ゼンノロブロイの英雄譚 〜Rob Roy of the Royal Road〜   作:C.S

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第7話 初めてのG1レース

『さあ! 曇り空の東京レース場には、溢れんばかりの観客が詰めかけています! クラシック世代の頂点を決めるレース、日本ダービーが間も無く始まります!!』

 

控室に据え付けられたテレビから、そんな実況の声が聞こえてきた。

テレビだけじゃない、遠くの客席からも、レース場を揺るがすような歓声が聞こえてきた。

それだけで萎縮してしまうには、十分過ぎた。

 

「……………………」

 

極度の緊張が私を掴んで離さない。

喉がカラカラで、心臓が凍りついたように冷たくて、全身が固められたように、座ったまま動けない。

今までのレースでも緊張はしたけれど、デビュー戦ですらここまで酷くはなかった。

無意識のうちに考えないようにしていたのだろうが、真正面から突きつけられている。

これから走るのは初のG1レース、それも日本ダービー、一生に一度しか出られない最高峰の舞台だ。

緊張しないなんて、不可能に決まってる……。

 

コンコンッ──

 

「ロブロイ──入るぞ」

「……クリスエスさん……」

「おぉ! その勝負服、似合ってるじゃないか!」

「……柏トレーナー……」

 

クリスエスさんとトレーナーが応援に来てくれた。

けれど、私の状態を見て、2人とも神妙な面持ちになった。

 

「──pressure──を、感じてる、のか?」

「……はい……すみません……」

「初めてのG1レースだ、無理もないだろう」

 

そう言うとトレーナーは、近くの椅子を持ってきて私の前に座った。

そして解きほぐすように優しく語りかけてくれた。

 

「ロブロイや。どうして緊張しているんだい?」

「……こんな大勢の前で走るのは、初めてで……一緒に走る人たちも、強い人ばかりで……」

「そうだな……。お前さんは小心者だから、いくらでも気になっちまうなぁ……」

 

『けれど』と言って、トレーナーは続けた。

 

「お前さんの努力は本物だ。今日のために苛烈なトレーニングを積み重ねてきた。ライバルたちの研究も抜かりなかった。あとは『運』が味方をするかだ」

「……『運』……ですか……?」

「ダービーは『最も幸運なウマ娘が勝つ』って言われてる。このレースに出場するウマ娘は強者揃いだ。実力は横並びと言って良い。だから、後は『運』に左右されるってな」

 

柏トレーナーは、白髪混じりの頭を掻きながら言う。

タハハッと小さく笑うと、私の目を真っ直ぐに見つめてくれた。

 

「ロブロイや、お前さんが感じてるプレッシャーを、他のウマ娘たちも感じている。だから必要以上にネガティヴにならなくていい。それこそ、宝籤を買うくらいの気持ちで挑めば良い」

「……ネオユニヴァースさんや……チェリーマイスターさんもいます……」

「確かに強いな。けれど、レースに絶対は無い。『勝利した自分』をイメージするんだ。それこそ、お前さんが目指す『英雄』の姿を」

「……イメージ……勝った、イメージ……」

 

トレーナーの言葉が、凍てついた心をジンワリと溶かしてくれていた。

真っ白だった思考も徐々に晴れ、世界が色彩を取り戻していくようだった。

それでも、まだ四肢の震えを感じた。

身体が、力の入れ方を忘れてしまったような感覚だ。

けれど、そんな私の手を、クリスエスさんが取ってくれた。

 

「──stand upだ、ロブロイ」

「はっ……はい……」

 

クリスエスさんに導かれるようにして、私はゆっくりと立ち上がる。

クリスエスさんは私の肩に手を乗せると、壁に据え付けられた鏡を指差した。

 

「──ロブロイ──誰が、映っている?」

「それは……」

 

鏡に映るのは自分の姿だ。

緊張に飲まれて、オドオドとした、未熟なウマ娘の姿だ。

けれど、クリスエスさんはこう言ってくれた。

 

「──『英雄』が、映っている──私には、そう見える」

「……『英雄』……」

 

私の勝負服は、とある欧州の英雄をモチーフにしたものだ。

タモシャンター帽を被り、タータンチェックのマフラーを巻いている。

緑を基調とした、スコットランドの民族衣装風の勝負服だ。

私が目指す英雄、『ロブ・ロイ』をイメージした勝負服だ。

 

「イメージは、大きな力のソースになる。ロブロイ──鏡の中の、お前は──これまでで、最も強い」

「……今の私が……一番、強い……」

 

我ながら、とても単純だと思う。

けれど、勝負服を着た私を見ているだけで、心がどんどん軽くなっていくのを感じた。

柏トレーナーの言う、『勝利した自分』のイメージが、鮮明に脳裏へ浮かんだ。

胸中を支配していた冷たさは消え、沸々と温かさが湧いてくる。

もう、指先は震えていなかった。

 

「……クリスエスさん。柏トレーナー。ありがとうございます。お陰で、覚悟が出来ました」

「お前さん、目が変わったな。頼もしい目になったじゃないか」

 

トレーナーはそう言って、私の頭をポンッと叩く。

私は2人に感謝を述べ、次いで告げる。

自身を奮い立たせるように、言霊に想いを乗せるように。

 

「日本ダービー、勝ってきます! クリスエスさんの分まで、勝ちます!」

「あぁ。お前さんなら為せる。確信してるよ」

「Good luck──楽しんで、来てくれ」

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