わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
神殿長──都の大神殿の長、すなわちこの国の聖職者で一番偉い地位にある男はここ最近、かつてない窮地に陥っていた。
「……まさか、このような事になるとは」
歯噛みする。
情勢がどう転んでも自分の地位を守るため。そのつもりで行った、シルヴィア・トーの月巫女就任。そしてステファニー王女への神託の儀がまさか完全に裏目に出るとは。
さらに、彼の実家が所属する王権派の地位がここに来て著しく低迷。裏工作を大きくしくじったことによって今後の活動が危ぶまれる事態となった。
これでは、彼の地位も危うい。
彼は貴族の中でも位の高い家に生まれた男だ。
神聖魔法の素質はそれほど高くなかったものの、高位貴族の血によって魔力は豊富だった。家や王権派貴族からの寄付によって神殿を潤わせることもでき、それらの貢献によって神殿長に任命された。
加齢と共に神聖魔法の素質はさらに落ち込んでいったものの、魔法を必要とする場面においては『聖女』であるアンジェリカを頼れば問題なかった。
やはりあまり得意ではない魔法を用いれば光を生み出すくらいはできる。
長としての実務はそれなりにこなせたし、機を見て動く能力にも長けているつもりだった。
このまま行けば、これからも安泰。
そろそろアンジェリカを引退させて妻とし、己の子を産ませられるだろう。そう考えていたというのに。
「シルヴィア・トー──あの娘が全て。いや、あの者の企てとは思えん。誰が仕組んだのだ。デュヴァリエか? それとも……」
まあ、まだ今しばらくの猶予はあるはず。
王族暗殺未遂の件には彼は関わっていないので断罪される理由はない。
せめて今のうちに最大限、確保できるだけの資産を集めてこれからの苦境に備えなければ。
不安に急き立てられながらも業務をこなしていたある時、
「失礼いたします。神殿長、アンジェリカ様がお越しです」
「アンジェリカが? 特に約束はしていないはずだが」
「はい。その、緊急のご用事とのことで……」
知らせを持ってきた巫女の表情が強張っている。
なにかあったのか。
いや、もしかするといい知らせかもしれない。彼の苦境を知り、結婚を早めようという進言か。聖女という後ろ盾を得れば彼の地位は強固になる。
いずれにせよ、あの美しい聖女と話ができるのは悪くない。そんなふうに考えながら「通せ」と命じて、
「失礼いたします、神殿長」
「おお、アンジェリカ……む? 待て、なんだその者達は?」
「お勤めのところ失礼いたします。我々は城からの遣いで参りました」
王家の紋章入りの封筒を手にした男が告げる。
その男、そして数名の騎士たちと共にやってきたアンジェリカは表情ひとつ変えておらず、その態度がこの状況を想定内だと訴えていた。
冷や汗が出る。
さすがにここまで来て「この先」を予想できないほど愚かではない。彼はそれでも平静を取り繕い「して、何用かな?」と尋ねて、
「はい。神殿長。あなたを国王陛下、並びに聖女アンジェリカ様両名の要請により、神殿長の地位から解任いたします」
「……なっ!?」
がたん、と音を立てて椅子から立ち上がった。
神殿長からの解任。
神殿長の地位は神殿内での人事に過ぎない。よって人選は前神殿長の推薦か高位の聖職者たち共同での決議によって行われる。この時、国王はそれを承認するだけだ。
一方、解任に関しては国王と聖女(聖女の座が空席の場合には聖女見習いか、神殿長の次に位の高い聖職者)両名の合意があれば本人の意思に関係なく可能となっている。
……もちろん、この解任手続きはよほどのことがない限り行われない。新たな者を任命するのにも手間がかかるし、神殿長の持っていた強みを失うことになるからだ。
にもかかわらず、
「そこまでか? そこまでして、この私をこの地位から追い落とすというのか、アンジェリカ!?」
この聖女が国王と懇意にしていることは知っていた。
けれど、それは男女の仲ではなくあくまでも友人として。
そしてアンジェリカは争いごとを好まない性格。まさか政治的に、ここまで強引な動きをしてくるとは思わなかった。
「それほどまでに私の妻になるのが嫌だったのか!?」
神殿長の役割を全うして引退した男と、神殿長の地位から引きずり下ろされた男では周囲の評価は全く違ってくる。
こうなってしまえばもはや聖女を娶ることなど敵わない。
それが目的なのかと睨みつければ、アンジェリカは困ったような表情を浮かべて、
「私には結婚の意思はないと繰り返し申し上げてきたはずです。ですが、そのために陛下と相談したわけではございません」
「ならば何故!」
「簡単なことです。神殿は政とは一定の距離を置くべき。神殿長、あなたは一部の貴族と懇意にしすぎました」
そんなことで?
金があるのは悪いことじゃない。寄付の見返りにある程度の便宜を図るのは当然のことだし、高額寄付が特定派閥に偏るのも当然だ。
なのに。
「神殿は民を幸せにするための組織です。……今一度、ここをそもそもの理念に則って運営し直します」
「待て、アンジェリカ! こんな事が許されるはずが……!」
「神殿長。いえ、前神殿長」
感情のままに訴えようとすれば、城からの遣いがそれを静かに制止した。
「お静かに。何も罪人として裁こうというわけではございません。神殿長の座から解任するだけで神官としての位も残ります」
神聖魔法の使えなくなった彼に実務はできない。
一介の神官に戻されてしまえば権力は振るえない。神殿長派の立場にあった聖職者たちも落ちぶれた彼には見向きもしないだろう。
聖女派が支配した神殿にはどうせ彼の居場所はない。
「ご理解を。もし納得していただけないのであればいったん身柄を拘束、しばらく城にて静養していただきます」
「………っ」
彼はがっくりと項垂れ、自らの敗北を悟った。
「神殿長」
「後の事は好きにするがいい。……私は、もう疲れた」
とぼとぼと神殿長室を後にする。もうここに戻ってくる気は起きない。どうしても必要な私物は後日人をやって回収すればいい。
あっという間に、神殿から彼の居場所はなくなってしまった。
そうだ。
ひとつだけ聞いておきたいことがある。
彼は振り返るとアンジェリカに尋ねた。
「次の神殿長はどうするのだ? 私の息のかかった者は使えまい」
「問題ありません」
なにを思ったのか、アンジェリカはとびきりの笑顔を浮かべて、
「しばらくの間、神殿長は『聖女』である私が代行いたします」
そうきっぱりと答えたのだった。
◆ ◆ ◆
「というわけで、私は『聖女』兼『神殿長代行』という立場になったわ」
「それはそれは……おめでとうございます、と申し上げてよろしいのでしょうか」
平日。貴族学校の授業を終えたシルヴィアの元に神殿からの遣いがやってきた。
アンジェリカの用事。
着替えもそこそこに神殿を訪れ、聖女の間へと通されると、そこには笑顔のアンジェリカと若干困り顔のアンジェがいた。
お茶を出されて椅子に座り、なにがあったのかと尋ねたところ、先の報告である。
「ありがとう。そうね。これで肩の荷が下りた、といったところかしら」
神殿長は彼女にとって目の上のたんこぶのような存在だった。
彼の影響を排除してのびのびやれるようになった。そのうえ、中年男と結婚しなくて良くなったのは確かにいい気分だろう。
対してアンジェが微妙な顔なのは、
「今日の午前中に突然神殿長が解任されたのですよ? 私にも何も教えてくださらずに」
「もう、それは何度も謝ったでしょう? そうした素振りを見せないほうが対策を打たれずに済むから」
「それはそうですけれど、アンジェ様も突然のことで混乱されたのでは?」
「その通りです。シルヴィア様はわかってくださいますよね?」
助けを求めるような視線に頷きを返せば、聖女──兼神殿長代行は微笑んで、
「仲がいいのね。とても良いことよ」
「? もちろん、アンジェ様と争うつもりはありませんけれど」
なんだろうと首を傾げる。
と。
「これからは今まで以上に協力しあっていかなければならないでしょう? 神殿長を辞めさせたことで神殿の運営費も逼迫が予想されるし」
「ああ。墓地の浄化のような仕事が『銀百合』に依頼される機会も増えるのですね」
アンデッド退治なら騎士でもできる。
土地の浄化だけを聖職者が担当すれば負担も減らせるだろう。男性騎士団は相応の報酬がないと動かないかもしれないけれど、シルヴィアたちはアンジェを貸してもらっている恩もあるし、謝礼金をふっかけるつもりはない。
アンジェリカはこれに頷いてから「それもあるけれど」と言った。
まだなにか他にもあるのか。
「あの。もしかしてわたしに本格的に神殿に入れ、ということでしょうか? その、卒業後も騎士団の仕事でかなり忙しい予定なのですけれど」
「そこまでは言わないわ。これからは儀式などに積極的に参加してもらえれば、とは思っているけれど」
なにそれ面倒くさそう。
想いが顔に出ていたのか、アンジェリカはくすりと笑って、
「例えば恩恵の儀なんてどうかしら? 月に一度、子供たちが恩恵を得る場。毎回参加すれば、ほぼすべての子供の恩恵を確認できるわ」
「! そんなことができるんですね……!」
「うるさいことを言う神殿長がいなくなったおかげでね」
平民の集まる恩恵の儀は一日仕事。
儀式を行うのは他の聖職者だとしても、その場にずっと立っているだけでかなり疲れそうだ。
代わりにシルヴィアは合法的に子供たちの恩恵を確認し、もし非凡な才の持ち主がいれば引き抜くこともできる。
それはとても夢の広がる話だ。
「それは是非お願いしたいです」
「ありがとう」
なんだ。そういう協力ならいくらでも──。
「これからはアンジェに聖女業務を一部代行してもらおうと思っているから、『銀百合』にも負担をかけることになるけれど、どうかよろしくお願いね?」
「え」
「わ」
アンジェと二人、シルヴィアは目を丸くしたのだった。