ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜   作:C.S

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第52話 逃げ

こか具合が悪いの? トレーナーさんか誰か呼ぶ?」

「すみません、ヒシミラクルさん……もう、平気です……」

 

きっと、この時の私の状態は、誰の目から見ても明らかに異常だったのだろう。

『大丈夫』と言った自分の声の弱々しさにも驚いた。

途中で足が止まるなんてことは、今まで一度だってなかった。

ましてや、レースで走ることに『恐怖』を抱くなんて、人生で初めてだった。

私は、どうしてしまったのだろう……。

 

「ご心配をおかけしました。ターフに行きましょう。もうすぐ、レースが始まります……」

 

そう言って一歩踏み出そうとする。

けれど、足が言うことを効かない。

まるで厚い蝋で塗り固められてしまったように、私の全身はピクリとも動かせなかった。

焦燥感と苛立ち、そして情けなさが沸々と湧く。

嗚呼、あまりにも無力だ……。

 

「いやいやいや、どう見ても大丈夫じゃないよ〜。ちょっと座って休もう? その間にトレーナーさんを呼んでくるから。……それとも、お医者さんの方がいいのかな?」

 

ヒシミラクルさんは私のことをずっと気遣ってくれていた。

彼女だって、今日のレースに走るのに……きっと彼女だって、私のことを気にかける余裕がないハズなのに。

 

「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫……」

「焦らなくてもいいんだよ。まだレースまで少し時間があるから、私に話してみて。今のままだと、レースを全力で走れないでしょ?」

 

ヒシミラクルさんは穏やかに微笑んでくれた。

その鈴のような声音は、不思議と心を軽くしてくれた。

色んな感情でグチャグチャにされていた頭の中が、少しだけ透き通った気がした。

私のことなんて聞いても、迷惑でしかないハズなのに、自然と胸の内を吐露していた。

 

「……怖いんです……今日のレースで勝てなかったらと思うと……応援してくれた、たくさんの人の期待を裏切ってしまうんじゃないかって……」

「うん、知ってるよ。私もニュースで見たよ」

「私だって、レースに勝つためにたくさん、たくさん、練習してきて……憧れの姿に、一歩でも近づきたかったけど、怖くなっちゃって……」

 

いつしか、ヒシミラクルさんの勝負服の袖を握りしめていた。

心の内を、言葉にして吐き出すにつれて、気持ちは逸り、止めどなく溢れ出していく。

もう、私の意思で止めることは、出来なかった。

 

「皆の期待が苦しいんです! 押しつぶされそうなんです! 私は……皆が期待するような、すごいウマ娘じゃないのに……」

「それなら、今日のレース……私と一緒に、逃げちゃおっか?」

「…………え?」

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