ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
「ハァ……ハァ……ハァーーっ!」
トレセン学園の坂路コースで、今日のメニューをこなしていく。
脚部のパワーと足の使い方を修得するために走る。
私にとっては、何の変哲もない、いつも通りの光景でしかない。
だけど、私の中では、少しずつ変化が生まれていた。
「ハァ……ハァ……」
「Good──良い、タイムだ。パワーも、スタミナも……着実に、身についている」
「ありがとう、ございます、クリスエスさん。それに……」
呼吸を整えつつ、一緒に走ってくれた方へ、感謝と共にボトルを手渡した。
「並走に付き合っていただき、ありがとうございます。『ヒシミラクル』さん」
「いやぁ〜、ロブロイちゃんは速いねぇ。私、途中からついていくので精一杯だったよ〜」
雪のように真っ白でフワフワな髪をかき上げながら、ヒシミラクルさんは笑顔を浮かべた。
柔和な雰囲気のウマ娘で、苛烈な競争社会であるトレセン学園では珍しいタイプの女性だ。
しかし、その穏やかな人当たりとは裏腹に、過去には3つのG1タイトルを獲得している強者だ。
菊花賞、天皇賞・春、宝塚記念──クラシックから春シニアシーズンにかけて、他者を圧倒する走りを見せつけた、生粋のステイヤーだ。
「もうロブロイちゃんには着いていけないよ〜。きっと次のジャパンカップも、ロブロイちゃんが勝っちゃうんじゃないかなぁ〜?」
「そ、そんな……私だって、まだまだ途上の身ですから……」
「ヒシミラクルは──強い、ウマ娘だ……。油断すると、Hant──狩られるぞ」
「買い被りすぎだよ、クリスエスちゃん〜。私は普通のウマ娘、幸運に恵まれただけのウマ娘なんだから」
ヒシミラクルさんはクリスエスさんを嗜めるように言うが、その表情はとても綻んでいた。
それに、彼女自身は自覚がないのかもしれないが、キツい坂路練習の直後なのに、もう呼吸が整っている。
彼女のスタミナの底知れなさ、それを見せつけられたようで、胸の奥がゾクリと逆立った。
「でも、天皇賞のときのロブロイちゃん、本当に強かったよ〜。私なんて、離されないように必死で、着いていくだけで精一杯だったんだから」
「そ、そんな! 私の方こそ胸をお借りしていたのに……」
「いやいや〜、そんなに謙遜しないでよ〜」
「い、いえいえ、そんな……」
「いいやいいや、そんなそんな……」
お互いに腰を低くして遠慮し合ってしまう。
側から見ると、とても滑稽に写っていたことだろう。
そんな私たちを諌めるように、クリスエスさんが咳払いをした。
「ロブロイ、ミラクル……どちらも、強い。私が、保証する」
「あ、ありがとうございます……嬉しいです」
私は頬が熱くなるのを感じた。
憧れのクリスエスさんから、そのように評されるのは、名誉以外の何者でもなかった。
けれど、私とは対称的に、ヒシミラクルさんは困ったような笑顔を浮かべていた。
普段から『普通のウマ娘』を自称する方だから、やっぱり過大評価だと思っているのだろうか?
そう考えていると、何かを思いついたように、急に両手をパンと鳴らした。
その顔はニヘラと弛んだ笑顔に染め上げられる。
「それよりも〜、せっかく練習を頑張ったんだから、なにか食べに行かない? 美味しいお好み焼き屋さんを見つけたんだ〜。私が腕を奮って作ってあげるよ〜」
「Oh〜! そりゃないゼ! せっかく来たって言うのに、もうオシマイなのかい?」
唐突に、明朗快活な絶叫が、背後から投げかけられた。
驚きながら振り返ると、ジャージ姿のウマ娘がコチラに歩み寄ってきていた。
鹿毛のボブカットに整えた、長身のウマ娘だ。
シャチホコを模した髪飾りと、赤と青を編み込んだリボンが印象深い。
その姿を見て、クリスエスさんの眉がピクリと動く。
「Come back──帰ってきたのか、タップダンスシチー?」
「Of course! 私にとっての舞台はコッチだぜ、シンボリクリスエス!!」