わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
槍と剣の一番の違いはリーチの長さ。
相手より遠い間合いから攻撃できれば反撃されるリスクを大きく減らせる。
おまけに、
「ちまちま一体ずつ相手にしなくていいもんねっ!」
ゴブリンの一匹を突き貫いたラシェルは強引に道を開けて敵の真ん中へ。
もちろん近くの魔物が殺到するけれど、それを横薙ぎの一撃が薙ぎ払う。
穂先に触れれば肌が裂けるし、柄も要するに鈍器だ。叩かれたらものすごく痛い。
あんなの、簡単には近づけない。
前世で親と出かけた時、シルヴィアは回転ドアに出くわしたことがある。
小さかったのもあって自動で回るドアにタイミングを合わせるのがすごく難しかった。
今回の場合はさらにドアが勝手に近寄ってくるし、なんなら伸びる。
「あははっ、楽しいねこれ!」
敵が向かって来ないなら槍を伸ばして突き刺す。
向かってきたら薙ぎ払ったり殴り倒す。
知能の低いゴブリンもさすがにまずいと気づいたものの、広間の奥に向かおうとすればクレールやエリザベートに阻まれる。
さすがはラシェル。彼女にとってこういう状況は最も得意とするところ。
あの夜、シルヴィアが確認した恩恵は、
『あなたは無双ゲームの操作キャラクターだ』
〇〇無双(〇〇には任意の作品名が入る)は根強い人気を誇るアクション系のゲームジャンルだ。
特徴は操作キャラクターが豪快に武器を振り回したり魔法を放って敵を蹴散らしていくこと。
まさに一騎当千。
個の強さに天地の差が生まれる物語の世界ならではの話だけれど、ここは人の能力が地球よりもずっと幅広いファンタジー世界。
だから、
『ラシェル隊長には一対多の戦いが向いています』
『うん? 多勢に無勢のほうが得意ってこと?』
『そうです。武器も大勢を相手にしやすいもののほうが良いんじゃないかと』
当時細身の剣を使っていたラシェルはこれを受けて武器を槍に変えた。
学校では一対一の試合が多いため気づかなかった長所だ。
武器を替えるだけでもある程度の効果はあったようだけれど、よりその実力を活かせるのは、こうした雑魚との戦い。
ぽかんと見ている間にもゴブリンがどんどん減っていく。
シルヴィアを守るイザベルにまったく出番がない。
そうしているうちに神殿の聖職者たちも集まってきた。
何名かが礼拝者たちを守り、また何名かがゴブリンに向けて神聖魔法を唱える。
「スィーェニアル・フィークゥアリオン」
耳慣れない呪文と共に白く強い輝きがゴブリンに飛んだ。
光は魔物の肌を焼き、敵が絶命すればその身体をまるごと浄化、消滅させていく。後には塵すらも残らない。穢れを払う神の力の一端、その顕現。
「これが神聖魔法……。ちゃんと見るのは初めてかも」
「治療に用いられることもありますけど、シルヴィアさんはあまり怪我しませんものね」
怪我するほど白熱した対戦をさせてもらえないとも言う。
「あの呪文ってなんの言葉なんだろう」
「神様の言葉だったはずですけど……シルヴィアさんでも聞き取れないんですか?」
「あれ、そうなの?」
首を傾げたシルヴィアだけれど、何度か聞いてみると「確かに」と思う。
鈍りまくってわかりづらいけれど元は日本語なのか。
だとすれば本来の意味はおそらく。
直感に導かれるように見よう見まねで手を伸ばして、
「《聖なる光よ》」
途端、手のひらから眩い銀光が溢れた。
「わっ!?」
「きゃっ!?」
幸い味方には当たらなかったものの、通路から増援に来たゴブリン二匹に直撃。彼らは「へ?」という顔であっという間に消滅した。
後にはきらきらと溶けていく光の粒。
銀色の光は少し前に見たのとよく似ていて。
これは、ひょっとして。
持ち上げた手のひらをシルヴィアはまじまじと見つめた。
「今の、もしかして神聖魔法?」
「はい、そうだと思います。……でも、すごい威力」
気づくと周りの聖職者もぽかんとこっちを見ている。
これはもう、偶然ですじゃ済まされないような。
後のことを思うと逃げ出したくなってくるけれど。
「よくわからないけど、シルヴィア! 戦えるなら戦ってくれ!」
「神殿の方と協力して残りのゴブリンを!」
「わ、わかった!」
敵の数が減ったので今なら迂回して入り口に向かえる。
イザベルに守ってもらいつつ、聖職者たちと一緒に移動すれば十匹程度のゴブリンを相手に人々が防戦一方になっていた。
防御魔法で被害を抑えているものの、攻めに転じる余裕がないようだ。
「シルヴィアさん、さっきのをもう一度」
「うん、やってみる」
手を伸ばして唱えれば、銀の光が再び迸った。
聖職者がよく用いる「聖光」は正確に言うと攻撃魔法ではなく浄化魔法だ。本人が邪悪だと思っている対象以外には「眩しい」「気分がすっきりする」程度の効果しかない。
実際、聖なる光は襲われている人々を傷つけないままにゴブリンを消滅させた。
「シルヴィア様、でしたか。申し訳ありませんが今しばらくお力をお貸しください」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
そこから神殿内のゴブリンを退治しきるのにしばらく。
奥の敵を片付けたラシェルたちと合流し、シルヴィアはさらに神殿の外に出たゴブリン討伐にも力を貸すことになった。
その間、唱えた神聖魔法は五回以上にのぼって。
大方の敵を倒し、これで大丈夫だと思った瞬間、糸がぷつっと途切れるように身体が崩れ落ちた。
「──あれ?」
「シルヴィア!?」
クレールの悲鳴。硬い石畳の感触。
深く沈み込むようにして意識を失って、気づけば見知らぬ部屋でベッドに寝かされていた。
◇ ◇ ◇
白い石の天井。
ぼんやりと見つめているうちに記憶が少しずつ繋がってくる。
「……神殿?」
ごろん、と視界を横に向けると室内に誰もいないのがわかる。
騎士学校の貴族子女向けベッドに勝るとも劣らない柔らかな寝床。
二人分程度の調度品が用意されていること、部屋がさほど大きくないことからすると客間かなにかだろうか。
神殿には、病人や怪我人を寝かせるための病室もあるはずだけれど。
硝子窓からは陽光が差し込んでいる。
二、三十分で目覚めた──というのは都合が良すぎるか。半日くらい寝ていたのだろうか、と思ったところでお腹がくうと鳴る。
直後、部屋のドアが優しくノックされて、
「はい」
ゆっくりと開かれたドアの向こうから大人の巫女が一人、姿を現した。
「お目覚めになられたのですね、シルヴィア様」
「はい。あの、すみませんでした。ご迷惑をおかけして」
すると巫女は「とんでもございません」と微笑んで。
「シルヴィア様は大切なお方。お部屋をお貸しするのもお世話をさせていただくのも当然のことです」
彼女はすぐに簡単な食事を用意してくれた。
思った以上に身体に力が入らなかったのでベッドに座ったまま口に運ぶ。
パンにスープ、チーズ。それからミルク。
薄味だけれどスープには野菜も入っていてけっこうバランスが良い。並の平民よりは上等な食事だ。
お腹が満たされるにつれて力が戻ってくるのを感じながら「あれからどうなったんですか?」と尋ねると、
「皆さまのおかげでゴブリンは全て退治されました。後始末も終了しております。ただ、残念なことに犯人は捕まっておりません」
「そうですか……」
「お城に連絡し、警備を強化していただいていますので外に逃げることは難しいと思うのですけれど」
「ローブ姿の何者か、というだけじゃ調べきれませんよね」
ぶっちゃけローブを脱ぐだけで人込みに紛れられる。
「気絶されたシルヴィア様を騎士学校まで運ぶのは大変、ということでこちらにお運びいたしました。……一日以上お眠りになられておりましたので我々としてもほっとしております」
「本当にありがとうございま──え、わたし、一日以上も寝てたんですか!?」
今日は事件の翌日ではなく翌々日だった。
「ご友人の皆さまは昨日の午後、お見舞いに来られました。本日もおそらくいらっしゃるかと」
クレールたちも心配していることだろう。
元気な姿を見せて安心してもらわなければ。
「シルヴィア様が気絶されたのは神聖魔法による消耗でしょう。初めての神聖魔法、しかもあれだけの威力で何度も行使なさったのですから無理もないかと」
「そっか。魔法は精神力を消耗するんですよね」
呟くと、巫女は「本当に初めてだったのですね」と目を細めた。
「あの、ところで『様』なんてつけていただかなくても……。わたし、平民から特例で取り立てられた一代限りの準男爵ですし」
「そのようなわけには参りません。シルヴィア様は我々にとっても大切な方ですから」
「…………」
これは、単なる善意だけだと思わないほうがいいだろう。
必要以上に丁重な扱いはほぼ間違いなく、あの時使った神聖魔法と関係がある。
警戒されているのか、それとも。
せめてクレールたちと合流できればいいのだけれど、その前に部屋のドアが叩かれて別の巫女が顔を出した。
「聖女様がお会いになられるそうです」
「かしこまりました。……シルヴィア様、申し訳ございませんがお付き合いいただけますか? お召し替えの後、神殿の奥へとご案内いたします」
「は、はい」
これは、思った以上に大ごとになりそうな。
RPGなんかだと「神殿」「聖職者」は高確率で性根が腐っていて敵に回ったりトラブルを増やしたりするのだけれど──。
状況的に悪いようにはされないはず。
シルヴィアが神殿にいるのはバレている。下手をしたら騎士学校から物言いがつくだろう。そうでなくても公爵家と侯爵家、伯爵家を敵に回す可能性がある。
「ではシルヴィア様。まずはお身体を清めさせていただきます」
「あの、できればお手柔らかに」
「どうぞ楽になさってください。……ああ、綺麗なお身体をなさっていますね」
考えているうちに場所を移されて裸に剥かれ、清めた水で洗われた。
担当してくれた複数人の巫女たちはのきなみ好感度50以上。少なくとも悪意があるようには思えない。
しっかりと髪や身体を乾かした後は着替えを渡される。
白が七割以上を占める女性用の衣。
「あの、これって」
「聖女様は尊いお方。身を清めたうえで衣をお召しになっていただければと」
なんとなく誤魔化されているような気がするけれど、丁寧に仕立てられた衣は肌触りも良い。
ゆったりしているので下着をつけなくてもそれほど困らない。
光の加減によっては透けそうなのは、まあ、清らかな衣をえっちだと思うほうが穢れているのだろう。
「では、シルヴィア様。念のため目隠しをさせていただけますでしょうか?」
「神殿の構造を外の人には教えられない、ってことですよね? わかりました」
柔らかな布によって視界を封じられたままゆっくりと手を引かれた。
何度か角を曲がったり扉を経たうえで目隠しを解かれたのは一本の通路で。
「ここからはお一人でお進みくださいませ」
恭しい一礼と共にシルヴィアは送り出された。
一歩踏み出すだけで靴音が大きく反響する。
一帯を包む空気が特に澄んで思えるのは気のせいだろうか。
短い通路の向こうにはまたも扉。
白く塗られ銀装飾をほどこされたそれをノックすると「お入りなさい」と声がして。
「失礼します」
開いたその先には家具の全てが白い石で形作られた部屋があった。
室内には一人の女性と一人の少女。
纏う衣は、共に純白。
二人の物腰は共に穏やかだけれど、職員室や図書館に入った時のようなある種の厳粛さ、姿勢を正さなくてはいけないという感覚を強く覚えた。
扉を閉じ、ひとまず一礼。
「騎士学校六年、準男爵のシルヴィア・トーと申します」
「話は聞いています」
女性は優しく微笑むと「こちらへ」とシルヴィアを招いた。
傍まで歩み寄れば少女のほうがにっこりと気持ちを和らげてくれる。
「聖女様、でいらっしゃいますか?」
尋ねれば「ええ」と短い肯定。
「私は現在、この神殿にて聖女を任されている者。そしてこの子が私の後継者──次代の聖女です」
「よろしくお願いいたします、シルヴィア様」
ここでも「様」と呼ばれたシルヴィアは自分がかなり深入りしてしまっていることを感じ、同時にどうにも逃げられそうにないことを察した。