わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
街から少し歩いたところにある採石場。
シルヴィアたちが到着したそこでは作業が中止され、複数人の兵士が松明を掲げて「ある存在」を遠巻きにしていた。
「……でっか」
クレールが感嘆した通り、トロールは巨体だ。
軽く三メートル以上はあるだろう。手足は丸太のように太く、目はぎょろりとしている。特徴的なのはその大きな口といかにも丈夫そうな歯だ。
それもそのはず、そいつは採石場の石を適当に砕くと掴んで
「うわ、不味そう」
感性の不一致はともかく、彼らは石を食べるのだ。
栄養補給というよりは身体の構成要素として必要なのだと言われている。
要するにトロールの身体は岩のように固い。
「でも、襲っては来ないんですね?」
護衛として同行した公爵領の兵に尋ねると、彼は「はい」と頷いて、
「こちらが手出しをしなければ満腹になるまで『食事』に集中しています。……それがまた問題なのですが」
「せっかくの石を食べられてしまいますものね」
早めに討伐したいところだけれど、下手に手を出すと被害が出る。
「マルグリットさんならなんとかできますか?」
「ええ。相手にとっては不足はないわ」
スザンナの護衛として同行してきた上級騎士は笑って答える。女性にしては高い身長と引き締まった肉体を持つものの、彼女は美貌の女騎士。
トロールとは似ても似つかないように見えて、彼女は大ぶりのハンマーを片手でかるがると振るう。
幸い、出現した敵は一体。
そのパワーでぶん殴ればさすがのトロールも辛いだろうと──。
「待って。せっかくだからあたしにやらせてよ」
そこで名乗りを上げたのはクレールだった。
彼女はぽん、と、腰の剣を叩いて笑う。
「でもクレール。さすがに危ないんじゃ」
「なに言ってるの。危険だからって引き下がるんじゃ騎士として役立たずだよ」
「それはそうだけど」
シルヴィアが渋ると、少女の顔が真面目なそれになって、
「戦ってみたいんだ。わかってよ、シルヴィア」
「……もう、しょうがないなあ」
いろんな敵と戦うことはクレールの夢。
それを阻むことはシルヴィアにはできない。もちろん、大切なパートナーに死んでほしくはないのでできる限りの対策はするけれど。
「危なくなったら神聖魔法でやっつけるからね」
「わかってる。ちゃんと勝つから」
「……あれ? あの、せっかく無防備状態でいてくれるならシルヴィアさんに任せるのが一番楽では」
「そうだけど、イズ。ああなっちゃったクレールは止められないよ」
いつも以上ににこにこしながら剣を抜き、駆けていくクレール。
「さあ、そこのトロール! あたしが相手だよ!」
物凄く生き生きしている。
彼女の恩恵はRPGの戦士。戦闘を経てレベルアップしさらに強くなっていく能力があるので、こうして強敵に挑むことにも意味はある。……危ないけど。
騎士学校時代の剣術大会で得た賞品──騎士が振るうのに相応しい良質な長剣が、トロールが反応するよりも早く太い右腕めがけて振り抜かれて。
きん、と弾かれるような音がした。
魔物の腕は浅く刃で切り裂かれただけ。クレールは両断するつもりで振るったらしく、驚いたように自身の得物を見つめた。
その間に魔物も動き、のっそりとその巨体を起き上がらせる。
どうやらクレールを食事の邪魔と判断したらしい。
そこで「なー」と鳴き声。シルヴィアの肩に飛び乗ってきたのは黒猫──正確には黒猫の姿をした魔族、ティーアだ。
「可愛いのがいるじゃない。ね、シルヴィア。あれあたしにちょうだい?」
「だめ。どうせまた繁殖にでも使う気でしょう?」
「正解。……だけど、あの子の剣じゃ力不足よ? トロールには勝てっこない」
ティーアとシルヴィアたちとの出会いは死地でのことだった。
彼女の育てたオーク軍団をシルヴィアたちが討伐したのだ。その時はクレールの剣が他でもないティーアの猛攻をしのいでくれたのだけれど。
「あたしの魔力障壁を叩くのとはわけが違う。内側にみっちり詰まった高硬度の質量に剣で挑むのは馬鹿のすること」
「でも、クレールの怪力なら」
「ならハンマーでも借りるべきだったわね。もしくは、あのお嬢様がやったみたいに即席の魔剣を作るか、もっと良い剣を使わないと」
魔族の指摘は正しかった。
巨体らしくのっそりとした攻撃をかわしつつ剣を振るっていくクレールだけれど、本気の一撃でさえトロールを軽く傷つけるだけ。
業を煮やした彼女は舌打ちしてプランを変更。
「これなら、どうだ──!」
突進の勢いも乗せた突きを喉へと見舞い、
「っ!?」
先端を突き立てる場所がわずかにズレた。
刃が硬い皮膚に阻まれ、限界以上の負荷がかかった剣は──甲高い音と共に砕け散ってしまう。
愛刀の破片をクレールは呆然とした表情で見つめて、
「このっ!?」
苦し紛れの鉄拳。
胴を叩く一撃に、トロールはあろうことか小さく呻いた。剣よりも効いている。それが逆にクレールの瞳を見開かせた。
「クレール、もういいわ。下がりなさい!」
「でも、マルグリット様! こいつはあたしが!」
「いいから! あなたじゃ力不足よ!」
はっとした表情。少女は尊敬すべき先達を今ばかりは睨みつけ──降ってきた拳を避けるためにぱっと飛び退いた。
彼我の距離が空いた隙にマルグリットが駆け、ハンマーを振るって魔物に打撃を与えていく。
あれだけの巨体、しかも身体が硬いとなると衝撃を加えていくほうが有効らしい。
クレールには申し訳ないけれど……。
「アン」
「は、はい、シルヴィア様!」
準備に手間取ったのか、今さっき走ってきました、というように息を切らせながらの返答。
騎士団お抱え魔法使い第一号は手に握った杖? 棍棒? を持ち上げて、
「わ、私の出番でしょうか」
「ええ。トロールに届くように太陽の光を作って欲しいの。できるかしら?」
「太陽の光は魔法の照明と性質が異なりますので、難しいです」
「なら、火球でいいわ。トロールに痛手を負わせて隙を作って」
「かしこまりました」
空いた手で己の武器を
その武器は短杖にごてごてとパーツを取り付けたものだ。そのせいで重心がズレているため杖というより棍棒に見える。
取り付けられたパーツはダイヤル錠のように回転させて表示の組み合わせを変えられる構造。ただし表面に彫られているのは数字ではなく抽象的な絵だ。
属性、用途、発動方式、こめる魔力量。
それぞれをダイヤルによって指定することで、後は魔力を注ぐだけで魔法が発動する。
アンは「炎」の「攻撃魔法」を「大きな魔力」で「杖から射出」。
「マルグリット様!」
合図に応じてトロールが押しのけられ、そこに火球が直撃する。
燃える巨体。
苦しげにうめき、もがきながらも暴れようとする魔物に、容赦のないハンマーの嵐が見舞われる。
さらに。
──ピアシングアロー。
弓使いイザベルのとっておき。
短時間に限り貫通効果を付与された矢がトロールの皮膚を貫いて蜂の巣にしていく。
岩を食う厄介な魔物が倒れ伏し、動かなくなるのにそう時間はかからなかった。
トロールは日光に弱い。
死体なら放っておいても陽光に照らされて消滅するそうだ。これでひとまずは安心。一度出現すると数日は出てこないのだとか。
ただ。
勝利と裏腹に、沈んだ表情の者が一人。
「クレール」
少女の落胆は、なにも愛刀が砕けてしまったことだけが理由ではないだろう。