わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「帰ってきたと思ったらお城に神殿にあちこち行くことになって、もう疲れたよ……」
「ふふっ。本当に大変でしたわね。でも、無事に戻って来られたではありませんか」
久しぶりの『銀百合』騎士団。
正確に言うと先に荷物を取りに来たりはしているので帰還から初めてではないのだけれど。
事後処理まで終えてようやく遠征終了。
そういう意味ではいつものメンバーで集まったこの時がようやく、
「お帰りなさい、みんな」
「はい。シルヴィア・トー以下三名。任務を終えて帰還いたしました」
エリザベートも、ラシェルも、リゼットも、アンジェも、みんな元気だった。
多少冗談めかして帰還を報告して、笑い合う。
「シルヴィア様。旅の思い出を是非、聞かせてくださいませ」
「お土産もいろいろ買ってきてくれてありがとね」
「お疲れでしょう? 貴族学校が始まるまではせめてゆっくり休んでくださいね」
温かい言葉がとても心地よかった。
騎士団のみんなからも快く迎えてもらっている。
「噂もだいぶ落ち着いていたでしょう?」
「うん。あんまり白い目で見られなかったよ。それどころじゃなくなった、っていうのもあるかもだけど」
明らかな暗殺未遂。
貴族の殺害はよほどの事情がない限りは重罪だ。成功しなかったとしても首謀者は厳しく罰せられる。
……ゼリエや(元)お頭のような個人でも多額の借金を背負ったうえで誰かに仕え続ける生活。
暗殺対象にイリスやスザンナ、つまりは王族が含まれているうえに貴族家自体が関わっているとなればそれ以上の処分は免れない。
誰が処分を受けるのか、それによる影響は、とステファニーの件どころではなくなった者が多数。
「国も大きく動きそうですわ。……まあ、望むところですけれど」
不敵に笑うエリザベート。
「なんか随分やる気じゃない?」
「当然でしょう。わたくしたちの世代が本格的に動き出す時期。停滞より変化のほうが面白いに決まっています」
「あはは、確かにね」
頷くクレールも賛成のようだ。
シルヴィアとしても彼女たちの気持ちはわかる。せっかく一人前になりつつあるのに、上司から「ああしろこうしろ」の日々ではやる気も起きない。
みんなでいろいろ悩みながら一歩ずつ進んでいくほうがよっぽどいい。
「こっちでもいろいろあったんでしょ?」
「ええ、それはもう。一度など、人の少なくなっている時間帯に不審者が侵入しようとする事件さえありました」
「え、それどうしたの?」
「リリたちが撃退してくれたので衛兵に突き出しましたわ」
「わ、さすが獣人」
二ヶ月近い間会っていないと積もる話もある。
多くが仕事の話というのもちょっとどうかと思うけれど、それはそれで楽しいものだ。
まずはなにから話すべきか。
シルヴィアは頭の片隅で考えながら、メイドたちの淹れてくれるお茶を楽しんだ。
◇ ◇ ◇
そして。
シルヴィアは無事に貴族学校三年生へと進級した。
こう見えて成績は悪くない。魔法の実技は神聖魔法を代わりに評価してもらっているし、任務であれこれやっているおかげで実践的な知識も身についているのだ。
それにしても、もう三年生とは本当にあっという間だった。
「シルヴィア様。ようやくお話ができそうですわね」
「か、カトレア様。あの、お手柔らかに」
「そうは参りません。私のクロヴィス殿下のところへ一ヶ月以上も滞在なさるなんて羨ましい──ではなく、なんてはしたない」
カトレア・カステル──クロヴィスの愛人であり『歌姫』を志す令嬢と入学直後にやりあったのももはや少し懐かしい。
「そう仰られましても王命ですので」
「王命だとしても納得がいかないと申し上げているのです。……それで、クロヴィス殿下はどのようなご様子でしたか?」
気が強くて我が儘なところのある令嬢だけれど、カトレアは以前ほど攻撃的な言動をしなくなった。以前は嫌っていた歌唱も積極的に練習しているし、こうして話ができる程度にはシルヴィアとの関係も改善された。
「そうですね。カトレア様に会えず少し寂しそうにしていらっしゃいました。突然できた新しい家族によって居心地が悪くはならないか、とも」
「それはそれは。……もう、殿下ったら。私がその程度で動揺するとでも? 誰が母親かわからない子を相手に嫉妬することなどありえませんわ」
狡猾なようでいてむしろ素直な部類に入る令嬢との会話は、最近、ややこしい案件が続いていたのもあってむしろほっとした。
カトレアはファン=ステファニーとか考えてもいなさそうである。
◇ ◇ ◇
三年生に入ると勉強は少し楽になった。
というのも、取りたい授業が残り少なくなってきたからだ。
高校のようでいて大学に近い形態を持つ貴族学校では、学ぼうと思えばいくらでも学べるし、日常を過ごすだけでは最低限の能力しか身につかない。
欲しい知識があるならむしろ先生方を捕まえて質問攻めにでもしたほうがいいくらいだ。
あるいは、リゼットがしていたように図書館に通うか。
貴族学校の裏番長であったリゼットが疎遠になり、学校内の空気も少し変わったような気がする。
といっても毎年新しい生徒が入ってくる場所なのでそれが当たり前なのか。
最上級生として下級生を導く立場になると、不安でいっぱいだった一年生の時とは心持ちも違ってくる。リゼットはずっとこんな気持ちを抱いていただろうか。
「ごきげんよう、トー男爵様」
「ごきげんよう」
爵位は上、けれど年齢と学年は下の生徒から貴族として敬ってもらえる。そんな普通のことがなんだかとても不思議なような、嬉しいような。
「シルヴィア様の子爵昇格はないのでしょうか?」
同級生からそんなことを尋ねられたりもした。
「まさか。本来、爵位とはそう簡単に上がるものではないのでしょう?」
「それはそうですけれど、働きに爵位が見合っていない場合は別では?」
同級生たちも三年生ともなると将来を見据えて動いている。
結婚相手を決めている生徒も多いし、卒業後の仕事のために知識を蓄える者、派閥からのけ者にされないようにコネを増やす者。
シルヴィアにこういった話を持ってくるのも単なる善意だけとは限らない。そういう流れを作りたいのか、それともどこかでそういう話を聞いたのか。
……と、昔よりはずっと自然にそう考えられるようになった気がする。
「ここだけの話、貴族の数も減りますでしょう?」
「確かに、そのような噂は耳にしておりますね」
襲撃の件を受け、早くも処罰の噂が流れ始めているのだ。
実際には情報の整理・精査、証拠の収集、罪状の決定から執行と時間がかかる。特に貴族を罰するとなるとその者のついていたポストが空くことになるため、後任の選定もいる。
すぐにとはいかないだろうけれど、確かに近々、少なくとも誰かが貴族籍を失うことになるだろう。
「けれど、新たに貴族になる方もいらっしゃいます」
シルヴィアと同時に卒業するイリスは王女から伯爵となる。
クロヴィスも公爵になったわけだし、減るばかりとも言えないだろう。
そもそも今は戦争もしていないので人口自体が増加傾向。
「わたしのような若輩者がそこまでの栄誉を賜るものでもないかと」
と、言っていたら──。
「シルヴィア・トー。近々、其方に子爵位を授けようと思っているのだが」
「っ」
国王自らまさかの打診。
いきなり呼び出されただけで緊張するというのに、これではなおさら混乱ものである。
シルヴィアは身体が熱くなるのを感じつつ「大変光栄に存じます」と答えてから、
「ですが、陛下。その、わたしには分不相応かと」
「騎士団専属の戦略家が男爵では箔付けとして不十分であろう」
そう来たか。
「加えて、其方には巫女としての功績もある。神殿から聖職者に与えられる金が微々たるものである以上、こちらで報いてやるべきであろう」
「ご依頼の件や任務についてはその都度報奨をいただいておりますので」
「ふむ。では爵位の代わりに恩賞を出すか? 今後はパーティに呼ぶ機会も増える。ドレスも今まで以上に必要であろう」
平民出身の成り上がりになんという無茶を。
けれど、エリザベートあたりに相談したら「いいお話ではありませんの」とか言いそうだ。
着飾って笑顔を浮かべるだけでコネと支援者が増えるなら安いもの、と、お嬢様であると同時に野心家でもある彼女なら考える。
イリスに相談しても……うん、似たようなものだろうし、リゼットも立場上免除されているだけでお嬢様なのでパーティ自体には抵抗がないはず。
お金だけもらうのと爵位を受け取るの、どちらがお互いに取って良いのか短い時間で必死に考えて、
「子爵の位、ありがたく頂戴したく存じます」
折れた。
国王は「それは良かった」と上機嫌だったものの、なんか負けた気分。
これはまた、これから先もまだまだ大変そうである。