ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
「す、すみませぇ〜ん! 遅くなりましたぁ〜!」
大急ぎでジャージに着替えてトラックへ行くと、中年男性と高身長のウマ娘がコチラを見た。
男性は白髪混じりの髪を掻きながら、豪快に笑った。
「はっはっはっ! ロブロイが遅刻するなんて珍しいな! そんなに面白い本と出会えたのかい?」
「い、いえ、そういうワケでは……」
彼は、私が所属するチーム『アルネブ』で指導してくれている、柏トレーナーだ。
細身な姿は枯木のようだが、その実、何人もの名ウマ娘を輩出したトレーナーでもある。
特に若い頃は、海外で活躍をしていたらしい。
「本が好きなのは良いことだが、あんまり夢中になりすぎると危ないぞ? ホラ、本ばかり読んでるヤツのことを、よく『本の虫』っていうだろう?」
「は、はい、何度か耳にしたことがあります」
「アレはな、『本を読みすぎて虫になっちまった』っていう言い伝えから言われているんだよ」
「えええっ?! そ、そうなんですかぁ?!」
「冗談だよ、冗談! アッハッハ、お前さんはいつも騙されるんだから」
柏トレーナーは、私の頭をポンポンと軽く叩きながら、イタズラ好きな少年のように笑った。
私が何でもすぐに信じちゃうせいか、柏トレーナーにはいつも揶揄われてしまう。
けど、真剣な表情であんなことを言われては、誰でも信じてしまうのでは……などと考えていると、
「ロブロイ──先日の、青葉賞──見事、だった」
「ク、クリスエスさん! ありがとうございます! 見ていてくださったんですね!」
賞賛の言葉を長身のウマ娘から投げかけられ、私は素直に喜んでしまう。
シンボリクリスエスさん──私のチームメイトであり、尊敬する先輩でもある。
元々はアメリカで活躍されていたそうだけど、生徒会長に誘われてトレセン学園へ来たという。
そのため、クリスエスさんの大きな体躯を前にすると、身体的な才能に恵まれているのだと突きつけられるようだった。
小柄な私では到底敵わない。
せめて、身長があと10センチあれば……。
「──私の顔に、何か──付いている、だろうか?」
「えっ?! すす、すみません!」
思わずクリスエスさんのことを、ジッと見つめてしまっていた。
彼女には力強く、繊細で美しい魅力があった。
だからこそ、目を惹かれるのは当たり前……だと、思う。
何よりもクリスエスさんは……。
「クリスエスさんは、私にとっての『英雄』なんです。有マ記念を勝利した、あの日から」
「ロブロイは、いつも、そう言ってくれるな」
クリスエスさんの鋭い瞳が、少しだけ綻んだ気がした。
すると背後から、柏トレーナーが深く頷きながら言う。
「あの日の有マ記念は、何人ものG1ウマ娘が出走したレースだった。決して、簡単なレースじゃなかった。にも関わらず、他を圧倒するような走りを見せてくれた」
柏トレーナーの目が輝く。
同じようにして私も頷いた。
「まさしく、最終直線の差し足は、観ていた側でも鳥肌が立ちました! 他の方が全員止まって見えるほどに、鋭く、そしてカッコよかったです!」
「あの時に確信したよ。クリスエス、お前さんの脚は世界のトップクラスだ」
「──そんなに、喜んでくれて──私も、とても、嬉しいな」
クリスエスさんの口元が緩んだ。
そんな顔を見れただけで、私も嬉しくなってしまった。
オホン、と柏トレーナーの咳払いで、緩んでいた空気が少し引き締まる。
トレーナーは手元の資料を捲りながらクリスエスさんに告げる。
「クリスエス、お前さんの距離適正を考慮すると、春のG1は一旦見送ろう。初夏の宝塚記念に出走して、出来るだけ疲労が少ない状態で秋のG1戦線に挑むんだ」
「了解、した」
クリスエスさんは二つ返事で頷く。
次いで柏トレーナーが私の方に向く。
私は、思わず背筋を伸ばしていた。
「ロブロイや。皐月賞には出られなかったが、これだけの実績を重ねた今、次のレースには確実に出場できる。日本ダービー──世代の頂点を決定する、クラシック最高峰のG1レースだ」
全てのウマ娘、全てのトレーナーが憧れる、最高栄誉のレース。
それが、『日本ダービー』だ。
クラシック世代のウマ娘が、一生に一度だけ参加できるこのレースは、避けては通れない挑戦だ。
無論、私にとっても、柏トレーナーにとっても。
「最高峰だけあって、出場するウマ娘は強敵揃いだ。中でも、注意しなきゃいけない奴が2人いる」
そう言って2枚の写真を渡してくれた。
そこに写った2人のウマ娘の姿に、指先が冷たくなるのを感じた。
口からは思わず、ありきたりだが率直な感想が零れ落ちてしまう。
「……とても、強そうですね」
「間違いなく強敵だ。なにせソイツらは、皐月賞の覇者『ネオユニヴァース』と、準優勝者の『チェリーマイスター』だからな」