わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「イリス様とクロヴィス様、スザンナ様は安全な場所にいてください。わたしたちでトロールに対処します」
「お前も行くのか? 戦略家が現場に赴く必要はあるまい」
「わたしは戦略家見習いであると同時に巫女であり、騎士団員でもあります。緊急の場合には神聖魔法を行使する必要もありますので……」
「シルヴィア。陽動の可能性もあるから騎士を一人はこっちに残したいのだけれど」
「それならマルグリット様が残ってください。イズは屋内では動きづらいですし、わたしはクレールと一緒のほうが連携しやすいです」
非戦闘員を屋敷に残して急行すると、街から二番目に近い採石場は混乱の最中にあった。
兵士たちは可能な限り現場を遠巻きに。
採石場には一匹のトロールがいて、熱心に石をもぐもぐしている。
食べているのは──。
「あれ、魔石!?」
魔力を多量に含んだことにより独特の透明感を持つその質感は見間違えようもない。
もちろん、自然に転がっているもののはずはなく。
与えたのはトロールを守るように展開する者たちだろう。
「あいつらが犯人……!?」
顔まで覆面で覆った数名の男たち。
剣のほか、身体のあちこちに短剣の鞘を取り付けている。
いかにも暗殺者、あるいは工作員といった出で立ちだ。
「『銀百合』の皆様」
「状況はどうなっていますか?」
「は、はい。採石場にトロールが出現、その対処にあたろうとしたところ、賊が我々の行動を妨害しました。以降、奴らはトロールに魔石を与えて現状を維持しております」
「……なるほど」
シルヴィアはあらためてトロールを観察する。
身体が大きい。
今まで相手にしてきた奴よりも見るからに凶悪だ。おそらくは魔石の作用なのだろう。魔石に含まれた魔力が魔物を強化し、ちょっとやそっとでは倒せない状態に持って行っている。
さらに太くなった腕はシルヴィアくらい軽くぶっ飛ばしてノックアウトできるだろう。
鳥居は三つのうち一つが壊されている。しめ縄も切断されているので効果は半減以下だろう。
「あんなのが暴れたら街にどれだけの被害が出るかわからないね」
呟いたところで「なー」という鳴き声。
シルヴィアの肩に飛び乗ったのはまたしても黒猫──の姿をした魔族、ティーアだ。
「あなたの仕業じゃないよね?」
「当たり前でしょ? あたしだったらもっとこっそり育てるし、組織だった人間を雇う暇なんてないわよ」
さもありなん。
となると相手は本当に悪者ということになるのだけれど、
「要は倒せばいいんでしょ?」
言って両手剣を構えるクレール。
その単純明快さが今はありがたいけれど、
「油断しちゃだめだよ。魔族ほどじゃないにせよ強敵だと思う」
「わかってる。……敵を甘く見て痛い目に遭うのはもう懲りたよ」
にらみ合いつつ方針を固めている間に向こうが動いた。
賊の一人がなにかをトロールに投げつける。それが爆発し、怒った魔物が立ち上がった。
散開。
一人がトロールを引きつけつつシルヴィアたちへ。
「シルヴィアさんは私から離れないでください!」
「う、うん!」
──ラピッドアロー。
イザベルは迷いなく切り札の一つを切った。
湯水のように矢を費やしての目にも止まらぬ連射。
トロールをシルヴィアたちに任せて離脱しようとしていた敵たちを留め、四肢を射止め、こちらに向かってくる一人の肩にも矢を負わせる。
舌打ちした彼は手にした短剣を投擲しようとして──咆哮。
ただの蹴りという名の恐ろしい質量攻撃をかわせば、接近したクレールが剣を振る。
ごっ!!
鞘を装着したままの一撃がまともに入り、こちらに向かっていた賊は二、三メートル吹き飛んで転がる。ぴくぴく動いてはいるものの、動ける状態ではない。
クレールたちが戦ってくれている間にシルヴィアは神聖魔法を行使。遠隔になるので効率は落ちるものの、怪我している兵士を癒やしていく。
「来い、トロール! あたしが相手だ!」
『挑発』。相手の視線を釘付けにしながらの『強撃』。あまりの威力に鞘が砕けるもクレールは気にしない。むしろ手間が省けたとばかりに剣をさらに見舞っていく。
速さと重さを併せ持つ一撃が強化トロールの肌に次々裂傷を加えて。
「よし。攻撃が通るなら倒しようはあるよね……っ!」
「さあ、それはどうかしら」
「ティーア。そこで口を挟むと黒幕っぽいんだけど」
黒猫の発言は正しかった。クレールのつけた傷──トロールの肌が少しずつ元の状態に戻り始めたのだ。
再生能力。
「ちょっ!? それは反則じゃない!?」
「大丈夫! クレール、敵だって疲れるし血は流れるんだから、無限に治るわけじゃないはずだよ!」
ゲームなら「ダメージ量<再生量」である限り絶対に勝てないけれど。これはゲームではない。
「っていうかティーア。あれ支配して大人しくできない?」
「面倒くさいから嫌。……っていうかあたしの魔力を根こそぎ削ったのはあんたでしょうが」
「そうでした……」
シルヴィアの心配をよそにクレールは強化トロールと見事に渡り合ってみせた。
相手の攻撃を注意深くかわしつつ、自分の剣を着実に入れていく。再生があるので大したダメージにはならないものの傷が入る速度のほうが上だ。
その間にシルヴィアは兵士の治療を継続。
イザベルは逃げていく賊の牽制を続けるも、全員を足止めすることは叶わなかった。離脱していく者たちは回復した兵士が追ってくれる。
状況はこちらに微有利のまま推移して、
「クレールさん、援護します!」
──ピアシングアロー。
貫通効果を持つ矢がトロールの硬い肌を次々と貫いた。
「いいなあ、それ。あたしもそういうの欲しい」
「戦士系の技じゃないからなあ、これ」
シルヴィアも治療が終わったので援護を開始。
──戦術スキル『一騎当千』。
さらに聖なる光をトロールに見舞おうとして、思いとどまる。代わりに唱えたのは、
「《神よ、聖なる加護を我が友、クレールの剣に授け給え》」
「わ。これって……!」
神聖属性の
上乗せされた魔力が相手の物理防御も魔法防御も乗り越える。
「これなら百人力……!」
「うん、やっちゃえ、クレール!」
銀色の輝きを宿した両手剣がトロールの巨体、その腹部を深々と切り裂いた。
◇ ◇ ◇
「捕まえられたのは三人。三人は死んじゃってて、残りは追跡中かあ」
「すみません。逃さないことを優先したので手加減が難しくて……」
「仕方ないよ。捕まえられた敵もいるわけだし」
トロールの死体は念のため神聖魔法で浄化した。
すると後には大きな魔石が一つ転がる。消化されかかっていた魔石たちが結合して残されたのか。ただし中の魔力は消えておりあらためて補充が必要そうだ。
捕らえた賊は厳重に拘束して屋敷まで運ぶ。
死体となった者たちも同じように運んでもらうようにした。
「……そういえば、人を殺したのはこれが初めてだっけ」
「っ」
イザベルが小さく身を震わせるも、責める気はないと微笑んで伝える。
「もし責任があるならわたしたち全員のせいだよ。でも不思議だな。思ったよりも平気」
十五年もこっちで暮らすうちに感性も変わってきたのか。
それともシルヴィアにとって敵であれば、魔物も人も大して変わらないのか。
罪悪感も、暴力を振るう不快感もあるものの、自暴自棄になったり思考が止まってしまうほどではない。
「それでいいと思うよ」
「クレール」
「あたしたちは戦うのが仕事なんだから。いちいち悩んでたらやっていけないよ」
あっけらかんとした言葉だけれど、クレールだってなにも考えていないわけじゃない。彼女は自分で考え、戦う道を選んでいるのだ。
むしろ矢面に立って戦う彼女がいちばんつらいはず。
「うん。ありがとう、クレール」
さあ、帰って事後処理をしなくては。