「ガン……ダム……?」
ヘリオポリスの学生《キラ・ヤマト》はディスプレイに表示された文字列を見て、そう呟いた。
General
Unilateral
Neuro-Link
Dispersive
Autonomic
Maneuver Synthesis System
単方向分散型神経接続による汎用自律機動演習合成システム……これが、この《モビルスーツ》のOS?
こんなOSじゃあ……!
「……サイ!?」
ディスプレイが切り替わり、外部カメラが捉えた光景が映し出される。
そこに映っていたのは……キラの友人の姿。
「カズイ! トール! ミリアリア!」
逃げ遅れたのだろうか、何にしても……ここにいたら危ない!
戦闘に巻き込まれて……死んじゃうかもしれない!
自分に何か出来ることは……!
「うわぁ!?」
「くっ!」
全身に衝撃が走り、体が大きく揺れる。
このモビルスーツの操縦席に乗っている女の人……おそらく、地球連合軍の士官にぶつかってしまった。
「下がっていなさい! 死にたいの!?」
女士官に凄まれ、コクピットシートの後ろに身を隠す。ディスプレイに映っているのは、モビルジンが1機。
ジンは携行しているマシンガンをこのモビルスーツに容赦なく打ち込む。
「くぅ!」
「あっ……!」
女士官はたどたどしい操縦で機体を動かすが、ジンのマシンガンを満足に回避できずに、放った弾丸の直撃を受けた。
コクピット内が激しく揺れる。とんでもない衝撃だ。それでも……コクピット内の計器に目を見遣ると、機体にダメージを受けている様子はない。
「フェイズシフトの装甲があるとはいえ……!」
女士官がそう独言る。
フェイズシフト……装甲に電圧を加えて相転移させ、強度を大幅に上げる技術……このモビルスーツには、そんな技術が用いられているのか。衝撃までは相殺できないとはいえ、ジンの攻撃でダメージを受けていないのは納得だ。
このモビルスーツはとんでもない機体だ、だけれど……。
「無茶苦茶だ! こんなOSでこれだけの機体を動かそうなんて!」
ソフトウェアがハードウェアについていってない。こんなOSで動かせるのは、作業用のパワードスーツが関の山だ。
「まだ全て終わってないのよ! 仕方ないでしょ!?」
「……退いてください!」
女士官を操縦席から払い除け、代わりに座り込む。
そしてキーボードを取り出し、OSのセッティング画面を開く。
「キャリブレーション取りつつゼロ・モーメント・ポイント及びCPGを再設定……チッ! なら疑似皮質の分子イオンポンプに制御モジュール直結! ニュートラルリンケージ・ネットワーク、再構築! メタ運動野パラメータ更新! フィードフォワード制御再起動、伝達関数! コリオリ偏差修正! 運動ルーチン接続! システムオンライン! ブートストラップ起動!」
「この子……!」
これでとりあえずは機体を満足に動かせる土台は組み上がった。
あとは、あのジンをどうにかするだけ!
「武器は……アーマーシュナイダー? これだけか!?」
シノゴの言っていられない、機体に備わっている2丁のコンバットナイフをマニピュレーターで掴み、ジンに特攻を仕掛ける。
ジンの放つマシンガンを左右に動いて回避し、コンバットナイフの有効距離まで一気に近付く。そして……コンバットナイフを、ジンにひと思いに突き刺した。
ジンの機能が停止したのか、動きが止まり膝から崩れ落ちた。
これで……一安心だ。
そう思った時だった。
「ジンから離れて!」
女士官の声が聞こえた瞬間、ジンが爆発した。
「うわぁぁぁぁ!!」
その爆発に巻き込まれ……このモビルスーツが姿勢を崩す。その衝撃で、コクピット内が激しく揺れ動く。
装甲にダメージを受けないからって、下手したら衝撃で死んでしまう。
これが……戦争。
深く息を吐き、ディスプレイを眺める。
爆発したジンの残骸……その奥に、もう1機のジンが視界に入った。真っ赤に塗装された……ジン。
「もう1機!?」
その深紅のジンが銃口を向けているその先に居るのは……
「タキ! ミサキ!!」
ゼミの友人……タキが、ミサキの肩を抱いて立ち竦んでいた。あの深紅のジンは……タキとミサキを殺そうとしている……?
「死ねぇ! ナチュラルがぁ!」
「やめろぉぉぉぉぉ!!!」
モビルスーツを全速力で走らせ、深紅のジンへ接近する。その勢いのまま……深紅のジンに体当たりをする。
「くぅっ!」
「ぐわぁっ!?」
深紅のジンは大きく吹き飛び、背面から地面に叩きつけられた。コクピット内にとてつもない衝撃が走ったけれど……ディスプレイに目を見遣る。
タキとミサキは……無事だった。深紅のジンが発砲する前に、吹き飛ばすことができたみたいだ。
「っ……! くそぉ! ナチュラル如きにぃ!!」
吹き飛ばされた衝撃の影響か、深紅のジンのコクピットハッチが開いていた。
「チッ! さっきの衝撃でハッチがイカれやがったか! ……ん?」
大きく目を見開いてしまった。
タキが全速力で走り出し……ジンのコクピットまで跳躍しながら駆け上がった。
「テメェ!!」
「ぐぁっ!」
そして、深紅のジンのパイロットの胸ぐらを掴んで引きずり出し……顔面を思い切りぶん殴った。
「うぉぉぉぉっ!?」
深紅のジンのパイロットの身は投げ出され、地面に肩から叩き落とされた。受け身は取れたようだけど、ダメージは大きかったのか覚束ない足取りで立ち上がった。
タキは……
「……えっ!?」
深紅のジンのコクピットの中に入り込み、操縦席に座った。そして、先程の仕返しだと言わんばかりに……マシンガンの銃口を深紅のジンのパイロットに向けた。
「クズ野郎がぁ!」
タキの怒号と共に、ジンの銃口から弾丸が放たれる。深紅のジンのパイロットはその銃弾を回避……はしなかった。
タキはわざと、銃弾を当てないようにしたんだ。
「くそぉー!!」
深紅のジンのパイロットは背負っているジェットパックを噴射させ、空中を飛んでいった。撤退……したみたいだ。
これで……安心だ。
視線をコクピットシートの後ろに向ける。
「……あぁ!?」
女士官が気を失って、シートに寄り掛かっていた。それもそうだ、あれだけの衝撃を何度も受けて無事でいられるはずがない。
急いでモビルスーツを安定した場所に移し、コクピットから身を乗り出す。
「……キラ!?」
「キラなのか!?」
友人達が駆け寄ってきた。
サイ、カズイ、トール、ミリアリア、ミサキ……そして……
「……サンキューな、キラ」
タキ……無事で良かった。
「中に怪我人がいるんだ、降ろすの手伝ってくれない?」
皆、快く引き受けてくれた。
協力して女士官をコクピットから出して、安静にした。ミリアリアが女士官の看病を引き受けてくれた。
サイとカズイとトールは、真っ白なモビルスーツ……今はバッテリーが切れて灰色になったモビルスーツを、動物園のライオンを見るかのように眺めている。
ミサキは……浮かない表情で顔を伏せていた。
「大丈夫? ジンに撃たれそうになって……怖かったよね?」
「ん……大丈夫、キラが助けてくれたから。ほんとに……ありがとう」
「しっかしあのジンのパイロット、なんだってんだか!」
危害を加えられそうになり、逆上して機体を奪い取る……タキらしいや。
真っ白……灰色のモビルスーツの横に鎮座している深紅のジンに目を見遣る。あのパイロットは……丸腰の民間人を、容赦なく虐殺しようとした。軍人は……そんな事をして、いや、未遂に終わったけれど……いいのだろうか。あの人は、何の為に戦っているのだろうか。
「うぅ……」
「気付きました? ……キラぁ!」
ミリアリアの声が聞こえた。
その方向を振り向くと、女士官が目を覚ましたみたいだ。
「すみませんでした。なんか僕、無茶苦茶やっちゃって……」
女士官はミリアリアからお水を受け取り、ゴクゴクと飲み込む。
そして視線を灰色のモビルスーツに向ける。
モビルスーツを眺めているサイ達を見るや否や、腰から拳銃を取り出し……
「その機体から離れなさい!」
サイ達にその銃口を向けた。
その行動に驚愕し、体を硬直させる3人。
「止めて下さい! 彼らなんですよ、 気絶している貴方を降ろしてくれたのは!?」
女士官は全員を睨み付けるように見渡し、銃を収めた。
……危害を加えられる訳じゃなさそうだ。
「助けて貰ったことは感謝します。でもあれは軍の重要機密、民間人が無闇に触れていい物では無いわ」
「さっき操縦してたのはキラじゃんか……」
女士官がトールを睨み付ける。それに萎縮するトール。
……軍の重要機密、そんな代物に乗ってしまった。これからどうなってしまうのだろう……。
「みんなこっちへ。1人ずつ名前を」
女士官に促され、全員が横1列に並ぶ。
なんだか……軍隊に入って整列されられてるような錯覚に陥りそうになる。
「サイ・アーガイル」
「カズイ・バスカーク」
「タキ・ミナト」
「トール・ケーニッヒ」
「ミリアリア・ハウ」
「……キラ・ヤマト」
「……………………」
ミサキは俯いて黙ったままだ。女士官に顔を合わせようとしない。さっきから……ミサキの様子が可笑しい。
状況が状況なのは分かる。けれど……いつもの彼女は、太陽のように明るくて元気な女の子だ。
明らかに……何かがある。
「名前、言えないの?」
女士官が睨みつけながらミサキに凄む。ミサキが小刻みに肩を震わせ……息を荒げる。
「止めろよ、相手は女の子なんだよ!」
タキがミサキの前に、庇うように立つ。
「いいの、タキ……大丈夫、私は大丈夫だから……」
ミサキがタキの肩を掴み、自分の足で前に立つ。
そして俯いていた顔を上げて、大きく息を吸い込み……
「ミサキ・カトウ」
「……え? カトウ?」
女士官が大きく目を見開き、口を半開きでプルプル震える。
「貴方……カトウ教授の、娘さん?」
ミサキは静かに小さく頷く。そして恐る恐る、ミサキが口を開く。
「このモビルスーツ……X105の開発に、父が関わっている……そうですよね……?」
「っ……それは……」
女士官が顔を伏せて黙った。ミサキの問いを肯定したも同然だった。
ミサキの瞳に涙が溜まっていく。そして肩が大きく震え……
「ミサキ……」
タキがミサキの肩を抱き寄せる。ミサキが深呼吸をして、天を仰ぐ。
「……ごめんね、みんな」
今にも消え入りそうな、震えた声が皆の静寂を包み込んだ。