ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
「……あたま……痛い……」
「おっ? 目が覚めたかい?」
「……トレーナー、さん?」
ズキズキと、頭痛がする。
全身がだるく、四肢に力が、入らない。
身体の芯が、とても熱い。
腕には、点滴と思しき管が、繋がっている。
そんな状態で、私は、ベッドの上にいた。
「自分に何が起こったか、覚えてるかい?」
「……合宿の、練習が終わったあとに……」
頭痛を我慢しながら記憶を遡る。
トレーニングが終わったあと、残って自主トレをしていたところまで覚えてる。
夕日が水平線の向こうに消える頃だった。
それ以降のことは、覚えてなくて……。
「倒れたんだ、お前さんは。偶然、俺が通りかかって、すぐに発見できたからよかったものの……いや、俺の監督不行届が原因だ。本当に、すまなかったな」
そう言ってトレーナーさんは頭を下げる。
私は否定しようとしたけど、頭の中がグルグルと渦を巻いて、何も話せなかった。
それでも、ずっと横になってもいられない。ガンガンと痛む頭を無視するように、必死に体を起き上がらせて……。
「馬鹿ヤロウ! そんなナリで起き上がるんじゃあない!」
耳がキーンとする程の怒声だった。
般若のような形相で、合宿所を揺るがすような咆哮だった。
初めて柏トレーナーが激怒した姿を見て、思わず呆然としてしまう。
トレーナーも、すぐに我に返り、バツの悪そうな様子で静かに問うてきた。
「……ロブロイや。何をそんなに焦っているんだ? 一体、何がお前さんを駆り立てるんだ?」
「……昨年の有マ記念で見た、クリスエスさんのようになりたかったんです……数多の強者を薙ぎ払う様は、私が大好きな、叙事詩の『英雄』のようでした……」
ポツポツと、胸の内を打ち明ける。
ずっと私の中で燻っていた思いが、溶けた氷のように口からこぼれ落ちていく。
それと同時に、ポタポタと、瞳からも涙が溢れて落ちていった。
「念願のG1レースに出られて……でも、ユニヴァースさんには及ばなかった……一緒に走って、思ったんです……彼女の方が、クリスエスさんに、似てるって……」
颯爽と全員を差し切ったユニヴァースの姿は、今でも脳裏に焼きついて離れない。
有マ記念のクリスエスさんと重なって見えてしまった。
それが悔しくて、羨ましくて、醜い羨望と嫉妬心に飲まれてしまった。
それを忘れたくて、ガムシャラに練習に励んでいた。
その結果が、いまの有様だ……。
「ロブロイや……」
柏トレーナーの掠れた声、失望させてしまっただろう。
顔を見れないで俯いていると、さらに高い位置から、言葉が投げかけられた。
「ロブロイ──お前は、私とよく似ている」
「……クリスエスさん……どういう、ことですか?」
凛とした佇まいの憧れの人、大切なチームメイト。
情けない姿を見られてしまい、羞恥心が込み上げる。
目元の涙を拭っていると、クリスエスさんは続けて言った。
「私も、ダービーには、勝てなかった。たくさん後悔をしたし、自分を責め続けた。だが──トレーナーが、私を、導いてくれた。行く道を、示してくれた」
クリスエスさんは柏トレーナーを一瞥する。
柏トレーナーは白髪混じりの頭を掻きながら、視線を逸らした。
「ダービーだけが、レースではない──ここは、まだ、『通過点』だ。レースは、まだ、続く」
クリスエスさんは、ベッド脇の椅子に座り、私の視線の高さに合わせてくれた。
そして、真っ直ぐに私の目を見てくれた。
サファイアのような、鮮やかな瞳が、私を真っ直ぐに射抜いた。
「私は、2つのG1タイトルを、ゲットした。必ず、ロブロイも、G1ウマ娘になれる」
「……それでも……私は……」
憧れの人が、自分を高く評価してくれる。
これほど名誉なことはない。
しかし、私は自信が喪失してしまっていた。
あったのは無力感だった。
「ロブロイや。お前さんは、『英雄』になりたいんだろう?」
柏トレーナーの穏やかな言葉が耳に届く。
トレーナーは両手で口元を押さえながら、やや震える口調で、諭すように話した。
「自分の身体を壊して、周りの人間を悲しませるのが『英雄』か? 違うだろう?」
トレーナーは私の目を見る。
眉間に皺が寄り、しかし慈愛に満ちた、穏やかな眼差しだった。
「お前さんが目指す、『英雄』って何だ?」
「私の、目指す……『英雄』……」
私の原点を問う質問だ。
私が憧れたのは、弱気を助け、悪しきを挫く──まさに、御伽噺の『英雄』の姿だ。
観客から祝福されるクリスエスさんに憧れたのは、そんな『英雄』の姿が重なって見えたから。
私がなりたい、目指す『英雄』の姿は──。
「……観ている人に、勇気や希望を与えられるような……そんな、ウマ娘に、なりたいです……」
震える情けない涙声で、私の想いを伝える。
私の原点、私の心の芯となる憧れ。
その姿に近づきたくて、チーム『アルネブ』の門戸を叩いたのだから。
「お前さんが、そんなウマ娘になる未来を、俺も見たいんだ。その力添えをさせてくれないか?」
「私たちは、チームメイト、なのだから」
「はい……はい……うえええぇぇぇぇぇ……」
心の奥底で、ドロドロとしていた暗い想いが、慟哭とともに吐き出されていった。
心配をかけてしまったことを詫び、胸がすくまで、私は泣き続けた。
2人は、そんな私を、優しく見守り続けてくれた。