わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
時を少し遡って、七月。
暑さがだんだんと強くなり始めた頃。今年もかき氷が売れそうだ。商会の本格始動まで一年を切り、第六王女イリスはとても張り切っている。今年はかき氷に新しい味を加えて勝負するらしい。
さて。
シルヴィアは夜の墓地に来ていた。暑さのおかげで墓地特有の妙な寒々しさは和らいでいるものの、代わりにじっとりとした嫌な空気を感じる。
月巫女の衣を着てきてよかった。気分的なものだろうけれど、清らかな衣装を纏っているほうが祟りとかそういうのが防げそうな気がする。
それにしても──。
「あまりいいにおいではありませんね」
「仕方ありません。墓前に供えられた品が知らぬ間に腐っていることも珍しくありませんので」
呟きに答えてくれたのは月の下、星の位を持つ巫女だ。他にも数人の聖職者が同行している。
「お供えの品は掃除したりしないのですか?」
「定期的に行っておりますが、全体を毎日──というのもなかなか難しいのです。神殿も人手が足りているというわけではありませんので」
「予算に限りがある以上、人を雇うのも難しいですものね」
可能な限り関係者でなんとかして費用を節約しようと考えるのは自然。ある意味、ここにシルヴィアがいるのもその一環だ。
「本日は墓地の清め、そしてアンデッドの浄化を行います」
「はい」
今回は聖女アンジェリカからの依頼である。
神殿の聖職者を手伝って欲しい、と。魔物が出ているのであれば騎士団としても見過ごせないので快く承諾した。
貴族は聖職者による浄化で死体を残さないことが多いものの、神聖魔法を依頼するだけの金が工面できない者──主に平民は火葬され、その後に土に埋められる。
負の魔力が溜まりやすいこの場所には神聖なる力が影響を及ぼしにくく、アンデッド系の魔物が出現しやすい。
「入口からはアンデッドの気配がわかりませんね。それほどひどい状態ではないのでしょうか」
「奥に潜んでいるのでしょう。油断をなさらないように。基本的には私たちの指示に従ってください」
「かしこまりました。わたしは初めての経験ですので、みなさまのやり方に倣います」
シルヴィアの返答に頷いた星巫女はひっそりと同行するメイドを振り返って、
「ゼリエ。くれぐれも邪魔はしないでください」
「心得ております。今の私はシルヴィア様の従者。己の本分を果たすのみです」
「それならばいいのですけれど。……では、参りましょう」
◇ ◇ ◇
墓地の奥へと進みながら神に祈りを捧げて聖なる力を土地に与えていく。
しばらくすると浮遊する半透明の人影が数体、シルヴィアたちに近づいてきた。
「ゴーストですね。聖なる光で浄化しましょう」
他の聖職者と共に聖光を放つ。
ゴーストは一瞬にして浄化され、魔法の余波が周囲を照らす。さらに、シルヴィアの銀光は土地に吸い込まれて負の気配を和らげた。
ほう、と、感嘆のため息。
「やはり、あなたのお力は本物ですね」
「修行を積んだわけでもない者が、と、お思いになるでしょうけれど……」
「いいえ。修行を積むのは少しでも神の教えを遂行するため。シルヴィア様は生まれながらにして神に愛されているのでしょう」
「聖女様が頼りにされるのも頷けます」
敬虔な聖職者にとって神聖魔法の実力者はそれだけで敬うべき対象らしい。神からの寵愛とはそれほどの価値があるものだと。
「これならば問題なく墓地の浄化を終えられそうですね」
「はい。微力ながらお手伝いさせてくださいませ」
さらに進んでいくと墓から這い出してきた白骨の魔物──スケルトンや、墓地内をよろよろと動く腐った死体──ゾンビが出現。
「死体は火葬されているはずなのに、なぜゾンビが出現するのでしょう」
「アンデッドは死体が動くものばかりではありません。負の魔力の集合によって無から生み出されることもあるのです」
襲ってくる魔物を全て倒していくのは思ったよりも重労働。複数名が連れ立って訪れたのも納得だ。
「あの、ゼリエにも協力してもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ゼリエに?」
聖職者たちの怪訝な視線がメイドに集まる。
元巫女である女は苦笑と共に頷いて、
「私にもまだ神聖魔法の素養は残されております。……ご安心を。私はシルヴィア様との誓約により悪しき行いを禁じられておりますので」
「禁じられなければ行っても良い、という考え方そのものが誤りだと思いますが……いいでしょう。力を貸してください」
「ありがとうございます」
埋葬場所を確保するため、墓地は地下へと続いている。下りていくとアンデッドの数はさらに増えた。
次第に神殿の聖職者たちは疲労の色が濃くなり、主力がシルヴィアの魔法になっていく。
「いつもこれほどの数が出現するのですか?」
「いいえ。近年、増加傾向にはありましたが──権威に阿る風潮が神殿の働きを阻害しているのかもしれません」
呟くように告げられたのはほとんど愚痴と言っていい内容。
今回シルヴィアが同行することになった彼女たちは『聖女派』。アンジェリカを支持する聖職者だ。資金調達は上手いが現場仕事を嫌う神殿長とは馬の合わない者が多い。
ゼリエに辛辣なのもそれだけ職務に忠実、神に仕える立場を誇りに思っているからだ。
愚痴が漏れたのは、シルヴィアが自分たち寄りの人間だと信頼してのことだろう。
「アンジェリカ様のお仕事を少しでも減らせるよう、力を尽くしましょう」
そう答えると、みんなが微笑んでくれる。
「力をお貸しください、シルヴィア様。せめて死者が安らかに眠れるように」
頼られたのが嬉しいのもあってシルヴィアはついつい張り切ってしまった。
いったい何発の聖光を放ったか。
おかげで墓地は浄化され、夜だというのにほのかに輝いているかのような錯覚さえ覚えた。空気も心なしか清浄なものに変わったようだ。
最後に、墓地の中央にある神の像へ祈りを捧げる。
「神様の像がこの墓地が荒れるのを抑えてくれているのでしょう」
以前訪れた湖の街では聖なる祠が機能を停止したことで街の産業に支障が出ていた。それを思い出しながら残った魔力を注ぎ込んでいく。
アンデッドの浄化においては頼もしそうに笑顔を浮かべていた聖職者たちがさすがに不安げな表情になって、
「力を使いすぎではありませんか?」
「いえ、魔力は休めば回復するものですので。……わたしは頻繁にお手伝いできるわけでもありませんから、こういう時に頑張らせてください」
ひいては何度も引っ張り出される可能性を減らすことにも繋がる……とはさすがに口にしなかったけれど。
聖なる魔力を補充された神の像。それにはめ込まれた宝石がほんのり輝きを増したのがわかった。
へとへとになりながらみんなで墓地を後にすると、入口を出たところでみんなから深く一礼された。
「本日は本当にありがとうございました、シルヴィア様」
「これからもどうか民のため、アンジェリカ様のため、お力をお貸しくださいませ」
「そんな。頭を上げてくださいませ」
平民出身の貴族、そのくせ聖職者として高い位まで与えられているなんて扱いにくくて仕方ないはず。それなのにこうして敬ってくれる彼女たちのほうがよっぽど立派だ。
「こちらこそ、いつも民のために力を尽くしてくださっていること、とても感謝し尊敬しております。共に人々の暮らしがより幸せに満ちるよう努力してまいりましょう」
帰ってベッドに潜り込むとたちまち睡魔が襲ってきて、翌朝は普段よりも目が覚める時間が遅かった。
大変だったけれど疲労感がどこか心地よく。
墓地での活躍がアンジェリカや神殿長に報告されたのか、それ以降神殿から頼みごとをされることが増えたのだけれど、意外と悪い気はしなかった。