ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
『午後3時現在、11万8千人を超えるファンが詰めかけております中山レース場、いよいよ枠入りが始まろうとしています』
実況のアナウンスが、大気を震わす歓声が、ターフの上の私たちまで伝わってくる。
12人のウマ娘が、緊張感に心と身体を震わせていた。
私はその最たると言っても過言ではない。
きっと、一番緊張しているのは私だろう。
私が憧れるウマ娘と──『英雄』と仰いだウマ娘と、有マ記念で戦うのだから。
『シンボリクリスエス』さん──私が彼女に見せられたのは、昨年の有マ記念だった。
他の強豪を薙ぎ払ってゴール板を駆け抜けた瞬間は、今でも鮮明に思い出すことができる。
先を駆けるウマ娘たちを、脅威の末脚で一気に捲り切った。
残り100メートルというギリギリのタイミングで、悉くを貫いた『漆黒の狙撃手』。
他にも強敵たちが出走する。
ジャパンカップにて9バ身の逃げ切り勝ちを演出した『タップダンスシチー』さん。
菊花賞にてユニヴァースさんの3冠を阻んだ『ロットオブチャンプ』さん
芝とダートの両G1で勝利を重ねてきた勇者『アグネスデジタル』さん。
勝てないかもしれない、掲示板にすら載れないかもしれない。
それでも──。
「クリスエスさん!」
「……ロブロイ」
それでも、私は──。
「YO-HO! 元気だったかい、リトルガール?」
「ヒャアッ!! たっ、タップダンスシチーさん?!」
急に背中を叩かれて、思わず声が裏返ってしまう。
いつのまにか長身のウマ娘が、私の背後に屹立していた。
タップダンスシチーさんは愉快そうに笑うと、私の頬を軽く突っついてきた。
「聞いたよ? クリスエスに勝つために有マ記念に出走したんだって? その心意気、サイコーに"Cool"だね、気に入った!」
「あ、ありがとうございます!」
「けど、アンタの相手はクリスだけじゃない。アイツばっかり見てると、死角から喰われちまうかもしれないよ?」
笑顔で語るが、まるで獲物を狙う猛獣のような瞳だった。
無論、承知している。
私は、クリスエスさんに勝ちに来たんじゃない。
有マ記念に出走する、全てのウマ娘に勝ちに来たんだ。
「タップダンスシチー──そろそろ、ゲートに向かえ」
「つれないなぁ、クリスエス。アタシはアンタと、もっと踊りたかったんだ! このターフの上で!」
「安心、しろ──私の走りを、永遠に、"Memory"に、刻みつけてやろう」
「ジャパンカップの"Revenge"かい? ソイツは、楽しみだ」
タップダンスシチーさんはゲートに向かう。
残された私たちは、改めて互いに向き合った。
歓声でうるさいハズなのに、心音が聞こえるほど静かに感じた。
きっと、私自身が落ち着けている証拠なのだろう。
小さく、一呼吸を入れる。
そして、眼前のライバルへ、思いの丈をぶつけた。
「……今の私が持つ、全ての力をぶつけます。あなたに勝って、私自身が、『英雄』になります、『シンボリクリスエス』!」
「All right ──全力で、迎えうとう。敬意を込めて──『ゼンノロブロイ』」
身震いがする。
初めてクリスエスさんから向けられた、敵対者への鋭い眼差し。
普段とは比べ物にならない威圧感に、萎縮してしまいそうになる。
けれど、すぐに自身を奮い立たせる。
宣言したばかりだ、私が『英雄』になると。
今、この瞬間だけは恐れていい。
ゲートが開いた直後からは、自分の勝利だけをイメージするんだ。
『今、ゼンノロブロイが2番ゲートに入りました。さぁ、これが最後のレース。大外12番のシンボリクリスエス、グランプリの連覇なるか?シンボリクリスエス、ゆっくりとゲートに入って体制完了!』
一呼吸の静寂、直後に始まる。
クリスエスさんとの、最初で最後のレースが。
成長した私の全力をぶつけられる、最初で最後のレースが──。
『ゲート開いた! スタートを切った! 綺麗なスタート、12人!!』