わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
昇進は嬉しいけれど胃が痛くなる
「シルヴィア・トー。今この時をもって其方を子爵に任ずる」
「陛下のご厚情、心より感謝いたします。今後、より一層お役に立てるよう尽くしていく所存です」
九月。
城にてシルヴィアの子爵就任の儀が執り行われた。
出席者が思った以上に多い。エリザベートたちが来てくれているのは嬉しいけれど、他の貴族たちまでたくさん来ているのはどういうわけか。
今日は別にパーティというわけではない。
任命が終わったら解散の簡単なもので、ぶっちゃけ「儀式を見届ける」以上の意味はないのだけれど。
『それだけ注目されてるってことでしょ』
白く清楚なブラに擬態した魔族のヴァッフェがシルヴィアにだけ聞こえる声で囁いてくる。
本日、シルヴィアの装いは新しく仕立てたドレスだ。ぶっちゃけ何度も着るものじゃないドレスにお金をかけるのは無駄な気もするのだけれど、貴族女性の嗜みとして何着かは持っておかないといけない。
しかも季節ごとに別のドレスが必要、長くても二、三年で入れ替えないといけないのだから恐ろしい。
もちろん、年頃の女子としてお洒落が楽しいのは当然として。
「おめでとう、シルヴィア」
「おめでとうございます、シルヴィア様」
「ありがとう、みんな。ありがとうございます、みなさま」
任命が終わった後、参加者から祝いの言葉をもらう。
エリザベートたちのほか、イリスやスザンナ、さらに聖女アンジェリカまで来てくれている。
これにお互いの仲をアピールし、他の貴族を牽制する意味合いがあることはシルヴィアにももう理解できている。
それとは別に、純粋に祝う気持ちも持ってくれているということも。
「みなさまが助けてくださったからこそ、今日のわたしがあると思っております。どうかこれからもお力をお貸しくださいませ」
みんなから拍手を受けると、こういうのも悪くないなと素直に思える。
子爵になったことによる責任の増加。それくらいは甘んじて受けよう。国から与えられるお金も増えるし、やることは騎士団の運営で特に変わらないのだ。
と。
「シルヴィア新子爵。我々からもお祝いの言葉を贈らせていただけますか?」
あまり交流のない貴族たちからも声がかかり始めた。
記憶から相手の顔と名前、立場の情報を呼び出しつつ笑顔で応じる。
さりげなく情報を抜いたり妙な言質を取ろうとしてくる人もいるので、受け答えには極力気をつけながら。
……果たして彼らの目的は。
「トー子爵は来年の四月で成人なさると伺っておりますが、将来のお相手は決まっていらっしゃるのですか?」
これか。
シルヴィアは『子爵令嬢』ではなく『子爵』。つまり男爵家の男はシルヴィアに婿入りすることで階級を上げられる。
あるいはシルヴィアを嫁に貰うことでサブの爵位を確保することもできる。長男の子に家督を継がせ、次男の嫁にシルヴィアを宛てがえば次男の子は次期子爵だ。
そういう打算自体はそこそこ慣れてきたので、まあ、当然のことと受け止めつつ、
「いいえ、全く決まっておりません。貴族学校を卒業し、ようやく『銀百合騎士団』と神殿への協力に注力できるようになるところですので」
「結婚は今のところ考えていらっしゃらない、と?」
「ええ。陛下のご期待に応えるためにも、子を成して家へこもりきりになるわけにはまいりません」
いい機会なのできっぱりはっきりと答えてしまうことにした。
相手を求めていない、と言い切ってしまえば自分、あるいは一族の者を相手にと薦めることが難しくなる。
中にはこれでも引き下がらない者もいたけれど、
「何もすぐに子供を作らなくとも良いでしょう。結婚だけは早めに行って、子供はお互いに話し合いながらでも良いのでは?」
「現実的には難しいのではないかと思っております。やはり、結婚した女は外へ働きに出るのではなく、家での子育てを期待されるものでしょう?」
もし結婚相手が騎士団勤務を承知していても両親、あるいは親族が同じとは限らない。
表向き理解を示しながら「やっぱり世間の風当たりが強いから家で大人しくしていてくれない?」と手のひらを返すパターンも前世でけっこう見たことがある。
なお、前世では結婚していなかったのでぜんぶ聞いた話なのだけれど。
ここまで言うとさすがにお誘いの声はだいぶ弱まった。
これでどの程度理解を得られるだろうと思いつつ、頃合いを見てその場を離れると──。
「まだ成人もしていないくせに生意気な娘だ」
「結婚して子供を産むのは女の義務でしょうに」
「ああいう身の程を弁えない子供に爵位を与えるなど、陛下は一体何をお考えなのか」
囁くような声にシルヴィアは聞こえないふりをした。
◇ ◇ ◇
「これでわたしが過大評価されるのも少しは防げそうだね」
「過小評価されるのも良くはありませんけれど、ね」
騎士団に戻って着替え、あらためて顔を合わせるとエリザベートはご立腹だった。
お嬢様と一緒にいたクレールは意外と平然とした様子で、
「エリザベート。後でシルヴィアを悪く言った人のリストちょうだいね」
「構いませんけれど、平文では書けませんから、あなたも簡単な符丁くらい覚えなさいな」
「あの、クレール? 殴っちゃだめだよ?」
「殴らないってば。あたしだっていつまでも子供じゃないんだから」
「ならいいんだけど──」
「殴れるタイミングが来たら迷わず殴れるように覚えておくだけだよ」
やっぱり殴るんじゃん!
「シルヴィアは解読できますわよね? 詩文に偽装したリストを渡しますわ」
「助かるけど、解読にちょっと時間がかかりそうだなあ」
あの場にエリザベートたちがいたのは敵と味方を把握しておくためでもあった。ある程度は気をつけていただろうけれど、複数人の関係者を全員避けるのはなかなか難しい。
特にクレールは耳がいいので小さな声でも聞き取れる。
「この脳筋、貴族の顔はろくに覚えていませんけれど、会話は正確に聞き取ってくれるので助かりましたわ」
「何人かはわざと聞かせてる感あったけどね」
「敢えて嫌味を言ってる人もいるんだろうね。まあ、仕方ないけど」
シルヴィアたちは貴族からけっこう恨みを買っている。
ステファニー王女病死の件、そして公爵領に出現した暗殺者の件、どちらにも関わっているからだ。
本当のところはどっちもシルヴィアたちのせいではないのだけれど、傍から見たらそうではないかもしれないし、真実はどうでもいい人や逆恨みしてくる人も中にはいる。
別にシルヴィアたちの人柄や能力に文句がなくとも「貴族社会を乱す」というだけで対立しようとする人もいるかもしれない。
「シルヴィアも随分冷静になりましたわね」
「わたし、もともと全員と仲良くできると思ってないもん。……男の子はもともと苦手だったし」
「別に仲良くしてくれない人と無理に仲良くする必要ないよ。あたしたちはなにも悪いことしてないんだし」
「ん、そうだね」
微笑んで答えたところで、城には行かずお留守番だったイザベルがぽつりと。
「……複数の家が粛清される影響はやっぱり大きいんでしょうか」
「まあ、損害軽微とはいかないでしょうね」
肩をすくめるエリザベート。
暗殺の一件は国内貴族に思った以上の波紋をもらたした。
シルヴィアたち+イリス、スザンナに暗殺者が仕向けられた件で複数名の貴族の名前が挙がり、家族どころか一族にまで及ぶ処罰が決定したからだ。
首謀者たちは村一つ吹き飛ばす規模の魔道具まで使うつもりだったらしく、そちらの件も含めて調査が行われた結果だ。
詳しい罪状までは未確定だけれど、王権派に属していた貴族が大きく力を失うのは確定。
「この件で国力が低下するのも避けられないでしょうね」
財産は没収、領地は別の貴族に与えればいいけれど、人的リソースの減少は避けられない。後任が上手くやれるとも限らないし、罪人に引き継ぎさせるわけにもいかないのでしばらくは収穫量の減少などが起きる可能性もある。
「膿を出すためには仕方のないこととはいえ、思い切った判断ですわね」
「……戦争、とかならないよね?」
「わかりませんわ。ただ、まあ、もしここで戦争に舵を切る国があるとすればよほど自信があるか、わたくしたち『銀百合』を過小評価している国でしょう」
未来によりよい国を残すためならどこかで決断しないといけない。
そして、その決断によって危機が生じるのなら、防ぐのは騎士団の役目だ。