようだ。メルとは違って、見た目と精神年齢はそこまで離れていないらしい。

 

「ホント困ったもんでさ、俺たちもこの事態をぜひとも解決したいと考えてるんだよな」

 

 こう締めくくれば、彼女はしばらく考え込む様子になった。

 その間、メルがこっそり話しかけてくる。

 

「お前、中々口の回るやつだな」

「そうだろ? 口の上手さと人当たりのよさで食ってきたからな」

「詐欺師とか向いてそうだ」

「わたくしめのような小心者を捕まえて何を言うんですか~」

 

 そこでキンキンと金属を鳴らす音が。プリムローズが鍵の杖を床に突く音だった。

 

「あー、てめえら。意図的じゃないとか、協力的な態度があるとかの事情を踏まえて沙汰を言い渡します」

 

 ビュン、と鍵の先端が鼻頭を指してくる。

 

「やっぱ侵入者は無期懲役です」

 

 返答は変わらなかった。

 無情な言葉を投げかけてくる鍵の管理人に、俺は切実そうな態度でうったえかける。

 

「なあ、勝手に侵入したのは悪かったよ。でも俺たちは都市の人間を連れて帰りたいだけなんだ。そっちも扱いに困ってるのなら、これはお互いにとって利に働く話じゃないか?」

「分かってねぇですね。ただでさえ『閉じる』ことも出来ずに侵入を許したのに、『閉じ込める』ことさえも出来ずに逃がしちまったら、それこそ鍵の価値観が暴落するだろがです」

 

 閉じる、閉じ込める、か……やたらとこだわってるが、それがこの世界の価値観にとって大事なことなのか? 金庫破りしちゃいけませんみたいなことなら、治安が良くて結構なことだが。

 

「……理不尽な事故で見知らぬ地に放り出されちまった人間よりも、自分とこの価値観を優先するのかよ」

「自分の事情を優先して何が悪いってんですか。帽子世界に不正に入って来ておいて、賓客待遇まで求めんなです」

「そうか……」

 

 落胆しながら、拒絶の味を噛みしめる。『自分の事情を優先して何が悪い』……結局のところ、諍いというものは、これに尽きる。

 俺が見てきた多くの人間は、いつも自身の事情を押し付けてくるばかりで、他人の事情を汲み取ろうなんてしなかった。誰もが人生の中で実感するのは、自分の苦悩を、他人は理解してくれないということ。

 ならば自分も他人側の苦悩を理解しないでいいんだ……なんて非情な考え方はやりたくないけど。だけど限界があるだろう。

 見ろよ、目の前のふてぶてしい顔を。そんな奴に対して、苦しみに喘ぐ自分が気遣ってやらなきゃいけないってのか? 

 

 人ひとり分の幅しかない路地でかち合った俺たちはどうするか。

 俺は提案する。お前が少し我慢して、後ろに下がって道を譲ってくれたならば、すぐさま路地を通り過ぎて、そっちも通れるようにするぞと……なぜか目の前にいるやつは、頑として押し通ろうとする。話が通じていないかのように。

 お前が我慢しろと視線が刺さる。いや、なんで命令されなくちゃいけないんだよ。

 話の通じない奴だと表情が歪む。いや、わけ分からん理屈を展開してるのはお前だろうが。

 正しいのは自分の方なんだよ。だって謙虚に正当に、最低限のことをやろうとしてるだけなんだから。

 

 無知が罪なら、未知は悪だ。

 誰にも気付いてもらえない葛藤を抱えたなら、こっちもふてぶてしくなるしかないだろうな。

 間違ってないはずだ。俺がこれだけ悩んで悲しんで下した決断を、誰も間違いだと唾棄する権利はないんだから。

 

「お前の主張はよく分かったよ……」

 

 ……そしてまた。

 これら全ての言い分を、相手も胸中で唱えているんだろうな。

 

「──これは無理強いできないな。お前の方にも色々と事情があるみたいだから」

 

 俺は力を抜いて笑う。

 歩いていきたかった路地を他人に明け渡し、そう言った。

 

「ただ、待っていてくれないか?」

 

 金髪の少女の、虚を突かれた表情を見つめながら続ける。

 

「お前が都市の住民を解放する気になれる何かを、必ず用意してみせるからさ」

 

 しばしの静寂が降りてくる。

 彼女はあっちこっちに目を泳がせながら……それでも強気な口調のまま応じた。

 

「……まあ、いつまでもあいつらを帽子世界に残しておくわけにもいかねえですし……時が来たら解放してやってもいいですけど」

「本当か!? じゃあその時はよろしくな!」

 

 俺はプリムローズに近寄り、明るく手を差し出した。

 彼女は若干ためらっていたが、やがてゆるりと手を差し出す。

 そうして、硬い握手をした。ググッと揺らしてもほどけないくらい、確かに。

 

「……じゃ、俺たちは立ち去るよ。価値観が下がってるんだって? その大変さは理解できてる、なんて嘘はつけないけど、心からうまくいくことを願ってるよ」

 

 俺は踵を返して、夢の世界に繋がる穴へと足を向ける。後ろで待っていた二人も、それに続いた。

 歩きながら、メルが足元から見上げてくる。

 

「これでよかったのか?」

 

 俺は頷く。

 

「ああ、都市の住民がいるってだけで、司書だという確証が得られたわけじゃないし。なにより探しにくい場所で時間を使うより、他を当たる方が効率的だろ?」

 

 ブックハンターも隣に来た。

 

「一理ありますね。牢屋にいれば、外敵に襲われる心配も少ないですから、任せておきましょう」

 

 メルが空間の亀裂に近づいて──

 

「……ありがとな、あいつの意志を尊重してくれて。そいじゃ、また別の世界に連れてってやんよ……」

 

 ──ガシャーン、と。

 目の前に鉄格子が降りてきた。

 

「……」

 

 俺たちは三人揃って後ろを振り返る。

 そこには相変わらずデカい鍵を構えたプリムローズがいた。

 

「おいこら、なに出ていく気でいるんですか。てめえらも捕まってなきゃ駄目だろがです」

 

 その行為は、場を沈黙させるに十分だった。

 俺はため息を床に向けて吐きながら、彼女に一歩ずつ近づいていった。

 

「なあ、俺は事態が落ち着くまで待ってやるって言ったはずだ」

「こっちもどうあれ侵入者は逃がせねえと言ったはずだろがです」

 

 握りしめた拳をポケットに隠して話していた。

 

「じゃあ今の帽子世界の混乱は誰が収めるんだよ。誰が都市の世界にみんなを帰すんだ?」

「んなもん帽子世界の人たちでなんとかすりゃいい話です。わざわざ信用ならない異世界人に任せる理由はねえだろがです」

「信用できないのはこっちも同じだ。管理人だか帽子だか知らないが、お前に成し遂げられるのかよ」

「試してみやがりますか? 今、ここで」

 

 プリムローズはゆらりと構え、全身から敵意を立ち昇らせる。

 俺は残念ながら……手袋を固くはめ直すことになった。

 

「……正気か? ここまで来て戦いを選ぶとか」

 

 握手した時の温もりがまだ残っているのが、心の底から忌々しかった。

 

「私には使命があるんですよ……全世界の秘密を封じて、誰にも知られないように管理するんです……」

 

 揺るぎない表情で、プリムローズは声をあげる。

 

「だってのに施錠も満足に出来ないようじゃ、鍵の管理人として立っていられねえだろがです──!」

 

 瞬間──突風と地震が全身を打ち鳴らす。世界の底から『彼女』を叩き起こすべく、雷鳴がごとく激しい光が破裂する。

 鍵の管理人の背後に、存在していた。

 凶悪な犯罪者だけが着る、黒いベルトだらけの服……両腕を胴に張り付かせ、脚を一本に纏めあげ、全身を頑丈に縛りあげる、黄ばんだ拘束衣。

 頭蓋は髪の一本も逃さず固められ、口も鼻も口輪で塞がれ、ただ黒ずんだ眼差しが僅かに、鬱屈とした世を覗くのみ。

 見てる方まで息苦しくする、がんじがらめにされた人間が、プリムローズの後ろに巨大なオーラとして付き従っていた。

 

 その暴力的で神秘的な現象に、俺とブックハンターは固唾を飲む。

 

「なんだよあれ……幻想体、じゃないよな?」

「『捨てられた殺人鬼』と酷似してますが、別物ですね。実体も無いようですし。ただ、底知れない力があるのは確かです」

 

 拘束衣の人を伴って、プリムローズは腕を振り上げる。

 もう戦うしかないのか。俺はすぐさま迎撃態勢に入ろうとして……

 

「──先を譲れ。ここはメル様のメンツを立たせてくれや」

 

 紫の光が横を通り過ぎた。

 中空を突っ切って肉薄し、紫のモヤで構築された斧を振り回しながら、金の鍵と激突する。

 飛び散る火花……震える得物を挟んでメルとプリムローズは顔をつき合わせた。

 

「そのクソ胡散臭い異世界人どもの味方しやがるんですか、メル!」

「メル様は人を見る目があるからな。あいつらは、下僕にするにはいい奴らだ」

 

 両者はつばぜり合いを解放し、距離を開けて睨み合う。

 

「一方でお前は昔っから人を見る目がねーよな。今もどこか余裕ってもんが欠けてるし、いつかコロっと怪しい話に乗っちまうことになりそうだ……詐欺ってのは往々にして内側から鍵開けさせるもんだから気ぃつけろよ」

「グチグチと……てめえはプリムのママかってんです!」

「テメェが目覚めた時から面倒見てやったってのに、随分ナマ言うようになったじゃねーかプリムローズ!」

 

 メルは目玉を剥き獰猛な笑みを浮かべ、再度、突進する。

 その浮遊を用いた近接戦闘は、文字通り地に足の着いていない様相となっていた。

 ふわりと天井まで跳び、敵の頭で薪を割る。ぐるりと壁の表面を巡り、敵の胴体の幹を折る。

 永遠の子供は妖精の粉もなしに空を飛ぶ。

 未だ紫の制裁を拒む、黄金のカギをへし折るために。

 

「ったく、話し合いでの解決を受け入れた時は成長したもんだと感心したのによぉ……『やっぱりやめた』はみっともなさすぎるだろーが!」

「元から、逃がすつもりは、無かったです!」

 

 ガキン、ガキン、と。何度も響き渡る、鍵と斧がぶつかり合う音。

 それは重厚な金庫を、強盗が凶器で破ろうとしている光景をまぶたの裏に浮かばせる。

 そしてまた……強盗が苦戦している様子も目に浮かぶであろう。

 何度目かも分からない音叉の震えは、金庫が今も健在であることを示していた──

 

 俺とブックハンターは、戦いを後ろで眺めていた。

 先を譲れと言われた以上、まだ手出しはしない。だが様子見はさせてもらう。

 

 おかしな話になるのだが。

 プリムローズ……鍵の管理人である少女は、ついさっき一気に強くなった。

 最初に見た時、彼女単体はそう大したことない……都市災害ランクで言えば『都市伝説』程度の存在だと俺には見えていた。この事実に間違いはないはずだ。俺だって都市で長くフィクサーやってきたんだから、人の格付けくらいできる。

 ただ……その時にも、底知れない何かは見えていた。彼女の近くに誰かがいて、迂闊に手を出せば喰われかねない……単純な強さではない、得体の知れないおぞましさを纏っていたんだ。

 

 その正体があれか。

 彼女の上で蜃気楼のように揺れる拘束衣の男。

 いまやプリムローズは単独で『都市悪夢』にも匹敵する気迫を放っている。

 

 ブックハンターがスッと目を鋭くした。

 

「あのオーラ……やはり帽子から放出されているように見えます。話に聞いた時からよもやと思っていましたが、まさか能力までE.G.Oに近しいとは」

「こんな急速に大それた力を得るなんて、確かにそう思えるな」

 

『E.G.O』。それは心が実体化した武装。外界へと示された自我の具現。

 精神の物質化なんてフワフワしたものに思えるが、その性能はありえないくらい高く、都市に存在するあらゆる工房の装備はこれを越えられはしないだろう。どれだけ弱っちい奴だったとしても、E.G.O.を身に纏った途端、危険視せざるを得ない程の力を身につける。

 そんなシロモノと遜色ない性能が、帽子にはあるようだった。

 

「しかしE.G.Oといっても、自力で発現したものよりかはL社や図書館で使われる幻想体(たにん)のE.G.Oに近いですね。つまるところ、帽子は管理人に力と戦い方を授けて、その実力を大きくかさ増しさせる存在のようです」

「幻想体のE.G.O.って、手にした瞬間に使いこなし方が理解できるんだよな。たまに自分が使ってるのか、装備に使わされてるのか、曖昧になる……どうりで」

「ええ、彼女らの間には膂力や耐久力、さらには戦闘技術にまで大きな差が開いています。このままでは……」

 

 俺たちの懸念通りに形勢は傾き始める。

 鍵の世界の錠前は、堅牢そのものだった。

 

 ──横薙ぎの紫の斧が、持ち主ごと弾き上げられる。

 

「うっ……」

「いかにメルでも、他の管理人の世界でデカい顔はできねえだろがです!」

「……るせぇ!」

 

 反動をつけて振り下ろされる斧。しかし唸りをあげる紫の風が緩慢に見えてしまうほど逸脱した速度で、プリムローズはメルの背後へと()()()

 

「てめえが一発殴る時間で、こっちが何発殴りまくれると思ってやがるんですか!?」

 

 言葉通り、鍵の杖でメルの背中を打ち飛ばす。更に飛んでいった先の天井に魔法陣が発生したかと思うと、天井の一部が猛烈な速度でせり出してメルをはたき落とし、顔面から石の床に叩きつけた。

 硬い地面で鈍く跳ねた黒い塊に、正直、ぞっとする。メルは中身はともかく見た目が幼児だから……小さな人形を容赦なくブンまわして、そこら辺にぶつけてるような、言いようのない残酷さを感じる。

 

 だがそれでも、夢の世界の管理人なんだ。

 うつぶせで浮遊するメルの目は、痛みに閉じられたりはせず、むしろ強烈な光を宿す。

 そして空中でぐりんと体の向きを変え、先程までとは一味違う威力を乗せ、残光を引く拳で殴りかかった。

 

 それは躊躇のない反撃。

 素手であるはずの攻撃はしかし、誰にも予測できない速度でプリムローズの胴を捉え、鈍い振動を起こす。痛みか驚きか、歯を食いしばり黄色のドレスは傾く。

 それは例外のない報復。

 逆上したプリムローズからの息もつかせない連撃。暴れまわる鍵の杖は、監獄の人工的な照明にもきらめきながら無数の軌跡となり、目が眩むほど激しい明滅を作りあげる。

 だがメルはそれら全てに反撃を差し込む。腕を打っても斧が飛んでくる、顔を弾いても拳が襲う、腹を殴っても紫は迫る。

 

 息もつかせぬ、はずなのに。

 白い靴はたたらを踏んで、舌打ちする。

 

「クソ、無駄に面倒くせえですね……」

 

 黒い服の裾をよろよろと地面に降ろして、メルは薄く笑う。

 

「メル様を殴っておいて、タダで済むはずねーだろ……?」

 

 どうやらお互いに無視できないダメージが入ったらしい。

 メルのカウンター……殴られながら殴り返せる技能と度胸は凄いが、それだけの単純なものと考えるには、妙に力がこもっているな。

 おそらくだが、肉体への被害に応じて力を得る機能みたいなものが何かに備わっているんだろう。実際、敵から受けた刺激を一部反射するような武具が、都市にもあったはずだ。あれと同じようなものかもしれない。

 しかしそんな技術があっても、圧倒的な戦力差の前では、正しく『無駄に面倒くせえ』だけだ。

 

 互いに殴り合ったとはいえ、消耗の差は歴然。そこから再開されるせめぎ合いの行方は見え透いている。

 

 幸いなのは……

 

「いけー、プリムさまー!」

「やっちまってクダサイー」

 

 周囲のデコイは鉄格子の向こう側で観戦に徹していることか。

 別にあいつらが不真面目なわけじゃなくて、われらが組織の最高戦力が出張ってるところに、横入りすることもないってだけだろう。

 

 しかし色々といるな。鍵束を持った看守や、鉄球を足に括りつけられた囚人といった、一見すると人間にしか見えないデコイを始めとして……

 丸々とデカいネズミ、影がそのまま起き上がってきたような人型の黒い塊、南京錠がそのまま大きくなって浮遊しただけの無機物にしか見えない生命体まで。そいつらが揃って人語を解すとは、中々どうして賑やかな世界じゃないか。

 あと、部位欠損や火傷の痕があるやつもいるな……いや待て、あの文字列のように見える独特の火傷痕、『スティグマ工房』の武器によるものじゃないか? 

 だとすれば……あのデコイ達がどこから駆けつけて来たか、ちょっと思い出してみれば……

 

「くっ……」

 

 メルのかなり苦しそうに息づかいが聞こえた。

 殺到する剛力に対し、とうとう紫のオーラが砕け散って、メルは後方に吹っ飛ぶ。

 

 ……この場合の後方とは、俺がいる方向でもあった。

 

「うおっと」

 

 飛んできた幼児を手の中にぽすんと受け止める。

 ブカブカの服のせいで視認は出来ないが、相当な打撲痕が身体中にあるに違いなく、どこかぐったりしている感じだ。

 

「これまた、ひどくやられたな。実力差が分からないわけじゃないだろうに……」

「うるせえ。身内の折檻を部外者に任せちまうのは恥ずかしいんだよ」

 

 と、メルは口の端の血を袖で拭う。

 一方プリムローズは、鍵の杖を空中に向ける。彼女の周囲に青いクリスタルの破片が浮き、光を放ったかと思うと……いくつもの鉄の杭に姿を変えた。

 それら鉄の杭は、俺たちを磁石と勘違いでもしたのか、ギロリとこちらを向く。

 

 俺は空いてる方の手に意識を集中した。

 

「……でも、もう筋は通しただろ?」

 

 輝く魔法陣の展開と同時に、面を制圧すべく雑多に撃たれる鉄杭。

 複雑に交錯するその軌道を一瞬で読む。すり抜けられる場所を見つけ、片手の彼女を庇いながら背後に跳躍する。こめかみ、二の腕、足首、へそ、その他身体を掠っていく冷たい凶器を感じながら。

 避けきれない分が、いくつか顔と太腿に刺さろうとする。取り出した黒い剣の鞘で軒並み落とせば、鋭い震えが腕に伝わる。

 

 杭が乱雑に突き立った、不出来な剣山の中に降り立った俺は、剣を異次元の門に仕舞いながら前を向いた。

 

「そろそろ俺たちが手を出してもいいよな」

 

 その言葉に、メルはしばし目を閉じ……身をよじって手の中からとび降りた。

 

「分かってる。そこまで視野が狭いわけじゃない……流石に自分の世界にいる管理人には敵わねーし」

 

 と、彼女は懐から大きめのカプセルを取り出して、ぐしゃりと握りつぶす。

 すると緑の光が出現し、全身の表面を撫でていく。それが頬に開いた傷口に到達すると、すぅっと塞がった。

 ……K社のアンプルみたいな即時回復薬か? まあその手の安全網は誰しも張っておくものではあるけど。完治するわけではなく、ジャブジャブ使わないあたり、効果も数量も限られてるものらしい……それでも便利そうだな、値段次第じゃ路地裏で覇権を握れそうだ。

 

 ブックハンターも興味深そうな顔をして近づいてくる。が、今は聞くべき時ではないと考え直したのか、

 

「相手が帽子の力を使ってくるのなら、こちらも帽子の力を使えば互角の戦いに持ち込めるのでは?」

 

 と、彼女は真面目そうな顔をよそおう。

 咄嗟に出たであろう言葉だが、それは俺も考えていたことだ。あんな便利で強力な装備、持ってるからには使わない方が損だろう。手加減する場面でもないし。

 でもまあ、敢えてやらないわけじゃなくて、出来ない理由があるんだろうな……そんな俺の懸念に応じるように、メルは自分の帽子のツバを見上げて、首をふった。

 

「わりぃが帽子の力を解放できるのは自分の世界でだけなんだ。一つの世界の管理人も、外に出れば一般人とそう変わらねぇ」

 

 なるほど、あの帽子から出るオーラでの強化は、場所限定のものらしい。

 夢の世界でしか、夢の帽子は解放できない。

 そしてここは鍵の世界だから、鍵の帽子が解放できる……と

 これも仕方ないか。図書館の幻想体だって、アンジェラの制御なくして使えないものらしいし。

 

「それは残念です。今のメルさんはさしずめ、なんのページも装備していない司書補ということですね」

 

 ブックハンターの身内にしか通じなさそうな例え方でも、低く見られたことだけは伝わったらしい。メルはこめかみをピクピクとさせながら笑った。

 

「ほぉ……じゃあそんな要護衛対象たるメル様のために存分に働くことを許してやるぞ下僕ども」

「とはいっても、私はアンジェラ様に仕える身ですので。代わりにローランさんを下僕にするのがいいかと」

 

 で、俺に回ってくるってわけ……まあ丁度いい。あいつにはやってもらいたいことがあるからな。

 

「よしブックハンター、俺が下僕として働く代わりに頼みがあるんだが……」

「なんでしょう?」

()()()()してくれないか」

 

 と、下を指差しながら言う。

 ブックハンターは指の先を目で追う。その先にあるただの床を見て、合点がいったようだった。

 

「その規模の攻撃となると、私もしばらく息が上がりますよ」

「いいさ。どうせまともに戦うつもりもないんだから」

「……ではくれぐれも巻き込まれないように」

 

 そう取り決めて、俺が前に出ていくと、行儀よく待ってくれていたプリムローズが口を開く。

 

「次にブチのめされるのが誰かは決まりましたか?」

「おう決まったぞ」

「クソ威勢がよろしいようで結構です。じゃあ異世界人相手に手加減はしねえですから……前に出てこいデコイども、リンチの時間だろがです!」

 

 プリムローズが扇動すれば、降りていた鉄格子が上がり、何十体といるデコイが敵意を漲らせながら、間合いに入ってくる。さっきの様子とは違い、かなりやる気みたいだ。メルには特別に好意的だったのか、俺たちのことが嫌いなのか……

 

 数が多いってのは、それだけで厄介だ。特に俺みたいな閉所での少数戦を得意とするような人間にとっては、大挙して押し寄せる軍勢に通せる手段は限られてくる。

 なにより恐ろしいのは、数多くいる敵の中に、実力の垣根を超えて致命傷を与えられる手段を持つ奴がいる場合だ。それを知らずに攻撃を受ければ死ぬしかないし、知っていてたとしても、その()()()に対するのと同等の警戒を、()()()の奴にも割くことになる。一人目がいたなら、二人目もいるかもしれないんだから。

 とにかく、敵を倒すほど調子が良くなるような能力でも持っていないかぎり、数の暴力に立ち向かうべきじゃないってこと。そのことは『掃除屋』とか『指』とかとの戦いで、嫌というほど思い知ったよ……

 

 ま、この場でそんな不利のことを考える必要も無いんだけど。

 

「なあ、なんか勘違いしてるみたいだが……」

 

 その時、耳を引き裂く猛烈な電子音と共に、青い光の山が俺の背後に現れる。

 前方にいる誰もが顔面を青く照らされ、光源から目を離せなくなった。

 それは濃密なエネルギーで構築された、一振りの大槌。

 ブックハンターが開く本から具象化し、高い天井をも突き破りかねないほどに膨れ上がり、満ち溢れる充電が稲妻となって表面をのたうち回る。

 下から見上げる敵対者からすれば……あたかも雷の巨人が踏みつけてやろうと、足の裏を向けてきたものと思えたことだろう。

 

 頼もしい『蔵書』を背に、俺は両手を広げる。

 

「俺は直接やりあうつもりなんて毛頭ないぞ? お前に恨みはないし、倒しても大した利益はないし。ただし和解の道を蹴ったのはお前の方だ。ちょっと悪辣なことされても文句はナシだぞ」

「ローランさん、もう振り下ろしますよ」

 

 ブックハンターの声に、俺は後ろへと跳び退く。

 

「なっ……誰か、あの後ろの青いやつを止めやがれです!」

 

 慌てて指示するプリムローズ。

 お互いの顔を見合わせながら、ためらいがちに進んで来るデコイたちに、俺は芝居がかった礼をしながら忠告してやる。

 

「おっと鍵の世界の皆さま方、離れることをおすすめ致しますよ。巻き込まれてしまった場合、命の保証はございませんので」

「あっ、やっぱり離れやがれです!」

 

 正しいけど、今更な判断である。行くなら行く、行かないなら行かないで徹底しておけば、状況はもっと良くなったろうに。邪魔されるようなら剣を抜く準備もあったが、その必要すらなさそうだ。

 

「知識、『R社』──」

 

 ブックハンターが、本の頁を読み上げる。

 彼女が手にするのは、並行世界の図書館の全て。蒼白の司書がかき集めた、血で書かれた都市の物語たち。

 

 今、星空を纏わりつかせながら落ちる壊滅の隕石は、都市において最高峰の軍事力を提供する大企業、R社の知識から紡ぎ出された戦闘技能(バトルページ)だ。

 

「──『大地強打』」

 

 彼女が剣を振り下ろし、大槌が()()()()()()へと到達する。

 瞬間、世界が壊れた。

 そう錯覚するほどの、衝撃。

 目はある、ロクにものは見えなくて、強烈な雷光に埋め尽くされている。

 耳はある、破裂音が聞こえたはずだけど、その後は妙に静かだ。

 口はある、舌を噛まないよう、食いしばってもなおガタガタと歯が震える。

 これじゃ、誰が壊れたって思っても仕方ないだろうな。

 

 R社の中でも、ひときわ破壊的な戦闘を得意とするサイチーム。彼らは攻め入った施設ごと崩壊させると評判だ。

 そんな部隊が誇る全力の一撃は……

 

「あああぁぁぁ!? なにしやがるんじゃごるあぁ──ー!!」

「うーん、立派な施設を壊された人間の反応はどいつも同じだな」

 

 霞む感覚でも、そこら中を盛大にブッ壊されたことは理解できたらしい。

 俺はプリムローズの叫び声を、()()()から聞いていた。

 

 もうもうと塵が巻き上がる中、メルが口元を押さえながら浮いてくる。

 

「ムチャクチャやるなぁ……下に誰かいたらどうすんだよ」

「人がいたら分かるって。それより相手が混乱してるうちに逃げるぞ」

「逃げてどうすんだ」

「走り回って都市の住民を探すんだよ」

 

 そして本を閉じたブックハンターも、少し疲弊した様子で瓦礫を踏み越えてきた。

 

「この広そうな監獄をですか? まあ現状、他の選択肢は思いつきませんが……」

「……いや、そう無謀な話でもねーぞ」

 

 メルが口調を敏いものにする。

 

「いかに世界の主と言えど、侵入者を即座に感知するなんて簡単な事じゃない。なのにプリムのヤローが一瞬で自分らの侵入に気が付いたのは……最初からこの付近で目を光らせてたからだろう」

 

 ブックハンターは少し頭をひねった。

 

「つまりプリムローズさんはこの付近で侵入者……都市の住民を発見し、その警戒を行っている最中に私たちを補足した、と?」

「むしろそれ以外にあるのか? ああやって一部の区域を特に監視してた理由が」

 

 ブックハンターはまた考えを巡らせたあとで、肩をすくめた。

 

「なんとも言えませんね。私はまだまだ帽子世界について無知なものですから。なので、今はメルさんの考えを信じることにします」

「……まあ理屈はどうあれ結果が出ればいいんだ。というわけで言い出しっぺ! 見つからなかったらお前が責任取れよ!」

「了解、頑張らせていただきますよっと……!」

 

 そうして俺を先頭に、夢の世界から来た三人は走り出す。

 当然、俺だってアテもなく走り出したわけじゃない。囲まれた時に、何体か真新しい火傷を負ったデコイがいただろう。

 

「あの烙印が、スティグマ工房のもんだとすれば……都市のフィクサーなのは間違いない」

 

 そんなに特徴的な痕跡があるのなら、追っていけばいい。

 通り過ぎる廊下の壁や床を注視すれば、焼け焦げた傷跡が点々と残されていた。これを辿った先に、都市の住民がいるんだろう。

 しっかしまあ、先に来たやつは、随分と大立ち回りしたんだな……そりゃそうか、俺たちは意図的に異世界に来たし、幸いにもメルから帽子世界についての説明を受けられたが、そうでない他の人間はかなり混乱しているはずだ。

 

 ……事が拗れる前に回収できればいいけれど。きっと難しいだろうな。

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