ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
現実を突きつけられた菊花賞の翌週、私たちチーム『アルネブ』は、東京レース場へとやって来ていた。
この日のメインレースは、既にスタートが切られていた。
観客席の最前線、柵を掴んで、必死にターフビジョンの映像を見る。
隣では柏トレーナーが、真剣な眼差しで向正面を見据えていた。
「どうでしょう? 居ましたか?」
「後続集団の真ん中らへんだな……8か、9番手ってところか……」
快晴に恵まれたターフでは、18人のウマ娘たちが鎬を削っている。
クラシック世代の激戦を終えた直後に行われる、シニア級ウマ娘たちの秋の初戦を飾るレース。
芝2000メートルの大勝負、天皇賞・秋が繰り広げられていた。
『さぁ、これから第3コーナーへ差し掛かっていきます! 先頭はローウェングリーンが譲りません! 2バ身あいて2番手はゴーステディ! 前半の1000メートルの通過は……56秒9?! コレは速い!!』
盾の名誉を戴くべく、2名のウマ娘たちが先頭を猛スピードで駆けていく。
脅威の大逃げ、後ろの集団とは10バ身もの差が生まれていた。
しかし、後続もみすみす逃すつもりはないようで、集団の速度がグングンと上がっていった。
名物、大欅を超えて第4コーナーに差し掛かる頃には、逃げていた2名の真後ろにまで、集団は追い迫っていた。
「最終直線にかかりました!」
「ヨシ! あとは意地と根性のぶつかり合いだぁ!!」
私とトレーナーは身を大きく乗り出して、眼前の光景を目に焼き付ける。
私たちは大切なチームメイトを応援するためにここにいる。
実況の声が、応援の轟音が、レース場を大きく揺るがす。
それに負けないように、負けないくらいの精一杯の声で、憧れの姿に言葉を投げかけた。
「頑張ってくださぁーーいっ! クリスエスさぁーーんっ!!」
深緑の軍服のような勝負服を見に纏った、漆黒のチェイサー。
恵まれた肉体は、他のウマ娘を一掃するスピードを生産する。
狙った勝利は逃さない、チームメイトにして憧憬──シンボリクリスエスさんが、いま、眼前で先頭に躍り出た。
『シンボリクリスエス、物凄い脚だ! 先頭はシンボリクリスエス! 逃げていたローウェングリーンを抜きアッサリ先頭に抜け出した! 残り200メートル!』
大逃げを見せていたウマ娘は、苦しそうな、憎らしそうな眼差しでクリスエスさんを睨みつけていた。
けれどクリスエスさんは、微塵も意に介さない。
彼女の瞳に映っていたのは、眼前に迫り来る『ゴールライン』だけだった。
陽光を反射する汗を飛散させながら、クリスエスさんは、更なるスパートをかけ、後続を完全に引き離した。
『大外からカントウサークルが突っ込んでくる! しかし先頭はシンボリクリスエスだ! シンボリクリスエス、一着でゴールイン!!』
ドンっと、レース場が大きく揺るがされた。
空を裂く歓声が、地を割るような絶叫が、クリスエスさんの勝利を讃えていた。
ゴールを過ぎ去って暫くした場所で止まったクリスエスさんは、汗を拭いながら振り返り、静かに拳を突き上げた。
勝利を証明した姿に、より一層、観客の声が湧き上がった。
『シンボリクリスエス、見事に秋の天皇賞、2年連続制覇達成です!』
「やりました! クリスエスさんが偉業を成し遂げました!!」
「いやぁ〜、俺はクリスエスならやってくれると信じてたからな! この結果も当然当然……」
「そんなこと言って……両手を強く握りしめながらレースを凝視してたじゃないですか」
「そ、それはぁ〜……」
素直じゃないトレーナーを揶揄いながら、クリスエスさんの勝利に思わず笑みが溢れる。
やっぱり、クリスエスさんは凄い。
あの凛とした姿に、圧倒的な実力。
あの姿こそが、私が目指した『英雄』の姿なのだと、改めて心に刻みつけた。
同時に頭の中では、戻って来たクリスエスさんへ贈る、祝福の言葉を思い浮かべていた。