わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
床と一体化したテーブルセット。
五脚ある椅子へ三角形を描くように腰かけると、聖女は「まずはお茶にしましょうか」と微笑む。
「口に合うかはわからないけれど」
人数分並べられたティーカップにはどういうわけか持ち手がついていない。
理由は聖女が手をかざし呪文を唱えることで判明した。
白い陶器のカップに半分目まで満たされたのは薄い緑色に染まった透明の液体。湯気を立てておりいかにも温かそうだ。
次いで中央に置かれた皿には焦げ茶色をした円盤上の菓子が盛られる。
──緑茶と煎餅なんだけど!?
いきなりの和風テイストにリアクションが取れない。
「見慣れない品でしょう? 歴代の聖女によって引き継がれてきた特別な魔法なの」
「多くの方が再現を試みていますが、いまだ同じものを作れないとっておきのお茶とお菓子なのですよ」
「そうなのですね。では、神様に感謝をしていただきます」
確かに煎餅はなかなか難しいだろう。紅茶があるのだから緑茶はそのうち作れそうだけれど。
持ち手のないカップは湯のみに近い。
前世以来の飲み物を懐かしく思いつつ、両手で支えて息で冷ます。ゆっくりとすすった茶の味は、飲みなれた銘柄よりもずっと上等かつ上品だった。
ほう、と息を吐き、せっかくなので煎餅もいただこうと思った時。
シルヴィアはこちらをじっと見つめる二人に気づいた。
もしかして、嵌められた?
「も、申し訳ありません。招かれた側が先に手をつけるのはマナー違反ですよね?」
慌てて弁解すれば、聖女は「気にしないで」と優しく答えてくれる。
「ごめんなさい。実を言うとあなたの反応が見たくて黙っていたの。……結果は期待以上だったけれど」
「そう、ですか?」
「ええ。だってあなたの飲み方、先代の聖女様にそっくりだったもの」
「お姉様。お姉様も同じ飲み方をされていらっしゃいますよ」
「あら、そう? それじゃあ、やっぱり似てくるものなのかしら」
ここで「茶菓子もどうぞ」と薦められたので、どうでもなれと素直に受け取る。
醤油を塗られて焼かれた煎餅は貴族令嬢が食べるにも、もちろん聖女様にも合っていないと思うものの、シルヴィアには特に手づかみする抵抗もない。
両手で持ってしっかりと噛むと、ばりっ、という食感と共に一部が砕けた。
こちらも美味。いい醤油と米を使い一枚ずつ手焼きしたものだろう。
「本当に、期待以上」
「あの、聖女様。わたしはいったいどうしてこちらに……?」
「もちろん説明します。でも、その前にもう少し楽にしてちょうだい」
言われたシルヴィアは「わかりました」と少しだけ肩の力を抜く。
「ありがとう。……では、自己紹介が遅くなったけれど、私はアンジェリカ。さっき伝えた通り『聖女』よ」
「私はアンジェと申します。同じく聖女──聖女見習いです」
アンジェリカは金髪碧眼の女性で歳は二十代後半といったところ。
アンジェはシルヴィアに似た銀色の髪を持ち、シルヴィアよりも深い青色の目をした少女だ。歳は一つか二つ上だろうか。
『聖女』はこの国において称号であり職業である。
選抜の基準はやはり神託だ。五歳の時、神から聖女として選ばれた者が神殿に入れられ、特別な教育を受けると聞いている。
だとすると、二人が本当の姉妹である可能性は限りなく低いのだけれど。
「もしかしてお二人は、名前を?」
「ええ。聖女に任じられた者はみなアンジェリカを名乗る習わしです。そして、見習いの者はアンジェと」
「姓を名乗る必要のある場合には神のお名前をお借りしております」
名前さえも奪われて役割に縛り付けられるとは。
役割の重みに反して二人の表情は明るい。ここではこれが普通なのだ。
「お二人は神様に選ばれた方なんですね」
「幸運にも神は私たちに愛をお与えくださいました」
「そして、シルヴィア様。あなたにも」
それが、ここに導かれた理由か。
聖女が揃って待っていた部屋。聖女のみが出せる食べ物。
突然現れた不思議な少女の資質を測っていたと考えるしかない。
シルヴィアは気を引き締めると「申し訳ありませんが」と口を開いた。
「わたしは戦略家見習いです。皆さんと違って聖職者に任じられたわけではありませんし、神聖魔法を使えたのも偶然なんです」
お前たちのやっていることは無駄だ、と言ったようなものだけれど、聖女アンジェリカは落ち着いた表情を崩さなかった。
「神のお力を借りた時のこと、詳しく聞いてもいいかしら?」
「はい。それはもちろん」
と言っても「見よう見まねで発声したらできた」と言うしかない。
前後の展開を付け加える程度で大した話はできなかった。
なのに、
「シルヴィア。神聖魔法は誰にでも発動できるものではありません」
諦めてもらうための説明は逆効果。
「口伝による呪文を飽きるほど、いいえ、飽きてもなお練習し続けてようやく習得できるもの。加えて、素質のない者には絶対に使えないの」
「少なくともシルヴィア様には『聞いたばかりの呪文を真似するだけの器量』と『神からの寵愛』が備わっていることになります」
神の言葉はこの世界の人間にとっては「意味のわからない複雑な言語」。
教科書もなしに教師の口にする英文を真似させられるようなもの、と考えれば近いだろうか。しかもその教師でさえ誰かから口伝されただけ。
さらに場合によっては「体質的に英語を喋るのに向いてない」とか言われたりする。
「シルヴィア。あなたは私たちの希望なの」
「希望……?」
「はい。聖職者だけが真の信仰を維持し続ける状況を打破するための。そして、神の使徒同士で争い合う状況を変えるための」
「他の者に目をつけられる前にあなたと話ができてよかった。そうでなければ誰かに取り込まれていいように操られていたかもしれない」
心臓が静かに、けれど確実に鼓動を早めていく。
間違えれば窮地に立たされる選択だとシルヴィアの直感が告げていた。
前世ではさんざん勘を外しまくって「直感で選んだのと違うほうが正解なんじゃ?」とまで思ったこともあるけれど。
前世でそれなりに生きて、今の人生でもそれなりの経験をしてきた。
見て、読んで、プレイしたいくつもの物語ともあわせて考えれば、なにも手がかりがないよりはずっといいはずだ。
まず、アンジェリカたちが本当のことを言っているとは限らない。
彼女たちこそなにか企んでいる側かもしれない。
信頼して良いかどうか鍵を握る好感度は『71』と『68』。
「失礼ですが、お二人の恩恵を見せていただけないでしょうか。そうしたらきっと、信じられると思います」
「恩恵を?」
「神様の言葉の前で嘘はつけないでしょう?」
もちろんシルヴィア自身も率先して神文字を表示する。
二人は──顔を見合わせることもなく、一呼吸のうちに頷くとそれぞれに光の文字を浮かび上がらせた。
文面をじっと見つめて、その内容を理解してから頷く。
「ここは安全なんですよね?」
「この都において最上位の守りよ。邪な者は近づくことさえできないでしょう」
「わかりました。……それなら、お話します。わたしは神様の言葉や文字を理解できる『恩恵』を授かっているんです」
アンジェリカ、そしてアンジェが驚きに目を見開く。
けれど、聖女の口から漏れたのは「なるほど」という呟きで。
「納得したわ。ある意味で、あなたは私たち以上に神に愛されているのね」
「恩恵の力なので誇れないと思うんですが……」
「いいえ。恩恵は神から授かった力。意味のない恩恵など一つもありません」
聖職者にとってはそういう解釈になるのか。
シルヴィアは理屈でわかっていてもつい『ランダムガチャでレアが引けたかどうか』みたいに考えてしまうのだけれど。
アンジェが微笑んで、
「シルヴィア様が強力な神聖魔法をお使いになるのもそれが理由なのですね」
「少なくとも呪文を真似できたのはそのおかげだと思います」
「あなたの力が知られれば歴史が変わるでしょう。……可能ならば神殿に特別待遇で迎えたいところなんだけど」
「すみません。わたしは友達と離れ離れになるのも、飼い殺しにされるのも困ります」
「そうね。無理を言ってはあなたの自由を奪ってしまうことになるもの」
なんだかんだ長い話になってきた。
お茶のお代わりが淹れられ、さらに「とっておきを出しましょうか」とお茶菓子も追加。
真っ黒いケーキのような見た目のそれを小さなフォークで切って口に運ぶと、十年以上ぶりにあんこの味がいっぱいに広がった。
羊羹はもちろん緑茶に合う。
「お二人には目的があるんですよね? それはいったい……?」
「長期的な目的もあるけれど、まずは神の名を穢す不届き者を止めたいの」
「神殿にゴブリンを放った人のこと、ですか?」
「ええ。実のところ、我々はかの人物に心当たりがあります」
「ゼリエ・デュクロ。ゼリエは元巫女よ」
名前は初耳。けれど。
「もしかしてデュクロ子爵家の?」
「そう。……巫女になった時点で実家との繋がりは希薄になるから、現状関わりがあるかはわからないけれど」
アンジェリカは眉を寄せて表情を曇らせている。
室内の空気は清浄でとても心地いいのに緊張の糸を切れない。
「あの子は特別な子だったわ。偶然、自らの恩恵を操る方法を発見した。それは普通なら賞賛されるべきことよ。でも」
「その恩恵が『ゴブリンを召喚する』ことだった?」
「ええ」
「その話、お城や衛兵には?」
「もちろん伝えたわ。おおまかな容姿も含めてね」
もう少し早く伝えられていれば良かったものの、城も人為的な現象と断定していたわけではない。
加えて神殿は防衛機構ではないので罪人の情報はあまり入ってこない。聖女ともなれば猶更、心を煩わせないためにも耳に入れる内容は制限される。
顔を隠していては人相の情報がどこまで意味があるかわからないけれど。
「あの子は人間を憎んでいるの。おそらく、人の営み自体の破壊を目指している」
「人間を全て殺そうとしている、ってことですか?」
「人という種自体が不完全だという思想に囚われているの。
「ある程度は。神が女性の姿をしているところから来る考え方ですよね?」
人類の信仰する神は白い衣を纏った金髪、あるいは銀髪の美女とされている。
「そうです。神を敢えて女神と呼ぶことは基本的にありません。これは男神が──いいえ、上位存在全てにおいて雄種が存在しないからです」
男の神がいないから神を女神と呼ぶ必要はない。
この世界には人間の他にもいろいろな種族がいる。そのうちのいくつか、例えばエルフや魔族は寿命の面でも魔力の面でも人を大きく上回っている。
そして、そうした上位種は例外なく「女性のみで成り立っている」。
裏返すと人間は彼ら──もとい、彼女らと同じステージには立っていない。
「雌種優性思想はもともと上位種族たちが唱えていたの。自分たちがそうなのだからこれが真実だと。これには確かに説得力があるわ」
「そして、神の姿を根拠として人間にもこの思想は広まっていきました」
神様が女なんだから人間も女性だけで生きられるようになるべきだ、と。
特に聖職者の間で、あくまで理想論ではあるけれど信じられるようになった。
聖女という役職が存在し特権を与えられていることからもこの考えには一定の理がある。
「残念ながら今現在、雌種優性思想は為政者から快く思われていません」
「国家という仕組みは男性主体で動いていますからね」
「その通りよ。そして、それでも女こそが人を統べるべきだと唱え、急速な改革を進めようとする者が出てきてしまった」
「邪教徒、などと呼ばれることもあります」
「……雌種優性思想の強硬派」
「ゼリエ・デュクロはその筆頭。彼女は『神に近づけないのなら人なんて滅んでしまえばいい』と言い残して神殿から離れました。おそらくは今もその強硬な思想を振り払うことができていないのでしょう」
だからこそ、彼女はゴブリンをけしかけて騎士見習いや神殿を蹂躙、国の未来を穢そうとしているのだ。