ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜   作:C.S

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第28話 有マ記念(後編)

『ゲート開いた! スタートを切った! 綺麗なスタート、12人!! さぁ、まず3コーナーから4コーナー、タップダンスシチーが行くのか? アクトサイエンス、タップダンスシチーが並んで行っている。その直後にロットオブチャンプがつけました。タップダンスシチーがリード、シンボリクリスエスは中団を進みます!』

 

遂に始まった……。

クリスエスさんの最後のレースが。

この近さで、この目で見られるのは、今日が最後だ。

精一杯、目に焼き付けよう。

そして、クリスエスさんの心に残るレースをしよう。

 

『正面スタンド前に出てきました12人。いや、コレは意外な展開! アクトサイエンスが先頭、そしてロットオブチャンプ! そしてタップダンスシチーが控えて3番手!!』

 

実況者のセリフに耳を疑った。

てっきり前回のジャパンカップ同様に、タップダンスシチーさんが脅威の大逃げを決めると思っていた。

けれど、彼女の大逃げを危険視したウマ娘たちによって、タップダンスシチーさんが蓋をされる展開になっていた。

 

『タップダンスシチーが3番手、その後方にゼンノロブロイ、ホワイトハウスとカブトヒーロー、その後方から外目を突いてシンボリクリスエス』

 

遠ざかっていく実況から自分の位置を正確に把握し、後方集団へ視線を向ける。

外目をついて2〜3番手ほど後ろに、クリスエスさんが位置していた。

きっとクリスエスさんも、タップダンスシチーさんを差し切れる位置をキープしているのだろう。

もしくは、万が一だが、私を警戒しているのだろうか。

 

『これから向正面に行こうという12人です! 先頭から見てみましょう! 先頭に立っているのは、意外や意外、ロットオブチャンプ! アクトサイエンスが2番手! その後ろ、ちょっと距離が開いた、タップダンスシチーは今日は3番手! その後方もかなり距離が開きました! ゼンノロブロイ、ホワイトハウス、外目から褐色のウマ娘はシンボリクリスエス、内を突いてカブトヒーローが上がります! さらにこの2人からグーンと距離が開きました! バラバラの展開、アグネスデジタルが行っている! 後方からはロータス! そして4番のメタルレッグ! そして9番のタツノファースト! 末脚に賭けるカントウサークル! 先頭から殿までは25〜6バ身という長い展開になっております!』

 

クリスエスさんとタップダンスシチーさんを意識しながら走る。

集中力を切らせないのが辛いところだが、それは全てのウマ娘に共通しているハズだ。

辛いのは私だけじゃない、ライバルたちも自分以上に辛い。

そう言い聞かせながら第3コーナーに差し掛かる。

先頭でペースを握っていたウマ娘たちが、スタミナの限界を迎え始めていた。

自身のペースで走れなかったタップダンスシチーさんも、エンジンがかかっていない様子だ。

 

『さぁ、前の方が固まってきた! ロットオブチャンプが僅かに先頭! ホワイトハウスが来ている! タップダンスシチーはどうなんだ! タップダンスシチーはどうなんだ!』

 

タップダンスシチーさんから荒々しい息遣いが聞こえる。

今がチャンスだ。

このタイミングで飛び出せば、先頭集団を一気に捲り切れる。

ここで、勝負に出る──。

 

「Excellent──素晴らしいタイミングだ」

「クリスエス、さん……?!」

 

しかし、私と同じタイミングに、大外からクリスエスさんが一気に上がっていった。

深緑の軍服を纏った褐色のウマ娘が、見る間もなく先頭へ迫っていく。

 

『シンボリクリスエス! 余力を保って上がってきている! 3〜4コーナーの中間地点! 先頭はホワイトハウス! ピッタリくっついて12番のシンボリクリスエス! 残り400メートル! 中山の直前は310メートル!』

 

最終直線に入り、先頭集団がタップダンスシチーさんから私たちへと入れ替わる。

先頭は私と同ペースで走っていたホワイトハウスさん。

その直後にクリスエスさんが張り付き、私はその背中を懸命に追っている。

足を一歩踏み出すごとに、疲労感が全身へと伝播する。

喉と肺が突き破れそうなほどに、大量の酸素を取り込む。

心臓が痛いほど拍動し、全身に酸素を供給する。

それでも、クリスエスさんの漆黒の背中には追いつけない。

寧ろ、ゴールが近づくにつれて、その背中は遠ざかっていく。

 

『ホワイトハウスを躱し、シンボリクリスエスが先頭に立った! ゼンノロブロイも来ている! 残り200メートルを切った!』

 

憧れの背中を懸命に追う。

背後からもプレッシャーを感じるが、今は目の前だけに集中する。ホワイトハウスさんを抜いて、クリスエスさんを……。

だけど、憧れの背中は、どんどん遠ざかっていくばかりだ。

 

『先頭はシンボリクリスエス! シンボリクリスエス! ホワイトハウス、ゼンノロブロイは2番手、3番手!』

 

一歩、一歩、また一歩と、ゴールへの距離を縮めていく。

だが、縮まるのはゴールまでの距離ばかりで、クリスエスさんとの距離は広がるばかりだ。

 

(嗚呼、追いつけない……全く、敵わないなぁ……)

 

そんな、諦観の思いが脳裏を宿る。

それ程までに、圧倒的な走りを見せつけられた。

それほどまでに、私と彼女との間の壁は分厚かった。

けれど、一つだけ理解できたことがある。

すれ違いざまのセリフと、クリスエスさんが見せてくれた強者の背中。

コレらは全て、クリスエスさんと──本気のクリスエスさんと勝負できたことの、これ以上ない証明だった。

 

「……流石です……クリスエスさん…………」

 

『さぁ、シンボリクリスエス先頭! シンボリクリスエス先頭! シンボリクリスエス先頭! シンボリクリスエス先頭! シンボリクリスエス1着!! シンボリクリスエス1着!!!』

 

9バ身という大差をつけて、クリスエスさんはゴール板を駆け抜けていった。

客席のみならず、レース場全体が地盤ごと大きく揺さぶられた。

ジャパンカップを想起させる完全勝利に、全てのレースファンの心が焼き焦がされた。

 

『引退の花道! 見事グランプリの連覇で飾りましたシンボリクリスエス!! 勝ち時計が2分30秒5! あのダイサンゲンの破られそうにないレコードを更新しました!』

 

掲示板には、赤く『レコード』の文字が表示されている。

昨年のレースも圧巻だったが、今年はさらにそれを上回る勝利だったと言えるだろう。

この一年で、少しはクリスエスさんに近づけたんじゃないかと、心のどこかで自負していた。

だけど、それは傲慢だった。

私が追っていたクリスエスさんの背中は、手も届かないほど、遥か彼方を走っていたのだから。

 

「クリスエスさん……完敗です。やっぱり、クリスエスさんは強かったです。流石、憧れの先輩だなぁって……流石、私の『英雄』だなぁ〜って、思いました。本当に……おめでとうございました……」

 

レースを終えたばかりのクリスエスさんに賞賛の言葉を贈る。

息を荒げながら、肩を振るわせながら、勝利を祝福した。

圧倒的な強さを見せられて、魅せられて、湧き上がった素直な言葉を伝える。

同時に、必死に押し込めようとしていた想いが、涙となって決壊してしまう。

勝てなかった悔しさ、敵わなかった未熟さ、そして、レースが終わってしまった哀しさ。

祝福だけで終わらせたかったのに、敗者としての積もる想いが溢れ出してしまった。

 

「ごめんなさい……こんな、つもりじゃなくて……でも、もう一緒に走れないと思ったら…………」

 

情けなくも涙が止まらない。

嗚咽混じりに謝罪を繰り返す。

幼子のように泣きはらす私を、クリスエスさんは優しく抱きしめてくれた。

 

「ロブロイがいたから、私も、限界を突破できた。ロブロイのお陰だ。Thanks. ロブロイ」

「……クリスエスさん…………」

「次のStageで……『ドリームトロフィーリーグ』で、私は待っている──もう一度、ロブロイと、走れる日を──」

 

 

**********

 

 

「9バ身で負けた相手に、9バ身差で勝っちまうとはなぁ……本当に対したウマ娘だ」

 

ターフヴィジョンに映し出される結果を見て、思わずため息が漏れてしまう。

まずは、クリスエスもロブロイも、無事にレースを終えられたことの安堵。

そして、トレーナーとして未熟な自分自身への落胆だ。

 

「本当に、俺はトレーナー失格だ」

 

いくら綺麗事を並べても、俺はトレーナーである以前に1人の『人間』だ。

2人ともかわいい教え子なのに、比較をしてしまうし、情を抱いてしまうこともある。

今回だってそうだ。

俺は果たして、2人を対等に指導できていたのだろうか。

無意識のうちに、どちらかに有利になるよう、差を生じていなかっただろうか。

そんな不安が産まれるも、しかし、それでも応援してしまった。

両者の勝利を願いつつも、それでも心の奥底で……『シンボリクリスエス』の勝利を祈ってしまったのだから。

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