ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜 作:C.S
『タップダンスシチーが先頭、3バ身から4バ身のリード! ゼンノロブロイが既に2番手に上がってきている! ヒシミラクルは僅かに後退か?!』
間も無く第4コーナーを抜ける、最後の短い直線に差し掛かる。
全員が次第にスパートをかけていく。
私も同じだ。
タップダンスシチーさんも、ヒシミラクルさんも同じだ。
全員が眼前の、たった一つのゴールだけを見ている。
私もそうだ、ゴールだけを見て走る。
ゴールだけを見ようとしている。
それ以外の情報を遮断しようとしている。
背後からのプレッシャーに押し負けないように、眼前を逃げる強敵に圧倒されないように。
だけど、私の両眼は、眼鏡を通して現実を突きつけてくる。
前との縮まらない差を、視界の端に見え隠れするライバルたちを、私に突きつけてくる。
怖い、怖い、負ける未来が怖い──。
『第4コーナーをカーブして、310メートルの直線に入ってきた! さぁ、最後に坂がある! タップダンスシチー先頭! タップダンスシチー先頭! そしてゼンノロブロイ、トライスプラッシュも来ている! 外の方からミルキーウェイも来ている!!』
怖い、怖い、ここまで走ってきて、覚悟していたと奮い立っておいて、最後の最後に湧き上がるのは恐怖だった。
**********
──俺は、トレーナー失格だ。
昨年の有馬記念……ロブロイとクリスエス、2人のチームメイトが争った。
両方を平等に指導し、応援して、どちらの勝利も願わなければならない立場だった。
だと言うのに俺は、クリスエスの勝利を、僅かばかし願ってしまった。
漆黒の背中に、俺は夢を見てしまった。
そんな、トレーナーの風上にも置けないような俺だが……頼む神様、もう一度だけ夢を見せてくれ。
俺の、自分勝手な願望を、もう一度だけ叶えてくれ!!
「走れぇ、ロブロイ! お前さんが走る道が王道だ! お前さんの勝ち取った全ての道が覇道だ!!」
柵を乗り越えんばかりの勢いで叫ぶ。
否、クリスエスたちが抑えてくれなければ、本当に乗り越えていたかもしれない。
俺には応援する資格がないのは、重々承知の上だ。
だけど、今だけでいい……今だけ、たった1人で戦っている、あの小さな背中を押させてくれ。
言葉が届く保証はない、結果だって変わらないかもしれない。
それでも、伝えたい──掛け替えのない愛バに、俺の想いの全てを!
「勝ってくれ! 勝って俺に、俺たちに、『英雄』の姿を見せてくれ! ゼンノロブロイイイイイイイイイッ!!!」
**********
嗚呼……トレーナーさんの声が、聞こえた気がする……。
気のせいかもしれない……だけど、不思議と、恐怖が萎んでいき、逆に勇気が湧き上がってくる。
力が湧き上がってくる。
ゴールへと向かう強い意志が、湧き上がってくる──。
『残り200メートルを切った! 最後の坂だ! ゼンノロブロイ! タップダンスシチー! ゼンノロブロイが躱わすか? ゼンノロブロイが躱わすか?!』
タップダンスシチーさんに並ぶ。
心臓が痛いほど拍動し、全身に血液を運んでいく。
手脚の感覚はとうに失われている。
残っているのは、ゴールへ向かうという意志だけだ。
「Unbereavable! 私の隣に立つのがアンタだとは、初めて会った時は夢にも思わなかった!!」
「私も! クリスエスさんを倒したあなたに並べるなんて、夢にも思いませんでした!!」
そう、夢にも思わなかった。
だから、ここから踏み出す一歩は、夢の先への第一歩!
私が、このレースの勝利へと、日本一へと至るための決死の一歩だ!!
「これが、私の……英雄としての、第一歩なんだああああああああああああっ!!!!!」
『──ゼンノロブロイが先頭! ゼンノロブロイが先頭! ゼンノロブロイがタップダンスシチーを抑えました! 秋のシニアG1を3連覇!!!』
ゴールの瞬間──いままでで1番、実感が伴ったゴールだった。
無意識のうちに、私は自分が勝利したことを確信していた。
それはきっと、昨年の有マ記念で、遠く遠く、遥か前方を駆け抜けていった憧れの背中が、今も脳裏に焼きついていたからかもしれない。
私が憧れ、追いつこうとした、あの漆黒の背中が……。