ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
『今年も色んなことがありました。強いウマ娘が強い勝ち方をしたレース、ここ一番で意地を見してくれたレース、そして久しぶりにトリプルティアラも誕生しました』
テレビではアナウンサーが、今年一年のレースを振り返っている特番が組まれていた。
けれど、私の耳にはぼんやりとしか届いていない。
これから走る、今年最後のレースに向けて、静かに集中力を高めていた。
1年間の集大成となるレース、憧れの人と走る最初で最後の舞台。
冬のグランプリレース、有マ記念の発送時刻が迫っていた。
『まだ、僕が一番好きなG1が残っています。さぁ、いよいよです!』
アナウンサーの掛け声と共に、有マ記念の特番が開始する。
これから、出走する12人のウマ娘の紹介や、レースの展開予想がなされるのだろう。
きっとそこでは、私も紹介される。
そして、シンボリクリスエスさんも──。
「……大丈夫……きっと大丈夫……」
椅子に座って深呼吸、キルトスカートをギュッと握りしめる。
控室には私だけ、クリスエスさんとは別の部屋だ。
柏トレーナーは今、クリスエスさんと最後のミーティングをしている頃だ。
それが終わったら、今度は私の番。
それまでは、自分自身と向き合う時間だ。
「……大丈夫……でも、少し怖い……」
弱音が溢れる、いつものことだ。
相手は憧れの先輩、私がチームアルネブを選んだキッカケの人。
昨年は何度ウマ娘に選出されるほどの成績を残した、その強さは誰しもが認めるものだ。
対する私は、クラシックでの戦いを終えたばかりの若輩者。
重賞勝利こそしているけど、G1レースでの勝利は未経験。
負けるかもしれない、追いつけないかもしれない……怖い……。
「……怖い…………」
身体を抱き抱えるように蹲り、弱音を小さく溢す。
直後、ノックの音が飛び込んできた。
思わず飛び上がってしまい、扉の方を見る。
トレーナーさんかと思いきや、入ってきたのは──。
「やぁ、ロブロイ。『JYVE』かな?」
「悪いね、集中力を削いじゃったみたいで」
「ユニヴァースさん。チェリーさん」
そこにいたのは、クラシックで戦った同期の2人だった。
曰く、レース前の私を励ましにきてくれたとのこと。
「す、すみません、まともなおもてなしもできなくて……」
「いやいやいや、コッチが勝手に来たんだから、気を遣わなくていいって」
「ネオユニヴァースは、『応援』をしに来たんだよ」
「あ、ありがとうございます。嬉しいです……」
素直に感謝の言葉を口にした。
心の内側に、少しの温かさが広がった。
それでも、不安感は拭えなかった。
「……お二人は、ジャパンカップのとき……怖くなかったんですか? 私は、怖いです。今までよりも、強い人たちと走るのが」
つい、弱音を吐き出してしまう。
せっかく応援しに来てくれたのに、弱い姿を曝け出してしまう。
自分と向き合って、必死に押し込めようとしていたのに……。
嗚呼……やってしまった……。
「……そりゃあ、メチャクチャ『怖かった』よ」
「……チェリーさん?」
耳を疑ってしまった。
あの、普段は強気な態度のチェリーマイスターさんが、『怖かった』と言った。
チェリーさんは髪をガシガシと掻きながら、ソッポを向いた。
「3冠レースで自信が打ち砕かれてたから、やっぱシニア級ウマ娘たちとの戦いにビビってたんだ……お陰で、練習の調子が出し切れなかった。けど、負けたお陰で吹っ切れた。自分よりも強い連中との戦い方が分かったんだ」
恥ずかしそうに、しかし、晴れやかな笑顔で語る。
負けることは怖いけれど、チェリーさんは負けたことで克服したのだ。
肉体の強さだけでなく、心の強さを得たのだろう。
それが、彼女の笑顔に表れている気がした。
「全てのレースは、"LYBL"──何が起こるか、わからない。だからこそ、戦うことに、意味があるんだよ。"MOLT"、だよ」
「相手はシンボリクリスエスさんに、タップダンスシチーさんもいる。『ロブロイなら勝てる』なんて、無責任なことは言わない」
「だけど、これだけは言える」
「「ロブロイは、強いよ」」
ガチャッとドアが開き、少し息を切らした柏トレーナーが飛び込んできた。
トレーナーさんは2人の来訪者に驚きつつ、呼吸を整えて謝罪を口にした。
「スマンな、ロブロイ。少し、クリスとのミーティングが長引いた。あまり時間は取れないが、最後の確認をしよう」
「それじゃあ、私たちはスタンドで応援してるから。全力でぶつかって来いよ」
「"GENY"──楽しみに、してるね」
2人の後ろ姿を見送る。
正面に座ったトレーナーさんが、私の顔をマジマジと見てくる。
少し考える素振りをすると、口の端を上擦らせた。
「……何か、いいことでもあったのか? それとも、あの2人から、最高のエールでも貰えたか?」
「き、急にどうしたんですか? 私の顔に、何かついてますか?」
「そうさなぁ……目と鼻と口と、あとメガネも付いてるなぁ〜」
「も、もぉっ! 冗談はやめてください!」
ハッハッと愉快そうに笑うトレーナーさん。
そして今度は、穏やかな笑顔で、私の頭を優しく撫でてくれた。
「……自然な笑顔が浮かんでる。最高の表情だな」