ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
初のG1勝利……その実感は、全くと言って良いほど感じられなかった。
私にあったのは、他人事のような驚きと、メディアへの露出が増えたことによる多忙な数週間だった。
新聞や雑誌、テレビ番組やラジオにネット放送など、ありがたいことに様々なオファーをいただいた。
けれど、元来の引っ込み思案な性格のせいで、私は混乱の方が大きかった。
幸いにもトレーナーさんのサポートもあって、それらを無事に乗り越えることができた。
そんな忙しい日々が過ぎ去るにつれて、ようやく私の中に実感が芽生えていった。
憧れのG1レースに勝利した──クリスエスさんと、同じ舞台を制覇した。
勝利の喜びが、沸々と私の中に湧き上がっていった。
だけど、大きな勝利と引き換えに、私はまた、大切な『戦友』を失ってしまった。
チェリーマイスターさん──秋の天皇賞の後に、左脚に浅屈腱炎が発症していることが判明した。
春の不調に続いての怪我を受けて、ネオユニヴァースさんと同じように、レースへの出走を無期限休止する運びとなった。
「私は成し遂げられなかった。G1の頂に至ることが。だけど、ロブロイは違う。あなたの覇道は、まだ始まったばかりだから。その後ろ姿を、ずっと見届けさせてもらう。期待してるよ」
そのようなエールを貰った。
クラシックを共に競った2人の分まで、私のレースは続いていく。
けれど、やはり胸の奥に、暗いモヤが掛かってしまい、言い知れない気持ち悪さがのしかかってくる。
きっと、私1人だけが取り残されたような、そんな傲慢な寂寥感のせいなのだろう。
それも全て、受け止めて、走り続けなければならない。
悲願のG1タイトルは獲得したけれど、私の未来はまだ先にある。
もっと、もっと、走り続けないといけない。
私が目指す、『英雄』へと近づくためには……。
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「──よしっ! クリスエスの次走の作戦については、こんなところだろう。次はロブロイの次のレースについてだ」
秋のG1シーズンも本格化し、年末に向かってより一層、レースは激化していく。
チームの部室では万全を期すためのミーティングが続いていた。
ゼンノロブロイとシンボリクリスエス、そして他のチームメイトたち、彼女らを勝利へ導くのが、俺たちトレーナーの責務だ。
肉体作りの指導、レースでの思考と定石の伝授、メンタルケアに至るまで、あらゆる方向からサポートしていく。
その甲斐あってか、今年は好成績を残せるメンバーが多かった。
特にロブロイは、彼女自身では初のG1タイトル獲得を達成した。
これは快挙という他ない。
クリスエスも、ドリームトロフィーリーグへ移籍した後も好成績を残している。
きっと次走でも、素晴らしい走りを見せてくれることだろう。
「ロブロイや、秋の天皇賞のお前さんの走りは完璧と言ってもいい仕上がりだった。だが、慢心はするな、次のレースではG1のタイトルを獲得した『王者』としての走りが求められる」
「王者の、走りですか? 選ばれし勇者の剣を振り翳しながら走るとか?」
「レースじゃなくてサイコホラーになってしまうからやめなさい」
ロブロイは困惑したように首を傾げた。
言葉の意味を理解出来ていないようだった。
クリスエスに視線を送ると、小さく頷いて解説をしてくれた。
「Rival──他のウマ娘たちに、"Mark"される。思い通りの走りが、出来なくなるんだ」
「お前さんも思い当たる節があるだろう。上位人気のウマ娘の動向を注視し、有利に走られないように立ち回る。今度はその標的にお前さんが選ばれる、それがG1に勝つということだ」
「私が……注目される……」
ロブロイは怯えているようだったが、しかし力強く頷く。
彼女の中で、きっと彼女なりの覚悟が固まったのだろう。
ここ一年で、多くの敗北を経て、ロブロイは精神的に成長したように感じる。
格上に挑むことへの躊躇いが減った、そして切り替えも早くなった。
そうだ、そうでないと次のレースでは、狩られるウサギになっちまう。
勝つためには、勝利を貪欲に求める獣にならないと。
「次走は東京レース場、芝コース2400メートル、世界各国の競合が集う祭典『ジャパンカップ』だ。昨年はクリスエスがタップダンスシチーに敗れたレースだな」
少し堅苦しい空気を和らげようと話題に出したが、クリスエスに睨まれた気がしたので乾いた笑いしか出せなかった。
仕方なく咳払いをし、解説を続ける。
「天皇賞、有マ記念と共に、秋シニア3冠に名を連ねるG1レースだ。このレースには各国のG1レースを勝ち上がった『王者』たちが招集される。『王者』の中の『真の王者』を決めるレースと言って、過言じゃあない」
そこまで言ってロブロイを見やる。
少し脅かし過ぎただろうか、いくら精神的に成長したとはいえ、ロブロイの本質は『大人しい少女』だ。
彼女には期待を寄せている分、必要以上に背負わせてしまう、トレーナーとして不甲斐ない限りだ。
「ロブロイや、お前さんはこのレース場を知り尽くしていると言っても過言じゃあない。前回の天皇賞も同じコースだったしな」
フォローの意図を込めて言葉をかける。
そこまで言葉を紡いでから気づく。
ロブロイの頬が、紅潮している。
もしかして、昂っているのか?
目前に迫る激戦に?
「『真の王者』を決めるレース……それに勝つことが出来たら、私は、今よりももっと、『英雄』に近づけますか?」
「──ッ! ああ、勿論だとも!」
驚いた、ロブロイのことを過小評価していたようだ。
多くの強者と戦ってきたからか、はたまたG1に勝利した余韻のためか、同期との別れを乗り越えたからかもしれないが、ロブロイの成長は俺の想像を遥かに凌駕している。
今のロブロイなら、間違いなく達成できる。
クリスエスすら成し遂げられなかった偉業、『天皇賞とジャパンカップの同年優勝』を。
「期待してるぞ、ロブロイ! お前さんなら、次も、この先も、必ず勝てる!」