ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
タップダンスシチーからクリスエスさんへの宣戦布告がなされた翌日、私は図書室で呆然としていた。
無論、何もしていないワケではない。
図書委員としての仕事をしてるし、前から気になっていた本を読んでもいる。
だけど、いずれも集中することができないのだ。
生徒が本を借りに来ても気づくことができなかったり、同じページを何度も眺める時間が続いたり……。
原因を問われれば、心当たりなど一つしかなかった。
『ジャパンカップと有マ記念、アンタの『引退レース』で、アタシが引導を渡してやる。覚悟してなよ!』
タップダンスシチーさんの言葉が脳内で反芻される。
昨日は現実を受け止めるので精一杯だったせいか、今になって実感が心にのしかかってきた。
柏トレーナーは知っていたようで、以前から予定を調整していたという。
天皇賞の走りを見る限り、まだ引退するような衰えは感じられなかった。
ならば、何故?
「……わからない……わからないぃ〜〜」
「何が、"わからない"なの?」
「……この声は……ユニヴァースさん?」
「アファーマティブ、ネオユニヴァースだよ。悩んでいるなら、聞かせて欲しいな」
優しい声色に顔を上げると、よく見知った同期のウマ娘の姿が映った。
ユニヴァースさんは口元に手を当て、小首を傾げている。
私は、クリスエスさんが引退する旨を伝えた。
また、それに納得がいかずに、悶々とした胸に内を明かした。
「……そっか。とても強いウマ娘なのにね」
「そうなんです。理由も分からないから、モヤモヤばかりが頭で渦巻いてしまって……」
申し訳ないと思いつつ、自己中心的な悩みを打ち明ける。
すると、ユニヴァースさんは口元を小さく緩めた。
「それは、とてもいいことを聞いたよ」
「え? 何でですか?」
「だって、私も走るから……次の『ジャパンカップ』に」
「ええっ?! ユニヴァースさんが?!」
図書室にも関わらず、思わず大声を上げてしまった。
ジャパンカップは日本国内のみならず、海外からも強豪のウマ娘を招待して開催されるレースだ。
シニア級の強者たちを相手に、クラシック級のユニヴァースさんが挑む。
それが、決して優しい道でないことは明白だ。
「私だけじゃないよ。『チェリーマイスター』や、菊花賞ウマ娘の『ロットオブチャンプ』も走るよ。"ANOI"だね」
「……他の皆さんも……」
急激に焦燥感が湧き上がった。
まだクラシックシーズンが終わったばかりだと、少し暢気に考えていた。
その考えは甘かった、私はスタートラインに立ったばかりだったのだ。
「『シンボリクリスエス』とは、一度、走ってみたかったんだ。とても、"ラッキー"だね」
ユニヴァースさんは、とても嬉しそうに微笑んでいた。
シニア級の諸先輩方と戦うことに対して、恐ろしさよりも楽しみが優っているようだった。
皆さん、もう次のステージに向かって、進み始めているんだ。
立ち止まっていたのは、私だけだったんだ……。
「ところで、ロブロイは、次のレース、どうするの?」
「…………私は…………」
軽蔑されるだろう。
けれど、仕方がない。
臆病な私は、これ以上、返答することが出来なかった。