ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
『さぁ! 遂に登場しました! 強力なライバルに辛酸を舐め続けさせられたクラシック、高い高い壁に阻まれ続けた春のシーズンを超えて、ようやく悲願に手が届いた今秋! 天皇賞、ジャパンカップの2冠を掲げ、見据えるは史上2人目の快挙! 1番人気、ゼンノロブロイ!!』
実況者さんの煽動によって、中山レース場がより一層、湧き上がったのを肌が感じた。
大気が震える、たくさんの期待が寄せられている。
まだ、自分自身に向けられる視線に怖さは残っている。
けれど、今に始まったことじゃない。
レース前に緊張して、足が震えて、ターフに立つのが怖くなったのは、これまでのレースも同じだった。
今日は、それが特別に強く感じるだけ。
仕方がないことだ、だって私にとっても、応援してくれる皆さんにとっても、今日は特別なレースなのだから。
「いやぁ〜〜、フラれちゃったなぁ〜〜……。一緒に逃げようって、一世一代のプロポーズのつもりだったんだけど……」
「ヒシミラクルさん、まだそんなことを言ってるんですか?」
私と一緒にターフに立った芦毛のウマ娘、奇跡のステイヤーと呼ばれたヒシミラクルさんは、頬を掻きながらテヘヘッと笑う。
私は少し不満げに口を尖らせるが、すぐに微笑を浮かべて向き合った。
「ミラクルさんのお言葉は、本当に甘美で、蕩けてしまいそうで、まだ未熟な私だったら手を取ってしまったと思います。でも、大切なことを思い出せました」
私の視線は、観客席へと向かう。
今いる第3コーナーのスタート位置から、中山レース場のスタンドが一望できた。
そこには、所狭しと駆けつけたファンの皆さんが、張り裂けんばかりの声援を送ってくれていた。
私やヒシミラクルさん、他のウマ娘たちを応援する声で溢れかえっていた。
「私は……私が憧れた『英雄』になりたくて走っていたんです。あの日の私と同じように、たった一度のレースで、観た人を魅了し、背中で羨望を与えられるような、そんな偉大なウマ娘になりたかったんです」
「確かロブロイちゃんにとっては、クリスエスちゃんがそうだったんだよね?」
「そうです。私は、クリスエスさんのように強くてかっこいいウマ娘になりたかった……。その夢を、ヒシミラクルさんが思い出させてくれました。本当に、ありがとうございました」
深く、深く、首を垂れる。
ヒシミラクルさんは驚き慌てていたが、私の気持ちを伝えるには足りないほどだ。
それ程、彼女には感謝している、してもしたりない。
「だから、もう一度……私の背中を見せつけます。今回のレースで、また私に魅せられてください」
「……強気だねぇ〜〜。宣戦布告、と受け取っちゃおうかな? 私だって、いつまでも追いかけてばかりじゃないんだよ? 普通のウマ娘が勝つ瞬間、新たな『奇跡』を見せてあげるよ」
私とヒシミラクルさん、両者の拳が交わる。
すると背後から、陽気な高い声がかけられた。
「Yo-Ho! 中々ターフに出てこなかったから、何か"Accident"かと思ったよ、英雄ガール?」
「ご心配をおかけして、すみません。あなたとの約束を果たしにきました、タップダンスシチーさん」
長身で陽気な笑顔が印象的なウマ娘だ。
ウェーブかかったミディアムヘアに、鯱鉾の髪飾りがキラリと輝く。
赤と青を基調とした勝負服は、タップダンスの衣装のように煌びやかだ。
凱旋門賞にて世界に挑んだウマ娘、勝利に飢えたタップダンスシチーさんが、覗き込むように私を見下ろしていた。
「日本のウマ娘の頂点の野望、まだ温めているんだ。宝塚記念に続いて有マ記念を制し、春秋グランプリの覇者として『年度代表ウマ娘』の栄誉を掴む!」
「去年、一昨年と、クリスエスさんが戴冠した称号は、私も欲しいです! 『秋シニア3冠』を制覇して、私が『年度代表ウマ娘』になります!」
「Fantastic! ジャパンカップの前よりも、ギラギラした眼をするようになったじゃないか! Let's party time! この厳冬のターフの上で、アタシと踊り明かそうじゃないか!!」
それぞれの野望が、眩いほどの欲望が、勝利への渇望が、複雑に交錯する。
15人の思いとは裏腹に、スタンドの方からファンファーレのラッパが聞こえてくる。
いよいよ、ゲートインだ。