ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
「よーい……スタート!!」
柏トレーナーの掛け声と同時に、私とクリスエスさんは一斉に走り出す。
クリスエスさんとの並走は普段の練習でもやっていることだけど、今日はいつもと違う特別な練習。
走っているのは遠方まで続く砂浜、広がる景色は絶景の海原。
私にとって、2回目の夏合宿に訪れていた。
「ロブロイ! もっと全身の関節を意識して走るんだ! つま先まで神経を巡らせろ!!」
「はい!!」
激励を受け、アドバイス通りに身体を動かす。
足元が不安定なため力を込めにくいが、その分、全身を使って前に進んでいく。
必要最小限の力を使って、最大限の推進力を得る。
そんな走り方を、夏合宿の中で習得する。
(昨年は私自身の無茶で、貴重な夏の期間を棒に振るっちゃった。だから、今年は充実した合宿にするんだ)
クリスエスさんに引き離されないように、必死に食らいついていく。
秋のシーズンを目指して、もっともっと強くなるために。
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「こ、この焼きニンジン、すごく美味しいです!! ほ、ホラ、クリスエスさんも食べてみてください!!」
「Delicious──最高の、焼き加減だ」
合宿開始から数週間経った頃、地元の神社で催されている夏祭りに参加した。
私とクリスエスさんは、トレーナーさんが用意してくれた浴衣を着ていた。
私は清流のような淡い青の浴衣、クリスエスさんは落ち着いた深緑の浴衣だった。
2人で出店を見て周りながら、時に舌鼓を打ち、時に遊戯を楽しんだ。
惜しむらくは、トレーナーさんは仕事の都合で来られなかったことだけど。
「昨年はお祭りに来れませんでしたから。今年はどうしても来たかったので、来れて良かったです」
「ロブロイ──随分と、練習に熱心だったが、何かあったのか?」
「それが……とても強い後輩のウマ娘たちが話題になっていまして、……」
「クラシック……それに、ジュニア級にも、ずば抜けた才能のウマ娘が、いると聞く」
「だから、私も負けていられないと思ったんです。秋のシーズンこそ、私も活躍しなきゃって……」
「本当に、それが理由なのか?」
クリスエスさんの問いかけ、私は思わず立ち止まってしまう。
たった数秒の沈黙が流れた。
私は笑って誤魔化そうとしたけれど、やめた。
クリスエスさんは、直感が鋭い方なので、きっと何を言っても見透かされると思ったから。
喧騒から少し外れた、境内の隅の方に移動して、私の心境をポツポツと語った。
「……一緒にクラシックを争った、ネオユニヴァースさんが、無期限休止を宣言しました」
「I know──ニュースで、見た」
「自分でもビックリするくらい、ショックが大きかったんです。もっと競い合えると思ってたから、もう一緒に走れない事実を、受け入れたくなかったんです」
浴衣の裾を強く掴む。
ウマ娘に怪我はつきものだ。
そのために、何人ものウマ娘が、志半ばにターフを後にしている。
ユニヴァースさんも、その1人だ。
「チェリーさんは休養が明けたら、秋から復帰すると仰ってました。だけど、またユニヴァースさんみたいに、一緒に走れなくなるんじゃないかと思うと……悲しいんです。寂しいんです」
我ながら、稚拙な悩みだと自負している。
だけどクリスエスさんは、最後まで静かに聞いてくれた。
その上で、私の背中を優しく押してくれた。
「気持ちは、分かる。私も──もっと、戦いたかった、ライバルたちがいる」
「……クリスエスさんも、ですか?」
「Yes──しかし、そんな余裕は、すぐに消えた。もっと、強い連中を、相手にしなければならなかったからだ」
そう言うクリスエスさんの表情は、いつものように研ぎ澄まされていた。
けれど瞳の奥には、小さな寂しさが滲んでいた。
「ロブロイ──秋のシーズンの活躍に、私は期待している」
「あ、えっと……ありがとう、ございます」
「ロブロイは──強いウマ娘だ」
直後、大きな音と共に、閃光が夜空を照らし出した。
大輪の花火が、暗い空を鮮やかに彩っていく。
しかし、私の意識は、花火ではなく、クリスエスさんの言葉に向いたままだった。
『期待している』という言葉が、嬉しくもあり、誇らしくもあり、そして、少しだけ苦しかった。