ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
『秋の盾、『天皇賞・秋』のファンファーレです!』
穏やかで、しかし荘厳なファンファーレが東京レース場に木霊した。
寂しさが漂う秋空の下、私は、6度目のG1レースの舞台に立っていた。
普段よりもゆったりとしたテンポのファンファーレが、風に乗って聞こえてくる。
私の緊張感を解してくれる、丁度いい曲調だった。
「秋の天皇賞……クリスエスさんが連覇した舞台……」
そう意識してしまうと、緊張感が湧き上がってきそうになる。
けれど、必死に他のことに意識を向けて、緊張感に蓋をする。
適度な緊張は最高のパフォーマンスを生み出してくれる。
それ以上は私自身を壊してしまうから。
「やぁ、ロブロイ。準備は……万全って感じだね。雰囲気だけで分かるよ」
「チェリーさん……そちらも、仕上がりは良さそうですね」
軽快な言葉と共に、パールホワイトの燕尾服のウマ娘が近づいてくる。
サクラ色のボブカットを風に揺らしながら、チェリーマイスターさんが隣にやってくる。
「春以来のレースだけど、遅れをとるつもりは微塵もない。初のG1タイトルを、この偉大な天皇賞で獲得してみせる」
笑顔での宣戦布告だった。
けれどその瞳の奥には、静かで、しかし燃え盛る炎のように闘志が猛っていた。
その闘志が、彼女の力強い走りの根源だ。
怖気付きそうになる気持ちを抑え、私も力強く頷いた。
「私も、たくさんの人に応援されて、たくさんの想いを抱えて戦います。秋の盾を手にして、『英雄』になるのは私です」
「あの〜……ゼンノロブロイちゃん、だよね?」
「は、はいぃ! 自信過剰ですみません!!」
「え? あ、いや、違うの、ゴメンね? 急に声をかけちゃって……」
「えっと、あのぉ……あなたは、確か……」
背後からの優しい声に、必要以上に過敏な反応をしてしまう。
振り返ると、フワフワとした印象の、芦毛のウマ娘がいた。
白地に青が施された、少しゆったりめの勝負服が印象的なウマ娘だ。
彼女のことは、何度かテレビで見たことがある。
名前は──。
「──『ヒシミラクル』さん、ですよね? クリスエスさんと同期の……!」
「うん、そうだよ。クリスエスちゃんからロブロイちゃんの話を聞いてたから、挨拶だけでも〜って、思ってね?」
そう言うとヒシミラクルさんは、ニヘラっと緩い笑顔を浮かべた。
勝負前だと言うのに、良くも悪くも緊張感を微塵も感じなかった。
しかし、見かけに騙されることなかれ、彼女はG1タイトルを3つも獲得している強者だ。
クリスエスさんですら一目置く存在なのだ。
「今日は、胸を借りるつもりで挑ませていただきます。よろしくお願いします!」
「あ、いや、別にそう言うつもりじゃなかったんだけど……」
チェリーさんが礼儀正しく頭を下げると、ヒシミラクルさんは困ったように眉尻を下げた。
「私ね、久しぶりのレースだから緊張しちゃってて……そんなときに2人を見かけたから、ちょっと安心しちゃって……ゴメンね? レース前の集中力を削ぐようなマネしちゃって」
「い、いえ……そんなことは……」
「お互いに、いいレースをしようね。それじゃあ〜」
そう言ってヒシミラクルさんは、自身のゲートに向かって行った。
きっと、あのマイペースさが、ヒシミラクルさんの強さの秘訣なのだろう。
チェリーさんも同意見なのか、ヒシミラクルさんの背中を尊敬の眼差しで見送っていた。
だけど──私にはその背中が、少し小さく見えてしまった。
まるで、ひとりぼっちのウサギのように、なぜか寂しさを感じてしまった。