回生の者とカルデア 作:……
「……あ、今夜もまたよろしくお願いします」
昼下がり、通り過ぎた自身の従者に景虎はそう声をかけた。
声をかけられた男は、わかりましたと返事をしてそのまま通り過ぎていく。
「……今のなんだ?」
「触れるな、きっとあの従者が景虎様にとって大切なんだ」
「……?どういうことだ?」
「馬鹿か!あの景虎様が、夜中に従者一人を呼びつけたんだぞ」
(……何か言っていますが、聞こえないし無視しましょう)
廊下での光景にああだこうだと議論する者たちを特に気に留めず、景虎は廊下を少し浮ついた足取りで足早に去っていった。
その日の夜、城のすぐ外で槍と刀がぶつかる音、そして激しい笑い声が何度も響き渡っていた。
「──あっはははははは!!!!楽しい!楽しいですよ久遠!」
「ああそうですか……、アンタが楽しいなら良かったです──よ!」
笑いながら、訓練用ではない槍を男へと振り下ろす景虎に、久遠と呼ばれた男は苦笑いと共にそれを受け止めて押し返す。
どうやら、今宵は先ほどの一合が最後であったらしい。
「……さて久遠、ちょうど良く運動をしたら喉が渇きましたね?」
「いや、あまり──」
「乾きました。なのでお酒を飲みましょう!あなたの分も用意してあります、さぁさぁ!」
男は無理やりに景虎に引っ張られてゆく。
その日は、とても月の明るい夜だった。
二人は月明かりが差し込む部屋で酒を飲む。
「……前は何を話しましたっけ?──そうでした、あなたの
自身の盃に注いだ酒を一杯飲み干して、景虎は男へと寄りかかって言った。
「……私、死にたくなくなったんです」
「………?」
「あなたと過ごす時間は、戦いでも、そうでなくても楽しいので。終わりにしたくないな、と思うようになりました」
久遠は沈黙を守り、景虎の瞳を見つめて、ただ静かに景虎の言葉に耳を傾けた。
「……前に話した時、今代のあなたは私が目的だと聞きました。それなら、私が死んでしまえば、私の大切なあなたは生きる意味を無くしてしまう。それなのに、どうして命を投げ捨てられましょうか」
「……それは──」
「気にしなくていい、などとは言わないでください」
盃を呷り、深呼吸を一つ。
「……あなたの目的となるほどならば、私はきっと本来は今よりもっと強い神秘を秘めるはずだったのでしょう。……でも、晴信との戦が、そしてあなたとの日々が、私を人に堕としたのです」
「……何が言いたいんです?」
「きっと、他の未来もあった私を、あなたが
「……っ」
男は息が詰まる思いだった。
もし、彼女が正しく毘沙門天の化身として成っていたのならば、彼女はきっと天下を平定し、この日本を治ることができただろう。
その未来を消し去ったのは、ただの人へと堕としたのはお前だと、彼女は男にそう言ったのだ。
「……何を」
「……何も。ただ、数百年先も、数千年先も私を覚えていてください。」
月夜に照らされた景虎は、虚な瞳で男を覗き込み、三日月のように口元を歪ませて、そう言った。
「不死のあなたと定命の私では、流れる時間に差がありすぎる。私は狡い女ですから、このようなことしか思いつきませんでした」
「……そうですか」
「ええ、ですから……」
そこで言葉を切り、男に身を寄せた景虎。
男の頬に暖かな感触が触れる。
「どうか、私の影を……いつまでも背負い続けてくださいね」
そう言って笑った長尾景虎に、彼は静かに頷いた。
まだ冬の気配が残る、寒い四月のことだった。