わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
クロヴィスが国から与えられたのは都から馬車で三日ほどの距離になる小さな領地だ。
ほどよく離れているので都の喧騒から離れられる反面──移動中はわりと暇である。
別の場所に行くたびに馬車なのでさすがにそろそろ慣れては来たけれど、電車やバスと違って狭い空間、揺れる車内でしかも座席は向かい合わせ。
自然、乗り合わせた者たちで会話を交わすことになる。
シルヴィア、スザンナ、イリス。加えてスザンナのメイド。
他の使用人やアンは別の馬車。
マルグリットは御者台に同乗中で、クレールとイザベルも護衛という名目で来ている関係上、外で警戒にあたっている。
全員、ある程度顔見知りで良かった。
スザンナもイリスと似たところがあるというか、利に敏いタイプの女性なので話も弾む。移動を始めてしばらくはとりとめのない雑談が続いた。
いや、普通の貴族女性はとりとめのない雑談で「平民の流行について」→「次はなにが売れるか」と盛り上がったりしないだろうけれど。
そうして都からある程度離れ、蹄や馬車の走行音しか聞こえなくなった頃。
「そろそろ込み入ったお話をしてもよろしいでしょうか」
イリスが静かに、世間話でもするような口調で切り出した。
スザンナも何事もなかったようにそれを受け止めて、馬車の窓から空を見る。
「常時接続型の魔導具であれば魔力が辛くなる頃合いかしらね」
機械に置き換えて翻訳すると「リアルタイム送信型の盗聴器じゃ電波届かないっしょ」といったところか。
もちろん馬車に不審物がないかは事前にしっかりチェック済み。
そのうえで王族女性二人は身につけていた魔道具を起動し魔力探知、さらに車内へ風の結界を作り出して盗み聞きの危険を下げた。
「すごい念の入れようですね……」
「念には念を。シルヴィア様が神聖魔法による誓約を多用するのと変わりません。もちろん、重要案件だからこその用心ですが」
「……今回の件がそれだけ重要だと、あなたは考えているのね?」
「ええ」
移動する馬車内が取調室かなにかに思えてきた。
「ステファニー殿下は本当は亡くなっていない。公爵領に匿われており、スザンナ様は殿下に会うために向かわれている。……私の推測は正しいでしょうか?」
「どうしてそう思ったのかしら?」
「時期的に見て殿下の神託が関係しているのは間違いありません。そして、私はシルヴィア様の人柄も、陛下の娘への情も信じられます。となればこれが最も無理のない仮説かと」
さすがはイリスだ、とシルヴィアは思った。
「殿下に下った神託が王位継承問題に大きく関わるものだった。そのために陛下が思い切った措置を取った。……正直なところ、ここまでは多くの者がたどり着けると思います」
「そう、かもしれないわね。……それで? あなたはそれを暴いてどうしようと言うのかしら?」
スザンナの瞳だけが剣呑な雰囲気を帯びる。
その手がかすかに動いてドレスの袖に触れたのはそこに武器、あるいは魔道具でも隠しているからか。
少なくとも成人貴族という時点で自衛の魔法の一つや二つは使えるはずで、その気になればスザンナだって人ひとりくらい簡単に殺せる。
けれど、イリスは微笑んで答えるだけだった。
「スザンナ殿下とシルヴィア様に協力したい。ただそれだけです。もちろん、商売のためというのも本当ですよ?」
「そう」
それを聞いたスザンナはあっさりと敵意を消失。
「ありがとう。……本気で疑っていたわけではないけれど、あなたの口から聞けて安心したわ」
「こちらこそ、信用してくださってありがとうございます。そうでなければ同行を許してくださらなかったでしょう?」
「……あの、お二人とも。できればわたしのいないところでやっていただけないでしょうか?」
「あら。シルヴィア様がいなければもっと話が拗れていたかもしれませんよ?」
いや、傍であわあわしていただけの小娘がなんの役に立ったというのか。
「イリス。であれば誓約してもらえないかしら? この件について口外しないと」
「もちろんです。そのためにこの場で確認を取ったのですから」
これでこの場には事情を知っている人間しかいなくなった。
「あの。後でクレールとイズにも打ち明けていいでしょうか?」
「あの二人にはステフと直接会ってもらえばいいわ。それが一番てっとり早いでしょう」
「現地に着いてからということですね。……ふふっ。いきなり異母妹を送りつけられたお兄様の驚く顔が目に浮かびますわ」
まあ、さすがになにかしらの連絡はあったのだろうけれど。
それにしたって半分しか血の繋がっていない妹を預けられるのだから、クロヴィスはわりと信用されているのだろう。
シルヴィアとしても人柄についてはある程度信用している。女好きだけど。女好きだけど。
「ステファニー殿下には絶対、クロヴィス様を好きにならないよう言い聞かせなければなりませんね」
「シルヴィア様。そこまでお兄様のことが好みではないのですね?」
「ふふっ。クロヴィスも男としてはかなりの優良物件だと思うのだけれど」
残念ながらシルヴィア的に「男」という時点で問題外である。
「一つ心配事が減ってほっとしました。……あとはステファニー殿下にお会いして、公爵領の運営にアドバイスをすればいいだけですね」
「それが難しいと思うのですけれど」
「そもそも、一介の戦略家見習いに領地運営を尋ねるのはどうなのでしょうか?」
「そこは、ほら。クロヴィスが陛下にどの程度切実に訴えたかによると思うけれど」
ひょっとすると雑談中にちらっと漏らした程度かもしれない。
「わたし必要なかったのでは?」
「シルヴィア様も今は都にいないほうがよろしいでしょう?」
「いらぬ詮索を受ける可能性もありますからね。刺客を放つにしても都にいるよりは難しくなりますし」
「刺客は勘弁して欲しいのですけれど」
「そちらは騎士と兵に頼りましょう。……シルヴィア様は公爵領についてどの程度ご存知ですか?」
「通り一遍の情報だけですね」
公爵の領地としてかなり狭い。街一つ、村がいくつかあるだけの領地だ。
特産は特になし。
というのもいろいろと問題のある土地柄らしい。作物を育てるのにも、それを輸送するのにもあまり向いていない。
「領内に魔物の出やすい場所があり、その被害に悩まされているとか」
「だからこそ王家ゆかりの者が治め、魔物を駆除してくれれば安心ですけれど……」
元王子に任せるにしてはしょぼい。
「クロヴィスが弱音を吐きたくなる気持ちもわかるわ」
「領地をいただけただけ良いではありませんか。私なら喜々として色々な作物を試し、領外に向けて売り出します」
「その農業が脅かされるのが問題なのでしょう?」
そうなのだ。というのも、公爵領へ定期的に現れる魔物というのが、
「トロール、ですよね?」
「ええ。かなり厄介な魔物よ。腕の立つ騎士ならば一蹴できるでしょうけれど……」
魔物がどういう生き物でどうやって生まれてくるのかははっきりとはわかっていない。
積み重ねてきた情報を信じるならば「魔力が固まって」あるいは「一定以上の魔力を動物が取り込んで」魔物になるらしい。
元が魔力の集合体であっても魔族とは異なり、魔物となって以降は普通の生命体とほぼ変わらない。単に凶暴だったりするだけだ。
(死体が動くアンデッドなどの例外を除く)
「絶滅させればそれで出てこなくなる、とは限らないのが厄介ですね」