ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜   作:C.S

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第23話 逃亡者

『最後に最内枠のタップダンスシチーがゲートに収まって、18人体制が整った。今、スタートが切られました! 今年のジャパンカップ、大歓声に見守られながら、直線を抜け第一コーナーに差し掛かっていきます!』

 

淀んだ曇り空の下、ジャパンカップの火蓋が切って落とされた。

私は柏トレーナーと一緒に、ゴール付近の最前列でレースを観戦していた。

今回のレースは、シニア級の強者だけでなく、海外からも強豪のウマ娘が招待されてのレースになる。

また、私とクラシック戦線を争った同期たちも走る。

私よりも一歩先に、新たなステージへ進んで行くのを、私は見届けることとなった。

勿論、皆にも勝って欲しいと思う。

だけど、一番応援しているのは、やはりチームメイトのクリスエスさんだ。

 

『最後にゲートインを果たしたタップダンスシチーが、最内をグングンと逃げる! その後ろを菊花賞ウマ娘のロットオブチャンプが続く! 改めて歓声が起こる中、シンボリクリスエスは先団の後ろ、中団ピタリと位置して折り合った状態です!』

 

集団は、第2コーナーを抜けて、向正面へと入っていた。

先頭から2番手まで、早くも7バ身程度も差が開いていた。

豪快な逃亡劇を繰り広げているのは、クリスエスさんのライバルを自称する陽気なウマ娘──タップダンスシチーさんだ。

 

「あのウマ娘の武器は脅威的な『逃げ』の脚質だ。スタミナを激しく消耗するが、自分のペースでレースを支配することができる。彼女の豪快な性格にはマッチしてると言えるだろう」

 

隣で柏トレーナーは渋い表情を浮かべていた。まだ大きな展開は見られないけど、それ故に危惧しているのかもしれない。

予期せぬ大わ波乱が巻き起こる可能性を……。

 

「もしかして、このまま最後まで逃げ切られちゃうんじゃ……」

「可能性は0じゃない。だが、さっきも言ったように、逃げの戦法はスタミナを大きく消耗する。しかもバ場は重バ場、いつも以上に体力が大幅に削られる。そんな状態で最終直線に入ってきても、待っているのは府中の長い直線と坂だ。大抵はそこで沈む」

 

冷静に分析しているが、やはり緊張感は途切れていない様子だった。

そのセリフは、私への語りかけというよりは、トレーナー自身を安心させるために、己に語りかけているようにも聞こえた。

 

「大丈夫だ。クリスエスの末脚なら、最終直線で捕まえられる……」

 

直後、大歓声が第4コーナー付近の客席から上がった。

思わずそちらに目が行ったが、すぐにターフヴィジョンを見て、歓声の意味を知った。

いつの間にか先頭のウマ娘が、既に大欅を超えていたのだ。

 

『かなり縦長になりました。歓声を受けて逃げるのはタップダンスシチーだ! タップダンスシチーが逃げている!』

 

先頭のタップダンスシチーさんは5〜6バ身のリードを携えて、第4コーナーを超えて最終直線に入ってくる。

他のウマ娘たちも懸命に追っているが、足元が悪いせいで思うように走れていない。

集団が最終直線に差し掛かる頃には、タップダンスシチーさんは府中の坂に入ろうとしていた。

 

『タップダンスシチーの思い切った逃げがここで叶うのか? ようやくここでシンボリクリスエス! バ場の真ん中を通って上がってくる! 最後の坂、ここは踏ん張りどころ!』

 

「来たぞ! クリスエスゥ! ここが正念場だぁ!!」

「クリスエスさん! 走って! 追いついてください!!」

 

ようやく見えた深緑の勝負服に、私もトレーナーさんも、思わず絶叫してしまっていた。

それに呼応するように、クリスエスさんがもう一段、加速したように見えた。

けれど、先頭との差は……。

 

『さぁ、先頭はタップダンスシチー! そしてロットオブチャンプも懸命に粘る粘る粘る! そしてシンボリクリスエス、外から伸びないか、外から伸びないか! 内を通ってネオユニヴァース! しかし、リードは十分かタップダンスシチー!?』 

 

クリスエスさんも、ネオユニヴァースさんも、全てのウマ娘が、先頭のたった1人を捕まえるために、最後の力を振り絞った。

決して良いとは言えない条件にも関わらず、そのウマ娘は、集団の遥か彼方で──ゴール板を駆け抜けた。

 

『タップダンスシチー! 2400! 逃げ切るとはこういうことだ!! 見せてくれた仮柵沿い!! タップダンスシチーです!!!』

 

割れんばかりの歓声が、東京レース場を地震のように揺るがした。

脅威の、圧倒的な逃走劇は、国内外の強豪を寄せ付けることなく、更なる強さでもって、そのウマ娘の存在を知らしめた。

勝者は豪快な高笑いと共に、自身の勝利を喜んでいる。

私は言葉が出なかった。

それほど大きな衝撃を受けた。

トレーナーが抱いていた緊張感の正体は、きっとコレだったのだろう。

『9バ身差の圧勝』──翌日の朝刊には、そんな見出しがデカデカと掲げられることとなる。

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