わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「というわけでさ。いい鍛冶屋知らない、エリザベート?」
四月上旬、上級騎士学校のエリザベートの部屋にて。
公爵令嬢エリザベート・デュ・デュヴァリエは伯爵令嬢クレール・エルミートと話をしていた。
戦える者のたくさんいる寮内は比較的安全。
二人きりで話がしたいから、と、それぞれの使用人には席を外してもらった。
お互いに内向きの軽い格好で、エリザベートはベッドに、クレールは椅子に腰掛けている。
少女が相談してきたのは彼女たちが持ち帰ってきた金属塊の件だ。
クレールがこれを買い取ることは了承済み。
騎士団員が良い得物を手に入れれば任務も捗るだろうと思うのだけれど──。
「その前に報告することがあるのではなくて?」
これ以上は待てない。
本来、クレールから話してくれてもいいところだけれど、ここは我慢してこちらから話を切り出す。
それでも、こういった機微に疎い少女は首をかしげるだけで。
「なんの話?」
「っ、決まっているでしょう? 旅先でシルヴィアとどうだったのかしら?」
この少女がシルヴィア・トーに対して並々ならぬ感情を抱いているのはとうにわかっている。
親愛。連帯感。庇護欲。そんな言葉では片付けられない熱量。普段はできる限り抑えているので、当のシルヴィアがどの程度理解しているかはわからないけれど。
本人のいないところではシルヴィアシルヴィアシルヴィア、一日に数回はあの少女について口にして優しい笑顔を浮かべる。
惚れているのがわかりやすすぎる。
そして、エリザベート自身も人のことは言えない。
どうしてこうなったのか。
公爵令嬢として、適当な男性と結婚して子を成すことは当然だと考えていたはずなのに、気づいたらあの子の顔がちらつくようになっていた。
好きでもない男と夫婦になるなんて今となっては絶対にありえない。
騎士団設立目的のひとつである婚期を遅らせること──それを考えた時点ではもう、きっとあの子のことを想っていたのだろう。
つまり、クレールとは恋敵だ。
六年間同じ部屋で過ごしたクレールにそう簡単に勝てないことはわかっている。
恋愛にかまけて任務や騎士団の運営に支障をきたすつもりもない。だからこそ、自分も行きたいのを我慢して公爵領に友人たちを送り出した。
それでももちろん、自分だけのけ者にされたみたいで落ち着かない。
だからこそ、他でもないクレールの口から話を聞きたかった。
「し、シルヴィアとのこと? どうしてそんなこと聞くのさ?」
だというのにこの反応である。
「今更とぼけなくて構いませんわ。なんのために人払いをしたと思っているのかしら」
「……いや、だってこんなこと言いにくいじゃない」
「お互い様でしょう。気を使わなくて結構」
「それはそうだけど。……って、え、あれ? もしかして、エリザベート、そういうこと……!?」
「なにを今更」
顔を赤くして立ち上がる友人、ライバル、恋敵を見てため息。
いくらなんでも鈍すぎではあるまいか。どうしてこの少女に剣では勝てないのか……。いや、それはともかく。
しばらくして落ち着いたクレールは「そっかー」と座り直して、
「えっと、あれだよね? 相手って……」
「あなたが考えているとおりだと思いますわ」
「うわー、そっか。……そうだよね。そんな気はしてたけどさあ。困るなあ」
「困っていないで答えなさい。シルヴィアとはどんなことがあったんですの?」
「い、いや、別に。大したことはなかったよ」
と、言いつつ目をそらすのはなんなのか。
「本当のことを言わないのならこっちにも考えがありますけれど」
「本当に大したことはなかったってば。あたし今回はシルヴィアの護衛だったし」
そこで肩を落として、
「トロールに勝てなかったし」
「ああ。……まあ、あなたとは相性の悪い敵でしょう。武器を替えて解決したのですから悩むほどのことでもないと思うけれど」
「だとしても、さ。あたし、自分がもっと強いと思ってたから」
物干し棒で翼竜に挑む馬鹿がいないように、どんな強者でも適切な武器がなければ実力を発揮できないだろうに。
そういうところで真面目なのがクレール・エルミートという人間だ。
変に融通がきかないのは相方とよく似ている。
「シルヴィアの騎士なんて言われて舞い上がったこともあったけど、まだまだ強くならないとって」
「落ち込んでいてそれどころではなかったと」
「だってシルヴィア、すごいじゃない」
「そうですわね。……追いつけない、とは矜持にかけて言いませんけれど、あの子の才能は非凡ですわ」
剣術の才にも魔術の才にも恵まれなかった。それがなんだというのか。
圧倒的な神聖魔法の才を誇る、神に愛された子。発想力や論理的な思考力に驚かされることも多い。そしてなにより、怖がりなようでいて物怖じしない性格。
厄介事も朗報も次々に引き寄せ、多くの味方を作っていくあの少女は間違いなく、後の世においてこの時代を代表する一人となる存在だ。
「でしょ。だから、あたしも頑張らなきゃいけないんだよ」
「そんなことを考えてせっかくの機会をフイにしたと」
「べ、別にそういうことするつもりなかったし! シルヴィアからも『大人になってから』って言われてるし」
「へえ。じゃあ、わたくしにも選んでもらえる可能性はあるわけですわね」
「いやいやいや、そんなことさせないから!」
真っ赤になってムキになるクレール。いい気分に浸りながら、エリザベートは内心「どう受け止めるべきか」と考えていた。
お互い大人になってから。条件つき承諾と捉えて差し支えなさそうな文言なのに、クレールはさっきの挑発に乗ってきた。
大人になった時点で好きだった相手と結ばれるつもりなのか、それともなにか他の? いずれにせよ、本当にチャンスはあるかもしれない。
「……はあ。とにかく、そんな感じ。せいぜい護衛としてシルヴィアの着替えを見ちゃったくらいで」
「クレール? その目、ちょっと焼いても構いませんこと?」
「いやいやいや! 護衛! 護衛だから!」
「だからといって、使用人以外に肌を晒すものではないでしょう!?」
「そこはシルヴィアだし。……まあ、その、目の毒だったのは認めるけど」
それはそうだろう。しっかり、というかちゃっかり成長しているあの少女は「可愛らしい」から「美しい」へ、「女の子」から「女性」へと孵化しつつある。
最近は親しい相手以外に貴族らしい話し方ができるようになってきているし、あれで男に興味があればすぐに相手なんか見つかるだろう。
興味がなくとも、求婚の類は山と来るはずである。
エリザベートはため息をついて、
「しばらくは安全でしょうけれど、降りかかる火の粉を払うためにも戦力はあるに越したことはありませんわね」
「でしょ? だから、話戻るけど鍛冶屋を」
「わたくしが紹介しても構いませんけれど、公爵家の伝手を使っても利用できる職人は国内に限られますわ。強くなりたいのであれば、いっそのこと最高の一振りを目指したほうがいいのではなくて?」
「最高の一振り?」
「他種族の中には人以上の技術を持つ者がいます。そうした者の力を借りるのです」
鍛冶技術において他の追随を許さないドワーフ。
魔法の技術に長け、魔法付与においても他に類を見ないエルフ。
魔族は……個人主義なうえに人間を馬鹿にしている者が多く、おまけに体系的に魔法を習得している者も少ない。仕事を依頼するにはいまいちかもしれないけれど。
シルヴィアと行動を共にしている魔族ヴァッフェは己を武器に変える魔族。武器を作るうえでの勘所も把握しているかもしれない。
「他国の職人となると依頼する手段も限られるけれど、検討してみてはどうかしら?」
「……そっか。なるほど。うん、ありがとうエリザベート。考えてみるよ」
「そうしなさい。ひとまずは公爵邸で手に入れた武器で間に合うのでしょう?」
微笑んで答えながら、エリザベートは思った。
自分はなにを好き好んで恋敵に助言をしているのか。
本当、こういうところで公私混同できないのが損をする性格なのだろう。わかっていても変えられないのがまた厄介なところである。