ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
ガチャン……ガチャン……
規則的に、重厚な機械音が響く。
トレセン学園のトレーニングジムは、いつも筋トレに勤しむウマ娘たちで溢れかえっている。
その中で、私は探していたウマ娘の元へ近寄る。
レッグプレスにより下半身を鍛えていた彼女は、予定のセットが終了したのか、はたまた私の存在に気付いたからか、トレーニングを中断した。
「……ロブロイか?」
「すみません、クリスエスさん。トレーニングを邪魔してしまって……」
「No problem. ちょうど──ひと段落、ついたところだ」
クリスエスさんシートに腰をかけたまま、手元のタオルで汗を拭う。
彼女の引き締まった両脚を見ると、普段の洗練された走りが脳裏によぎるようだ。
それだけに、先日のジャパンカップの結果が残念でならない。
「ロブロイ……私に、用事が、あるんじゃないのか?」
「えっと……はい……」
クリスエスさんに促されるも、すぐに口籠ってしまう。
必要以上にクリスエスさんの時間を奪うわけにはいかない。
そう、頭では分かっていても、とても勇気のいることだった。
クリスエスさんに、こんなことを質問するのは……。
だけど、私にとっては、私の『未来』を左右する、とても大切な問いだった。
「……クリスエスさんは、どうして……どうして、次の有マ記念で、引退するんですか……」
「…………」
とても不躾な質問であることは理解している。
それでも、納得が欲しかった。
クリスエスさんの走りに魅了された1人として、未練たらしいだろうが、どうしても理由を知りたかった。
クリスエスさんは少し考える素振りを見せると、やがて静かに口を開いた。
「訂正、させてくれ──引退、するつもりはない」
「……へ? で、でも、次の有マが最後ってトレーナーさんも……」
「正しくは──『トゥインクル・シリーズ』から、『ドリームトロフィーリーグ』へ、移籍する、だ」
「…………移籍?」
クリスエスさんは首を縦に振る。
ドリームトロフィーリーグ──トゥインクル・シリーズで活躍したウマ娘が走る、レベルが更に高いリーグだ。
誰しも名を聞いたことのあるようなウマ娘がひしめき合う、まさに夢のようなレースだ。
「ルドルフから……誘われたんだ──ドリームトロフィーリーグで、走らないかと。私の"Mission"は、日本のレースシーンを盛り上げることだ。そのために、私は日本へ来た」
クリスエスさんは真っ直ぐな瞳を私に向ける。
嗚呼、いつ見ても、深い海のような藍色の瞳は、私を引き込もうとする。
本当に、狡い人だ──。
「レース界の、更なる"Evolution"のために、次のステージへ進む。ロブロイが、次のステージへと進むように……」
クリスエスさんは、いつも私の前を歩いている。
1年前、初めてレースを観た日から、私の前にはクリスエスさんがいた。
けれど、クリスエスさんは、ずっとずっと未来を見ている。
日本のレース界の先を見据えている。
彼女の目には、きっと今の私は映っていない。
狡い、悔しい、だから──。
「──私も走ることにしました。次の有マ記念に、クリスエスさんと一緒に」
「…………それは、本当か?」
「走ります。最初で最後の勝負ですが、必ずあなたに勝って、『英雄』を超えてみせます」
──ずっと憧れてきた背中に、理想の『英雄』に、私は宣戦布告をした。
クリスエスさんに──狡い人に、もっと私を、『ゼンノロブロイ』を見て欲しいって、思ってしまったから。