わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「では、クレールの優勝とエリザベートの準優勝を祝して乾杯!」
「かんぱーい!」
数日後、都のとある料理店にて。
いくつもの皿が並ぶテーブルを前に音頭を取ったのは紅髪の女騎士見習い──上級学校三年生となったラシェルだった。
今日は親しい者だけでの祝勝会。
優勝賞品と準優勝賞品である剣も無駄に持ち込まれている。
「ありがとうございます! とうとう勝てて本当に良かった……!」
「ふん。あと一歩でしたのにクレールと来たら……!」
祝福を受けた二人の反応は正反対。
クレールを相手に惜敗したエリザベートは好成績にもかかわらず悔しそうだった。
すっかり成長して凛々しい美少女となったラシェルは「まあまあ」と苦笑して、
「いいじゃないか。女子が一位と二位を占めるなんてそうあることじゃない。ボクとしても鼻が高いよ」
「そうですわね。並みいる男子を蹴散らしたと思えば──」
「ダミアンも悔しがってたしねー」
決勝戦が行われる時点で負けが確定したダミアンは「またか」と大きく肩を落としていた。
「ちょっと可哀想だったけど、おかげで節約できそうだよ」
「シルヴィアさんのことですから、また『指輪を売ろう』って言い出しかねませんでしたし……」
「貴族学校の制服か。シルヴィアになら似合うだろうね」
「ラシェル先輩にも似合うと思いますけど……」
「ボクは駄目だよ。スカートじゃひらひらしていて動くと気になる」
あっけらかんと笑う少女の頭上には『61/100(友人)』の表示。
「ボクは武器を振り回すほうが性に合ってるよ」
「調子はいかがです? ご活躍の噂は時折耳にしておりますが」
「絶好調だよ。できればさっさと魔物討伐の任務に就きたいくらい」
言って、彼女は傍らに立てかけられている自らの得物を軽く撫でた。
「武器を替えて良かった。シルヴィアのおかげかな?」
「そんな。わたしは大したことも言ってませんから」
「謙遜しなくてもいいのに。それはそれで一つの才能だよ」
果実の絞り汁をくいっと飲んだラシェルは「お酒じゃないとあまり格好がつかないね」と一言。
この国では「大っぴらに」酒が飲めるのは十六歳からと定められている。
上級騎士学校や貴族学校の卒業、平民にとっても見習いから一人前に上がるのがそれくらいの年齢なので実質上の「成人」だ。
ただまあ、こっそり飲む分には別に問題ないし、バレても怒られる程度で捕まったりはしない。
「ここだけの話、キミたちはお酒強いのかな?」
「えっと、嗜む程度には」
「私も、あまり飲んだことはありませんが父からは『いける口だな』と」
「あたしも結構強いですよ! そのうち飲み比べしたいです」
「わたくしも自慢ではありませんがそれなりに」
「ふうん?」
ラシェルがジト目になって「何人か嘘をついてるなこれは」と呟く。
残念ながらこの面子で飲んだことはないのでシルヴィアにも真偽のほどはわからない。
「いつか、みんなで飲んでみたいね」
「いいですわね。なにか大きなお祝いごとがあった時の楽しみにしておきましょうか」
「大きな、って卒業とか?」
「三年以上先の話……まだまだ遠いですね」
「三年なんてすぐだよ。ボクも夢中で過ごしてきた感じだしね」
最後の剣術大会が終わり、騎士学校での日々も残り少なくなってきた。
騎士学校を卒業すれば仲間たちともお別れだ。
「いっそのことすぐに騎士になれればいいのに」
六年生になったあたりから「卒業したくない」とこぼすようになったクレールが、今日は別のことを言う。
「シルヴィアも戦略家になってさ。みんなで作戦とかこなして。それなら一緒にいられるよね」
「そうだね。それは楽しそうだなあ」
仲の良いメンバーだけで少女騎士団みたいなのを結成して戦う。
それこそゲームみたいな設定だけれど、だからこそ夢がある。
公爵令嬢が息を吐き、なにかを口にしようとして、一度口をつぐんでから再び、
「別に今生の別れでもないでしょうに。機会を作って会えばいい話ですわ」
「上級学校も貴族学校も冬季はお休みだしね。今までよりも暇は多くなると思うよ」
結んだ絆が消えてなくなるわけではない。
「手紙とかもあるしね」
電話やメール、SNSほど手軽ではないけれど、一文字ごとに心をこめるからこその温かさもある。
みんなからもらった手紙はきっと宝物になるだろう。
そう思って口にすると、何故かクレールはげんなりした顔になって。
「手紙かあ。あたし苦手なんだよね、ああいうの」
「あなたは算術も歴史も、座学はほぼ苦手分野ではありませんの」
「でも確かに、訓練の他に勉強もさせられるのは大変です」
「あはは。わたしは勉強のほうが楽しいんだけどな」
酒を飲まなかったので祝勝会の後もぐったりしている者はいない。
開催が昼だったのもあり、腹ごなしにみんなで都を歩くことになった。
◇ ◇ ◇
「こうして見ると平和なのですけれど」
国一番の規模を誇る王都は今日も多くの人で賑わっている。
旅人や冒険者の姿もあちこちで見るし、大通りなどは馬車も頻繁に行き交っている。
毎日美味しい食事ができるのも商人の来訪が多いおかげだ。
「例の犯人ってまだ捕まってないんだよね」
「人の仕業だって確定もしてないけど、まあそうだね」
四年生の遠征訓練で起こったゴブリンの襲撃。
何者かの仕業と目されながらも詳細は結局わからず仕舞い。
五年生でももしかしたら……と警戒はしていたものの、シルヴィアたちが襲撃されることはなかった。
代わりに襲われたのは一つ下の後輩たち。相手は
逆に言うとけが人は出たということだ。
「探索も行われたけど都周辺で大規模な巣は見つかってない。それにあれ以来、外に出た騎士や兵士がゴブリンに襲われる事件がいくつも起こってる」
「結局、そのゴブリンたちはどこから来たんでしょう……?」
「もしかすると恩恵、なのかもしれませんわね」
無からゴブリンを生み出す恩恵、などというものがあるとすれば非常に厄介だ。
「神様の文字を読める人間でもいれば見つけ出せないかな」
歩きながら何気なく視線を向けてくるラシェルに苦笑を返して、
「恩恵の文字を開きっぱなしで歩いている人なんていませんよ」
「まあ、そんなことをするのはよほど神様が嫌いか、その逆だろうね」
紅髪の少女も笑った。
彼女はそれからとある方向を振り返って、
「そういえば、キミたちは神殿に行ったことは?」
「二、三度訪れたことはありますけれど」
「あたしもそれくらいかな」
シルヴィアはイザベルと顔を見合わせて頷きあう。
五歳の神託は神殿ですし詰めになりながら一斉に与えられた。それからは騎士学校で忙しかったのもあって一度も行っていない。
「じゃあ、たまにはお祈りに行ってみない? 次の遠征訓練が無事に済みますようにってさ」
都には国で一番大きな神殿がある。
少し歩くけれど、お祈りに来る者なら誰でも入れる。
全員が神託を受け取り、それに準じているのだから民は全員信者のようなもの。前世が日本人のシルヴィアも冠婚葬祭的なしきたりと割り切れば特に抵抗はない。
実在する神様ならばご利益もありそうだ。
というわけで、しばらくぶりにその前までたどり着くと──。
「大きい……」
「前に来た時も思ったけど、あたしたちが子供だったからじゃなかったかー」
白い石造りの建物がでん、と鎮座している。
お城と違って造りはシンプルだけれど、壁面には神聖な紋章が施され、さらには要所に
神の文字が。
案の定、意味も分からないのにただ並べているせいでめちゃくちゃな文字列だ。「くぁwせdrftgyふじこlp」みたいなノリである。
「……シルヴィア。あれ、読めますの?」
「正確に発音するのは無理かなあ」
耳うちしてきたエリザベートは「神の文字ですものね」と頷いた。うん、たぶんわかってない。
五人が入り口に近づくと衣を纏った巫女たちが声をかけてきた。
聖職者の衣は高位のものほど白に近づく。黒が七割程度の彼女たちは一人前の巫女の中では位の低い者、といったところか。
「冒険者の方でしょうか?」
「お祈りの際はお静かに。決して荒事もなさらないように」
「こんにちは。ボク──私たちは騎士見習いです。作法は心得ているのでご安心を」
「これはこれは。いつもご苦労様です」
内部の床や柱も白い石造り。よく清められているので走ると転びそうだ。
祈りに使われているのは正面に進んだところにある大広間。
採光のため上部に取り付けられているのは色ガラスを組み合わせたステンドグラス。複雑な光が空間を満たして幻想的な光景が広がっている。
「心が洗われますね……」
「ええ、そうですわね」
見惚れるほどの美しさに「いくらかかったんだろう」と思ったシルヴィアは友人たちの純粋な感嘆を聞いて恥ずかしくなった。
実際、神の威光を示す意味でもこれはいい使い方だ。
「お祈りするのも久しぶりだなあ」
「そうだね」
恩恵を授かった時のことを思い出す。
あの時は祈りの作法を間違えてしまった。百合ハーレムなどという変な使命はあれが原因だったのだろうか。でも役には立っているし、クレールたちの恩恵も変なのは変わらない。
日本語を使っている神様なら、いっそのこと。
ぼんやりしているうちに他の四人が石の床に跪きはじめる。慌てて追いかけたシルヴィアは「どうにでもなれ」と
幸いラシェルたちは目を閉じているし、聖職者たちも一般人の作法にあれこれ言ったりはしない。
──神様、どうか悪い奴のせいで人が死にませんように。
願いは、光となって空に上った。
「これは……!?」
「綺麗……」
目を開けば銀の輝きがステンドグラスに吸い込まれていくところで。
「失礼。あなたは神聖魔法の心得が?」
「いいえ。わたしはただお祈りしただけです」
声をかけてきた初老の神官に首を振って答える。
隣のクレールが腕をつんつんして、
「またなにかやったの、シルヴィア?」
「わたしだってわからないんだってば」
答えたところで。
シルヴィアはなにかに導かれるようにして大広間の入り口への視線を向けた。
視線の先に真っすぐに立つ、人。
黒のローブに身を隠して顔も見えないその人物を見て、かつて聞いた教師の会話、そして先程友人たちと交わした話を思い出す。
みんなに声をかけようと口を開いたところで。
持ち上げられる腕。袖の奥から手袋に包まれた細い手が見えて。
「みんな、武器を構えて!」
──戦略コマンド《即応》。
ゲーム的には回避率が上がり背側面からの攻撃に強くなるらしいが、要するに奇襲に強くなるってことだろう。
予想通りの効果があったのか。
あるいは声に反応してくれたのか。ばっ、と振り返ったクレールたちが武器を手に取る。
留め具を外して引き抜ける状態になった時にはもう、相手の目論見は成っていて、
「馬鹿な、ゴブリンだと!?」
小さな人型の化け物が次々と出現。
大広間に耳障りな声が響き渡ると、他の礼拝者たちから悲鳴が上がった。
逃げようにも最も広い出入り口は魔物によって塞がれている。
「真の殉教を知らぬ愚か者どもめ! ここで死ぬがいい!」
深いフードの奥から聞こえたのは高い女の声だ。
彼女は、ばっ、と踵を返すとさらにゴブリンを召喚しながら外へと向かっていく。
「逃がしませんわ! ……と、言いたいところですけれどっ!」
こちらへ飛び掛かってきた一匹を公爵令嬢の抜き放った刃が迎撃。
「うん、これは他の人を守るのが先だよ」
奥へと逃げる礼拝者たちを庇うようにクレールが中央へと飛び出した。
剣術大会で与えられた賞品の剣は「早くこれに相応しい騎士になれ」という意味も込めて刃が入っている。おかげで二人がすぐさま対応できたけれど。
──数が多い。
ざっと見渡しただけでニ十匹。逃げつつ召喚された分を含めれば三十を超えるだろう。
前の時は少数ずつ襲ってきたからなんとかなったようなものの、これでは。
「エリザベート、その剣をイザベルに渡せ!」
「っ!? ……ええ、そうですわね。わたくしは素手でも戦えますものっ!」
イザベルは武器を持ってきていない。
代わりとして投げ渡された実剣を男爵令嬢はしっかりと握って、
「わかりました。シルヴィアさんは私が」
「ごめん、イズ」
「気にしないでください。シルヴィアさんのおかげですぐに対応できたんですから」
へっぽこなシルヴィアでは剣があっても足手まといだったかもしれない。
大人しく少女の後ろに隠れながら、ラシェルが得物と共に進み出るのを見た。
「ちょうどいいや。ボクの本当の実力、確かめておきたかったんだ」
彼女が笑みと共に振るうのは剣ではなく、長柄の先に穂先のついた武器──すなわち槍だ。