ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
地下バ道を通って地上に出る。
西に傾きつつある陽光が、私の目を鋭く焼く。
深呼吸をすれば、青い芝の香りが肺いっぱいに流れ込んでくる。
カラッとした蒼天を仰ぎ、そのまま視線を観客席へと向ける。
ドオッと、大気が揺さぶられるような歓声が、ターフ上の私たちへと浴びせかけられる。
11月末、東京レース場にて、一つの国際的な決戦が火蓋を切る。
芝2400メートル、秋シニア2冠目の称号を讃える『ジャパンカップ』だ。
『遂に、ジャパンカップの日を迎えました! 今日という日のために、世界中からG1クラスのウマ娘たちが集まりました!』
『私が注目したいのは、英国からの挑戦者『マーロン』です。イギリスのコロネーションCとドイツのバーデン大賞、2国でG1を勝ち抜いた実力を評価したいです』
『私は今年のクラシック級ウマ娘、9月のセントライト記念を制覇したばかりの『パワフルシューター』を応援しています。その名の通りパワフルな走りに期待です』
『その他にも日本勢からは、今年の菊花賞ウマ娘の『トライスプラッシュ』や、3冠のステイヤー『ヒシミラクル』などの強者たちが、海外からの挑戦者たちを迎え撃ちます。その中でも1番人気に推されたのが、先日の天皇賞にて初のG1制覇となりました、新たな日本総大将『ゼンノロブロイ』です!』
実況のセリフに煽られて、より一層観客席が湧き上がる。
スタート地点が客席の目の前ということもあり、その勢いがいつも以上に強く感じられた。
しかし、冷静になって考えてみると、私を取り巻く環境は、目が回りそうなほど激しく巡っている。
今だってそうだ、『日本総大将』という肩書きだって私には荷が重すぎる。
その称号はかつてのジャパンカップにて、凱旋門賞ウマ娘を打ち破った『スペシャルウィーク』さんのものだ。
私が彼女に比肩するとは、とても考えられない。
けれど世間の評価は、私の思いとは裏腹に、『ゼンノロブロイ』というウマ娘を装飾していく。
私と同じ名前の、まったく別人が作り上げられていく。
決して悪いことではないハズだ、私に期待をしてくれているということなのだから。
けれど、私にとっては、その期待が──
「ロブロイちゃ〜ん」
「ひゃい!! あっと……ヒシミラクルさん」
「ご、ゴメンね? 急に声をかけちゃって……ビックリしちゃった?」
不意にかけられた声に飛び上がってしまい、逆にヒシミラクルさんを驚かせてしまった。
申し訳なさに頬を赤らめていると、ヒシミラクルさんは私の両肩に手を置いた。
何だろうと思っていると、ユサユサと優しく前後に揺さぶられる。
そして、こう言われた。
「息を大きく吸ってぇ〜……今度は吐いてぇ〜……また吸い込んでぇ〜……」
「えっと? は、はい!」
指示に従って深呼吸を繰り返す。
次第に、近く聞こえていた歓声が少し遠かったように感じられる。
頭の中がスッキリとし、雑念が払われていく。
「うんうん、身体の余計な力が取れてきたねぇ〜」
「あ、ありがとうございます。私のことを、気にかけてくださって」
「気にしないで? 私にできることは、こんな民間療法くらいだから。それに、ロブロイちゃんのことは、何か放っておけないんだ。まるで、私自身を見ているみたいで……」
「私が、ヒシミラクルさんみたい?」
「……ううん、なんでもない。お互いにベストを尽くそうね」
そう笑いかけてから、ヒシミラクルさんは自身のゲートに向かっていった。
真っ白で偉大なる後ろ姿を見つめる。
ヒシミラクルさんの最後の言葉が、私の心の中に深く入り込んできた。
ふと、意識の外側で、観客の手拍子とファンファーレが鳴り響いていることに気づく。
間も無く発走となる──今年のジャパンカップが。