ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
私の夏合宿は、序盤の無茶な自主練の影響を落ち着かせることに、大部分のリソースが割かれた。
焦る気持ちが消えたといえば嘘になるけど、私のレースはまだまだ続く。
秋のG1シーズンに向けて、心と体調を整えることに専念して、今年の合宿は幕を閉じた。
遠回りになってしまったけれど、今の私にとっては大切な時間だった。
夏休みも明け、授業が再開した後、私のトレーニングは一層厳しいものになった。
クラシックレースの最後の1冠、京都レース場で開催される菊花賞のために。
今まで経験したことのない、3000メートルという長距離のレースは、コレまで以上にスタミナと心の強さが要求される。
総合力が求められるこのレースは、『最も強いウマ娘が勝つ』と語り継がれている。
過去に菊花賞を制したウマ娘の多くが、シニア級のレースでも好成績を収めている。
そのレースにも、日本ダービーで争ったライバルたちが出走する。
決して、気を抜くことは許されない。
「しかし、やはりぶっつけ本番で挑むわけにはいかない。今日のレースは、そのための前哨戦だ」
私と柏トレーナーは、菊花賞の結末を占う前哨戦、G2レースの神戸新聞杯へ出走する。
阪神レース場、芝2000メートルだ。
私にとっては、合宿後のコンディションを確認する目的も兼ねている。
それでも、決して優しい戦いにはならない。控室は、ダービーのように、重々しい緊張感に支配されていた。
「コースは頭に入ってるか? 以前のすみれSでも走ったコースだが、あの頃よりも過酷なレースになる」
「分かっています。出走表を見たときから、覚悟はしてました」
不安感の募りを感じつつ、テーブルに置かれた新聞へ視線を落とす。
13人のウマ娘の名が、枠順に記されている。
私は2枠2番、好位置に付けたと言える。
だけど、私の意識は、かつて競った2人のウマ娘の名に向けられた。
「6枠9番の『チェリーマイスター』さん。そして、7枠11番の『ネオユニヴァース』さん」
「その他、ダービーで競ったウマ娘が3人。クラシックの強豪連中も、今回を弾みに菊花賞へ乗り込むつもりだろう。ロブロイや、不安かい?」
私の脳裏には、日本ダービーのネオユニヴァースさんの姿が張り付いていた。
脅威の末脚で他者を躱し、追走を許さずに勝利した。
正直、勝てるだろうかという不安は拭えない。
けれど、以前よりも気持ちは楽だった。
「……不安ですけど、少しだけ余裕があります。私が目指すものは、この先にあります。ここでプレッシャーに押し潰されていたら、私は『英雄』になれませんから」
「よく言った! その気概があれば遅れは取らない、思う存分に走って来い!」
「はい!!」
自分でもビックリする声量で返事をして、私は地下バ道に向かった。
ユニヴァースさんにも、チェリーさんにも、他のウマ娘にも負けたくない。
けど、一番負けたくないのは、自分自身だ。
今日のレースで、自分の弱い心と、袂を分つ。