PHASE-1 戦火の調べ
キーボードを指先で素早く叩く音が室内に木霊する。机の上に乱雑に散らばった何かの設計図のような用紙の数々、壁に掛けたボードに貼り付けられた写真、そして一心不乱にキーボードを叩く1人の少女。
「は〜……まったく」
少女は腕を上げて背を伸ばしながら深く息を吐き出す。そして背もたれの軋む音を背に、勢いよく立ち上がる。
机の上には目もくれず、手荷物を持って部屋を出て……そのまま家を後にする。
道路を行き交うクルマのタイヤが地面を叩きつける音、街中の喧騒、何気ない日常風景……この光景が《偽りの平和》であることを、ここにいる誰もが知らない。この少女も……例外ではない。
「よ〜う」
「は〜い!」
少女は2人組の男女に話しかけられた。挨拶されて、笑顔を浮かべる。
「やっほ〜。ミリアリア、トール」
少女と同い年ぐらいの男女も釣られて笑顔を浮かべる。互いに気心の知れた仲であるかのような距離感。
「これから旦那のところに行くのか〜?」
トールと呼ばれた少年が、少女にニヤついた顔でそう言った。
少女はすかさず、取り繕うように何度も首を横に振る。
「アイツとはそんなんじゃないって!」
「そう言って、いっつも世話焼いてるでしょう?」
ミリアリアと呼ばれた少女もまた、トールと同じようなニヤケ顔をする。
まさに年頃の少年少女の何気ない会話と言ったところ。
「ミサキも大変だねぇ」
「……好きでやってるだけだし」
「やっぱり好きなんじゃない」
「ミリィ〜!!」
アハハ……と笑い合う3人。
その横を、1台の大型車両が通る。そして、また1台……もう1台……その車両の群れを、ミサキと呼ばれた少女は横目で見遣る。
「……まさか、ね」
「何か言ったか? ミサキ?」
「んっ、何でもない!」
ミサキは怪訝な表現を隠し、にっこりと笑顔を向けた。
「あっ、そうだ! キラを見かけなかった?」
「キラか? 今日はまだ見てないな〜?」
「大方、公園にでもいるんじゃないの?」
「ん〜、じゃあさ。2人にお願いがあるんだけど……」
ミサキは両手を自身の目の前に置いて、重ね合わせる。
そして目を瞑って軽く頭を下げる。
「もし見かけたら、お……教授が探してたって伝えといて!」
「ジュース1本な〜」
「もう、トールったら! ……私たちもキラを探してたところだし、伝えておくわ」
顔を上げてパーッと明るい表情を浮かべるミサキ。
「ありがと〜! それじゃあまたゼミで!」
「おう!」
「またね〜」
右手を大きく振り、ミリアリアとトールに背を向けて再び街中を歩き出す。
ポケットから携帯端末を取り出し、ニュースサイトのアプリを立ち上げて画面に視線を落とす。
『こちらカオシュンから7キロの地点では、依然激しい戦闘の音が続いています』
「カオシュン……先週でこれじゃあ、もう落ちてるかな」
画面越しに広がる戦争の光景。20mをゆうに越える、ザフトの有人式人型ロボット兵器《モビルジン》……ジンが地球軍の兵器を軽々と蹂躙していく。
鳴り止まない銃声、響き渡る金属音、広がる火の海……画面の中の非日常、それでもミサキの……このニュースを見ている人の中の日常は、何も変わらない。
ここは中立だから、戦争をしているのは地球軍とザフトだから……私には関係ない。戦争なんて液晶の向こうの話。もしくは創作上のお話。
それが普通の認識になっていた。
「くだらない」
アプリを閉じて端末をポケットに仕舞う。
そして1件の民家の前に立ち……大きく息を吸う。
「タ〜キ〜!!」
玄関のドアを強く叩き、大声で呼び掛ける。
家の中でドタバタと騒々しい音が聞こえ……ミサキは大きくため息をつく。
「勝手に入るからねっ!」
遠慮なしにドアを開き、家の中に入る。そして真っ直ぐに歩を進め、ノックもせずに部屋に入る。
「……手荒いモーニングコール」
ベッドから転がり落ちた少年は、ボリボリと腹を掻きながら欠伸をした。
「いいから支度する! 遅刻だよ!?」
床に散らばった荷物を纏めながらミサキが怒りながら言った。《タキ・ミナト》……そう名前の欄に記入された、無造作に床に置かれた学生証を手に取り、少年に手渡す。
「ん〜……めんど」
「サイやカズイに任せっぱなしじゃあ悪いでしょ!」
タキと呼ばれた少年は、学生証を受け取り髪を掻きながら立ち上がりる。Tシャツとパンツだけの姿から、外行きの服に着替える。
「はいはい、わかったよ」
荷物を持ち、気怠そうにしながら家を出る。ミサキも追従するように一緒に家を後にする。
「ニュース見た?」
「見てねぇ」
ミサキは呆れた表情で再びため息をつく。そして、ポケットから端末を再び取り出して先程のニュースサイトを開く。
「今度はカオシュンだって」
「ふーん」
興味ない、とでも言いたげな表情で欠伸をする。話が広がらず、若干の苛立ちを募らせるがミサキはそれを飲み込んだ。
もう慣れた……とでも言わんばかりに三度、ため息をつく。
「ため息ばっかしてると、幸せが逃げるぜ」
「誰の所為だとっ!」
ギャーギャーと金切り声を上げるミサキ。周囲の人々から奇特な目を向けられているが、当の本人は気にも留めなかった。というよりは……頭に血が上っていて周囲に気を配る余裕なんてない、といった方が正しいか。
これが、2人の日常風景。ズボラでめんどくさがりのタキを、ミサキが甲斐甲斐しく世話を焼く。
こんな日常がいつまでも続くと……2人はそう思っていた。
この時までは。
突然だった。
大きな揺れが2人を……街中を襲う。
「きゃっ!?」
「なんだ、隕石でもぶつかったか!?」
大きな揺れでよろめいたミサキの肩をタキが支える。
ここは宇宙に浮かぶコロニーだ、スペースデブリがぶつかっても可笑しくはない。もっとも、そんな確率は皆無に等しいのだが……。
2人が思考を巡らせ、その場で立ち竦んでいると……街中に警報音が鳴り響く。
その音が、本能的に危機感を掻き立てる。
「警報!?」
「いったい、何が……!」
2人は訳もわからず周囲を見渡す。パニックになる人、必死に走り出す人……皆、直面したことない事態に判断力を奪われていた。
「ザフトだ! ザフト軍に攻撃されてる! モビルスーツが入ってきてるんだよぉ!!」
誰かが大声でそう言った。
タキとミサキの顔が蒼白に染まる。
ザフトに攻撃されている。
それはつまり……ここが戦場になる、ということに他ならない。
中立国が……戦場に。
「なんで……なんでっ!?」
「知るかよ! 今はとにかく避難だ!」
タキはミサキの腕を強引に引き、全速力で走る。
街中の人混みを掻き分ける。誰もが我先に、と急ぎ早く走る。街中の至る所から爆発が起こる。その度に、人々の悲鳴が耳をつんざく。
「避難って、どこに!?」
「とりあえずはゼミだ!」
カトウゼミ、2人が在籍している工業ガレッジのゼミナール。彼らの友人達もそこに在籍している。そして、今日はそこでパワードスーツの実験と研究をする予定だった。
そこに行けば、教授や友人達が居る……そう思い、タキはミサキを引っ張りながら全速力で走った。
「みんなっ!」
ゼミの中に入り、2人は肩を竦めて息を切らせる。
「タキ! ミサキ!」
「サイ……! みんな、無事か!?」
ゼミの中を見渡す。ここに避難してきたのか、いつもより多くの人が中でひしめいていた。明らかに……異常事態だ。
「ああ、俺たちは無事だけど……」
サイと呼ばれた少年がそう言い、ゼミの奥に目を向ける。
「キラが、男の子を追って奥に行っちゃったんだ!」
「なんだって、カズイ!?」
カズイと呼ばれた少年が、怯えながらゼミの奥を指差す。
その時……
「わぁ!?」
「きゃーっ!!」
再び大きな爆発音が聞こえてきた。それと同時に大きな揺れにも襲われる。
人々の恐怖心を駆り立て、増大されるには充分過ぎる出来事だ。ゼミの中は大混乱、とてもじゃないが安全とは言えない。
「……俺はキラを探してくる!」
「タキ!?」
タキはトールの声を背に、ゼミの奥へと駆け出す。
友人を放ってはおけない、その一心だけで体が動いた。後先や安全なんて考えない、ただ友人の為に。
友人を探して、ゼミの奥へ……ひたすら奥へ走った。普段は立ち入る事のない区域……そこには、信じられない光景が目に前に広がっていた。
「なんだこれ……なんなんだよこれ!」
ゼミの奥に、大規模な工場がある。
……なんで、工業ガレッジのゼミナールに、こんな工場群が?
それも……中立国オーブで。
戦争。
オーブが……戦争をする?
「タキッ!!」
自分を呼ぶ声に、意識を現実に引き戻され……振り向く。
「トール! カズイ! サイ! ミリアリア! ミサキ! なんでここに……!?」
タキの友人達が、走ってやってきた。
「あのまま放っておけないだろ!」
「だからって、ここまで……!」
「ね、ねぇ……これって……?」
ミリアリアが声を震わせて、工場群を指差す。
「俺が知るかよ!」
「……ミサキ? 大丈夫?」
肩を抱いて震えるミサキ、その様子を心配したカズイが話しかける。
「まさか……本当にモビルスーツを……!」
みんなが立ち竦んでいると、何度目か分からない爆発音が響き渡る。
明らかに錯乱した様子のミサキ。その様子を見て……タキはミサキの腕を掴んで引っ張った。
「とにかくここは危険だ! いつ崩れるか分からない、外に出よう!」
ミサキ以外の全員が頷き、階段を駆け下りる。
その先にあったのは……大きな白い扉。
「これって、シェルターじゃない!?」
「そうだよ! きっとそうだ!」
ミリアリアとトールが歓喜の声を上げる。
タキがパネルを操作して、シェルターの扉を開こうとする。
しかし……反応は無かった。
「……ダメだ、もうここは『カラッポ』だ!」
「そ、そんな〜……!」
カズイが大きく肩を落とす。他の皆も、落胆と焦りの表情を浮かべる。
「他のシェルターを探そう!」
再び6人は走り出す。息を切らしながら……無心に走る。
恐怖を抱えながら……ただただ、走った。
建物から出ると……そこに広がる光景に、皆が絶望した。
モビルジン……ザフトのモビルスーツが、工場群を攻撃している。
ニュースの中でしか見たことのない光景が、今まさに眼前で広がっているのだ。
「そんな……これじゃあ……!」
戦争そのものじゃないか。なんでこんなことに!
タキはそんな思いを飲み込み、今は安全確保が最優先だと自身に言い聞かせる。
「……ミサキ?」
驚愕の表情を浮かべ、遠くを眺めミサキ。その視線の先にあるのは……ジンとは違う、真っ白なモビルスーツ。
「《X105》……!」
「は?」
真っ白なモビルスーツが、ジンと戦闘を行なっている。
……いや、戦闘というのも烏滸がましいか。ジンが一方的に真っ白なモビルスーツを攻め立てている。
あれはザフトのモビルスーツじゃない?
なら……どこのモビルスーツだ?
オーブの? ……地球軍の?
「ミサキ、お前……」
「タキッ! ミサキ! 後ろっ!!」
サイの声が鼓膜を突き通る。ミサキの肩を抱きながら振り向くと……真っ赤なジンがこちらを見下ろしていて……銃口を向けていた。
「死ねぇ! ナチュラルがぁ!」
返り血に染まったような色のジンが、マニピュレーターでマシンガンの引き金を引いた。