ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜   作:C.S

37 / 61
第37話 寂しい背中

『秋の盾、『天皇賞・秋』のファンファーレです!』

 

穏やかで、しかし荘厳なファンファーレが東京レース場に木霊した。

寂しさが漂う秋空の下、私は、6度目のG1レースの舞台に立っていた。

普段よりもゆったりとしたテンポのファンファーレが、風に乗って聞こえてくる。

私の緊張感を解してくれる、丁度いい曲調だった。

 

「秋の天皇賞……クリスエスさんが連覇した舞台……」

 

そう意識してしまうと、緊張感が湧き上がってきそうになる。

けれど、必死に他のことに意識を向けて、緊張感に蓋をする。

適度な緊張は最高のパフォーマンスを生み出してくれる。

それ以上は私自身を壊してしまうから。

 

「やぁ、ロブロイ。準備は……万全って感じだね。雰囲気だけで分かるよ」

「チェリーさん……そちらも、仕上がりは良さそうですね」

 

軽快な言葉と共に、パールホワイトの燕尾服のウマ娘が近づいてくる。

サクラ色のボブカットを風に揺らしながら、チェリーマイスターさんが隣にやってくる。

 

「春以来のレースだけど、遅れをとるつもりは微塵もない。初のG1タイトルを、この偉大な天皇賞で獲得してみせる」

 

笑顔での宣戦布告だった。

けれどその瞳の奥には、静かで、しかし燃え盛る炎のように闘志が猛っていた。

その闘志が、彼女の力強い走りの根源だ。

怖気付きそうになる気持ちを抑え、私も力強く頷いた。

 

「私も、たくさんの人に応援されて、たくさんの想いを抱えて戦います。秋の盾を手にして、『英雄』になるのは私です」

「あの〜……ゼンノロブロイちゃん、だよね?」

「は、はいぃ! 自信過剰ですみません!!」

「え? あ、いや、違うの、ゴメンね? 急に声をかけちゃって……」

「えっと、あのぉ……あなたは、確か……」

 

背後からの優しい声に、必要以上に過敏な反応をしてしまう。

振り返ると、フワフワとした印象の、芦毛のウマ娘がいた。

白地に青が施された、少しゆったりめの勝負服が印象的なウマ娘だ。

彼女のことは、何度かテレビで見たことがある。

名前は──。

 

「──『ヒシミラクル』さん、ですよね? クリスエスさんと同期の……!」

「うん、そうだよ。クリスエスちゃんからロブロイちゃんの話を聞いてたから、挨拶だけでも〜って、思ってね?」

 

そう言うとヒシミラクルさんは、ニヘラっと緩い笑顔を浮かべた。

勝負前だと言うのに、良くも悪くも緊張感を微塵も感じなかった。

しかし、見かけに騙されることなかれ、彼女はG1タイトルを3つも獲得している強者だ。

クリスエスさんですら一目置く存在なのだ。

 

「今日は、胸を借りるつもりで挑ませていただきます。よろしくお願いします!」

「あ、いや、別にそう言うつもりじゃなかったんだけど……」

 

チェリーさんが礼儀正しく頭を下げると、ヒシミラクルさんは困ったように眉尻を下げた。

 

「私ね、久しぶりのレースだから緊張しちゃってて……そんなときに2人を見かけたから、ちょっと安心しちゃって……ゴメンね? レース前の集中力を削ぐようなマネしちゃって」

「い、いえ……そんなことは……」

「お互いに、いいレースをしようね。それじゃあ〜」

 

そう言ってヒシミラクルさんは、自身のゲートに向かって行った。

きっと、あのマイペースさが、ヒシミラクルさんの強さの秘訣なのだろう。

チェリーさんも同意見なのか、ヒシミラクルさんの背中を尊敬の眼差しで見送っていた。

だけど──私にはその背中が、少し小さく見えてしまった。

まるで、ひとりぼっちのウサギのように、なぜか寂しさを感じてしまった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。